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12章「樹海まで」

 12章「樹海まで」 

 

 周囲は闇につつまれていて暗い。

 ほんのりと明るくて、弱弱しい光が教会のほうでゆらゆらと揺れているだけだ。

 地面は教会へ進むにつれてぬかるんでいった。

 まるで川のようで進みにくい。

 首をみると、玉をころがすような心地よい声で笑っている。

 なにがおかしいのか?と聞くと、

「いよいよあなたが自ら進んでくれるからよ」

 と静香ちゃんの声でなまめかしく下品に笑った。

 声に反応したのか、ぬかるんだ土の中から、人の手がでてくる。

 助けをもとめるように手だけがのびてやがて沈んでいく。

 もがき苦しむ手の波だ。

 教会のほうからぼんやりと青白い光が近づいてきた。

 光の正体は船であった。沼の上には船があり、薄い色の霊体のような存在が船にまとわりつく手を必死に斧や剣で切って船を走らせている。

 船の上には切断された手がやまのようにつまれている。ほんとうに正気を失ってしまうかのような光景であった。妙なことだが、目の前のこの下品な首と甲冑がなければ恐怖に圧倒されて卒倒してしまっているだろう。

 霊体は俺を引き上げて船に乗せて恭しく頭をさげる。俺に頭を下げているというよりひっさげている首に頭を下げているようだった。

 船はそれら手の波を払いのけ無視して進んだ。

 沼を通り過ぎると、ひび割れ、建物がかたむいている教会へついた。

 古い焼け跡がやたらと目立つ。しかし、壁は頑丈そうでかつては壮麗であったようだ。

 あちこちに彫刻があったようだが風化してしまっている。

 中に入ると大きな絵画が一枚あった。絵画の下にランプがおかれているが今にも消えそうな光だ。不思議なことにこの絵画は動き、なにかをかたっているようだ。

 薄暗くてなにもみえやしない。絵画には文字が書かれている。読めない俺に首が音読してくれる。

「復讐を誓う公爵夫人」。

 無言のままそこへ立っていると。しくしくと泣く女の鳴き声が聞こえた。

 どこから聞こえるのだろうか。うろうろと探すと、目の前にその姿があった。

 絵からでてきたのだろうか。

 幼子を片手に槍をもつ長い赤髪の女武者の姿があった。頭上には錆びた色の王冠があった。

 女は悲しそうに頭をもたげると、鮮血のような赤い髪は色がおちて白く長い髪へと色が変化していく。その顔を俺は知っていた。

 声をかけようと手を伸ばすも暗くたまった闇の穴にずるずると溶けて消えていく。

 絵画の中は真っ黒になってしまった。穴がぽっかりとあいたようになる。

 その暗い穴を見続ける。

 色彩は黒い。墨汁より黒かった。

 この先になにかがあるような気がした。

 ひどく暗闇で暗かった。

『そこに行けばすべての真実がわかる・・・』

 どこからか声がした。うおんうおんと音が響く。

『そこに行けば自由があるだろう・・・いこう・・・』

 今度は別の人物の声がした。

 俺は驚いて手にもっていた首を落としてしまう。ぐしゃっと果実が落ちたような音がしてハエが舞う。

『真実なのに・・・。なぜ・・・なにもなかったの・・・?愛なんて嘘だった・・・幸せになりたかった・・・わたしの子・・・』

 と美しいおんなの声。

『ンギャー!ンギャー!』

 赤子の絶叫がうおんうおんと奥から響いてきた。

「さぁ。守・・・いきましょう・・・」

 エナトの声が聞こえる。落ちた首から声が発せられているのがわかった。

 ぐちゃぐちゃのくさった果実のようになった静香ちゃんの首。俺はそれを持ち上げると暗い穴に吸い込まれるようにして中に入っていた。

 真っ暗闇。宇宙の中にいるような感覚。いや深淵の中だ。

 ここにはなにもない。感情も思想も歴史も文化も、価値も・・・。こんなとこにでてしまって俺はどうなってしまうんだ・・・。

 自分の姿もなにも見えない。

 このまま消えて行ってしまうのだろうか。そうなってもいいような諦めがでてきた。

 その時、ぽうっと灯がついた。

 深淵のなかに火がおこる。

 だれかが深淵のなかで火をおこし、座っていた。

