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円卓機関からの招待状

 

 第7章「円卓機関からの招待状 」


 憑依された直江(エナト)との会話から何日かたった。

 その間、俺は全く部屋から出ずにベッドの中で毛布をかぶって震えていた。心配になった家族が俺の様子を見に来てはくれたが、エナトによって操られて監視しているのではないかと思うと全く眠れない。

 監視されていると思う家では落ち着かないので外に出てみると、人と言う人がすべてエナトによって支配されたのではないかと錯覚してしまう。

「そうだ・・・この世界は魔物たちの国になってしまったんだ・・・」

 悲鳴をあげて、誰もなにもない場所へ逃げ出したくなった。

 しかし、家族のこと。そしてなにより静香ちゃんを思い出すと、このままでいいわけがないと思った。結局家に帰り部屋の中で震えるだけである。

 結局、俺ってなんだったのだ?

 彼女にとっての俺はどういう存在だったのだろうか。

「道化」。

 そうだ。いままで道化を演じてきた。

 ところがここにきてその道化を演じていることが苦痛となった。

 妄想とおもわしきことが現実と化し、はたまた自己の愛着のもととなっていた己の騎士という存在が陳腐化した。

 わかりきったことだったがここまでひどいものなのか。

 特別になりたかったし、特別な出会いがあって、特別な恋愛をして、特別なイベントがどこかにあってその通りになるのかと思った。

 道化を演じていればいつしかそうなるのかと思った。

 それは違ったのだ。

 教室では浮いている自分。

 かかり役として直江は押し付けられていて、本当はほかの人たちと仲がいいことを俺は知っている。

 俺という存在は、人がいい彼女を横に侍らせて悦に慕っただけだ。

 魔女を倒せたらでも・・・俺は・・・特別な自分になれるのじゃないのか?


 ふとんを被りずっと考え事をしていた。この考え事自体あのエナトによまれているのではないのだろうか。そんなことを考えると思考を何重と張り巡らせるという無駄なことをして余計に鬱になってくる。


 あの魔女を倒せばもとになる。そういう結論に至ってきた。


 ああ。でもどうすれば?

 そんな中、直江からメールが来た。


 ――件名:試験

 ――ちゃんと勉強している?


 メールを見てから一気に現実に戻された気がした。

「あ、明日は試験か・・・」

 試験日となって仕方なく登校するが、そのころになるとエナトの監視にも慣れたような気がしたが、気が気ではない。

 皆は真面目に試験を受けに教室へ真っ直ぐ向かう中でとうの俺はというと机の上で試験をもくもくと解くわけでもなく、不良のように部室のソファで横になることにした。

 どうにも人を見ると息が詰まりそうになるのだ。

 外の空気のほうがまだましだろうか。しかし、ぬるく、暑苦しい風が開いた窓から入ってくるので蒸し暑いこと限りない。

 試験当日となって教室のエアコンの修理が終わって教室は今頃天国のような空間で馬鹿みたいに試験を受けているのだろう。

 せっかく直江にノートを借りたのに無駄になったな。と俺は一人ため息をついてニヒルにひたりたかったが、暑さの中で思案するうちに怒りがこみ上げてきた。

「もとはと言えば、夏美のやろうのせいだ。夏候惇とか言ってふざけやがって!あの野郎から静香ちゃんの話を聞かなきゃよかったんだ・・・」

 試験当日の今朝。試験をサボる俺を見た夏美は「さすがは孟徳。これすべてレバーだなぁ」とわけのわからないことを言っていた。

 あの野郎。俺が悩んでいるのに全くわかってない。

 直江にしたってそうだ。なんで操られてしまうんだ?

 しかも忘れてしまうし・・・。

 俺の日常を返せ!ファンタジーなんてごめんなんだよ!俺は・・・。俺はただ・・・。もっと・・・。くそ!言葉にできない!

「なにが魔女だよ・・・なにが異世界だよ・・・!!」

 投げやり気味になって言ってみるが、どこかむなしくなるだけだった。

 くそ。全部、早風のせいだった。あいつが静香ちゃんと一緒になった。あの話を聞いていなければこんなことにはならなかったのではないか?

「ん・・・待てよ・・・?」

 そこまで考えて、俺は以前、夏美が情報を仕入れていた学校掲示板の存在を思い出した。ほとんどのものが今や利用していない、裏掲示板。そこに円卓機関が早風と静香ちゃんが付き合い始め密かに応援すると書き込まれていた。

 そこになにかヒントがあるのではないか?

