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「首」

 その後、静香ちゃんの家一帯の結界を張り終えた。

 この人払いの結界というのもよくわからないが、家に近寄れば目的を忘れるか、方向を見失って帰る羽目になるというすごく都合がいい魔法だった。

 エナトはまだ魔力が残っていると言うので一緒に病院の地下へと戻り、俺の遺体を腐らないように魔法で保存してくれることになった。

 どうやらエナトは俺の遺体を後回しに考えていたようで案外そこらへんがいい加減で適当でぞんざいで、とにかく急に不愉快になってきた。

 契約した後なのだが心配になってきた。

 というよりは、契約したから遺体のフォローまでしてくれるようになったのだろうか。

 あのまま別れていたら、なにもしてくれずにこのままミイラ姿だったのかもしれない。そう思うと背筋が冷たくなり少し怖くなった。

 忘れていたが、彼女は魔女なのだ。

 契約してしまったが、残酷だし、平気でうそをつくのだろうか。

 俺なんかよりずっと政治的な生き物で、より人間的に見えるが魔法でなんでもできてしまうのだろうか。

 それでいて、空っぽで「まだ自分探し手をしている」ような俺とは違ってなにか絶対なる価値をもっているように思える。

 彼女は能力もそうだが、とてつもなく巨大に思えてくる。

 絶対な価値をもつからこそ俺みたいな人間。機関の山中のような利益や欲だけでは動かないなにか別のベクトルで動くのだ。

 主観的に自分のことだけを考えてきていた俺とは違う。教室にいる秀才や、エリートを目指すものとも違う。女のことばかり男のことばかり考えている快楽を追求するようなものとも違うのだ。

 裏切りも嘘もなにか絶対的なもののためについているようだ。だから平気なのだ。

 そして、今は直江の姿だが、その本来の姿は美しい容姿である。

 完璧な女なのかも。そうとも。

 多くの人間がそんな女と離れた方いいと言うはずだ。彼女は直江にわざわざ憑依して、人質にして俺が裏切れないような仕組みをつくっているのだから。完璧なその女に執着すればいかに自分が空虚で惨めかわかってしまう。

 俺は彼女と距離を取った方がいいのだろう。だけど、頭を少しでもさすってくれて、握手して優しく握り返してくれた時、俺は初めてこの世界に仲間ができたと実感がわいたのだ。

 これが仲間でないのなら、ホッとできるような空間。いや、荒漠とした砂の大地にある小さな日陰と泉があるそんな場所のような感じなのだ。

 彼女が裏切っても俺は裏切りたくない。騙されていても、愚かでもだ。

 そんなどこからわいてきたのかわからない義侠心のようなものを持ち始めてしまう。そして、こんな単純な俺をエナトは知っている。利用していても俺という人間を理解していることに俺はある種の親和性を感じ、そこに認められる喜びを抱いたのだ。


 そんなことを考えながらミイラの顔で、ニヤニヤ笑って歩く俺をエナトは横目に見ながら観察しているようだった。

 地下につくと、割れた鏡が散乱し、腐臭と合わさって臭かった。

 が、エナトは魔法を使用した。

 手に少し錆びた呼び鈴をいつのまにか持っていて、ラテン語なのか、イタリア語なのかそこらへんの言語に似た呪文をぶつぶつ呟いてベルを鳴らすと、直江(エナト)の腹から赤子の手がにょきっと出てきた。

 びっくりして凝視していると、その赤子の手がどろどろと溶けていき、水銀のような色の滴りとなった。

 水銀は生き物のような這いまわり、散らばった鏡の破片やら腐乱した遺体をすべて溶かしていき綺麗さっぱりと消していく。

 次に奥の部屋にあった俺の遺体を保存するというので、てっきり魔法で氷のようにカチコチになるのかと想像していたが、全然違った。

 どでかい箱をどこからかずるずると引きずってきた。

 手伝えと言うので、自分の遺体をその箱の中に入れる。よくみれば棺のようだ。

 大きな棺のようなものに乱暴に遺体を入れられて、エナトがどこからだしたのか小瓶を取り出し中の液体を棺に垂らすと、みるみると棺のなかが墨汁のようなものでいっぱいになる。