 近寄ると、その人物はほっそりとした手で手招きしてきた。

 小さな灯だがはっきりと見える。

 美しい女性だった。

 長い銀髪を一つに束ねている。

 整った鼻先。透明感のある肌。長いまつ毛に濁りがなく澄んだ緑色の目をしている。

 しかし、その視線は俺ではなく、燃える炎をみている。薪もなにもない暗闇の地面がただただ燃えている。

 一瞬、エナトかと思った。だがどこか様子が違う。

 それはどこかわからないが。あまりにも美しく清麗で、気品があり、可憐であった。

 もの悲しい表情をしているのだが、暗黒のなかなのに周囲の空気も澄んでいた。灰色のローブを着て、つま先がとんがりとした灰色の革靴をはいている。この人も魔女なのだろう。

 声をかけようとしたら、先にしゃべり始める。

「この深淵を見たのですね。でも、すぐにでられる。ここは夢のような世界。やがて目が覚める」

「夢の世界?」

「あなたは均衡をもたらしてくれる。あなたは選ばれたのです。しかし、あなたは満たされない。抑えがたい愛憎の感情が押し寄せてきても忘れないでほしい・・・。あなたはたしかに愛されているのです」

 きいれいな声だった。その声と姿形に俺はすっかり魅入られた。

「どういうことですか?あなたは何者ですか?」

 と、俺は聞いた。

「わたしはエナト。深淵に火を初めてともした深淵の魔女。古くはなにものだったのか。その記憶も失われて久しい。まるで他人事のよう。わたしは待っていた。それは覚えている。ずっと私が愛した騎士をこの手でよみがえらせ、わたしの記憶どおりによみがえるのを。だが、それはかなわなかった」

「エナト・・・あなたはあのエナト?」

 しかし、女性は答えないままだ。

 俺の知っているエナトとずいぶん違う気がした。どこが?と問われると困ってしまうが、どことなくこちらのほうが神聖な気がする。この雰囲気がそうさせているのかもしれないが。

 しばしの沈黙のうちに女性は、微笑を浮かべた。

「これをもっていって」

 女性はこちらへ手を向けた。手を差し向けると俺は小さな光を握っていた。ガラスのような美しい七色にひかる欠片だ。

「あなたにはそれが必要なようだ。もっていくといい。後悔は必ずするもの。罪とは思わず、不安がらず、また逃げようともせず・・・。あなたの心に平安があらんことを」

 ふわっとしていて体が思うように動かなかった。

 やがて火が消える。ふっと消えたかと思うと、目の前の景色がかわる。

 青く澄み切った空があった。

 上空を鳥が飛んでいる。俺は地面に寝転がっていた。

 甲冑は外れていて、ミイラの姿の手が見える。

 古い飛行機雲が曲がってみえる。

 どこかの田舎の道路であった。

「ここは・・・?」

「どうやら戻ったようね?記憶の欠片を手に入れたのでしょう?」

 と首の声が返ってきた。

 答えてくれた声のほうをみて思わずぎょっとした。

 首は青くなって皮膚はただれ、目玉はとびでて恐ろしくひどい形となっている。

 ハエが舞い、ひどい悪臭を放っている。

 頭皮もはがれ、毛はあちこち落ちていた。

 これはいったいなんなのだ。

「あら?なにを驚いているの?」

 と首はかわいらしい声でしゃべる。どこからそんな声を出せるのだろうか不思議だが、見るに堪えない。自分のこのミイラの姿もおそらくおぞましいものだろう。俺たちはきっと人に見られたらとんでもないことになる。

 首に舞うハエをはたき落とし、俺は服を脱いで首をやさしく包んだ。

「なぁ、どこへ行けばいいんだ?このかけらをもって俺はどうしたいいんだ?」

 俺は首を抱きしめながら聞いた。

「わたくしの話を信じてくださるの?あなたはどこへいいけばいいと思うの?」

 と首は優しく尋ねる。

「俺はエナトに会いたい。おまえは俺にこの記憶の欠片をもたせてなにをさせたいのだ?あそこはなんだったんだ!?」

「あなたのその欠片は鏡の騎士が大切に保管していたもの。それをあなたは奪ったの」

 とどこか首はどこか満足そうだった。

 鏡の騎士?さっきからでてくる謎の騎士だ。きっと奪われて怒っているだろう。しかしそれにしてもなんだってあんなところに保管していたのか。あんな悪夢みたいな場所が寝床なのか?