 考えてみればあの掲示板で書かれてあったコメントはエナトの行動を代弁しているかのようだった。それはエナト自身が書いたものかあるいは別の誰かがわからないが、なぜいちいちそのようなメッセージを書くのだろうか?

 跳ね起きて、急いで部室から出ようとドアノブに手をかけようとしたとき、先にドアが開いて柿崎少佐とばったり会ってしまった。

 少佐は碧眼をきょとん丸くしたが、いつもの小悪魔な笑みを浮かべていた。

「アロンゾ・・・試験でないといかんぜよ?」 

「少佐・・・か・・・そこを早くどいてくれ」

 俺は、夏美が隠し持っているノートパソコンに用があるのだ。

 あれはたしか奴がいつもいるアニメ研究会にあったはずだ。イラつく俺を少佐は首を傾げながらなにやら考えていた。

「てか、ここでなにをしているの?その焦ってイラついた様子・・・もしや・・・いかがわしいことか?」

 と少佐は聞いてきた。

「ち、違う!俺は・・・」

「まぁ、なんか知らんが青春まさっかりの騎士にはいろいろと事情があるんだろうなぁ~」

「今はそれどころじゃないのだ」

 俺はそういって手で振り払った。

「今は試験だろう?アロンゾ君や。このままだとまた、再試だよ?」

 と、少佐はニタリと笑った。

「ぐ・・・」

「ね?そろそろ現実に戻る時間だよ。小島守君」

 と少佐は優しい声色で言った。それを聞いて俺の肩にはっていた力もみるみる落ちていくようだった。

「でも、俺にはやりのこしたことが・・・」

 俺は俯きぶつぶつと言う。

 少佐は首を傾げ「やり残したこと?」と聞いていた。

「・・・。ああ」

「やり残したことってなに?」

 と少佐は真面目な口調で聞いた。

「それは・・・それは・・・騎士として・・・」

「騎士?」

 と少佐は、柿崎里奈は顔をしかめた。まだ、そんなことを言っているの?という顔をしている。柿崎里奈という教師のこうした顔を見るのは初めてだった。

 少佐はわかっていないのだ。この世界は魔女と魔物たちによって支配されているのだ・・・。静香ちゃんが・・・先輩の身が危ないのだ・・・。彼女を救う手掛かりがあるかもしれないのに、こんなところで試験を受けている暇なんてないんだよ。

「そうだ・・・そうだよ・・・俺は白銀の騎士アロンゾ。姫を守るために討ち死にした英雄・・・」

 と俺は小さな声で言った。

「ふーん・・・」

 と少佐はまじまじと俺の目を見ていた。青く透き通る目は何もかも見透かすかのようだった。金色の髪が揺れるのを見るとあのアロンゾの夢を思い出す。

「君の」

「・・・?」

「君のそういう所。私は好きだよ。どこか懐かしく。そして、力強さを感じる。さすがは、戦士だ。我が部下にしておくのはもったいないね」

 と少佐はほのかに笑った。

「お、俺っていつから少佐の部下だったの?」

「行ってきな。よくわからないけど。行ったほうがいい」

 ふんっと鼻息を鳴らして少佐は腕を組んだ。

「え?」

 と俺は思わず目を丸くした。

「君は騎士なのだろう?」

 と少佐は俺の肩を叩く。なんのことかわかってもいないのに少佐は俺を応援してくれていた。

「ああ。ありがとう少佐」

「でも、再試覚悟しとけよ?鬼軍曹のこの私が留年なんぞゆるさんからな?」

「ぐ、軍曹に降格してどんすんだよ・・・」

 と、俺は苦笑しながら少佐に礼を言って走った。

 アニメ研究会の部室のドア鍵をぶち壊して中に入り、机の上に置いてあるノートパソコンを起動させる。

 裏掲示板を覗くとコメントは更新されないまま、先週のまま止まっていた。

「ええと・・・くそ・・・どうやってこいつと会話できるんだ?」

 考えてみればこういうのつかったことがないのでまるでわからない。

 あれこれいじっているとパソコンの画面が急に真っ暗になった。

 何事かと焦ると、暗い画面に文字が点滅し始めた。


 ――こんにちは。小島守。あなたとこうして交流するのを待っていた。


「は・・・?待っていた・・・?」

 どういうことだ?俺は慌てて入力しようとするがそれよりも早く相手の文字が浮かんでくる。


 ――この部屋といくつかの区画は魔女の管理を離れている。それはどういう理由かは定かではないが、彼ら魔物たちも一枚岩ではないのだろう。


「え・・・」


 ――小島守。15:00に駅のコインロッカーに入っている携帯を持って「三謂生命保険ビル」前に来てくれ。私たちは君の力になれるだろう。


「力・・・?」


 ――これを逃せば私たちは君との接触を絶たなければならない。世界を救ってみたくはないかい?


