14章「深淵の戦い」
14章「深淵の戦い」
鏡の騎士は疾駆した。
巨大なダンプがこちらへむけて突っ込んでくるかのようだった。
上から振り下ろされた重い剣撃が俺に襲いかかる。
「ぐッ!」
かわすこともできずに、受け止めた俺は、腰を横に捻ってその一撃を流す。
力一杯に振り下ろした剣はそのまま重力に引っ張られて地に剣が着くだろう。その隙をついて、胴を薙ぎ払いに移る!
しかし、鏡の騎士はそれすらも読んでいた。
そのまま剣を片手に持ち替えて横に薙ぎ払った。対応できない俺は横に吹っ飛ばされた。
「ぐッ!」
凄まじい力だった。
そして、恐るべき早業であった。
一瞬にして間合いがとられると頭蓋を割るのをねらって剣を振り下ろしてきた。ぎりぎりで躱すも蹴飛ばされて宙に飛ぶ。
「がはっ!」
地に叩き落されて身うごきがとれなくなった。
「ドゥベルクの鎧はすばらしいがそれを扱うものは素人ではな!」
恐ろしいほどの強さだった。全然太刀打ちできない。
腰のマスケット銃を引き抜き発砲する。
弾丸はしかし騎士の剣で弾かれ粉砕される。
マスケット銃は斬撃をうけて破壊された。
「残念だよ。小島守。仲間になれたのに。ここで死ね!」
その時、森の中からエナトが現れた。杖を手に早口で詠唱すると、巨大な蔦が何本も地から出て来て鏡の騎士を拘束し始めた。
騎士は冷静にそれら蔦を薙ぎ払う。
それに合わせて俺も体制を立て直して、鏡の騎士に刺突の構えで突進したがはじかれてしまう。
「ぐうおおおおおお」
鏡の騎士は咆哮し暴れる。剣を薙いでいくほど暴れるほど蔦は絡み合い強く拘束していった。
「小島守・・・こっちへ」
そういってエナトは俺を下がらせる。
蔦がうねうねと触手のように鏡の騎士に群がる中、エナトは鏡の騎士の前にでた。
エナトは、騎士と30歩ほどの距離まで近づいて手を差し伸べると絡まっていいた触手たちはすっと枯れていく。
「久しぶりですね。鏡の騎士」
「・・・。ようやく顔を出したか卑怯者め。その少女直江だったか?それには悪いが憑依している以上、殺させてもらう」
「・・・」
「鏡の騎士よ。私につかないか?」
「貴様はなにを言っている?おまえが俺の立場ならどうするかわかっているだろう?」
と鏡の騎士は怒りを押し殺した低い声できく。
「悪いがあなたにはついていくという選択肢はない」
と言って騎士は剣を構える。
その態度にエナトは、差し伸べた手をひいた。
甲冑の下の素顔が見えない相手に
「鏡の騎士よ。おまえは公爵夫人の騎士のままか?」
とエナトは睨みながら言った。
「そこだよ。前から思っていた。おまえには望郷の念がわからないんだ。そして罪の意識もないんだ。貴様にはちっぽけな理想しかない。愚かだ。魔物たちの国があった時はよかった・・・。我らなりの自由があった。苦しくとも生きている実感がわいた。だが、我ら魔物たちはこの世界に来るや、ここで慣れぬもの。慣れないものの二つに分かれている。ここは選択が多いようでそうはない。自由でいて自由ではない。守られていて、管理されていて、平和でいて平和ではない。我らのやれることがない。平等のようで平等ではない。我らの国がない。多くの娯楽があって、財が守られていて、比較的平和なのに、我ら魔物たちの心は満たされない。あなたは慣れたものしか救わなかった。慣れぬものの生きにくさ。慣れぬものへの家に帰りたい気持ちを無視した。なによりも公爵夫人をだまし、エナトの名を僭称した。それは許されない」
と鏡の騎士は吐き出すように一気にしゃべった。
「だからどうしたというのだ?戦いに敗れ、国を追われ、頼ったこの世界こそ我らが世界であろう」
とエナトは威圧的な口調で反論する。
「・・・。おまえは自分が正しいと思っている。俺たちも自分が正しいと思っている。はなしても無駄だよ」
鏡の騎士はそういってため息をついた。エナトは、ぎゅっと拳を握って舌打ちをつき
「この・・・裏切り者めが・・・ッ!」
と冷たく言った。騎士は鼻で笑う。
「はっ。お前も私も裏切り者だが、多くのものを救う騎士だ。あの頃の国を復活させる騎士だ。過去の栄光を取り戻そうとするものだ。そして、そこにいる呪われしドゥベルクの騎士よ・・・あのお方の理念と夢を邪魔するやつを野放しにはできない・・・私はあの方の騎士だからだ・・・」
鏡の騎士が言い終わるとエナトは杖になにやら呪文をつぶやく。
騎士はそれを見て一歩前に出た。そして、錆びつき、刃こぼれしている、のこぎりのようなロングソードを片手に構える。
エナトはジリと一歩後ろに下がり、杖を使って雷の剣を練成させる。
青白く光る雷の形状をした剣が現れ、空気を裂く音が静かな森でよく響く。
俺も剣を相手に向けて構えた。
切っ先を向けられた鏡の騎士は笑ったかのようだった。
鏡の騎士は臆することなく、エナトに向けて突進した。
エナトも怯むことなく雷の剣を鏡の騎士に投げつけていた。
雷の剣は突進してくる鏡の騎士の頭部に直撃し、轟音とともに火花が飛び散る。火の粉が舞い、木々に火が移る。
雷撃をくらっても突進は止まらない。
エナトは、ふわりと大きく跳躍した。
俺の後ろへと降り立つと再び詠唱を開始する。エナトの足下には文字が浮かび上がり、魔法陣ができていた。
させまいと、鏡の騎士はつめる。
だが、遅い。その間にエナトの魔法陣は完成していた。
詠唱を終えると、氷が地から出て来て鏡の騎士の足を凍らせた。
それに合わせて俺も鏡の騎士に刺突の構えで突進した。
「うおおおおおお!」
俺は鏡の騎士の胸めがけて思い切り突き刺した。錆びた甲冑を砕き中にまで剣が達した。
確かな感触を覚えた。
よし、終わった。そう確信した。しかし・・・。
「下がって!」
エナトの驚きの声に俺は慌てて剣を引き抜いて、後ろへ大きく飛んだ。
鏡の騎士の傷口から、マグマのような黒い液体が噴き出て氷を溶かしていく。
「ぐおおおおおおおおお!」
鏡の騎士の全身から黒い液体が出てきては周囲を溶かし、煙が充満していく。
鏡の騎士は苦しそうだがその動きは緩慢そうに見えるがロングソードをもち構えを崩そうとしない。
「小島守。あれは深淵の炎です。いずれ死に至るでしょう」
「なんだそれは?」
「エナト・・・の最古の魔法です。あれはすべてを焼き払う」
「待てよ・・・あいつはどうしたらいいんだ?」
「深淵の炎を鎮火させるには私のすべての魔力を注ぐしかない。小島守。もう知っているでしょう。わたしは氷の魔女だ。エナトではない。うそをついていてごめんなさい。あなたに嫌われたくなかったからずっと黙ってしました。しかし、そこを承知で今一度協力してほしい私は今の私にはあなたしか味方がいないのです」
「俺はおまえがだれであろうと協力するよ。約束しただろ。協力しないわけがない。俺はおまえを裏切らない。それは絶対だ。それは騎士だからだ。それは静香ちゃんの器を残すとおまえが約束したからだ。なんやかんやおまえは俺を助け心配してくれた。どうして裏切るとか協力しないなんて言える?俺は己を知る者のためならたとえ他人から悪人といえようとも協力する」
「・・・ありがとうございます」
「俺はなにをすればいい?」
「足止めをお願いします。直江を媒介に私は本体をここへ数十秒ですが出します。そしてあれを完全に沈黙させます。ですが・・・小島守。あなたの魔力が少しいる。私の胸に手をおいてください・・・」
「おまえの胸じゃなくて直江の胸だろう?」
「・・・。彼女の心臓に手を・・・」
素直に言い直した・・・。
手を置くと、直江の胸に黒い穴が開く。穴は拡大していくが時間がかかりそうだ。
相手はまってくれそうにない。こちらへ緩慢だが近づきロングソードを振り降ろしてくる。
あまりに重い攻撃に膝を屈する。体中が発火し、ドゥベルクの鎧も熱をおびてくる。
エナトの本体がくるまで俺はここを守る。絶対に!