「あそこにいた女性はなにものだ?」

 と俺は深淵にいた女性について聞いた。

「あれは深淵の魔女エナト。といっても絵画に保管された記録みたいなもの」

 と、首はしずかにほくそえんでいた。

「は?エナトだと?」

「あなたが、直江という女性に憑依している魔女。あれはエナトではないの」

 こいつはなにを言ってやがる。

「では、あれはなんだというのだ?」

「あれはエナトのかつての敵。その名はテトラ。氷の魔女として恐れられた。深淵の魔女エナトを討ったのはあの魔女。テトラはその昔、最愛の人をうばった人間に復讐しようとした。だが、自身の力が及ばないことを知り、嫉妬と憎悪からエナトをだまして殺害した。そうして彼女はエナトに扮して、魔物たちを、すべてを従えて世界に対して戦争を起こした。しかし激しい戦いのなかで、自らも傷を負い、勇気ある者たちに敗北した。窮した魔女は、忌み嫌われる魔物たちをつれてこの世界へ落ち延びた。あの魔女を嫌うものはあまりにも多い。やつはエナトを騙り、だましている。それを多くの魔物は知っているし、私のこの話を信じている・・・。さてさて、あなたは信じるかしらこの話を?」

 頭が真っ白になってきた。どういうことだ・・・?

「じゃあ、俺は今まで聞いてきたことは?あの直江に憑依しているあの存在はなんだ?エナトだろ?なんだって・・・そんな・・・は?」

 俺が話していたエナトはそもそもエナトではない?では、あの魔女はなんなのだ?

「あの魔女はあなたをだましているといったでしょう?その目的は、自分に反逆するものたちを殺害してまわること。あなたの力を使って。あの魔女も力が衰えたの。だから回りくどいことをしてあなたを利用しているの。ねぇわかって?わたくしはあなたにそんなことをしてほしくないの。ねぇ?わかって頂戴?これでわかって頂戴?あなたは異世界へ帰ろうとする人たちの正しい行いを邪魔しているの」

「わ、わからない・・・俺はどうしたらいいんだ。俺はエナトのために・・・」

「わたくしに身をゆだねて?」

「ゆだねてどうするんだよ・・・?」

「あなたは記憶の欠片をもっている。それは大切な記憶なの。あなたにそれがあればエナトはもう扉を閉めることなんてできない。それだけであなたをわたくしは異世界へ送れるわ。鏡の騎士から奪ったでしょう?こんどはあの魔女を殺しすべて奪うのよ。いいえ。殺す必要もない。あなたが脅迫すればあの女は屈服するわ。あなたは優しいもの。戦いたくないはず。ね?これであなたの望みはかなうのよ?」

 ああ。これは罠だ。こいつはうそをついて俺をだましエナトから引き離そうとしている。そもそも最初からおかしい。俺を転送させ、あそこで記憶の欠片を手にした。なぜあんなことをこいつは俺にさせたのだ?俺はそしてなんだってあそこでこの首のいうことをきいてしまったのだろうか。

「これも罠なんだろう?」

 と俺は鋭い声がでた。

「あなたはエナトに魅力されている。わたくしの声はきっと届かない。でもこんなに腐ってもわたくしを大切にしてくれるあなたにはあなただけはあなただからこそわたくしは力を与えたい」