 そうして、覆っていた真っ黒い墨汁のようなものがゼリーのように凝固し、中のものはまったく見えなくなってしまった。

 どうやらこれが遺体の保存のようだ。

 俺の遺体大丈夫だよな・・・?切断された足とか背中の上に放り投げられていたけど・・・。


 ものの数分で綺麗になったのだろう。最後に赤子のキャッキャッ笑う声が聞こえるとエナトはベルを再び鳴らす。赤子の手がエナトの手に触れるとフッと消えた。

「全部終わったのか?」

 と俺は疲れた声が出ていた。

「ええ。これであなたの遺体は安全です。すべてが終わったらあなたはあの棺で目を覚ますでしょう。切断された足もあの黒い液体が直してくれます」

「あんなコーヒーゼリーのようなものが詰まった棺で目を覚ますのか」

 俺の嫌そうな声をエナトは察せずに、どこからかリュックを持ってきて、部屋にある棚を乱暴に開けていき、ガムテープや、カッターや釘それに古い雑誌などなにに使うのか不明なものをどんどんと詰めていく。

「で、これからどうするよ?」

 と俺は聞いた。

 エナトは、いつ抜いたのか俺の財布を渡した。

「ここで使い果たしたので魔力を補給しなくてはいけませんね・・・」

 はい?俺はホッとする空間とさっき言ったが、急にひやっとした空間になった。



 エナトは直江のポニーテールを左右に揺らしながらずんずんと早歩きで夜の街を歩いて行った。ムシムシとする夜の街だが、ミイラ姿なので暑さをまるで感じない。 

 とはいっても、ゴミゴミと鬱陶しいほど人が出ていた。

 飲み歩くサラリーマンの姿がよく目立つ。

 俺のこのミイラ姿も目立ちそうであまり人は見ていないし気にしていないようだった。

 そうした群集の中に消えていきそうな直江の後ろ姿を追う。

「おい、ちょっと待て!」

 俺は直江の肩をつかんだ。

「なんですか?」

 とエナトは直江の顔をきょとんとさせていた。

「なんですか・・・?ではない」

「・・・はい?」

 と、目をくりくりとキョトンとした、まるで、猫がとぼけたような顔をして、俺を見るエナト。

「いや、はい?じゃないよ。どれだけその魔力補給必要なの?」

「あなたのせいで私はこの直江の身体しか使えず。あなたのせいで魔力供給がない。だから、あなたの力を借りている。さきほど、あなたは私と契約した。協力するとも。何故ここであなたはその約束を破ろうとするのですか?」

 とエナトは怪訝な顔をしていた。

「いや、確かに言った。だがな、さすがにね・・・わかるだろう・・・?」

「・・・ん?」

「おまえすでに牛問屋、かつ丼屋、天丼屋、うなぎ屋、その他にも屋台で滅茶苦茶食っているだろう!もうなん十件と店回っているだろう!」

「ほう・・・」

「なにが、ほうだよ!俺の財布の中身も計算しろ!すっからかんだよ!」

 バイトで稼いだ金が全て吹き飛んでしまった。

「そうですか・・・では、早速回復した魔法で紙幣を練成しましょうか。今なら100万円ほど紙幣発行ができそうです」

「待て待て待て・・・それはヤメロ。日銀に、いや、いろんな偉い方々に怒られる」

「では、どうしろと?あと、かつ丼一杯ほどのカロリーをとらないと、まともに魔法も使えません」

「・・・。あのさ。つかぬことを聞きますが、そのカロリーなんだが、魔法を使ったらスポーツやったみたいにカロリー消費して体重減るの?」

「いいえ。カロリー消費はせず体重は増えます」

 どういう原理なんだよ。それ。と突っ込みたくなったがなにか深いわけでもあるのだろう。

 待てよ・・・。俺は嫌な予感がした。

 ん?あ、あれ・・・でもそれじゃあ・・・。

「あのさ。じ、じゃあ、直江のその身体は?」

 と俺が嫌な予感がして聞くと

「ぶくぶく太りますね」

 と答えが返ってきた。よくみると直江のお腹はすこしポッコリとしている。外から見たら妊娠しているみたいだ。

 おお・・・。直江よ・・・。これは俺のせいではないぞ。すべては魔女のせいだ。とりついていたエナトがいなくなり、体重計に乗ってその数字を見たお前はきっと卒倒するだろう。だが、全部魔女のせいなのだ。俺のせいじゃないぞ。断じて。

 だが、それにしても、こんなに食うとなると困ったものだ。よりによって、なんで、外食で賄おうと考えたのだ・・・。この魔女は・・・。

 自宅で料理を作るという発想はなかったのか?それとも俺への嫌がらせか?そうなのか?