体中が燃えそうだ。手が溶けかかる。もうだめか。
その時直江の胸の穴かから魔女の姿をしたエナトが現れた。
エナトは杖を地面につき詠唱する。
一瞬の間に目の前の情景は闇となっていた。果てがないかのように錯覚させるそこはただ不安と恐怖しか覚えない。
鎧から黒い焔を吹き出している鏡の騎士は、雄叫びをあげながら持っていた剣を振り回していた。闇の中でよく目立つ存在はそれだけであった。
「鏡の騎士よ・・・わたしをずっと憎んでくれ・・・」
と、呟くとエナトは大きく息を吐いた。
魔女は詠唱を始める。大気が冷たくなったかと思うとあたりの木々と土は氷に覆われ、どこからあらわれたのか騎士は氷塊の海に飲み込まれた。
続けてあらゆる呪詛が騎士から抜け落ち、深淵に溶け込んでいくのが見えた。
魔法が終わると、エナトはすっと消える。
あとに残った騎士の身体は灰のように朽ち始める。
右腕は無くなり、剣は折れ、これでは戦えまい。
あっという間の出来事であったが、残った鏡の騎士は相当弱っていた。
近寄ると、息も絶え絶えに騎士は立ち上がった。
「あ・・・あ、あの方に・・・忠誠を・・・」
騎士は残った片方の腕をなにやら捻って回した。中から、暗器が出てきた。
騎士はクロスボウを構えて発射する。
矢の弾道はまっすぐ俺に向かってくる。たやすく躱すが、その弾道は曲がり、俺の右腕に刺さった。
「ぐッ!」
矢を抜こうにもまったく抜けない。傷をどんどんとえぐっていく。
「がああああああああああああああああ!」
と、咆哮をあげて騎士は俺に飛びついてくる。
顔面を殴られ、首を絞められる。
放そうと殴ると鏡の騎士の頭部が吹っ飛んでいった。それでも鏡の騎士は動いていた。
なんとか動きを止めようと必死に暴れると騎士の身体はボロボロと砕けていきやがて灰となっていった。
――ドゥベルクの騎士よ・・・俺たちの勝ちだ・・・。復讐はなった・・・――
という囁く声が聞こえた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
体を起こして、直江の体を揺らす。直江いやエナトの目がパチッと目を覚ました。
「うぅうううん・・・あれ・・・ここは・・・?」
とエナトは眼をごしごしと掻いていた。
「おい!エナト!無事か?大丈夫か?」
と俺は肩をゆすった。
「ん?うわ!だ、だれですか!?」
とエナトは珍しく驚いていた。直江の顔をいつになく自然に動かす。
「わからんのか?エナト!俺だよ!小島守だよ」
と俺は大声で言った。
「守?は?え?なに??」
とエナトは怪訝な顔をしていた。だんだんと俺は異変に気がついてきた。
「あ、あれ?エナトじゃない?直江?」
「どこよ!ここ!だれか!?助けて!あんたまた変な甲冑つけてこんどはなに!?てかからだめっちゃふしぶじ痛いんだけど・・・なにこれ・・・筋肉痛?」
と直江は激痛で叫んでいる。
「いや、ここは樹海で・・・」
「なんで私こんなところに・・・」
と直江は涙を流し始める。どうやら直江とエナトのシグナルが切れている?
説明しようかどうかとまごついていると、直江が急に白目を向いた。
「おい直江!?どうした?」
と驚いていると、直江の口が開いた。
「小島守・・・。はやく・・・急いで・・・」
これはエナトだ。
「どうした・・・おい・・・エナト!?おい!?」
「小島守・・・あなたしか・・・救えない・・・トンネル・・・の先に・・・」
そう言って直江は眼を閉じた。
聞こえるのは安らかな寝息だけだ。
資料室にいるエナトの身になにか起きた・・・。
鏡の騎士のあの囁き声が気になる。
俺は鏡の騎士が腰に指していた短刀を装備した。短刀だけが朽ちずに残っている。大切にしてきたのだろう。装飾は見事なものであった。
「・・・。もらってくぞ・・・」
夏だというのに日が落ちるのが早かった。俺は気絶した直江を抱えて樹海をぬけて学校まで走った。
妨害は驚くほどなかった。ビルというビルをこえて跳躍し、とにかく急いだ。
俺は、暗い中でも疾駆した。
図書室の扉をけり破って資料室に入ったとき、膝から崩れ落ちた。
中は荒らされ、本が散らばっている。
胸にぽっかり穴が空いたエナトがテーブルの上で息絶えていた。
胸からは黒い血が流れ、床は血の水たまりができている。
目隠しは外れ目がカッと見開いたまま天井をみている。
「エナト・・・エナト・・・目を開けて・・・エナト・・・」
俺は直江を下ろすとエナトに抱き着いた。記憶の欠片を奪われたんだ。鏡の騎士とたたかって力を使い果たしたからこうなってしまった。
俺のせいだ。
「お願いだ。動いてくれよ。どうしたらいいんだよ・・・俺はどうしたらいいんだ・・・」
紙がひらひらと舞い、一つ一つ字をつくっていく。
『鏡面世界へ通じる道。
トンネル。記憶と首を取り返して。
柿崎里奈の家へ。』
「そこへ行けばいいんだな・・・わかったよ。俺を知ってくれたおまえのために行くよ。そして、異世界へ帰る方法を・・・」
つぶしてくるよ・・・。
鏡面世界へ通じる道。それは、柿崎里奈の住む家であった・・・。
自宅へ届けて俺は柿崎里奈の家へ向かった。
昔行ったことが一度だけあった。
一緒にすごろくをした。
上がるとなにもなくなっていた。無人の家具も置かれていない部屋にあがる。
家のリビングにはそれだけ目立つ大きな鏡が置かれてあった。魔力がこめられているのかいような空気が漂っている。
鏡の中に入ると、そこは白黒の光が当たらない、なにもかもこの街を逆にした鏡の世界になっていた。
トンネルそう言っていた。
恐らく、あそこだろう・・・。俺は走った。
彼女が待ち構える場所へ。鏡の騎士の暗器にやられた矢傷が痛んだ。
――いこう・・・そこにいけばすべてがある・・・――
・・・。
・・。
トンネルの向こう側を抜ければ、「公爵夫人」がいるはずであった。
異界への扉を開けて帰ろうとする魔女エナトの弟子。
その弟子こそ柿崎里奈だ。
柿崎里奈こと「公爵夫人」はトンネルを抜けた先にいる。
鏡の騎士は言った。深淵にある知識を覗き見た本物のエナト。そのエナトの弟子だと。彼女こそ異界へ帰してやるために動いている。