「俺にはもうわからない。静香ちゃんをもとにもどしたい」

「戻して。わたくしをもどして。そして異世界へいきましょう?ね?」

 エナトを裏切れない・・・。俺は心のなかで呟いた。

 しかし、首はにたりと笑った。

「裏切っていいのよ?そんなもの気にしなくていいのよ?だって倫理なんて無意味なのよ?あなたは、きっとこの先愛したものを恨む。そして、失った記憶を追い続けることになる。なんでわかるのって顔しているね。でもわかってしまうの。あなたの考えはぜーんぶわかるのよ。わたくしはすべてを知るの。ね?あきらめて。そしてわたくしを信じて。あなたもあなたたち人間はみんなそうなの。絶対なんてないのを知ってしまっているから。だから目の前の快楽を欲し、でもどこか違うと欲求を満たされずに次に流されていく。ずっとそう。そして永遠に満たされない愛に飢えてしまう。ずっと幸せなんてないの。あるのは一時の幸せだけ。あなたたちが言うリア充って幸せなの?恋人がいても結婚しても煩わしいとしかおもってなくて?きっと別の物欲をもとめてしまう。わたくしのように。あなたたちは突き詰めてわたくしなの。だからね。小島守。あなたにはそうなってほしくないの。あなたはわたくしの絶対に近い。あなたは真の愛を求めている。でも裏切られそしてあるいは自らそれを破壊してしまったとき。きっと後悔する。後悔するようにできている。あの魔女の謀によって。策略と知りながらもそれに乗るあなた。あなたは彼女に惹かれてしまった。でも彼女は絶対の価値なんてもってないし幻想にすぎないの。彼女にはちっぽけな理想しかない。だからね。守。わたくしと一緒にここではない世界へ行きましょう。そこには絶対の価値がある。ここにはないものがある。神話が現実としてあり、きっとあなたが望む本当の快楽があるし永遠があるの。ね?今のここには一時の幸福しかないいの。ここではない世界では連続した幸福があるの。ね?だから、ね?あなた一人だけならわたくしは送ってもいい。わたくしと一緒にいかないかしら?異世界に帰りましょう。私たちがいた場所に。わたくしは異世界に帰る唯一の方法なの。ねぇ。あなたはフラフラしていつまで他人の顔をうかがって生きるつもり?」

 これ以上聞いてはいけない。俺は首をぐるぐるにくるんだ。

 呼吸ができなくなってしまったらどうなろうだろうか。いや首がしゃべっている時点でそんなことを気にしてもしょうがない。

 俺はすっかり動転してしまっていた。

 もう自分で決定し選択することができない。俺はいままでそんな人生をすごしてきたんじゃないのか。他人のレールに走るのが嫌で自分を特別だと思いたかった。いや、すでに力を手にした。これは特別なのだろう。だがこの特別は俺が望んで得たものではない。こんな醜い姿の力ではない。おれが望むのはもっと綺麗で正しい姿の特別だったのだ。

 俺はなんだってこんな首を愛おしく感じなくてはいけないのだ?こんな醜い首だけを大事にしなくてはいけないのだ!?なんだってこんなものが異世界へいける鍵なんだ?

 俺はいったいなにを愛してきたのか?

 こんなもののためなのか?これがこんなに臭くて醜悪な化け物とガラス細工のおもちゃのような記憶の欠片がほんとに異世界へいくために必要なのか?

 俺はすっかり頭がおかしくなっていて実は首を切ってあてもなくさまよってしまっているのではないのか?

 ああ。エナト・・・。どうしたらいいんだよ?

 エナトは樹海へいくと言っていた。

 俺もそこへ向かうべきなのだろうか。

 そうしたほうがいいに決まっている。

 そこへいけばエナトがいる。

 そこへいけばきっとなにかがあるに決まっている。

 俺はなんの根拠もなくそう思ってしまった。エナトと待ち合わせした。いかなくてはいけない。そうだ。首は間違っている。

 そう思っている自分がいるのにまったく冷静になんかなれない。

 自分の人生は連続してフラフラしているような気がして嫌になってくる。

 すると、紙でできた鳥が表れて周りを旋回してきた。

 俺はうれしくなって興奮のあまり、思い切りその紙を握り潰すようにとった。

 掴んでぐちゃぐちゃになった紙をあけると文字が浮かびあがる。すぐにエナトだとわかった。エナトの手紙でこんなにもうれしく感じるとは思わなかった。



 樹海にて待ちます。きっと不安でいっぱいになっているでしょうが、ここまで来ればあなたを救える。 

 エナト


 早くいかなくては。あんな首の妄言なんてのはうそだ。わけがわからない。

 ぐるぐるにまいたはずなのに首は器用にも服から顔をのぞかせていた。

 首はそんな調子の俺をみて露骨に嫌な顔をした。醜悪なその顔がさらに気持ちがわるくなっている。

「ねぇ?その手紙なに?」

 と不機嫌を隠すこともない声色であった。

「おまえには関係ないだろう。おまえはそもそも俺をだましたんだ。だまして転送した。なんのために俺に記憶の欠片を持たせたのか。お前は俺のためだというが違う。おまえは異世界へ帰りたいんだ。自分の欲求を満たしたいだけなんだ。おまえからは善意が感じられない」

