「図書室の魔女」
3章「図書室の魔女」
朝、起きて寝ぼけた状態で自宅の一階にある洗面所の鏡の前に立っていた。
濁った自分の目を覗くと昨日のことが思い出される。
思い返せば、NTRされて頭にきて殴り込みにいったが、気づけば瞬間移動していた。あれはなんだったのだろうか・・・。
俺は、昨日の出来事を思い出すと改めて寒気がしてきた。
なにかのマジックでトリックがあるのだろうが、そのトリックがわからないと怖いものだ。鳥肌が立つ。と同時にどういうわけか武者震いに似た感じもしてくる。ようやく自分の目の前に不可思議な状況が舞い降りてくれたことに高揚してきていた。
ふっ。とはいってもなにかトリックがあるのだろうがなぁ。フフフフ・・・・。
「円卓機関の早風・・・。やつの陰謀を打ち砕き、姫を救い出す・・・」
我が領土内で乳繰り合うド外道な男を倒し、この領地に平和を取り戻す。それがこの街を治める騎士アロンゾの責務なのだぁ。
と、ぶっ潰す宣言をして、本日は金曜日。
日に日に蝉の声もジージーとうるさく、暑くなっていき、苛立ちが増していく季節が近づいている。
朝早く、坂道が急な丘の上に建った校舎に向かって走った。
戦国の世ならばここは戦略的要衝であっただろうと妄想しながら俺は昨日の転送された場所に向かっていた。昨日は怖くて近寄れなかったが今朝は、興奮しているからかそれが可能である。
名探偵コ〇ンの如く、現場の地面をなめまくってあの瞬間移動の証拠を突き止めてやる。
と、現場についてあれこれ調べたがなにもなかった。見つけたのはアリの巣と蝉の死骸だけである。徒労に終わって疲れたのか午前中の授業は爆睡。
ちなみに地面の土の味はうまくなかった。
そして昼休み。
試験が来週から始まるというのに俺は、円卓機関をぶっ潰すという大義を成すために、図書室の前に来ていた。
その理由は、参謀直江とここで作戦会議をするからである。騎士団の部室に行けばいいのだが、直江は図書委員なので昼休みは外せないとのことだった。
さて、どうやって倒そうか。
「数学以外なら秀才」の直江ならその答えを導きだしてくれるだろう。
正直俺は考えることは得意ではない。体育と美術なら得意なのだが、ほかはてんでダメだ。イケメンで才色兼備の早風から静香ちゃんを守るには緻密な計算を。そして円卓機関をぶっ潰すにはあのトリックを暴く必要がある。知力90代である直江を軍師にできれば、やつを倒すのは容易であろう。
図書室の扉を開けると空気が変わった。
エアコンが効いている図書室は涼しかった。この温暖化の中でエアコンが壊れた我が教室とはまさに天国と地獄である。
で、来てみたはいいが・・・。
図書室は人でいっぱいであった。長い机を見ると教科書を広げて黙々と問題を解いている生徒が大半である。
受付を見れば、直江がいる様子はない。
「んだよ・・・あいつどこだよ・・・」
受付にいた牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた女子に聞くと「知らない」とそっけない答えが返ってくる。
「さて、どうしたものか・・・」
受付前で思案していると、ツンとニンニクの臭いがした。
サッと振り向くと夏美こと夏候惇が手塚治氏の漫画「火の鳥」を片手に突っ立ていた。
「よう。孟徳。なに?三国志演義借りに来たの?」
と割と夏美は呑気な様子だった。昨日はめっちゃ興奮していたのになぁ。
「今日は知恵の泉の管理者に用があってきたのだ・・・。三国志演義は借りない」
と俺は言った。
「あ、わかった。陳寿の三国志正史のほう?」
「お前は三国志から少し離れろよ」
「あー・・・。じゃあ、項羽と劉邦?」
「違う」
「ほなら、封神演義?水滸伝?」
「だから・・・中国から離れろ。てか、俺は今直江を探しに来たの」
「直江?あの直江千夏殿か?」
「ああ。直江千夏。俺の軍師のことだ・・・」
「数学以外は天才のあの直江を軍師にするとはさすがは孟徳・・・。あのものは先ほど二階に行くのを見たぞねぇ」
それを聞いて、以前、直江が昼休みに資料室の整理を頼まれて「めっちゃめんどい」と愚痴っていたのを思い出した。
