血を欲する少女
8章「血を欲する少女」
身体の節々が痛くて目を覚ました。
起き上がって天上を見ると電灯がチカチカと点滅を繰り返していた。周囲は森閑としていて床は冷たく、どこかの建物の中のように思えた。
「どこだ・・・ここは・・・」
思考がクリアになってくると、資料室の爆発のことを思い出す。あの後、エナトは俺をどこかに飛ばしてくれたのか・・・。
エナトはどこへ消えたのかあたりを探したがどこにもいなかった。
ポケットを探ると一枚のメモ書きがでてきた。小さな字で『ドゥベルクの鎧の部屋まで。血肉を欲する少女が立つ傍の部屋にある。救いが欲しければそこへ・・・』。
ドゥベルクの鎧・・・?
ここへ俺を送ったエナトのメッセージだろうがなんのことかさっぱりであった。
「・・・」
しかし、エナトはなんのためにここへ?
エナトは無事なのだろうか・・・。組織の奴らの話では爆弾では死なないようだが・・・。
そこまで思い出して、急に背中のあたりがゾッとしてきた。
ああ・・・俺はなんてことをしでかしたのだろう・・・。
組織などと関わるのではなかった・・・。
もっと穏便に済ませることができなかったのだろうか?そうだ。エナトと交渉すればうまくいったかもしれない。あいつは何だかんだ俺をあの爆発の中で助けてくれた。静香ちゃんのことだって助けてくれたかもしれないのに・・・。
そうだ。組織の静香ちゃんを保護する作戦はどうなったのだろうか?
組織のやつらから渡された携帯をとり出すが、画面を見てため息をつく。
「携帯・・・は圏外・・・か。充電もほとんどないし・・・てか!?」
見れば日付が二日間も立っていた。二日間俺はここで眠っていたのか?
どおりで喉がカラカラなわけだった。
アンテナがたっていないのを見て部屋の中を歩き回るがどこにも立ちそうになかった。
「出口はどこだろうか・・・」
独り言をつぶやいて、携帯の灯を頼りに部屋を出て暗い廊下を歩いた。エレベーターらしきものがあったが、扉は半分開かれ、なにかの事故でもあったのか切れたワイヤーがあってぐしゃぐしゃになったエレベーターが下にあった。よく覗いてみると上からほんのり灯が見えた。
風が吹いていて、だれかが歌っている。
女の子の声だ。
上っていけるか見てみたが
「ここからはでられそうにない・・・」
そう呟いて別の路を捜す。
廊下の壁は見れば真っ白で、どこかの病院のようにも見えた。
硝子張りの部屋には薬品の棚が並んでいた。机の上には散らかった試験管や割れたガラスが散乱している。
さらに廊下を進んでいくと、赤茶色の床が見えた。それが血痕のようで不気味であり、時たま、床に転がっている英語で書かれた書類のようなものや壊れたノートパソコンを蹴飛ばし、踏みつけるとよく音が響いて、びくびくとしてしまう。
いったいここでなにが起きたのかわからないがここから一刻も早く出なければいけない気がした。
空気は湿っていて、冷たく、やたらとひんやりとしていた。
まるで地下のようだ・・・。
緊張を覚えながらも、そんなことしか思いつかなかった。
そうして、長い廊下を歩いていると壁に矢印のマークが見えた。それはスプレーで書かれたもので、ここへ侵入した不良どもが乱雑に描いたもののようであった。
矢印にそって歩くと壊された扉があり、その扉を抜けた先から格子の部屋にぶつかった。
まるで精神病棟のように見えた。
格子の部屋がいくつもあり、中にはしかしなにもいなかった。格子のすべてが壊されており、どうやってそれを開けたのか。ものすごい力でねじまげて開けたように穴ができている。
中を見ると血だまりの跡のようなものが見えた。
警鐘が鳴り響いた。心臓の音が高鳴る。
「そうだ・・・俺は夢を見ているんだ・・・」
俺は、後ずさりしながら言い聞かせるように言った。
しかし、無駄なことだった。
これは夢ではない。すべてが現実に存在しているのだ。
緊張しながら一歩また一歩と進む。