「善意?」

 と首は鼻で笑った。

「欲求とその深遠な価値も知らないあなたがよく言う。わたくしは正直にしか話してない。わたくしはあなたに来てもらいたかった。わたくしはたしかに帰りたかった。でもあなたがそれをもう望まず、あんな魔女の言いなりになる。そんな生を選ぶのならもうわたくしは知らない」

 そういって首は口を閉じてしまった。

 気持ち悪いやつめ。俺をだましたことを後悔させてやる。あとでエナトに言ってやる。

 ふたたびぐるぐる服で包んで俺は首を抱えて歩いた。

 あてもなくてくてくと田舎のがたがたの道路を歩く。標識をみて自分がどこにいるのかがわかった。エナトとはぐれた場所から数キロの山の近くであった。

 それならば駅まで歩いていけば、そこから樹海まで電車ですぐだろう。

 ぽつんと立つ一軒家を見つけると俺はすいこまれるようにしてそこへ勝手に入っていく。

 外に干してあった服を適当に盗んでそれを着た。

 玄関の扉を開ける。鍵はかかっていない。扉の近くには帽子とタオルがあった。首にタオルを巻き帽子をかぶる。これでぱっと見ミイラにはみえないだろう。

 家のなかを覗くと人の気配はしなかったので、押し入れをあけて物色し、すこしかび臭いリュックサックをみつけた。

 首をリュックにいれて背負う。

 リビングをのぞくとテーブルの上に財布と携帯があった。

 紙幣を数枚失敬する。

 申し訳ない気持ちでいっぱいであった。すべてが片付いたら返金し詫びるつもりだ。

 エナトがなんとかしてくれるさ。急いで樹海へいくのだ。

 そうして、去ろうとしてTVのリモコンを踏んでしまった。

 テレビには女子高生を殺害して逃走しているニュースが流れている。未成年。長身。ストーカー被害。そんなワードがでてくる。

 もしかして俺のことではないだろうか。

 もしかして俺は。本当の俺は、現実には錯乱してしまって、静香ちゃんを殺害してその首をもって逃走しているサイコな殺人鬼じゃないのだろうか。

 いや違うに決まっている。このミイラの手をみればわかる。

 これこそが現実なのだ。

 こっちが現実であってほしい。うしろに背負っている首はしゃべるし魅了してくるんだ。そうであってほしい。

 樹海へいけば魔女が待っている。そうであってほしい。

 俺はさっさと離れたくていっぱいになって、家からさっさと出た。

 しばらく歩いていると、午後の陽光が照り付け、美しい山と田舎道に豊かな色彩をあたえてくれている。

 ふと、鎧を使って一気に跳躍していけないかと考えた。念じてみるもあの時みたいに鎧は顕現しない。きっとこんな念じ方ではだめなのろう。

 背負っている首がガサガサと音をしてクスクス笑っていたが無視した。とにかく歩くしかない。

 どこまでも続くかのような田舎のがたがたとした道を歩いていく。

 通りすがる人も車もなかった。

 やがて、トンネルをぬけて整備されてきた道を進んでいくと町のにおいがしてきた。

 もう少しで駅がみえるはずだ。

 駐輪場がみえる。そこに警官が数人たっていた。事件か事故かあるいは・・・。

 俺は素知らぬ顔で目線をさけながら歩いて行った。

 彼らは無線でなにやらやりとりしている。

 一人の警官が俺に声をかけてきた。黒縁メガネの警官だ。腕はがっちりとしていて力がありそうだ。

「ああ。すみません。少しいいですか~?」

「なんでしょう?」

 と俺は振り向いて返事をした。自分はミイラ姿なのであまり顔をみせられない。

「すこしお話いいかな?」

「ごめんなさい。急いでいるので」

「そういわず」

 と、警官は俺の腕をとった。

 顔を見て俺は驚いた。

 その警官の顔は忘れもしない。

 あの組織の。

 俺をだまして罠にはめた山中その人であった。

 無償ひげを汚く生やし、顔はやつれているが間違いない。忘れるわけもない。

 あたりを見渡す。ぞろぞろと警官がどこからともなく集まってくる。

「小島守くんだよね?探したよ。すこしいいよね?パトカーあるからさ。そこにのってもらえないかな?」

「山中・・・だよな・・・?」

「小島守くうぅん。ご家族が探していたよ~さぁ。そのリュック。それをこちらに渡してくれよ。いや、間違えました。そのお方をこちらへ渡してくれ。そして、車にのってくれよ」