「世界を・・・救う・・・?」


 ――招待状は出した。


 最後にそう残して文字は消え去り、パソコンは勝手にシャットダウンしてしまった。

 一方的に相手が言うだけ言って終わってしまった。

 後で起動させたがあの画面はでてこないし、気づけば学校掲示板は消えてなくなっていた。

 なにかの罠じゃないだろうか・・・。

「いや・・・」

 エナトは言っていた。


 ――一部の人間は私たちを受け入れ、一部の人間は私たちの力に魅入られ、一部の人間は私たちを利用しようとしている。しかし、人間の交渉のために私は静香の存在を消すのではない。私は、仲間と・・・この世界のために消さなければならないと思っている。


 それは何を意味するのかわからないが少なくとも人間たちの中で魔物の力を利用するものと

 排除するものがいるということだ。それは「異世界の扉」「巫女であり鍵」の静香ちゃんと関係している・・・。

 あの魔物たちを排除すれば静香ちゃんは救われる!

 彼らの力を借りるんだ!

 案外ことがスムーズに進んだ気がして俺は興奮を抑えられないでいた。

 とにかく、俺は藁にも縋る思いで、そのまま学校を飛び出して駅のコインロッカーに入っていた携帯を持って生命保険ビルへ向かった。

 バスを乗り換えて、額からでる汗を何度もぬぐいながら生命保険ビルの前に来た。

 時間より一時間も前に来たことに後悔した。飲み物も飲まずに暑い中ビル前に立っている、俺は制服姿で誰かを待っている姿を歩く人々に見られていることに気づき、目立つ自分に恥ずかしさを覚えながらも、出てくる汗をひたすら手で拭い、待っていた。

 やがて、コインロッカーに入っていた携帯の時計が15時になったころだった。

 ビルから一人の男が出てきた。

 眼鏡をかけた三十代のどこにでもいる風貌の男だった。

 この男だろうか?

 声をかけようかと渋ったが、そのまま声をかけないでいた。男は俺を一瞥するとそのまま駅のほうへ歩いて行った。

「違ったのか・・・」

 その後も30分以上待った。

 俺はなにかいたずらにでもあっているのではないか?

 そう思っていた時、携帯が鳴った。非通知である。


『小島守だな?』


 男の声だった。どこかで聞いたことのあるような声音だった。

「・・・。はい・・・」


『そのまま、ビルに入って地下に迎え・・・』


 ビルに入った俺は周囲をキョウロキョロと警戒しながらエレベーターのボタンを押して地下へ向かった。

 エレベーターの扉が開く。外に出て周囲を見渡すがコンクリートのひんやりとした地下駐車場には車しか置いていない。人が待っている様子などなかった。

 再び携帯が鳴った


『15番に止めてある白いワゴンに乗れ・・・』


 言われるがまま、15番に駐車してあるワゴンに乗る。

 誰も乗っていなかった。

 再び携帯がなった。


『そこを出るんだ!予定変更だ。ビルを急いで出てほしい。目の前に停める乗用車に乗ってくれ!』


 男の声はかなり焦っているようだった。

 慌てて車から降りると、いつからいたのか、白いポロシャツを着て黒ぶちの眼鏡をかけた中年の男がジッとこちらを見ていた。

 走ると相手も後ろから走ってきていた。非常階段を上がりビルを出て目の前にちょうど止まった車の扉があいた。中にいた制服を着た男が

「早く乗って!」

 とこちらへ手を差し向けた。

 俺が車へ飛び込むと、車は急発進した。

「いやぁ・・・危なかったね・・・」

 後部座席の隣に座る男がふうっと息を吐いた。 

「小島守くん。よろしく」

 と、がっちりとした体格の爽やかな顔をしたスポーツ刈りの頭の男が握手をしてきた。

 その手を軽く握る。自分の手汗がびっしょりだった。

「あ、あのさっきの追ってきた人は・・・?」

「さぁね・・・どこの組織の人間かは知らないが。ワゴンに乗らなくてよかったね」

 と男はにっこりと笑っていた。

 果たして俺はこの車に乗ってよかったのか。あるいはあのワゴンが約束していた車でこれは別の組織の車で実はこっちが悪者ではないかと疑ったが車の中で男たちは大変親切だった。その親切心に俺は気を許した。