道を進めば進むほどそうした恐ろしい光景があった。焼死体のようなものがいくつも転がっていた。焦げた遺体のそばには小銃があった。携帯電話の灯を照らすと下には薬莢がいくつも転がっており、壁には銃弾の跡が見えた。
「なんだ・・・これは・・・」
俺はそれらをできるだけ目に映らないようにしながら出口を捜した。
やばい。やばい。やばい。ここはやばい・・・。
やがて、非常用の階段を見つけてホッと息を吐いた。
早く逃げなきゃ。
なにかに追われているかのごとく、俺は急いだ。
階段を上っていくが、カンカンと自分だけが上る音だけでも神経質になっていた。
鉄の扉を開けると広い部屋があった。
革張りのソファがあり、テレビがおいてある。
薄暗いがキャンドル型のライトが足下に置かれていて真っ暗ではなかった。
どこか生臭い匂いと殺虫スプレーの臭いがして鼻をつまんだ。
「ああ。こんなところに人とは・・・」
と、後ろから声があってビクンと身体が跳ねそうになった。
恐る恐る振り向くと、右手にランプと左手にゴキジェットをもった男が立っていた。
異様なその姿に俺は後ずさりする。
男の服は擦り切れていて、かなり匂った。
その相貌は、丸い顔に目が八の字に細目。眉も八の字だが太い。あまり、特徴がない顔をした男だが、しかし、それはどこかであったかのような顔でもあり、知り合いにも思えた。身長は低く、160㎝ほどであった。
最初は、近所の店を閉めた肉屋の主人に似ている。そんな印象であった。
「えっと・・・あの・・・・」
俺が説明にまごついていると男は薄笑いを浮かべた。
「まぁ。いいや。ここに人が来るなんで珍しいことなんだ。きっと彼女も喜ぶよ。きっと彼女の声が聞こえて君もここに来たのだろう?そうだろう?そうだ。違いないねぇ」
やがて男の話を聞いていると、どこかおかしいと感じるようになった。
「あの・・・彼女って?」
「彼女?ああ、名前まで知らないのか。無理はないね。アリスちゃんだよ。ここでアイドルをやっている・・・。ヒヒッ・・・。まぁ、ご覧のとおりここでアイドルをひっそりとやっているからねぇ・・・」
「・・・」
下に遺体の山があるのにアイドル?こんな暗い場所で?どういうことだ・・・?
「ネットであげても彼女の動画はなぜか投稿できないんだよね・・・。消されるというか接続できないっていうか・・・。だから仕方ないからマネージャーが人を捜しにいくんだけど・・・。あいつ馬鹿したから潰されたよ」
「は、はぁ・・・」
俺は頭がおかしくなりそうだった。
「あんた、頭おかしくなりそうだろう?そうだろう?ああ、おかしくなっちまうさ。俺がここでこのゴキジェットを巻いているからなぁ。ヒヒッ。アリスちゃんもすっかりおかしくなっちまったよ。あの鏡をやったからだろうね。ヒヒ。お望みのアイドルさ」
「あの鏡・・・?」
「歌を聞いた?君は聞こえたんだろう?だからやってきた」
「え、ええ・・・」
と俺はよくわらないまま頷いておいた。
「アリスは今ファンにその歌を歌おうとしているよ。よかったら聞いていってあげてよ・・・。俺は、ちょっと最後のゴキジェット巻いてこないといけないからね。これでお仕事も終わりさヒヒヒッ」
と男は薄気味悪く笑った。
変な人物にはちがいないが、奇妙なことに不信感を抱かない。それはもう俺の思考が追い付かない証拠だった。
先ほどまで歩いてきた道程とは違う雰囲気に安心しきっていたのだ。
気味が悪いが出口はすぐそこであろう。そんな気がした。エレベーターから聞こえた歌声というのはきっとここのアリスという人が歌っているに違いない。どこかに地上へ通じているもう一つの階段があるはずだ。
下の階層のあの死体の山や銃弾あれは見なかった。
そうだ。非現実的だ。こんな・・・。こんなのあってたまるかよ・・・。
早く帰ろう・・・。一刻も早くここから。早くエナトと静香ちゃんを探さなきゃいけない。
俺は騙された。だから償わないといけない気がする。焦燥感に襲われ、この状況に緊張し、喉はカラカラで身体的にも心的にももう限界であった。