「二階・・・。ということは資料室の整理かな」
「あ、あそこに行こうというのかえ・・・?よしなされ・・・旅の人・・・」
と夏美は急に腰を曲げて老婆のような口調になる。
「なんだ?資料室になんかあんのか?ゴキブリでもでんのか?」
「ゴキはどこにでも現れる魔獣・・・それより気をつけるがよろし。この校舎全体は亜空間とつながっていると言われているアル」
「亜空間?」
と俺はどきりとした。
「うむ」
「ま。まじか・・・」
「ああ。マジだ・・・と、言われている・・・昨日作った・・・設定というわけではない・・・」
「ああ、そういえば昨日、早風の野郎をぶっ飛ばそうとして転送されちまったもんなぁ。あのトリックを解くことで魔王への路が開ける・・・そういうわけだ・・・」
「転送・・・?なるほど、そういえばそんな世界であったか・・・我と孟徳が三国時代に異世界召喚されて俺ツエー無双をしていくという・・・」
「いや、そんな設定作ってねーし。つか、俺アロンゾだし。ほら、あれだよ。昨日気づいたらプールに飛ばされてびしょ濡れになっただろう?」
「ん?」
と首を傾げる夏美。
どうにも要領を得ない。
「だから!昨日運動場で瞬間移動を体験したじゃねーか?」
と俺は声を大きくして聞く。
だが夏美は呆けた顔をしたまま
「あーん・・・?あー・・・。んなぁ設定はねーよ」
こいつというやつは日本語が通じないらしい。
「・・・はぁ・・・。昨日屋上で早風と静香ちゃんが一緒にイチャイチャしてNTRをぶっ壊すために武力介入しただろう?忘れたとは言わせないぞ。あのイリュージョンを」
「・・・孟徳よ」
と夏美はその丸く太った顔でまじまじと俺を見つめた。
「なんだよ・・・?」
「早風と静香ちゃん先輩って付き合っているの?それが事実なら18禁ゲームの触手が出す愛液のような粘着銃を我は撃たなければならない・・・」
んだと?なに言ってやがるこの豚野郎。
「その年で痴呆にでもなったのか?」
と俺はイラつきながら聞く。
「いや、真面目な話さっぱりなんだが・・・」
と、夏美はすっとぼけていた。
「え?ホンマに知らんの?」
と俺はなにかの冗談だと思ってひきつった笑みを浮かべる。
夏美もつられて笑みを浮かべていた。ニヒルないつもの笑みをうかべて
「孟徳よ・・・貴様のいうことがなんのことかさっぱりであるが・・・お主は覇道を進むと決めたのであろう?」
「え、あ、ああ・・・」
「ならば、恐れずに行くがいい!」
「あ、うん・・・」
「あのう・・・図書室ではお静かに願いますか・・・?」
と、受付にいる眼鏡娘に注意され俺たちは、静かに別れた。
「たく・・・夏美の野郎。なんですっとぼけているのだろうか・・・」
しかし、本当に覚えていない感じだったな・・・。
「でもあいつバカだしな・・・」
ともあれ気にはなったがそれよりも直江であった。
うちの学校の図書室は無駄に広い。
改築されてできた横に細長くできたこの部屋は二階まであり、高校生が理解できないような類の難解な書物まで置かれている。当然、そちらには人は近づかない。
その二階のかび臭く埃ぽい本棚に隠れるように扉があり、そこが資料室として置かれてあった。
とはいっても直江が言うにはもう資料室として機能せずに、別の場所に資料室を設けてあるので、「旧資料室」というのが正しいらしいが、この資料室も全くといっていいほど使われない。部屋の中には貴重な本が保存されているというのだが、まぁ、そんなものは高校生には興味がないのが実情だ。
ドアノブを回すと鍵が開いていた。
資料室に入る。
「うお~い。直江~おるか~?」
っているわけがないな・・・。
当然だ。中は真っ暗である。鍵を閉めていないとは警備上ダメダメである。
電灯をつける。
「うお!」
と俺はあまりにも驚いて後ろへ転倒した。
目の前に、とんがり帽子を被り、灰色のローブを羽織った人物が机の上に山と積まれた古びた本の上で寝ていたのだ。
「えっと・・・こいつは・・・いったい・・・」
ツンツンと人差し指でつついてみても反応がない。
まさか、ダッチワイフか!?