 途中で目隠しをされた俺は、長い間車の中に揺られて眠ってしまった。

 気が付いた時には、建物の中にいた。あらゆる検査をさせられ、古いSF映画に出てきそうな頭に電線がいくつもついたゴテゴテとしたヘルメットを被されて白衣を着た偉そうな人に「問題ない」というお墨付きをもらうと再び目隠しをされた。

 そうして、半刻ばかりたつと、目隠しを外された。自分は白い壁の部屋の中にいた。

 椅子に座らされ、車の中にはいなかった別の人間が目の前に座っていた。縁なしのレンズだけの高そうな眼鏡をつけた中年の小太りした男がジッと俺を見つめていた。

 喉が渇いていた俺は眼の前にあったコップにある水を飲みほした。

 その様子を男はジッと見つめていた。男がなにか観葉植物を見ているような感じがして俺は気味が悪くて身震いがした。やがて男の口が開いた。

「さて、なにから話そうかな。君はどこまで知っているんだい?」

 と男は唐突に聞いてきた。俺は返答に窮した。

「あ、あなたは?」

「私はここの責任者のようなものだ。一応山中と名乗っておこう」

 と山中という男は笑った。

「は、はぁ・・・」

 と言って俺は緊張した。なにやら心を見透かされたような感じであった。山中は俺の一挙一動を見て笑っているようだった。

 数秒間俺たちに沈黙が訪れたが山中が机の前に置いてある英語の資料を目に通すと

「で、君はどこまで知っているの?」

 とこれまた唐突に聞いてきた。

「えーと・・・どこまでとは・・・?」

 と俺は聞いた。

「あのふざけた格好した魔女からいろいろと聞いたはずだよね?」

 と山中は少し苛立ちを込めたように聞いてきた。

「異世界の扉とか・・・巫女だとか。鍵だとか・・・あとは放っておけとか・・・聞きましたけど・・・」

 俺は素直に述べた。「なるほど」と言って山中は再び資料に目を通し始めた。

「あの・・・あなたたちはいったいなんなのですか?」

 と俺は我慢ならず聞いた。山中は資料を閉じ俺の顔をまじまじと見ながら

「私たちは、同盟国と協力してあの扉からやってきた異世界人との対応をしている機関とでもいうべきかね。と言っても私たちの中でも派閥が出来上がっているがね」

 と言った。

「派閥・・・?」

「で、我々はあの魔女と協力し隙あらば、その未知の力を奪ってしまおうという穏健派になる」

「穏健派?」

「ああ。でも、強かな穏健派だね」

 と言って山中は苦笑した。

「は、はぁ・・・」

「で、小島守くん。君はエナトとコンタクトを取った数少ない人間だそうだね?」

「え、ええ・・・。そこまで知っているのですか?」

 と、俺は驚嘆した。

「まぁ・・・。君のこれまでの経歴。家族構成。友人関係。性格。おおよそ知っている。君が初めてあの図書室で魔女とコンタクトをとれた・・・ということもね・・・」

 と言って山中は微笑んだ。

「す、すごいですね・・・」

 俺は苦笑いした。

 この人はどこまでも知っているのだろう。だが、男はなにやら謙遜した風に

「そんなことはない。エナトがあんな行動をとらなければ君と言う存在にたどり着けなかったし、あの図書室は前から気になってはいたんだ。それで・・・話を戻そうか。君は、扉のこと。鍵のこと静香という女生徒が異界の巫女で扉を開ける鍵だということも知っている?」

「は、はい」

「ふむ。小島守くんね。変な話。わたしたちは一応あの魔女と協調しなければならなくてね。その鍵である静香という女生徒とこれまたその鍵の力を封じる早風という謎の少年との関係も応援しなくてはいけないんだよね」

「・・・」

「しかし、私たちは異世界から来たという彼等の扉がずっと閉まってしまうという最悪の事態は回避したいし、鍵である静香のことも研究したいのだよ。つまりね。あの魔女が目指そうとしている鍵である巫女、静香という女性の存在消滅を回避したい・・・ということなんだよね?わかるかい?」