俺は、部屋の奥へと進んだ。部屋は割と広く、むき出しのコンクリートの壁になぜか鏡があちこちにつけてあった。
鏡は手鏡もあれば、大きな鏡もあってバラバラであった。鏡の迷宮という昔遊園地にあったのを思い出したがそんな部屋に入ったようであった。
パイプ椅子が30席ほどあり、すべて人が座って埋まっていた。前には小さな木で作った台があって人が立っている。
ライトが前の人物だけを照らしており、少女。恐らくあれがアリスだろうがぽつんと立っていた。
少女は魔女エナトと一緒で白い髪をしていた。
だが、エナトと違い長い髪に青い目をした西洋にいそうな美しい少女だった。まだ、小学生だろうか。なぜ、こんな少女がここでアイドルをやっているのか理解に苦しんだ。
マイクをもって、ちょうど歌い始めるところであったが、突立っている俺を見て彼女は、大いにはしゃいでいた。
「わ!わ!新しいファンだ!ファンだよ!」
アリスがはしゃいでも席に座るファンの連中はニコニコと笑っているだけでなんのアクションもない。普通なら視線を俺のほうへ向けるはずだが人形のようにただ座って前を向いている。
アリスは台からぴょんと降りて俺に近づき、マイクを俺に向けた。
「き、君のお名前は!?」
とアリスは少し緊張しているようだった。
「こ、小島守だ・・・」
と俺は答えた。
「小島守だぁ!ワハハハハハ」
と無邪気に笑っていた。
「小島守!それじゃ、歌ってくるから聞いていてね!」
トテテテとアリスは再び台に戻り、大きく息を吸って歌い始めた。
どこかの国の曲だろうか?まるできいたことがない言語の曲だったが大変美しい曲だった。
歌い終わると俺はつい拍手をしたがファンの人たちから拍手は起きなかった。
微動にしないファンの人たち。
なんだ。こいつら・・・。気持ち悪いやつらだな・・・。
アリスを見ると、しょんぼりしているようには見えず、はしゃいでピョンピョンとうさぎのように跳ねていた。
「小島守!こっちへ来て!」
手招きをされて俺はアリスのほうへ向かう。アリスは台をおりて部屋の奥に見える扉まで走っていき、俺を扉まで手招きする。
ついていくと、部屋の中に通された。
そこは小さな蝋燭がいくつもある部屋であった。
「小島守は私の歌を聞いてここへ来たのね?」
「え・・・。俺は・・・」
「それじゃあ、私のファンなのね?」
「はは・・・そうだな」
「とっても嬉しいわ。ここを好きに使っていいからね。アリスのファンは皆、笑うことしかできなくなってしまったの。それはアリスのことを嫌うから」
「・・・嫌うって・・・。そうだ・・・。皆、椅子に座っていたけどどうやってここへ?」
「マネージャーが声をかけているのよ?」
「マネージャー?」
「そう。バカなやつさっきここで潰したわ。息しているのかしら?さっきまで唸っていたのに。逝っちゃった・・・?」
「・・・。その・・・。マネージャーはなにをするの?」
「アリスのファンにふさわしい人に声をかけてここへ連れてくるの。中にはダンサーさんになる人もいたけど。もう、笑うことしかできなくなったわ」
笑うこととは、あの全く動かないままジッと前を見て笑みを浮かべていることなのだろうか。
「ここはどういう施設なんだい?」
「施設?アリスもよくわからないのよ?昔は研究所?てとこだったけど、ずっとずっとずぅっと下にある扉を守っていたのよ?結界を何重にもかけているのに守るのよ?鍵を封印してさらに記憶をあちこちに封印したのに魔女様にここにいろと言われたのよ?裏切り者が奪いに来るから監視しろ・・・。でも、もうそれも嫌になってきちゃったかな・・・?さっき運び出したのにね。今も続けているんだよ?一応」
アリスの「扉」というワードに俺は反応していた。運び出した?それに魔女って・・・。
「魔女・・・。魔女ってエナトのことか?」