そして鏡の騎士が彼女の騎士として永遠に忠誠を誓うその理由が、彼女こそが公爵夫人であり愛しているからだと。
鏡から生まれだれの記憶からもわからない騎士。哀れな想いだ。
トンネルはまるで深淵のようにどこまでも続いている気がした。
果てがないかのように錯覚させるそこはただ不安と恐怖しか覚えない。
奥にいくほど押し潰されそうな気がして胸が苦しくなっていた。それはこの空間が羨望と嫉妬、そして絶望がうごめいているようであらゆる負の感情が頭に入ってきて俺の心を乱れさせてきた。
鏡面世界は現実の世界としっかりシンクロされていた。
工事中のトンネルはしっかりと開通し、すでに山の向こう側にある廃村へと通じている。
人がいなくなった村は道路へと変わり、昔あった神社は移動されているという。静香ちゃんとその家族に連れられて昔通ったことがあっただろうか。昔見た自然も記憶ももう定かではない。
そんな闇に恐れを抱きながら過去の記憶を思い出して、恐怖を何処かへやってしまおうと、トンネルを歩いて数分したころであった。
冷たい風が吹き、香水の匂いがした。
「・・・」
目も暗闇に慣れたところで
「さながら手負いの獅子のようだね・・・」
と小さな声がよく響き渡った。
「さすがの・・・最強の兵器ドゥベルクの鎧も鏡の騎士相手では無傷とは言えなかったようだね」
と声は次第に大きくなっていた。
その声はよく知った声であった。
柿崎里奈が、3メートルほど先に立っていた。彼女の杖からほんのりとランプのような火が漏れて深淵に光を照らしている。
彼女の姿はいつもと違っていた。
白色のローブにその下は鎧という出で立ちであった。
魔女と呼ばれるエナトがいつも持っているようなとんがり帽子はかぶっていないが、薄暗い中で立つ彼女の中世風のその姿はどこか神々しく見えた。
なるほど。こうしてみればただの人ではないと実感がわいた。気品があって、エナトのように美しい。
表情は相変わらずいつものようにニコニコしているが肌は蒼白としている。
灯に照らされて金色の髪がほんのりオレンジに光って見える。
さすがに、このいで立ちで、俺と語り合うためにここにいるのではないことは当たり前だがわかる。できればこの魔女と俺は戦いたくはない。
しかし、彼女の胸には薄い胴当てがつけられていた。装飾は剥げており、年月が経っているものだとわかる。同じような作りの足甲、腕甲もつけられていた。
自身の黒い甲冑も照らされた。
右肩に刺さったままの呪いの矢。血はすでに固まってはいるが、傷口からはひどい悪臭を放っていた。
「もうアロンゾさぁ・・・」
と柿崎里奈はがらりといつもの調子にもどる。そして、
「なんでここにいるのさ?」
と、その声はどこか悲しそうであった。
「君は試験を受けているべきだったのかな・・・?私は余計なことを言ってしまうなんて・・・どうかしているねぇ。まさか、君がドゥベルクの鎧を纏うなんて・・・。ただあの魔女の結界を破壊してくれるだけでよかったのに。なんのために組織と面会させたのかわからない」
ここにきていまさらになる。目の前の。柿崎里奈がすべて仕組んでいたのだ。あの円卓機関のメールも。組織を使って、俺を利用したことも・・・。すべて・・・。
剣の柄頭を左手でぎゅっと握る。
「俺は、あの首を取り戻しに来たんだ。ついでに記憶も取り戻す」
と俺は感情を殺していった。
柿崎里奈は鼻で笑う。
「ねぇ・・・。そんなのほうっておけばいいじゃない?アロンゾは・・・この世界が好きなの?」
と聞いてきた。俺はただ黙したまま答えないでいると柿崎里奈は、薄笑いを浮かべながら
「知っているよ。好きじゃないってこと。なにか特別な存在になりたかったから私に声をかけて部活をつくり、あこがれの対象を恋愛対象にして目的をつくって酔いしれていたんでしょう?」
「・・・そうかもしれない」
と俺は言った。その言葉に柿崎里奈は
「かも。じゃなくて・・・そうなんだよ。でも、今の君は特別だよ?魔女と出会い、その呪われた鎧を手にしたのだから」
とからかうように言った。
「・・・」
返答しない俺に柿崎里奈は眼を細め、
「ねぇ、アロンゾ。こんな何も実感がわかず、面白みのない世界にいてなにかいいことがある?このまま君がこの世界を受け入れれば、糞みたいな試験と、糞みたいな学園生活と、希もしない職業。そして、こうではなかったと述懐する人生が待っているんだよ?」
とため息をつくように言った。
続けて、柿崎里奈は、薄笑いを浮かべながら、
「君たちはなんのために生きている?趣味?思想?宗教?政治?恋?」
「・・・わからない」
と俺は返答した。実際何かのためと問われてもわからない。
柿崎里奈は気の毒なものをみるように、
「わからないだろうとも。この世界には、神も魔法も魔物もいないのだから。私たちはこの世界にきてなんの価値規範ももっていない人間たちの多さをみてびっくりしたよ。絶対なんてのは存在しない。あるかどうかも不可知。君たちには私たちのような偉大な力も崇高な理念も魔力もなく、どのような生き方を望むのかとただそれだけを考える毎日。自分がかわいそうだとしくしく泣いて、慰められるのをずっと待っている。それがどうか?私たちの魔法を見せればすぐに魅入られ、異世界と知れば子供のように飛びはねて食いつく」
「そうだろうな・・・。俺たちは共通の絶対の価値なんてものがないのかもしれない」
ファンタジーのような神も妖精もいない。魔法なんてものもない。強者が弱者を虐げて、それに鬱憤をため、だけど、自分たちはなにもできない。
趣味や恋にうつつを抜かせるものは幸せだろうか?だがそれが崩れまやかしのものだろ知ったらどうなる?柿崎里奈の話をそういうことだ。
俺たちには「なにもない」「価値なし」と言いたいのだ。まえに首がしゃべっていたことと似ている気がした。
柿崎里奈はなめるような視線を送る。
「ねぇ。アロンゾ。君たちはなぜそうまで価値がない世界に生きてしまっているの?君たちは異世界に行きたくてたまらないのだろうね。ここにはなにもない」