 と山中は目つきを鋭くして聞いた。

「はい。わかります。俺も静香ちゃ・・・じゃなかった・・・静香先輩を失いたくない」

「うん。うん。いいね。じゃあ、私たちに協力してくれる。それでいいかい?」

「静香先輩を助けられるなら」

 と俺は毅然として言った。男は破顔して笑った。

「ハハハ。いいね。じゃあ、我々は君を保護しこれからずっと守っていくよ。その変わり君も静香を守るために協力してもらうことになるけどいいね?」

「はい」

「よろしい。我々は君が聡明な人間で大変うれしいよ。なにか聞きたいことはあるかね?」

「あ、あの」

「なんだい?」

「あのエナトってなにがしたいんですか?」

「なにがしたいって?」

「なにが目的で来たんですか?本人は落ち延びてきたって言っていましたけど。てか、魔物ってなんなんですか?」

「君は彼女からすべて聞いてないのか?」

「ええ。はい」

「そうだな。では、君にはちょっとした説明をしようか。彼らは異世界から来た。そうだね?」

「ええ、扉を抜けてきたと」

「我々はその扉を見たことはないんだよ。彼らが突如現れたところでは未知の粒子は確認されたし、確かに彼らがこの世界の住人ではないことは、密かに捕獲した魔物の遺体解剖からわかるけどね。でも、扉がどこにあるのかは不明なのだよ。予測はついているが・・・。断定はできない。我々は彼らのことに関してはさっぱりわかっていないというのが本当のところさ。化け物が人間の姿に化けていたり、それが何百体いるのかも不明だ。初めてコンタクトを取った時も彼女の魔法と魔物を見せられて皆驚いた。彼らの歴史、文化、宗教などはエナトを介して知ることができたが・・・あのエナトはなかなか面白い魔女だ」

「なんですか?」

「エナトはただの人間に過ぎなかったが、深淵に足を踏み入れ、最深部にあった真実を見たことで魔法を知り魔女となったそうだ」

「深淵・・・」

「ああ。なんのことかさっぱりだが、向こうの世界にはそうした未知のエネルギーがあるようだ。異世界に行けばあの不可思議な魔法の正体もわかるかもしれない。今、魔法を解明しようと研究者は躍起になっている。なんせ何もないところからあれだけの質量とエネルギーを出せるからね。私は彼女の魔法を始めてみたときあまりのすごさに鳥肌がたったものだよ。装甲車を溶かしてしまうのだから・・・」

「魔法・・・」

「彼らは、超越した存在だ。だが、人の姿をしても巧妙に姿を隠しても、中になにかいるとわかってしまう。一度会えばわかる。人間じゃないってね・・・。そういえば君は瞬間移動を体験したようだね」

「ええ。はい・・・」

「我々も何人かを雇って試しにやらしてみたが皆、どこかへ消えた後、発見したら記憶を失ったりしてしまったよ。君はしかし覚えているというからすごい」

「えっと・・・はい・・・」

「なるほど。君には魔力というのが本当にあるのかね?」

「わかりません・・・エナトがあるかもって言っていただけで・・・」

「ふーむ。そのあたりも無理にとは言わないが協力してくれると嬉しいね」

「は、はい・・・あの。扉って奪えないでしょうかね?てか、なぜわざわざ落ち延びてきたんですかね?」

「彼らは戦に敗れて落ち延びてきた、あの魔法を使えるエナトが負けたということは相当強い連中なのだろう。地上のどこにも逃げ場がない彼らは新天地を目指して扉を抜けてきたらしい。我々はその扉をワームホールに似た何かだと考えているが・・・正直扉の情報だけはまったくわからん」

「じゃあ、さっぱりわからないんですか?」

「ああ。さっぱりだ。でも・・・。魔物たちの中にはエナトのことを快く思っていないものがいるようだ。我々は彼らから情報を仕入れてエナトの目的に迫った。どうやら彼女は我々が向こうの世界を侵攻して資源を食いつぶすのではないかと危惧しているようだ。そのため、扉は閉まっているが鍵すらも破壊して扉を使えなくしてしまおうとしているらしい」

「え?そんなこと」

「ああ。するはずがない。とは、完全に否定できないのだがね」

「え?」

「小島守くん。君はこの地球があと何年もつと思う?」

「え?なんですか急に?」

「この地球はね、あと数百年ももてばいいほうなんだよ。百年後。君も私も死んでいるがすでに環境の変化と資源の枯渇が出て来ている。このままだとこの世界は何世代も先に滅びる。作物はまるで育たないし、一面が砂だらけの土地となっていくだろう。AIによる技術特異点を迎えても人類の生活圏はもう間に合わないのだよ。一部のものだけを残して滅びるが運命だ。彼ら魔物たちはしかし、そうした環境化でも生きていける。最終的にやつらが数百年先にはこの地球の支配者となっているのだろうね。嫌な話だよ。母なる大地を余所者にとられてしまうのだから」

「そ、それじゃ・・・どうするのですか?」

「そうしたことも考えて、SFに思えるかもしれいが、我々は別の住める星がないかを真剣に検討しているし、実際移住なども考えていた。だが、適当な星が見つかっても安全な移動手段が見当たらないし、何百年かかるかも不明だし、何人運べるかもわからない。だが、やつら異世界から来た住人たちの扉ならどうだい?」