エナトと言うワードにアリスは眼をぴくぴくと痙攣させた。瞼を閉じて頭を振ったかと思うと静かに目を見開いて笑顔をつくった。
「小島守はエナトのこと知っているの?じゃあ、私たち友達ね?よかったわ。ここの世界に来て私やっと友達できたの」
エナトの関係者は俺以外にもいたことに驚いたと同時に少し安堵してしまった。
あの魔女との知り合いならちょっと狂気な感じの集団がいてもおかしくはないのかもしれないと思った。
円卓機関とかいう組織もあるわけだし、そうだ・・・。そういう類の連中だよ・・・。下の階にあった遺体のことはあまり考えたくはなかった。
エナトの関係者なら静香ちゃんのことや組織の動きを知っているのだろう。だが、俺はこの狂気じみた彼らに聞くことができなかった。
「そ、そうか・・・。俺もアリスと友達になれてうれしいよ」
「ワハハハ。人間って嬉しいとこうして声にだして笑うのよね?」
「え、あああ・・・ハハ・・・」
変った人たちだ・・・。
額にたまった汗を俺はぬぐった。
とんでもないところへ来てしまったと思ったが、この少女に出口を聞けばいいと思った。
「なぁ、俺は帰らなくちゃいけないんだが、どうやって帰るんだい?」
と聞いたが、先ほどまで微笑を浮かべていたアリスの顔が急に無表情になった。
「帰る?帰るってどういうこと?」
と冷たい顔になったのを見て俺は恐れを抱いた。
背筋が冷たくなり、怖じ毛立つ。
「いや、俺は家に帰りたいんだ・・・少しこの状況に混乱もしている。エナトにも聞きたいことがいっぱいある・・・だから・・・」
「帰るなんてダメよ?あなたはアリスのファンになったのでしょう?」
「え・・・」
「駄目よ。ファンはずっと歌を聞いていてね?アリスを一人にしちゃいけないわ?するとずっとニコニコ笑顔になるわよ?それも素敵だけど、鏡に映らなければひどいのよ?扉の前にいると私おかしくなっちゃうのよ?こんなところで私は?なんで?だから、一人にしてはいけないのよ?いい?」
意味不明とはこのことだった。わけのわからない日本語を話している。
ただただアリスの目を見ていると恐怖を感じた。その眼は人の目をしてはいなかった。
爬虫類のような眼は俺の心を見透かすようだった。
すでに子供ではなかった。なにか別の生き物が取りついているかのようで、俺は蛇ににらまれたかのように固まってしまう。
喫茶店で直江に憑依していたエナトの話を思い出した。そして、異世界の扉を開けようとしている「組織」の山中の言葉を思い出した。
――彼らは、超越した存在だ。人の姿をしても巧妙に姿を隠しても、中になにかいるとわかってしまう。一度会えばわかる。人間じゃないってね・・・。
もしかして、こいつが魔物?
「いい?この部屋から出てはだめよ?あなたはファンなのよ?ファンは私の歌を聞いてグッズを買うのよ?」
「あ、ああ・・・」
と震えながら頷くとアリスは満足そうに微笑み、「ワハハハハハ」とわざとらしい笑い方をすると部屋から出て行った。
糞。いったいなんなんだよ・・・。
わけのわからない状況にただただ頭を抱えるしかなかった。そこへ「あんた・・・そこのあんた・・・」と部屋の隅でしわがれた声が聞こえた。
「だれかいるのか?」
慌ててあたりを見渡す。
「ああ。ここにいる。そこのあんた・・・あんたどうやってここに来たんだ?」
薄暗い奥の壁になにか立っているようだった。近くの蝋燭をもって声があるほうへ行くと、壁にめり込んで肉がただれた男がいた。臓物も壁にめり込んでおり、どうしてこの人物が生きているのかが不思議だった。
男の口からは緑色の血らしきものが滴り落ちていた。
俺は吐き気がこみ上げてきたがこらえた。
「ああ。人間さん。わかるよ。気持ちわるいよね。ファンが集まらないからこうなったんだ。もうマネージャーできないよね?ハハ・・・」
さっき潰したとかマネージャーとアリスが言っていたのがこの人物だと知り、俺は叫びたくなった。
「こ、こ、ここはなんなんだよッ!?あんたは・・・。なんだ?」