ここにはなにもないのか?価値がない。でも本当にそうなのだろうか。いや、どこかに、きっとどこかに俺たちの価値なんてものが落ちているのかもしれない。
それは一瞬なのかもしれないが。そこにはたしかにあるはずだ。
エナトとはじめて図書室であったあの非日常の尊い感覚。直江と変わらないがそれでも奪われたくないあの時間。静香ちゃんを愛し好きになった瞬間。一瞬だが自分の世界を認めてもいいと思える。ぜんぶを否定なんてできやしない。
「そうとは限らないだろ。おまえたちは価値があるのか?もとの世界に」
俺は低い声で言った。そもそもおまえらだってこちらへ逃げて来たんじゃないのか。
柿崎里奈は大げさに首を振る。
「たしかに。ああ、でもね。もとの世界はここよりいいさ。うん。この世界は自由すぎで選択が多くて魅力かもね。でも、絶対の自由じゃないんだよ。そんな世界は吐き気がでてしまう。私たち魔物は魅力的に映ってしまう。そこにすべてがあるのだと錯覚されてしまう。だからここにはいられないのさ。ねぇ、アロンゾもどうだい?もしよかったら、私たちの世界に来ないかい?君は私たちの世界へ一緒に帰る権利があるし、その資格がある。神々のその子孫と戦争をするすごい世界だよ?魔物たちの国を復活させる、復興の物語だ。みーんなが妄想した、大好きな異世界の世界だ。移り気が起きる情念の萌芽を有している皆がその欲望を解放できる世界だよ!カカカカ」
とわざとらしく乾いた笑いをしながら誘う柿崎里奈。
異世界へ行く。ここへきて俺はありがたいことなのだろうか。
ずっと来ないかと誘われてきた。
首に。
鏡の騎士に。
それは中二病で妄想狂が望む冒険と英雄の物語。
現実逃避好きの俺からすれば悪くない話なのだろう。
俺だけではないよ。
きっと多くの人がこの世界ではない別の世界での大いなる自由を大きな夢を価値ある生き方を実現したいと願っている。
壮大で危険でしかし多くの発見と憧れしかない世界。
だが、俺は後に残る負を置いていけなかった。
それに・・・。今はあの人のために。首だって持ち帰らないといけない。俺は連続とした情念よりも、一瞬の幸福を。望むのかもしれない。そのほうがきっと儚いが、ずっと続けばいいと願い焦がれていいものだろう。
そして、おれは・・・。静香ちゃんの器を愛し続けたいのかもしれない。
「そうはいかない・・・静香ちゃんを返してあげないと・・・」
と俺は答える。
「そうすれば、私たちはこの生きにくい世界で暮らすことになってしまうねぇ」
そういって彼女は俯く。
「今からでも遅くない。もう諦めたらどうだ?」
と、俺は聞いた。
「諦める?いったいなにを?きみたち人間はここに価値を見出した時なにがおこるのか?考えたか?」
彼女はこちらへ怒りを込めた顔を向けて聞いてきた。
エナトが以前話していたことだ。
世界の機関は、最終的に自分たち魔物を処分し魔物を捕獲し、彼らが使う魔法について解明し、ゆくゆくは扉の向こうの異世界へ行こうと考えている、と。それを回避するために自分は静香を監視し、扉を完全に封印しようとしているのだと。
価値なき思想から脱却するために。人間はいずれなくなる資源とエネルギーの終わりをなんとかするために。新たなフロンティアを作ることで希望を見出すために。お互いに必死であった。生きるのに・・・。そして、そこにすべてがあると信じて・・・。
「だからって・・・」
「そうなのですね。結局・・・。私は最善を尽くしてきました。しかし、あなたは私の同胞を殺し我が師を語る偽物のためにうごいた。あんな女のためにあなたは、魅入られた。首でもない。異世界でもない。日和見の均衡と調和しか考えない賢そうにふるまうがただの愚かなあの氷の魔女に魅入られてしまった。もう魔女はいない。私が仇を討った。どう?君は私をどうおもう?憎いかい?」
と柿崎里奈は口調を変えてまじまじと俺をみつめた。
「違う・・俺は・・・」
「ねぇ・・・。アロンゾ。向こうの世界で・・・仲良くできると思ったのに・・・残念だね・・・」
「・・・」
「やはり、君は・・・私たちの騎士ではないのか・・・」
と、里奈に言われるが、そんなことを言われても俺にはどうすることもできないのだ。もう俺はこの生き方をすると決めた。いまさら移ろうなんてことは騎士にはできないはずだ。しちゃいけないはずだ。
「私たちを導いてくれ・・・そして王となってください・・・」
もう誘惑しないでくれ。
王になってくれと、その言葉に胸がずきりと痛んだ。
こんなにも俺は少佐として柿崎里奈の言葉が痛んだ。
でも静香ちゃんの記憶の欠片はもとに戻さなければならないのだ。それが俺だけに与えられた俺だけの使命なのだ・・・。これは・・・必要なことなのだ・・・。
そうなのだが・・・。言い聞かしても俺は彼女と戦うことが間違っている気がしてならなかった。どこか大きな罪を背負ってしまう気がしてならない。
「なぁ・・・なんとか・・・引き返せないのか・・・」
と俺は聞いた。
「ふふ・・・。どうしてこうなったのかな。未来を知ることができる術がわかればここにはこなかった。こんなことにならずに済んだのにね」
「なぁ、もうやめよう。こんなことは・・・考えればまだ打開策はあるだろう?なぁ?」
柿崎里奈は笑みを浮かべた。その笑みは邪悪な笑みであった。彼女がそんな笑い方をするのを俺は初めてみた。
「おまえたち人間は・・・。おまえたちが描く物語に異世界や遥かな大地へ行く話がある・・・。なぜ、皆異世界や別の世界へあこがれるのか知っているでしょう?そして、主人公は活躍する。でも、他の人たちは?主人公以外の人たちが別の世界へいったらどうなる?結局そこには何もなかったという話になるのかな。無残に死に、主人公のお膳立てのようになるしかないのかな。なぜかな?なぜなのかな?なぜ、たった一人の情念に付き合わなければならない?主人公はなんで無責任なのかね?」
と、柿崎里奈は不気味な薄笑いを浮かべた。
「・・・それは」