「あっ・・・」

「ああ。そうさ。やつらの扉を使って我々が向こうの世界に渡り、やつらの土地を手に入れれば環境と資源の問題は当面解決される。増えすぎた人口に見合う資源の消費を行える。異世界人たちの人口は何十億もいないようだからね。ちょうどいいさ。そのための組織であり我々であり・・・君なのだよ」

「あ、あの・・・。お、俺・・・俺なんかになにができるんでしょう」

「君にできることは限られているが、君にしかできないことがある」

「???」

「こいつだ」

 そういって山中は俺の学校の鞄を出した。鞄はずっしりと重く通常のより一回りほど大きく見えた。何かのアニメキャラのキーホルダーがついてあった。

「これは?なん・・・ですか・・・」

「ああ。君にはこの鞄を与える。操作は簡単だ。この鞄についてあるふざけたキーホルダー。こいつはボタンだ。こいつを三回押すと中にある爆弾が作動する。鞄は開けられず爆弾はとりだせないようになっている。解除は四回押すと解除となる。作動から爆発までの時間は二分となっている」

 ば、爆弾!?そんなものをなにに使うのだ?なにに使う?わかりきっていることだ・・・。

「それって・・・エナトを殺すってことですか?」

 俺の問いに男は微笑んだ。

「結界を破壊するだけだよ。あの魔女は爆弾如きでは死にはしない。このかばんの中に入っている火薬には魔女の魔力を封殺する力があるんだよ。これも異世界人の力だね」

 結界・・・。あの資料室の不思議な空間のことか・・・。それに死にはしないって試したことがあるのか?というか、異世界人の力って・・・。

 山中を見ると不気味な顔で笑っている。

「え・・・。これってつまり俺にやれってことですか?」

 俺はひきつった笑みを浮かべながら聞いた。

「・・・。情報によれば奴はあの図書室の部屋とは別の異次元空間にいるみたいだね・・・。君はどうしたわけだかそこをパスして開通できる」

「いえ、今もできるかわかりませんけど・・・」

「エナトなら君を迎えるだろう。そこがチャンスだ。君は何気ないふりをして適当な場所に座り、鞄を下ろす。そして、適当に話したら部屋からでる。あとは部屋が吹き飛ぶ。爆弾の特殊な重力異常の影響でエナトはそこから一時的に出られなくなる。恐らく遠方からの干渉もできないだろう。その間に私たちは静香と扉を保護する」

「・・・。それを俺に?」

「やってくれるかい?無理にとは言わないが、もはや君にしかできないミッションだ」

「俺にしか・・・?」

「ああ。そうさ。君にしかできない。君が世界を救う・・・。魔物たちの国を滅ぼし人類の新天地を切り開く英雄になるのさ」

 俺は鞄を渡された。ずっしりと重い鞄だが持てないことはない。

 俺は明日こいつを使って・・・。

 英雄になる?


 *


 どこをどうやって帰ったのだろう。気づけば自宅の自室でベッドの上に横たわっていた。

 あの組織との接触がウソではないことは机に置いてある鞄を見ればわかった。

 中には小型爆弾が入っている。

 明日。小型爆弾でエナトの結界を爆破する。エナトはこの爆弾で死なないのだろうか。組織の人は死なないとは言っていたけど・・・。

 いや、しかし、その前にエナトがいる部屋に入るなり小型爆弾だとあいつにわかってしまったらどうなるのだ?

 殺される?

 いつの間にかこうした事態にまで発展してしまったけど、これでよかったのだろうか?

 軽率だったか?

 いや・・・静香ちゃんを救うにはこれしかないのだ・・・。俺は・・・俺は・・・英雄になるのだ・・・。

 しかし、英雄になってどうするのだ?

 本当にこれでいいのか?いいに決まっている。静香ちゃんを失うなんてことは考えられない・・・。でも、それでも・・・。なにかもっといい方法があるような気がするのだ・・・。考えれば、もっと考えて知恵を絞ればだれも傷つかない方法がどこかにあるんじゃないか?

 そうだ!

 エナトと人類が手を握れば資源の問題も組織が抱える問題も魔物たちが抱える問題もすべて解決できるじゃないのか?

 そうすれば静香ちゃんも解放されるのでは?

「一度話す必要がある・・・エナトと・・・それまではこの爆弾を・・・」

 話す?

 俺がこんなことを思いつくぐらいだから組織とエナトとの間に交渉が行われていてそれ以上交渉が進まないから、エナトは人類が扉を抜けてしまうことを恐れて静香ちゃんを消そうとしている・・・。

 ああ、そうなのか?