「断ったら?」

 すると山中は俺の肩に手をかけて

「どんなひどい目にあうのかわかるだろう?もちろん君がじゃないがね?君にはこの意味わかるだろう?ミイラにはなっても頭はまわっているだろう?」

 俺は歯ぎしりした。なんだってこいつはここにいるんだ。しかも組織がここまで出張ってくるなんて。

「抵抗はしないでくれよ?」

 と山中は俺の腕をつかんで言った。

 今、ドゥベルクの鎧を起動してにげるか?逃げ切れるだろうか。きっと逃げ切れるはずだ。今なら出せるはずだ。そんな気がする。

 だが、この山中は頭がきれるし情報をかなり掴んでいる。

 ミイラの俺をみて俺自身だとわかっている。

 どうやら鎧の力も知っているだろう。だが、なぜ俺がここにくるとわかったのだろうか。

 考えてもしかたがない。抵抗してもよくないに決まっている。

 リュックごと山中に渡して車に乗った。山中は首を大切に抱えて車に乗り込むと運転席にいる部下に渡した。

 後部座席にはしかしもう一人乗っていた。

 早風だった。

「う、うわ!」

 と早風は俺をみるなり驚愕した。

「ああ。早風君。安心してくれたまえよ。彼は小島守くんなんだ。かわいそうなことにこんな姿にされてしまった。彼をなんとかするためにも我々と協力してくれたまえよ」

 と山中は後部座席のほうをむいて言った。

 とても慇懃だが、山中の目はギラギラとして気味が悪い。

「あの。さっき話した件ですよね・・・」

「ああ。組織は小島くんを拉致してね。彼最近行方不明だっただろう?彼はそこからにげてきて今君と一緒に保護したところなんだ。静香さん?も狙われている。君らを組織から保護しなくては」

 山中が早風になにを吹き込んだのかわからないが察するに、謎の犯罪組織が俺と静香ちゃんを拉致してつぎは早風を狙うからと保護したということだろうか。

 こいつの噓に俺は反論したくなったがやめておいた。

 しばらく様子をみたい。

「でね。早風くんさぁ。直江さんなんだがね。君はついさっき見たって言っていたよね?それはどこかなぁ?」

「僕は、彼女が・・・」

 といって早風は口をつぐんでしまった。彼は俺をチラチラと気にしている。

「あのう。そろそろ帰してください。もう何時間も拘束されていますよね?僕ほんとうになにもわからないんです。静香だって・・・連絡が取れないし」

「こまったな。我々もね。早風くん。さっきから言っているんだけどさ。君の情報がないと動けないんだよね。君は直江の場所を知っている。そうだろう?なぁ?小島君。君もそう思うだろう?」

 と山中はいらいらした調子で俺に話をふってくる。

「そういわれても・・・」

 早風をみるとこちらも落ち着きがない。

 それは当たり前か。警官にこんな場所で聞かれることもましてやミイラ姿の俺が隣に座っているのもどこか非日常的だ。

 それともなにか。早風はエナトと接触して情報を流出することをあえて防いでいるのもかもしれない。エナトはそもそも早風にふんした案山子とかを四方へ走らせていた。

 円卓機関は彼らを追ったのだが、その後、本物の早風を捕まえた。しかし、捕まえてもとうのエナトの場所も首もわからなかったそこへ俺がのこのことここへ来た。首は手にしたがとうのエナトはわからない。

 やつらも必死なのだろう。

 俺は彼らが思った以上に焦っていて安心した。なんとかなりそうだと冷静になる。しばらくしたら鎧を起動させて首を奪い、早風を抱えて逃げよう。そう考えた。

「そっかぁ。わからないかぁ。どうもほんとうにわかってないようだな」

 と山中は冷たく言った。

「もういいか。欲しいものは手にした」

 とたん、腰の拳銃をぬいて早風の腹を撃ちぬいた。

 早風は、ぐったりとシートに倒れ、腹から血が飛びでてくる。

「なんだ。こいつ赤い血をだして人間みたいだな」

 と山中はへらへらと笑っていた。

「な、なにをしているんだ?おまえ!なにをしているのかわかってんのか!」

 俺は早風の腹を抑えた。ぜんぜん血が止まらない。

 山中は完全に常軌をいっしている。

 となりの部下も突然の発砲におろおろとしていた。

「こいつの案山子を追ってこっちも疲れているんだ。こいつは人間じゃあないんだよ。俺はだから人を殺していない。罪なんか犯していないんだ。いちいち騒ぐんじゃねーよ。いいか小島!貴様の家族もこうなるぞ!わかっているんだな!いいからエナトはどこにいるか教えろ!」