「きっと、ここにはない大いなる自由があると思うからだよ・・・どこにも自由はなく。あるのは、相対的な自由だけだというのに・・・ここは理想の地ではなかったんだよ・・・理想の地は・・・どこにあるというの・・・?ふふふ・・・・・・どこにもない・・・あるのはもとのいた世界だけだ・・・私たちの世界はあそこだけだ・・・あそこだけが自由でいられる・・・あそこだけでしか生きられない!」
目の前の存在から邪悪な殺気が伝わってくる。
「・・・。矛を収めてはくれないのか・・・?」
「もう遅いよ。止められない」
「そんなこと・・・」
「私は・・・。私たち種族のために戦う・・・」
柿崎里奈は、指輪を外し手の平に灯した黒い焔で溶かし始めた。
溶けた鉄はみるみると大きな液体のようになったかと思うと、剣へと変化した。
「ここからは・・・通さない・・・」
「・・・そうか。これが運命なのか・・・」
「退かねば・・・殺す・・・」
と冷たい声で柿崎里奈は右手に練成した剣。左手に杖を持って構えた。左手の杖に灯る焔は黒く変色し始め、あたり一面に黒い焔が灯った。トンネルは闇の焔で照らされる。
相手の殺気にドゥベルクの鎧も反応する。俺も鞘から剣を抜いた。
贖罪の剣もうっすらと赤色に灯る。
「少佐・・・。俺は退けないぞ・・・」
俺のその一言を発して、トンネル内は一瞬静まり帰った。
交わす言葉などなにもない。
彼女の岩のように不動の立ち方に俺も覚悟を決めた。剣を右にもち両手で構え走る。間合いを見計らい敵の一撃よりも早く決める。一撃必殺でいくしかない。
ぎゅっと剣を握る力が強くなる。
そして・・・。
俺は剣を肩に背負って疾駆した。同時に里奈は異界の言語で詠唱を開始した。
その頭上には、大きな火の玉がドロドロと溜まっていた。
杖を大きく振り下ろす里奈。
巨大な焔の弾が俺に向けて着弾する。
間一髪でそれを躱すが、足元は闇の焔によって溶解し、アスファルトが崩れ始める。
数歩後ろへ下がって構えたところで里奈は疾駆する。そのまま突進し、右手の剣を振り下ろしてきた。
明らかに、剣先が届かない距離での振り下ろし。しかし、里奈の練成した剣は液体になったかと思うと形状を変える。新たに刀身の長さを数倍にしたものとなっていた。
「なっ!?」
戸惑っていたころには遅い。長くレイピアのような形状になったそれを防ぐこともできない。
気付いた時には、呪いの矢を受けた右肩を突かれていた。
「がぁあああああ」
次の攻撃を食らったら終わる!
瞬間、うしろへ大きく下がっていた。
激痛にのたうち回りそうになっていた。
ドゥベルクの鎧の再生能力によって皮膚と装甲が回復していく。自分の「魂」が失われていき、やがては鎧に飲み込まれていくのに恐怖を覚えている暇さえないようだった。
目の前に立つ里奈が歪んでいき、急に眩暈が襲う。
さっきの剣先になにか仕込んであったのは確かだ。あの首ならいちいち説明してくれただろう。
くそ・・・。効きすぎだろ・・・。
恐らく里奈の一撃必殺だったのがあの液体の剣であったのだろう。自在に形状を変化させられる恐ろしい武器に俺は戦慄する。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息が荒くなっていく。
里奈は再びなにかを詠唱し始めるが、その声すら耳に入らない。身体が重くて倒れそうになっていた。
視界に映る里奈の姿がふっとゆがみ、消えていく。
「――ッ!」
後ろから来ると読んだ俺は、後方を剣で薙ぎ払った。
宙を斬る音とともに、里奈の剣とぶつかる。
「うおおおおおおお!」
――ドゥベルクの鎧よ。俺を食らって力をよこせ!
鎧が軋み始め、力がみなぎり、ただ殺意だけしかわかなくなった。
眩暈が無くなる。
剣を繰り出し、突き上げるもかわされてしまう。
――もっと力をよこせ!
力をよこせと唱えるうちに、鎧と肉体がいつしか一体となったかのようであった。
驚くべき練磨の早業に、俺はドゥベルクの鎧の力を借りて何十合も防ぎきる。しかし、柿崎里奈の剣撃はさらに重くなっていた。
俺が防ぐたびに、詠唱をして己の剣に力を付与しているかのようだった。片方の斬撃を躱すも、もう片方の杖から放たれる深淵の焔が鎧を掠めチリチリとドゥベルクの鎧の装甲を溶かしていく。
もはや、ドゥベルクの鎧の力ではその剣の動きを直視できないし、深淵の焔にも対応できない。
「ぐっ・・・」
殺気を感じ取った俺は、横へ飛んだ。
ひゅん、とした音が聞こえ、見れば、里奈の液体の剣が鎌へと形状を変えていた。
獲物が形状を変えるのに数秒かかるようだ。
――ならばッ!
すかさず、贖罪の剣で里奈の胸に向けて薙ぐも片手の鎌でいとも容易く防がれる。
諦めず、剣を右脇に構えて攻撃を放つ。
躱す里奈。だがその顔に焦りが出る。間合を詰められるのを恐れている。液体の剣をここでもとの形に戻し、斬撃を防ぐために深淵の焔を放つだろう。
――その前に!
自身が放った先ほどの一撃をつなぐ。剣を頭上で回し、右足を踏み出しながら右から左へ大きい一撃を放つ。その一撃の先は胴。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
「くっ・・・」
と、苦しい表情をしながら里奈は元に戻った形状の剣で慌てて防いだ。
――逃がすか!
己の剣を左脇にひきつけ、突きを繰り出し、突きと同時に剣を上にあげて大きく振り下ろした。
里奈はそれら連続攻撃を耐えきった。再び右脇に構えて体制を直した俺を見て余裕が戻った顔をしていた。
間合を図るために数歩下がった里奈へ向けて先ほどと再び同じ攻撃を繰り出すように仕向けながらハンマー投げのように剣を投げた。これを防ぐ里奈。
投げると同時に走り、腰に差してあるもう一本の短刀を抜刀した。
「ッ!?」
目の前に近づく俺の姿を驚いた様子で見ている里奈。防ごうにも間に合わない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
咆哮しながら、里奈の腕を切り裂いた。
短い悲鳴を上げながら、里奈は咄嗟に腕を抑え、液体の剣を落してしまう。
腕を切り裂かれ血が大量に噴出する里奈。
このまま追撃すれば勝てる!終わらせるんだ!