「私は、魔物だよ。わかる?知らないか・・・。ほら、血が赤くないだろう?といっても雑魚だけどね・・・ハハ。もうこれでも長くはないんだよ・・・。血肉を欲する少女・・・のお守をしていたんだが・・・。この通り壁に押し潰されてはがれなくされてしまったよ・・・。もうあの娘は制御できんね・・・」
魔物?やはりそうだ。エナトが言っていた連中なんだ・・・。こいつらは・・・。
「・・・。なぁ、で、出口を知らないか?こんな狂ったところからもう出たいんだ!」
とつい俺は焦って大声を上げてしまった。
「出口??フフ・・・。出られないよ。出ればアリスに見つかる。あんたわかってここへ来たんだろう?」
「は?」
「あいつを倒さなければ出られないよ。追ってくる。守り人だぞ?絶対に逃がさない。ここ最近あの鏡を貰ったら狂っちまったよ・・・話はまず通じない・・・無駄だよ・・・」
つい先ほど下で見た遺体の映像が頭によぎる。
「あれを・・・あの女の子が・・・?」
「地下の遺体だな?どこかの国の兵隊らしいな・・・。つい二日前のものだよ・・・。あそこまで侵入したのは初めてだよ。・・・フフ・・・」
だれかこの状況をわかりやすく説明してくれ。俺は叫びたくなる気持ちを抑えた。
と、男は急に難しい顔をし始めた。
「ん?ううん?あんた地下二階の遺体を見たんだな?」
とより低い声で聞いてきた。
「ああ・・・」
と俺はうめくように言った。
「あんたどうやってここへ来たんだい?どこぞのバカは面白半分に上から来たらしいが、俺が封鎖したはずだ・・・」
男はありえないという顔をしていた。
「俺は・・・エナトに助けて貰ったんだ・・・。そうしたら・・・」
「エナト?助けてもらった?」
「ああ・・・」
「まさかあんただな?きっと鍵から魅了の加護をうけたものって・・・。あんただな?」
「は?」
「ああ。そうか・・・あんただね?あいつが言っていた。わかったぞ・・・。だから、あいつは最後の望みをかけてあんたをここへ連れてきたんだ!ハハ。そうだ!あんたなんだね!ああ・・・くそ・・・帰れる?いや、これじゃわからないぞ!どうりで迎えがこないわけだ!あの魔女まだあきらめていねーじゃんか!あいつらを殺して奪って・・・ようやく帰れる?嘘だ・・・そんな・・・いやだ・・・じゃあ、俺は何のために奴と組んでだまして・・・ああっ!?こんな生きにくい世界は御免だああああああ。だ、だれか・・・俺を帰しくれ・・・」
「どういうことだ?あいつって?」
「もう・・・終わりだ・・・」
「終わり?」
「ああ。あんた・・・この部屋を出ると、右手に細い廊下がある・・・奥に扉があるんだ・・・中に望むものがあるよ・・・フフッ・・・うまくいくといいな・・・」
「望むものって・・・?」
「結局・・・俺は帰れない・・・お家に・・・」
「それってどういう・・・」
「失敗して殺されるがいい。そして・・・・お前は呪われろ・・・そして、あの方に殺されろ・・・それが俺たちの・・・・」
「え・・・?」
「・・・」
男は白目をむいて息をしていなかった。
俺は全身が縮まりそうだった。部屋を出ようと恐る恐る扉のドアノブに手をかける。
そこで、ピタッと身体が動かなくなった。
ギギッと音を立てて開かれ、アリスが目の前に立っていた。
聞き耳を立てていたのだろうか。
好奇心であんな組織の招待状を取るんじゃなかった・・・。
「ねぇ。あなた・・・。ドゥベルクの鎧を取りにきたの?」
アリスは薄気味悪い笑みを浮かべていた。先ほどの無邪気な顔などどこにもなかった。
「な、ち、違う・・・。俺は・・・そ、そう。俺はトイレに行こうと思って・・・」
「アリス聞いてしまったわ。気になって。あなた・・・もしかして魔女様の言っていたやつなの?あの方の邪魔をするの?」
「な、なんのことだ・・・?」
「違うのね?違う?」
「違う・・・」
「ほんとうに?」
「あ、ああ・・・」
「嘘」
ズテンと俺は身体が前に倒れていた。
なにが起きたんだ?