 だから組織は爆弾を使って静香ちゃんを保護する作戦を考えているのか?

 俺は一日中どうすればいいのか考えていた。だが何も思い浮かばない。

「仕方ない・・・」

 と思ってとりあえず、爆弾を持って登校した。

 登校しているとき、いつもより暑いと感じた。暑さの汗と緊張の汗がごっちゃになっている。とにかく気持ち悪くて仕方がない。なにもかも洗い流してくれる雨でも降ってくれればいいのに。

 と、カンカンと晴れる空をぎろりと睨んだ。すべて太陽のせいにして滅茶苦茶にしてやりたい。

「くそ・・・」

 舌打ちをして俯きながら校舎へ入る。ペタンコの履きにくい上履きをイライラしながら履いて教室に入った。

「あ・・・」

 教室に入って失敗したと思った。

 今日も試験日であった。鞄は開かないし中には爆弾が入っている。この時点でエナトに発見されている気がしてならなかった。

「ぐぅううう・・・」

 席について腹を抑えて机に突っ伏す。胃が痛くて死にそうだった。みんな、教科書やプリントを見直したりしていつもより教室は静かだったのがせめてもの救いだった。うるさかったら怒鳴っていたかもしれない。

「おはよう、守。昨日なんで試験受けなかったの?」

 と直江が問い詰めるような口調で声をかけてきた。

「な、直江!?」 

 と俺は驚いた。

 エナトにばれたか!?

「なによ?そんなに驚いて・・・」

 と直江は憮然としていた。

「まさか・・・ほんとに直江・・・?」

 と俺は直江を凝視した。

「直江千夏よ。どうしたの?また、なにかの設定・・・?こんどはなんなの?」

「い、いや・・・」

「ん?またアサシンとかいうつもり」

「アサシン・・・」

「やっぱ言うつもりだったんだ。あんたも暇よね・・・」

「俺はそんな暇じゃない!」

 と怒鳴って机をたたいた。クラス中の視線が俺に集まっていた。

「ど、どうしたのよ・・・?急に大声あげて・・・」

 と直江は眼と口を大きく開いて驚く。

「いや、なんでもない・・・」

 と言って俺は視線を逸らした。

「どっか具合悪いの・・・?保健室行く?」

 そういって直江は俺の肩を叩く。

「いや、いい・・・少し部室でゆっくりしている・・・」

 バックをもって立ち上がって教室を出た。ちょうどチャイムが鳴る。

「え、ちょっと・・・」

 と言って直江が後ろから声をかけていたが無視して部室へ向かった。

「ああ、失敗した・・・失敗した・・・」

 廊下を歩きながらぶつぶつ呟いてしまう。

 組織の山中のところへ駆け込むか?いや、それとも今から資料室へ・・・。

「小島守」

 と、体育の教師に呼び止められた。

「は、はい・・・?」

 体育教師の目つきはどこかおかしい。焦点があっておらず、涎をたらしていた。

 全員の毛が浮きだつ。おお・・・。もうおしまいだ・・・。こいつはエナトだ・・・。

 心臓の音が高鳴ってどうしようもない。いまだかつてここまで神経を使ったことがなかった。

「今から資料室へ来なさい。待っています。エナト」

 と体育教師は事務的に言った。来ないとどうなるのだろうか。

 俺は黙って弱弱しくうなずいた。

 体育教師はそれを確認し、頸をカクンと縦に揺らすと踵を返して別の教室へ入っていった。

 ああ・・・。エナトにばれた・・・・。

 だから、体育教師を操って俺を・・・

 ぐにゃりと視界が歪んでいく。気づけば涙が出ていた。

 ああ、ちくしょう。終わりだ。すべて。終わりだ。ばれちまった。俺は終わりだ。静香ちゃんも救えない。結局ただの脇役でしかなかったのだ。

 なにが白銀の騎士アロンゾだ。運命の女。姫なんて俺には・・・俺にはいなかったのだ・・・。

 死刑宣告を受けたようだった。このままどこかに逃げてしまいたい。

 だが、道化の騎士にも誇りがあった。ああ。どうせ逃げても無駄なら刺し違えてでも自爆してやろう。

 バックを抱きかかえながら、図書室へ向かう。

 途中、何人もの教師にすれ違ったがなにも言われなかった。なにか言われても今の俺にはなんの言葉も頭に入らないだろう。

 資料室につく。ドアを開けると中に魔女がいた。

 本の山を椅子代わりにしてちょこんと可愛らしく座っていた。

「小島守。調子はどうですか?」

 とエナトは言った。

「うん・・・まぁ・・・」

 と俺は眼を逸らした。

「相当まいっているようですね。あまり思いつめないでください」

「・・・思いつめる?」

 と俺は口をゆがめてエナトを睨んだ。爆弾が詰まったバックを地面にそっと置いてその場に座り込む。

「ええ。思いつめています。静香のこと。私たち魔物たちのこと。急な出来事の連続であなたは混乱してしまっている。あなたは私にとって大切な存在。身体は大事にしてほしい」