だが、里奈は苦痛をこらえながら異界の呪文を詠唱する。
暗闇の中で、その血は、一瞬のうちに金属と融合し、変化し大きないくつもの赤い棘の形状となって俺の腹部を貫いた。
「うぐううううううう・・・」
身動きができない状況となった。無理矢理棘を抜いて腹から出る血を抑えようとするが穴が大きすぎて再生もままならない。
ふらついた動作で俺は短剣を片手で構えた。
里奈も腕から大量に流れる血を抑えながら、杖を構える。
待ってくれる時間もない。先ほどの液体金属は棘の姿をやめて何十もの槍となってあらゆる角度からねらってくる。
かわすこともできずに、一本の槍が足の踝を貫き俺は完全に動きを封じられた。
続いて二本三本と背中。右腿へと刺さる。
「ぐおおおおおおおおお!」
串刺し状態に俺はうめくしかない。暴れて抜けようにも肉が引きちぎれていく。
目の前の里奈はゆっくりとこちらへ歩いてきた。
そして、液体金属を巨大なランスへと変えて俺の心臓を貫いた。
目の前が真っ暗になりフェードアウトしていくようだった。
ああ、終わる。
力が抜けていく・・・。短剣を地に落とす音が聞こえた。
耳鳴りが聞こえるがそれも次第に遠くなっていく。
すまない・・・。すまない・・・・。
エナト・・・。
俺はもう・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・。
・・・。
急に視界が戻る。
目のまえの景色は草原となっていた。
小さな丘の上には騎乗する騎士たちがおり、俺を心配そうに見つめている。
そして、その先には白い馬に跨った美しい女性がいた。
彼女のことを俺はよく知っている気がしたが、名前が浮かばない。寂しそうに彼女は笑い、なにか諦めたかのような顏をしていた。
俺は膝をつき彼女になにかを言う。
彼女はやさしく微笑み、そして悲しそうな泣き顔となる。
一陣の風が舞う。冬の寂しい風だ。
どっかで見たっけな・・・。この夢・・・。
そうだ・・・。これは・・・。
「小島守・・・目覚めて・・・」
だれ・・・?
だれだ・・・?
耳を貸してはいけない気がした・・・。でもこの声は・・・。
――私たちに救いを・・・。呪いの騎士に・・・導き手となって・・・
「エナト・・・?」
と声のあるほうに向かって問うも帰ってこなかった。そして、ふっと冬の風が舞った。
耳元でだれかがささやいた。
――あの・・・魔女を消せ・・・
その声は、鏡の騎士か。いや・・・。俺の声だった。
俺はハッと眼を覚ました。
――左腕だけが動く!まだやれる!
俺の拳は魔女の胸の甲冑をも貫いた。
拳は肉を貫き生暖かい血が鎧の隙間を通っていく。がくりと里奈は膝から崩れ落ちる。
「確かに・・・鼓動が無くなり・・・死んだはずなのに・・・。なんで・・・」
と里奈は目をカッと開き呆然としていた。
「ハハ・・・ああそうか。君は・・・やはり・・・すごいね・・・復活するなんて・・・」
と、里奈は眠そうに目を細めため息をついた。
「道化だが・・・騎士・・・だから・・・な・・・」
俺は震えながら言った。
「ふふ・・・私の負けだね・・・。ああ・・・帰りたかった・・・みんな・・・ごめんね・・・」
吐血する里奈。その血が兜に降り注ぐ。
「アロンゾ・・・。おまえが・・・憎い・・・よ・・・どうしても・・・私たちは・・・私は・・・取り戻し・・・たかった・・・の・・・」
「・・・」
「きっと後悔するよ。そういう風にできている・・・。呪いに飲まれるがいい・・・道化の騎士・・・そして・・・わたしの・・・」
と言って最後に里奈は、苦悶の表情を浮かべて息絶えた。里奈の活動が停止すると周囲の焔もふっと消える。
時同じくして俺も活動を停止しようとしているのがわかった。ドゥベルクの鎧の再生が追い付かない。
里奈の魔法の力のせいだろう。
予感がある。やがて停止し始める。どういう原理かわからないこのミイラの身体も動かなくなるだろう。
そうなる前に、異界の扉にある首を回収しなければならない。
落ちた短剣を拾い身体を起こす。
重たいと言う感覚すらない。ずるずると片足を引きずりながら俺は前へ、前へ、進んだ。
やがて、目の前がうっすらと明るくなってきた。
トンネルを抜けたのだ。
青い月の光に照らされて、美しい女の裸体に首を縫い合わせたかつての巫女があった。その裸体を囲むように異形の姿の魔物たちが頭を垂れていた。
巫女の遺体から、じわりと墨汁のような液体がでてきて、頭上に大きな穴を築く。
ブラックホールのようなすべてを飲み込むかのような大きな穴。あれこそが異界の門だ。
「あの魔女を道化の騎士が倒したぞ・・・」
闇の中から声が聞こえた。
「ギィ・・・弱っている・・・死にそうだ・・・ギギィ」
また別の声が聞こえる。
「扉はすぐ開く・・・そんなやつはほうってさっさと行こう・・・」
「魔女様の犠牲を無にするでないぞ・・・」
「にくい・・・この野郎を食ってやろう。今死にそうだ。弱っている・・・」
「いや、ドゥベルクの鎧に力を吸われて中はすっからかんだ。ひからびたそんなものを食う部分なんてないぞ?ヒヒヒ」
嘲笑い、警戒し、憎悪にみちた声がいくつも聞こえたが死にゆく俺にはどうでもいいことだった。
短刀をかまえ、目の前の魔物を切り伏せると蜘蛛の子を散らすように魔物たちはおびえ逃げる。
巫女の首の縫い目を切ろうとすると、おびえた魔物たちは血相をかえて襲い掛かってくる。
つかまれ、ふまれ、圧殺されそうになった。
意識が遠くなりそうな中で、コン。コン。と軽く地を叩く音が聞こえた。
何かが俺の傍に立っていた。
魔物たちの悲鳴が聞こえた。
「ひィ・・・ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「なんで!ここにいる!なぜ生きている!?」
「お、俺たちはただ、帰りたいだけだったんだ・・・そうだよ・・・ただ・・・帰りたいだけ!」
「あんたが悪いんだ!こんな世界へ俺たちを導いたあんたが!?」
「偽物の魔女!導くなんて嘘をつけやがって!帰せ!返せ!」
驚嘆の声。命乞いの声。罵詈雑言。泣き出す声。あらゆる声が聞こえる。
だが、それら声を打ち破ったのは深淵の魔女の異界の呪文の声だった。
「Eraw on eaman ah Enat sarap nola usamoniuto ekusab onab nadut usanod・・・」
魔物たちは喉が押し潰されるような声を上げて、地に転がりのたうちまわっていく。そして、しばらくすると周囲は静かになっていた。地面は氷が張り、恐ろしく冷たくなっている。
「エナト・・・無事だったのか・・・・?」
「私はあれくらいでは死にません。予備はなん個かもっているのです。小島守。もう・・・大丈夫ですよ・・・」
とエナトは俺の手を握る。彼女の優しくそして暖かい手の温もり感じる。
いままで感じたことない気持ちだった。全身がここちよく、俺は生まれてはじめてほっとした気分になった。できればずっとこのままでいたい。
俺を知ってくれた魔女。俺を知ってくれる人のために頑張れた。
俺は幸せだ。
幼子のように頭を抱かれた俺は急に心地良さをおぼえた。
エピローグ
あの激戦を終えて、一週間が経過していた。
俺はあの病院の地下にあった棺で目を覚ました。
切断されていた足も元通りになっていた。
体はミイラではなくなっていて、ではあのミイラだった自分はどこへいったのか気になって病院中を探したが見つからなかった。
ドゥベルクの鎧もない。
エナトもどこへいったのか。
図書室のあの資料室へ何度も足を運んだが会えなかった。
そして、当然のように少佐は消えていた。存在そのものがなかったことになっていた。そのせいか部活もなくなっていて、直江との関係もまるで赤の他人のようでかつての従者とのふざけたやりとりどころか、挨拶さえしない関係となっていた。
こちらから挨拶しても怪訝な顔で「お、おはよう・・・」と返されるだけだ。
夏美にいたっては、こちらも赤の他人のようであった。三国志オタクにかわりないがナイスバディとなって学校一のセクシー美女となっていた!