わくわくしながら、人形の被っていた帽子をとってみると、白い髪が見えた。呪文のようなものが書かれた布が片目だけ巻かれており、鼻はすうっと高く、唇も艶やかで肌は病気かと思うほど真っ白であった。
服は白色の褪せた祭服と言うのだろうか。そんな感じの中世の時代のような服装であった。マントのようなローブまで着ている。
首には奇妙な造形のネックレスがされている。その胸元がかすかに動くのを見て驚く。
静かな寝息が聞こえるのを見るにダッチワイフではないのがわかったが美しくてこの世のものには思えなかった。
「どうもダッチワイフには見えないが・・・この格好は・・・」
着ている服からして、シスターというより、魔女のように見えた。
先端が丸く鍵型の形をした装飾が美しく長い杖を大事そうに抱えているからだろう。
「まさか・・・。そうか・・・。こやつが、と、図書室の魔女!?くっ。亜空間の存在は本当であったか・・・円卓機関の手先はこやつか!」
と言ってみたが、目の前の女の子はまるで反応しなかった。
可愛らしい寝息が聞こえるだけである。
「・・・あー・・・」
そうかぁ・・・。
先ほどの夏美の話を真に受けてか、ここでなにかイベントが起こるのだろうと思っていた。だが、どうやら違うようだ・・・。
我が前世の因果設定と関係できる存在かと思ったが違うようだ。
「・・・。こ、コスプレかなにか・・・。かな・・・?」
まったく・・・夏美と同じ種類の人種か・・・。しかも、この暑い夏にこんな厚着とは変な奴だ。
俺はやれやれとため息をついて部屋を出ようと、持っていたとんがり帽子を頭にかぶせたとき、魔女がむくりと起き上がった。
「え、えっと・・・」
と俺はあたふたとし始めた。
「あなたは・・・なんなのです?」
と、開口一番魔女は冷たい口調で聞いてきた。
片目だけの緑色の美しい目がずっと俺を見つめている。
非難するような視線をぶつけてきた。
その目が人の目とは思えなかった。どこか神秘的で吸い込まれそうだ。
俺はたじろきながら
「いや、なんなのですって・・・」
「どうしてここにいるのですか?どうやって入ったのですか?」
と俺は責められているようだった。
「そ、それはこっちの台詞・・・だぞ・・・ここは関係者以外入っちゃいかんのだぞ・・・?たぶん・・・」
魔女はそれを聞いて口を半開きにする。
なんだかぽけ~とした感じの子だな。
魔女の視線は俺の後ろの扉へと向かう。開けっ放しの扉は気づけばしまっていた。
「結界が・・・」
そういって魔女はドアを指さした。
「あ・・・あー・・・」
と俺は枯れた声が出た。
恐らく結界とはドアノブの鍵のことを指すのだろう。たぶん鍵をかけ忘れたってやつだこれは・・・。たぶん。俺と同じ同族なのだ。
ならば、のってやろう。
「ククク・・・そのような結界・・・魔法騎士でもある俺には無意味」
「・・・。魔法騎士?」
と魔女は首をかしげる。
「知らないのも無理はない・・・な・・・。遠い別の世界の話だ・・・魔術キャンセラーとして邪眼を使ったのだよ」
「ふぅーん・・・」
と魔女は小さな子供のような返事をする。
「で・・・貴様は魔女だな・・・?」
と俺は薄笑いを浮かべながら聞いた。「はい・・・」と魔女は頷く。意外とあっさりとした返事に俺は少々戸惑ってしまう。
「そ、そうかぁ・・・魔女さん・・・こんなところでなにをしているんだい?」
とこんどは紳士的に聞く。
「ここで管理をしています」
と魔女は答えた。
「管理?」
もしかして、このコスプレ魔女は図書委員かなにかだったのかな?