 と言ってエナトは笑って俺を見ているようだった。相変わらず目隠しのような布を目に巻き付けているのでいったいどんな目をしているのかわからない。それがわからず、余計にいらだつ。

「はっ・・・大事に?静香ちゃんを消そうとしているくせに・・・」

 俺はバックのキーホルダーを手にもちいじくるようなしぐさをした。

「彼女を消すことで多くの命が助かる。彼女がいなくなることで多くの混乱が起きずにすむ。小島守。どうかわかってください」

「うるせぇ!なにがわかるだ!こ、こんなふざけた結末があってたまるかぁ!お、俺だってや、やれば・・・」

 キーホルダーのボタンを三回押せば起動だ。だが、手が震えて指がうまく動かない。その様子をエナトはジッと観察しているようだった。

 俺は観念した。

「こ、殺すんだろ!だから呼んだのだろ!?」

「は?殺す?殺すのではあればわざわざあなたをここへ呼んだりはしませんよ・・・ただ、あなたの様子がおかしかったので」

「おかしい?」

 と俺は聞いた。エナトは頷き

「なにか思い悩んでいるのでしょう?私があなたの悩みを聞きます」

 と言う。

「おまえはなにを言っているんだ?」

 と俺は呆れた声が出た。

「何とは?私はあなたが心配で・・・」

「お前がそもそも俺を悩ませているんだろうが!魔法を見せて脅して静香ちゃんを消すとかいって!」

 俺は膝を思い切り叩いた。

「それは・・・」

 とエナトは言葉に詰まる。

「なめるなよ・・・俺だってやろうと思えばやれるんだ・・・」

 震えが止まった指で三回ボタンを押そうと手をかけようとしたところで、エナトが

「小島守。あなたはそんなにもあの器を愛しているのですか?あれをあなたは愛せるのですか?」

 と急に悲しそうな表情で聞いてきた。俺はその悲しそうな声を聞いてどきりとし、ボタンから指を離した。

「愛するもなにも消えるなんて嫌に決まっている!そんなことあってたまるか!」

「そうですか・・・」

 とエナトは俯いた。なにか考えているのだろうか。

 しばらくたってから、本の椅子から立ちあがり俺の目の前にきて地に膝をついて帽子をとった。

「わかりました。それでは、器を残せないか少し考えてみましょう」

「え?」

「ですが、方法がなければ彼女は消す。いいですね?」

「ほ、本当か?本当にいいのか?」

「ええ。これもなにかの縁です。魔力をもった人間と会えた・・・なにかの・・・」

 と言ってエナトは怪訝そうに眉を顰めた。

「どうした・・・?」

 と俺は心配になって声をかけた。

「小島守・・・。そのワイシャツ・・・」

「ワイシャツがどうした・・・?」

 エナトは俺のワイシャツのボタンをスッと一つ取った。

「な、なにするんだ?」

「盗聴器・・・?」

 ボタンをジッと見つめた後、エナトは天上に視線を向けた。そして、途端に焦ったかのように天上に向けて何事か未知の言語で告げていた。

「おい、どうした・・・?」

「小島守・・・そのバックは・・・?」

「バックって・・・これは・・・」

 ここでバックの存在がばれてしまった?いや、小型爆弾は入っているけどちゃんと説明すれば・・・。

「いや、このバックはその組織のやつらから・・・でも、キーホルダーがボタンになっていて押さなければ・・・お、俺は結界を破るために来たんじゃなくて、交渉しに・・・」

 と、バックのキーホルダーに視線を落とすとキーホルダーのキャラクターの目が赤く点滅していた。

「俺、押してないぞ・・・」

 顔が青ざめていくのが自分でもわかった。キーホルダーのボタンを四回押しても解除できない。

 そこで俺は一瞬のうちに気づいた・・・。組織は、俺を・・・・。裏切った?

「伏せて!」

 エナトは叫んで杖を振りかざす。とっさに体を伏せた。

 カッと部屋中が光に覆われた。激しい衝撃と風で吹きとばされていく。視界が真っ暗になり俺は意識を失っていった。


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