変わり者に変わりはないのだが・・・。ちなみに直江は少しポチャっとしていた。これはエナトの爆食いのせいなのかもしれない。
人間関係もなにもかもリセットされてしまったようだ。
余計なことをしてくれたと思う。
だが、これでよかったのかもとも感じる。
静香ちゃんの横には俺がいた。俺が早風のかわりのようで彼女彼氏の関係となっている。エナトに頼んだわけでもないがそうなっていた。
だが、俺は静香ちゃんの顔をみるたびに「首」を思い出してしまう。
きっといや、これからずっと欲望を求め続ける化け物としてしか俺は静香ちゃんを見られないような気がした。この器を愛せる自信があったのにだ。
エナトが以前言っていた。鍵を封じ込めて存在そのものを消すと。きっと静香ちゃんはどこかで俺が知らないとこで消えてしまうのだろう。
そこに俺はなんの悲しも覚えない。
そうなってくれたほうがいいと感じた。そうなってくれたほうがきっと俺にとってもエナトにとってもいいはずだ。
季節は秋となっている。
試験も終わり静香ちゃんと他愛無い話をして学校に通う。そこには喜びがある。だが、以前のドン・キホーテだったことの喜びはない。
他者からみたら勝ち組でリア充なのかもしれない。だが、妄想し夢想していたあのころのほうがなにかも常に求めていられて楽しかった。
鏡を見るたびに俺はドゥベルクの鎧を着た騎士を思い出す。
いや、もしかしたら実はこれは鏡の騎士の魔法で俺はいまだに鏡面世界にいて錯覚のなかにいるんじゃないのか。そうであってほしい自分がいた。
自分自身が鏡の騎士であってこの錯覚を顕現させていたかった。そうしたらどんなに楽か。
わがままだ。俺は。
愛する人を手にしたはずなのに、煩わしいだけなんだ。
いつもくだらない日常を過ごしたこと。あれがどんなに貴重だったか。
俺が過ごしていた中二病でくだらなくてなにもない世界。あそここそが煩わしいこともない自分の夢想に酔いしれて馬鹿なりに自分は他者を見下し、ドン・キホーテとなって崇高な姫を守る騎士として生きていけた。
エナトと一緒にいられた世界こそがあの一瞬の出来事がもっとも幸福だったのだ。
この日常は普通以上なんだろう。もはや俺は中二病にもなれない。
俺は何者になるのだろうか。
あのままでよかったのか。
このままのほうがよかったのか。
当然、このままのほうがいいのだろうが。これは後悔だろうか。でも、後悔とは違った別の感情が俺を襲ってくる。
それは日に日に強まっていく。この感情はなんなのか。まるで自分が自分でなくなったようであった。
存在していたものがいないことに皆違和感をおぼえずに、日々の日常を過ごしていく。なにも知らず、なにも聞かずに。
放課後。屋上で部活動をしている生徒たちの様子をぼうっと見ていた俺の傍にエナトがいた。
直江に憑依もせず、あの魔女の格好をして。
灰色のローブにその下は色褪せた祭服。装飾が掘られ、先端は丸く鍵型の形をした長い杖。大きなとんがり帽子に呪文が書かれた目隠し。ここで彼女を見たらだれもが今日はハロウィンだったかと疑うだろう。
彼女は管理者としてその資料室ですべてを監視していると語っていた。それが今日この場で姿を現したということは・・・・。
「それで静香ちゃんはもう大丈夫なのか?」
と俺は彼女のほうを向かず運動場を眺めながら何事もないように冷静な調子で聞いた。
「ええ。これでこの世界は安心です。いずれあなたが知らない間に彼女は消えていく。あなたも記憶が薄れていくでしょう」
「そうか・・・」
と俺はため息をついた。
「今回は魔物同士の内輪揉めで終わりました。あの程度の紛争で済んだのはあなたのおかげです」
「・・・そうか」
と俺は吐息を漏らした。
「あなたには感謝しています。組織も今回の私たちの紛争を利用して扉の向こうを目指そうとしたことを諦めたようです。彼らにも派閥があり内輪もめのようですね」
「ああ・・・」
「おや?どうかしましたか?」
とエナトは首を傾げた。
「少しな・・・柿崎先生のことを考えていた・・・」
と俺は言って長い息がでた。
エナトは遠い空を見ている。
俺はなにも言わなかった。
正直このエナトが偽物。まがい物と言われていても俺にとってのエナトは彼女でしかなかった。深淵で出会った記憶の中の「エナト」であろうと鏡の騎士や少佐がしゃべっていた「エナト」であろうと俺は知らなしいどうだっていい。俺をやさしくしてくれて守り、導いてくれたのは彼女だ。そこに打算があったとしても俺は彼女が好きだし彼女のためならなんだってしてもいいと思った。
一緒に死線をくぐったからとか、特別な出会いだったからとかそんな心理的な影響もあるのかもしれないが、彼女は黙りうそをつこうがそれでいいと思った。
それは裏切りでもないし、俺はそれで傷つくわけでもない。だから俺はエナトに「お前は偽物で俺にうそをついたのだろう?」と追求することもしない。彼女は彼女だ。それでいい。
俺は単純にもっと彼女といたかったのだ。
ところでと言って、エナトは俺の身体をジッと見ていた。
「ど、どうした?」
「あなたの魔力の元の正体がわかりました」
「え?わかったのか?」
「実は最初からわかっていたのですが、確信を得たのはあの鏡面世界のトンネルの中。あなたは巫女の加護・・・。静香から加護を受けていた」
「加護・・・?なんだいそれは・・・?」
「巫女の力と言ったらわかるでしょうか?平凡な人間に巫女は魔力を与えられる。なぜ、巫女の意識もなにもない静香があなたに加護を与えられたのかはわかりませんが・・・。すべての記憶の欠片を回収した今になってわかりました。あの巫女自身の一部の記憶の残滓があなたという器に移ってその身を取り戻そうと必死に動こうとしたのでしょう」
「その記憶の残滓ってなんだ・・・?」
「・・・。さて。巫女は長年地下で封じられながら世界を観察し飢えた愛情を地上の人間たちの歴史で埋めていたこともあったようだから。きっとそれに関係しているのでしょう」
「なんだかすごく適当な推理だな。あ、もしかして・・・。たまに見る夢とか、その記憶の残滓とかか?」
「夢?さて、わかりませんね」
と言ってエナトは俯いた。なにかを知っているのではないか?問い詰めたいがきっとまたわけのわからない単語を出されて話がぐちゃぐちゃになるのがオチだ。
でも、そうか。これでこの魔女とも最後か。
もう二度とこの魔女と会うこともないのだろう。そう思うと寂しいと感じている俺がいた。
「で、お前らはどこへ行くんだ?」
と俺は聞いていた。