脚に痛みが走る。脚を見ると、一本の足が綺麗に切断されて大量に出血していた。
「あああああああああああああああああああ!」
絶叫する俺をアリスは冷笑を浮かべながら、俺の頭を撫でていた。
「これで、もう嘘つかない?」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「うるさいなぁぁ!アリスはここでアイドルやっていたいのに!なんで邪魔するのっ!あのやろう!あの売女のエナト!小島守は友達じゃない。友達失格。失格!失格!ああああああああ!あああああああああああハハハハハハハハハハハハハハ!」
「やめて・・・助けて・・・」
と俺は小さな声で懇願していた。
「やめて?だって?私もこんなことしたくないの。でも、仕事なの。守らないといけないの。でも、ああ・・・・でも・・・。あのやろう・・・やろう・・・ッ!」
アリスは急に激昂し始め、壁を殴り始めた。コンクリートの壁はボロボロと崩れ落ちていく。俺は大量の出血から眩暈が起き始めてきた。
「血が・・・止めないと・・・」
「血?血を欲しい・・・。ひっ・・・あ、アリスは・・・アリスは・・・守り人でアイドルじゃなくて・・・いや・・・アリスはアイドル・・・いや、いやああああああああああああああああ!」
突然アリスは狼狽したかと思うと絶叫する。
俺は、失神しそうなのを、舌を噛んでこらえながら、息も絶え絶えに体を引きずらせて、部屋から出た。アリスは後ろでヒステリックな声をあげていた。
「鬼ごっこ?鬼ごっこするんだね?ワハハハハハ!」
殺される!殺される!
必死になりながら、先ほど壁にめり込んでいた男のいう右手の廊下を目指す。まったく力が入らず頭がくらくらし始めた。
途中、目の前のパイプ椅子に当たって椅子に座っていたファンの連中が崩れ落ちる。壁にかけてある鏡も落ちる。部屋全体に充満していた臭いがわかった。それらはよく見ればマネキンでその頭部は人間の頭だった。すでに腐り始め虫が湧いていた。
なんで気がつかなかった?そういう疑問が湧いたがそれどころじゃない。
「ぐぅうう・・・」
痛みと同時に狂った空間に俺はもうあきらめかけていた。
ここは地獄かなんかだ。
鏡が一つ落ちると続けて壁にかけてある鏡も同時にぼとぼとと落ち始めた。
「私の鏡が・・・ああ、私の世界が・・・・壊れていく!壊れていく!あの人に貰った世界がぁあああ!ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!」
後ろでアリスの絶叫が聞こえる。
俺はつい見てしまった。見てはいけないその姿を割れた鏡を通して視線に焼け付けてしまった。
馬のようにながい顔。目は鋭く蛇のよう。毛は棘のようで皮膚はワニのような鱗が。腕はながく、爪は鋭く、長い牙と大きな二本の羊のような曲がった角は悪魔を彷彿させた。牛の蹄をした下半身からは硫黄の臭いがたちこめ、害虫がうじゃうじゃと集まっていた。
「血があああああああああああああああああああああああ!血をよごぜえええええええええええええ」
のたうち回るアリス。ああ、あれがあの化け物がアリスのホントウの姿なのだ。幻術かなにかを見せられていたのだ!
俺は必死に匍匐前進しながら男が言っていた部屋に入った。
後ろでアリスがパイプ椅子を投げつけて暴れまわる音が聞こえる。
それらを振り切って俺は目の前に鎮座する鎧を見つけた。腰には剣が差してある。それを使用しようかとも思った体が動もうけない。が、ベルトにはピストル型、短銃のマスケット銃がさしてあった。火薬袋と弾まである。
ほんのりと光るランプが鎧の傍に置かれていて、黒い鎧が怪しく照り光っていた。
「これが・・・俺が・・・望むものなのか・・・?」
あの男が言っていたもの・・・・?