「こほん・・・。魔女・・・さんは、どこのクラスかな?」
「クラス?この学校には所属していません」
「え・・・?じゃあどこの学校?」
「・・・どこでもありません」
「んー・・・。ということは中卒・・・?」
「私はこの国の教育課程を出ていないのです」
この国の・・・?ということは外国か・・・。なるほど。顏はたしかに西洋人顏で日本人という顔ではない。あ、外人さんか・・・ふむ。日本語うまい。
「留学生かな?」
「・・・」
と、黙したままフルフルと首を振る魔女。
「え?違うの?じゃあなんなの?えっとちなみにお名前は?」
「私は・・・」
「私は?」
「魔女エナトと名乗っておきましょうか」
と言って魔女はふふっと笑った。
「エナト・・・。あ、そう・・・エナトさんね・・・」
うむ。名前を知ることはできた。
「十年・・・」
とエナトは唐突に言った。
「え?なに?」
「十年ぶりにここに人が現れました・・」
「え?どゆこと?十年?」
「ここに十年いますが、人は来なかったのです」
「・・・。なるほど、ここに引きこもっていたのか・・・十年間も・・・」
ホームレスかなにかなのかな・・・。
大丈夫かなぁ。この娘・・・。だれかここで面倒みてやっているのかな?こういう時どう対処すればいいんだろうか・・・。
「あなたの名前は?」
と魔女は聞いてきた。
「俺の名は、小島守・・・騎士をしている・・・」
と俺はクールに言った。魔女は思案している様子だった。
その仕草はどこか知的であった。
「こじままもる?騎士?」
と俺の名と役職を口に出す。
「うむ。なぁーに。大した仕事ではない。今日も我が領地の視察をしておったところだ」
と俺は謙遜した。
「小島守はだれに仕えているのですか?」
「我が姫。静香ちゃん先輩にお仕えしている」
「静香・・・。小島守は所謂ストーカーというやつですか?」
「え・・・。なに・・・?なんて?もう一度プリーズ?」
「小島守はストーカー」
「違う!なぜ、そんなことを言うの!?」
「この間、静香の想い人になにかしようとしていましたね」
「な、なぜ、それを知っている・・・?貴様!まさか!?」
円卓機関の手先か?と聞こうとして
「魔女だからです」
と返ってきて残念であった。
「あ、ふーん・・・」
と気のない返事をしてしまう。
エナトはそんな俺の返事も気に留める様子はなく、俺のほうをジッと見つめているようであった。
包帯のような眼帯を巻いているし、何もかも見透かすような目をしている。
なんだか、しゃべろうにも話題が思い浮かばない。居心地の悪い感じがしてくる。
「・・・。その様子。やはり、あなたは覚えているのですか?」
とエナトは聞いてきた。
「あ?なんていった?」
俺は聞き返した。
「・・・」
「今、覚えているって言った?」
と俺は彼女の顔をジッと見つめながら聞いた。
「いえ、本来。ここの人は力を行使すればすんなりと忘れてしまうものです。そうするとあなたは、稀有な存在なのでしょうか。それとも・・・」
といって顏を上に傾けた。その視線は天上であった。つられて俺も天上に視線を向ける。
「そろそろここから弾き出される時間です」
「は?弾き?」
「小島守。忠告します。静香と早風。彼らには手を出さないでください。彼女には早風がいることで多くが救われるのです」
「は?急になんだ?どういう意味だ?」
「そのままの意味です。彼女と早風の仲を裂かないでほしい」
「おまえ・・・それって!」
「つまり・・・。ほうっておいてください」
プツンとテレビの電源をオフにしたような音が聞こえ、目の前が真っ暗になった。
「あれ・・・?」
と視界が戻り、気づけば資料室の前に立っていた。ドアノブはなくなり引き戸になっていた。
中を開けると直江が、ダンボールの中から重たい本を持ってパタパタとせわしなく動いていた。
「ど・・・どういうことだ・・・これは・・・?」
と俺は憮然としてしまった。
「あ・・・守。どうしたの?そんなところで立って?いつにも増して間抜け面よ」
「おい!?ここに魔女がいなかったか?」
「は?魔女?あ――。あっ!明日確かテレビでやるっけね。宅急便のことね。わたしあれ大好きよ」
「違うっ!そんな国民的なアニメじゃなくて!ここにとんがり帽子をかぶった女の子が寝ていたんだよ!」
「・・・守・・・保健室行く?」
「なんだよ。その変なやつを見る目は・・・」
「あんたはもともと変なやつよ・・・」
直江は俺がまた変な妄想ごっこ遊びをしていると思ったらしく、相手にされなかった。
白昼夢だったのだろうか・・・。
もしくは俺の無意識化にある欲望と理性が我が凶暴性を止めようと可愛い魔女を夢に出してきたのだろうか。それかもしくはこれは人類普遍のメッセージだとでもいうのか・・・。ううむ。フロイト先生でもユング先生でもどっちでもいいから教えてほしいぜ・・・。
しかし・・・。
「ほうっておいてください・・・」
あれはなにを意味するのだろうか・・・。だが、あの妄想存在の魔女がなんと言おうと引き下がる気は起きなかった。
なんとしても早風をぼっこぼっこにして弱みを見つけて静香ちゃんを奪い返すのだ。
・・・。あれ?俺悪役みたいだな・・・。
気のせいか・・・。
俺は騎士アロンゾ!姫を守るために転生した男!断じて嫉妬だけで人を斬ったりはせぬ!