「私たちの世界は残念ながらここしかないのです。ですが、この世界は我らにとってもそして、特にここの住人にとってもあまりよろしくないようです。摩擦がやがては大きな大火となるでしょう。これ以上の摩擦を防ぐために私たちは鏡面世界へ行こうと思います」
「鏡面世界・・・?って、あの鏡の騎士の世界か・・・?」
どうやらエナトはそれを再現することができるらしい。
「はい。我らはそこで朽ちて消えていくでしょう。もちろんわたしは遠くから彼女の監視を続けますが」
「そうか・・・」
数日このエナトと過ごしてわかった。
エナトは器の静香ちゃんをずっと守ってくれるだろうその役目が終わるまで。
「もっと早くこうしていればよかったのでしょう。彼らに自由をあたえようと人間世界へ解き放ってしまった。この世界の人間とならばうまくやっていける。それがすべての過ちだったのでしょう」
とエナトは落ち込んでいた。
「過ちね・・・。過ちは誰だって起こすだろう。気に病むことはないだろう」
エナトはきょとんとした顔をしていた。
「あなたは私を憎んでいると思ったのですが、これは意外です」
「憎んではいない。ただ・・・組織の中にはあの扉の向こうにある大いなる自由を欲しがった輩もいるんだろう?その行動は正しいかどうか。この世界があと何百年もつかと計算したならば・・・扉の向こうへ行こうと躍起になるのは果たして過ちと糾弾できるのか・・・。それはお前たちだって一緒だろう。滅びたくないから躍起になって」
「時にあなたは真剣にそういったことを口にしますね」
とエナトは微笑んだ。
「う、うるさい。悪いか!?」
「いいえ。人も魔物もそうしたことを考える知性ある生き物。恥ずかしくない生き物など知性あるものにはいないのですよ?知らないから恥ずかしさを覚え、知っているから恥ずかしさを覚える。難儀です」
「ああ。そうさ。難儀な生き物だよ。なんせ俺は白銀の騎士アロンゾ・・・。現代のドン・キホーテさ」
「前々から気になっていたのですが、その白銀の騎士アロンゾとはどういったお伽なのですか?」
「ふん。聞いて驚け。これは我が前世の偉大なる記憶だ。そうさな・・・まずは、オルレア姫の話からしようか・・・」
俺は一通り白銀の騎士アロンゾの話をしてやった。エナトは微笑みを浮かべながら聞いていた。
ずっとこの人と一緒にいて話していたかった。俺は話を大きく広げてより大げさに前世の作り話をした。
「そうですか。アロンゾは最後に亡くなってしまうのですか・・・」
とエナトは感慨深げに吐息を漏らした。
「ああ。そして、オルレアと来世で会うことを誓って物語は終わりを迎える」
「そうした話は私たちの世界でもありました。何百年。何千年と似た話を聞いたことがあります。どこか懐かしさをおぼえる話です。普遍的ななにかがあるのかもしれませんね」
とエナトはしんみりとした様子だった。
「そんなもんか」
「・・・。生き残ったオルレアはどうなったのでしょうか?」
エナトのその質問に俺はなにも考えていなかった。
「それは・・・知らん。そうした設定は・・・ないな・・・」
「甘いですね。おつくりになったらどうですか?」
「ふん。言われんでも・・・。しかし、どうしたものか・・・」
「きっと・・・これは私の考えですが、きっとオルレアは復讐の鬼と化したのではないでしょうか?愛するものを敵に討たれ、国を滅ぼされて、オルレアは悪魔に身を売って復讐したかったでしょう」
「・・・姫の考えはわからん。だが、倍返しという考えはお前らしいな」
「からかっているのですか?小島守。あなたは私の何を見てきたのですか?私ほど穏健な人物はそうはいませんよ?」
「ハハハ。まぁ、きっとこういうのは姫が騎士の姿を追い続けるというのがセオリーだろうよ」
「言いますね。しかし、あなたの設定ですからね?より良い設定をつくるのですよ?」
「任せろ。妄想は十八番だ」
「小島守。私はあなたに幸があらんことを祈っております」
「ありがとよ」
「それでは・・・。小島守。そろそろ・・・さようならです」
「もう時間か・・・さみしいな・・・」
「ええ。我々についての記憶。これはゆっくりですが消えていくでしょう」
「そいつは・・・もっと寂しいな」
「記憶の多くはそういった形容しかできないものでしょうが寂しさも忘れるでしょう。後のことは心配しないでください。組織とも手を打ってあります。あなたとその友人には今後一生手は出さないでしょう。それは我が命にかけても補償します」
いったいそれはどういうことなのだろうか。皆目見当がつかないでいたが、エナトがなにかをやったのは間違いない。俺は彼女を信じることにした。
「じゃあ・・・」
「さようなら」
そう言って、彼女は俺に近寄り握手した。恥ずかしさをおぼえて逸らしたくなどならない。俺は彼女の虜となっていたのだった。
カンと杖を地にあてる音が響いた。
ふっと、風が舞う。
その風は冷たく寂しい冬の風であった。
いつしか・・・憧れの近所の姉よりも目の前の魔女に惹かれていたことにこのとき気づいたがもう遅かった。
何もかも遅い気がした。
過ぎ去ってしまう存在に手を伸ばそうとした。
だが、風が過ぎ去り、一瞬の立ち眩みの後に運動場から響くあのうるさい部活動の音が聞こえる。
なにか懐かしい夢を見ていた気がした。
あとに残る、どこかの草と冬の不思議な臭いを嗅ぎながら俺は、空をふと見上げる。
寂しい気持ちを抱きながら、俺は図書室へ向かった。
図書室の資料室を開ける。そこには当然だれもいない。
振り向くが誰もいない・・・。誰も・・・。誰も・・・。
鏡が見えた。ちらりと俺の顔が映る。影のように騎士の姿が映った気がした。
あの記憶が消えていく?そんなことがあってはならない。
俺はニタリと笑う。
俺は自宅へ走った。そして、倉庫に眠っている予備の甲冑を引っ張り出す。錆びているが構まわない。鏡に映る自分はさながら歴戦の強者のようだ。
そして自転車にまたがり、再び学校へ舞い降りた。
すこしポチャッとしたがダイエットして汗をかいて運動している直江を捕まえる。
「またせたな!従者!」
「は?ホワイ?フー?」
「忘れたのか?我が名は騎士アロンゾ。かつて、世界を裏切り、愛する人を見捨て。そのあげく異世界へ帰る方法を壊した男だ!」
「は?は?」
「さぁ、いくぞ」
「いくってどこへ?」
「記憶の欠片を見つけ。あの魔女のもとへむかうのだ!」
直江の手をとって俺は駆け出した。
そして、近所では俺の名は伝説となっているようだ。
皆がいう。
急におかしくなって自分のことを騎士だと思うようになった。だがこの騎士は姫には恋せず、あくどい魔女を追っているという。
記憶の欠片を探し鏡面世界にいる魔女のもとへ向かう。そんな中二病の甲冑を着た騎士がこの街をうろうろしているそうだ。