「・・・」

 隣で早風が苦しんでいる。

 俺はそれでも冷静であった。こいつらはすべてを知っているようで実はなんにもわかっていないんだ。俺はこいつらを簡単に撃破してあしらえる。感覚でわかった。

「山中。必死だな。なにを焦っているんだよ」

「生意気だぞ。ただの中二病がいきるな。おまえはたまたま力を得ただけだ。いいか。もう一度言うぞ?エナトの場所を言え。こっちは首も手にした。記憶の欠片はもうどうでもいい。あとはあの魔女と取引だ。俺は首を利用して異世界へいくんだよ」

「おまえはエナトに拒絶されるよ」

「は?貴様みたいな馬鹿がなにを言っている?いいか。よく考えろよ。こっちは組織として何十年もずっと探してきたんだ。こっちは力があるんだ。あの魔女はわかっているんだよ。なんだよ?その目は。ミイラで気持ち悪い。醜悪なやつめ。貴様も魔物だな。ゴミめ。いいか?俺はこのためにやってきたんだ。なんだっておまえが選ばれたのだ?俺が選べるべきなんだ。おまえにこの苦しみがわかるのか?苦しみ苦しんだ先に幸福な未来がある。それがわかっていればどんな苦しみにも耐えられる。だが、その先に幸福もなにもなく苦しみしかこの先ないとわかったとき俺たちはどうしたらいいのか?おまえは考えたことがあるのか?おまえはずるい。おまえだけがエナトに選ばれた。なぜだ?善行をつんだわけでも、犠牲を払って英雄となったわけでも、努力して秀才となったわけでもないのに!小島守おまえがうらやましいよ。なぁ。よこせよ。おまえにはいらないだろ?ただとは言わないよ。おまえには金をやるよ。一生苦労することがない額面だ。な?いいだろ?いい思いしただろ?俺たちにもよこせよ。力をよこせよ。異世界へいく切符をもっていいのは俺なんだ」

「小島君・・・静香を・・・」

 早風はもごもごと口から泡をだしながらしゃべっているがまったく聞き取れない。

 かっこいい顔が台無しだ。

 こんな醜い俺なんかになにができるのか。

 俺はこいつを救ってやりたい。心の底からそう思った。

 俺はほんとに無意識に鎧を出していた。

 全身が鎧に包まれ、俺は剣を抜かずに車の天井に穴をあけると、そのままひっぺはがした。

 首を持っている山中の部下の腕をバキバキに折ってリュックを奪うと山中を車から放り投げた。その悲鳴を無視しながら早風を抱えて大きく跳躍した。

 山中の怒声が耳に残る。

「小島―――!おまえは家族を!友を!現実を選ばなかったんだ!どうなるか思い知れよ!おまえには不幸が訪れる!絶対に!」

 狂ったように絶叫し乾いた発砲音が町に何発も響いていた。

 ずっと鎧をつけたまま疾駆していた。

 どれほど走ったのか。鎧を着たまま樹海へいけばよかったのかもしれない。でもこれは俺が出したくてすぐ出せるものではない。なにか俺のなかで特別な思いのようなものがなければでてくれない。

 それを俺は知っている。

 顔がどんどん青白くなってもうほんとど息をしていない早風を急いでエナトのとこに連れて行かないといけない。病院なんかじゃだめだ。エナトではなければだめだ。それには俺がもっと早く走って跳んで、エナトのとこに届かないといけないんだ。

「小島君・・・」

 と樹海の入り口に入ると早風は降ろしてくれと言ってきた。

「静香は・・・どうなったんだい?」

 早風はそう聞いてきた。なんて返事をしたらよいのか。リュックがもぞもぞとしている。首がしゃべりたがっているのだろう。正直に全部を話そうとして口を開いた。

 だが、早風はこと切れていた。



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