ただの鎧じゃないか。
どうすればいいんだよッ・・・!
迫りくる化け物。
俺は眼をつむり祈った。
何者かに。
絶対的な力を持つ何者かに。
それは神と言い換えていいものだろう。こんなときばかり俺は信心深くなっていた。
こういう時、闇の中から声が聞こえたりするのだろうか・・・。
それは直接頭の中によく響いたりとか。そんな都合のいいことなんかはない。
漫画やアニメじゃないのだ。絶望する。
終わりだ。なにもわからずに、終わる。なんの役にもたてずに終わってしまう。
俺は諦めた。
ふと、冬のもの寂しい風のにおいを感じた。どこかで嗅いだことがあるにおいであった。
――小島守・・・その銃をとって・・・――
家族でも直江でも静香ちゃんの声でもない。
エナトの声がこんなときばかり聞こえたような気がした。
うめきながら俺は小さくうなずく。
幻聴だろうか。
どこからか、乾いた何者かの笑いが響く。
その笑い声は鎧から発せられているようにも感じた。
血は鎧へと向かい、鎧が己の血を吸っているかのようだった。
鎧は真っ赤に染まったかと思うと再び、黒い色へと変化した。まるで生き物のように鼓動を開始したかのようだ。
銃に手を差し伸べると手のなかにあった。
どういう原理なのか。
自分の血を銃が吸い取っていた。
原理などもはや気にしない。銃に火薬も入っているし、弾も入っているのが感覚でわかった。これを撃つしかない。
頭はくらくらする。これは幻覚のような世界だ。きっと血を流しすぎたのだ。ハハ。妄想の血まみれの騎士だ。
くだらない。妄想の世界ならば俺は最強なんだ・・・
そうか。ならば、俺は幻覚を見ながら目の前の幻惑のような化け物を相手にするのだ。
絶叫しながら毛むくじゃらの化け物アリスは大きな爪をこちらへ向けてきた。
――殺される!
瞬間。現実に戻される。
――まだ死にたくない!
よこに倒れた格好で重たい短銃をもち、狙いを定め引き金をひいた。
火打石に、当たり金があたると共に、紫色の火花が散った。
轟音とともに銃口から弾が発射される。火花を浴び、噴煙で視界はさえぎられる。
弾丸は、化け物の肩に着弾した。
ポツンと小さな穴が開いた程度にしかならない。
「あああああああああああああああああああああああ!痛いいいいいいいい!」
化け物の絶叫が響く。
鋭い爪であたりの空をひっかく化け物の素早い攻撃が見えた。ただ怒らせただけで、なんの決定打にもなりはしない。
だが
ドンッと音とともに化け物アリスの胸が破裂し、肉片が飛び散る。
そこからマスケット銃の黒い弾がでてきたかと思うと、すぐさま高速で体内に戻っていき、化け物の体のあちこちに穴をあけていく。まるで蟲のようでアリスの体に穴をあけていき、食い散らかしているようだった。
体中のあちこちに丸い穴が開いていき、化け物、アリスの肩がついにぼとりと落ちた。
じゅわじゅわと炭酸のような音をたてて、腕が朽ちていく。
あたり一面緑色の血しぶきでいっぱいとなる。
先ほどまで追われて叫んでいた俺がこんどは向こうが命を奪われることを恐れていた。
妨害するように、害虫が俺にまとわりついてくるが、嫌悪感はなく、機械のように冷静に俺は手で払っていた。
「ああああ!魔女様ぁああああああああああああああああああああああああ」
叫び、大きな牙をむきだして口から液体を吐き出すアリス。悪臭がする液体を浴びてしまう。
液体が付着した服は煙をあげて溶けていき、それは皮膚にも達する。
「ぐうううううう・・・」
火傷に我慢しながらずっと見ていると、アリスは虫の息となっていた。
「アリスは・・・。ただ・・・アイドルになって・・・・帰りたかった・・・だけ・・・」
と、最後にアリスはそう呟くと、どす黒い液体を嘔吐し息絶えた。
液体の中で大きな丸い弾がでてきた。それは芋虫のように跳ねたが黒い焔がポッと灯り、焼け焦げて液体に溶け込んでいった。
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