 その後、自宅近辺はあまり力寄らないほうがいいと聞いていたので、俺は一計を案じて夜の校舎へ入った。家に帰りたくないときは校舎に潜り込んでよく寝たものだ。その時、柿崎のダンボールの中に入っているカップ麺を見ては非常時の兵糧として機能するものだなと籠城戦を妄想したものだ。

 ということで、大切そうに部室に隠してあった柿崎少佐の非常食であるカップラーメンの山を食べることにした。

「小島守。これは湯が必要と書いてありますが?」

 と、部室のソファに座ってカップ麺の蓋を眺めながらエナトは不思議そうな顔をしていた。

「ああ、そう思ってちゃんと湯沸かしポットがここにある」

「ほう。それをいれてこのミイラのようなものを食べるのですね」

「カップ麺食べたことはないのか?」

「存在は知っていましたが食べたことはないですね」

「そうか・・・口に合うといいが」

 水にいれて数分後。

 麺をすするエナトは糞不味そうな顔をしていた。

 どうやら柿崎里奈のオキニのカップ麺がげろまずらしい。

 と俺も何口か食べてみたくなったがあいにくミイラのこの姿だ。味などわかりやしない。

 しゃべれるし、嗅覚もあるのに味はわからないのか。どういう身体なのだろうか。

 なんだかんだ言って、すべて平らげたエナトはソファに横になって眠りにつこうとしていた。

 そういえば、直江のご両親は心配してはいないだろうか。

 娘がこんな時間まで帰ってこないのに。

 そう思っていると

「この直江の両親には連絡してあるので大丈夫ですのでここで休みます」

 とエナトは天井をみながら言った。

 こいつやっぱ思考をよめるのではないだろうかと俺は思った。あまり迂闊なことは考えられないな。

「では、小島守。おやすみなさい」

「こんなん」間に合うのか?」

 と俺は電気を消して床に寝転がって聞いた。

 床は固いがミイラのこの体は苦痛を感じないらしい。というかミイラの身体になったがちゃんと眠れるのかな?

「魔力が明日でないと回復できていないでしょう。今行動してもきっと意味がない」

 とエナトは目をつぶっていた。

「あの鎧でもか?」

「ですからそれは使わないでほしい」

「・・・。呪われているから・・・だろう?」

「・・・。使えば使うほどあなたの魂は食われていく」

「そんなこと言われても魂とかなんだとかわからんし」

 エナトの説明は本人も言っていたが形而上学的?で理解不能だ。てか、魂ってどこにあるんだよ・・・。考えたら頭が痛くなってくる論題だ。

「なぁ、魂ってどこにあるんだよ?」

 と俺は聞いてみた。どうせたいした答えなんぞ返ってこないだろうが。

「あなたには心がありますか?」

 と、エナトは顔をこちらに向けた。直江の顔が近くに見えてドキドキしてしまう。

「ああ・・・。たぶん・・・あるよ」

 と俺は目をそらしながら答える。

「なら、ここに出して見せてください」

 とエナトはいじわるなことを言ってきた。

「は?見せられるわけないだろう?」

 だいたい心がどこにあるかなんてわかりはしない。頭にあるのか胸なのか。

「では、なぜ,ある,とわかるのですか?」

「それは・・・」と言ったきり答えることができなかった。

 なるほど。そうなると極端な話「神」がいない。「魔法」もない。なんてのがなぜわかるのですか?となってくる。つまり、「ある」「ない」という前提を俺は持っている。

 その認識はどこからくるのか?

 頭が痛くなってくる。

 そうだ・・・。いつからだ・・・。俺は・・・魔法も神も前世も絶対的ななにかがないと認めたくなくて妄想にふけるようになったのは・・・。

 いつから・・・こんなにも生きにくく・・・。

 頬をなにかかすめた気がした。

 懐かしく、どこか冷たい風のにおいを感じた。

「魂も似たようなものです。私は、いや、私たちは魂も魔法も神さえもいるのを知っている」

 だからなんなのだ?

「そのため、なにも信じるものがなく、絶対的な価値がなくなったあなたたちは、私たちに魅了されてしまう」

 とエナトは静かに言った。

 俺は急に、とてつもなく悲しくなってきた。

 俺の目の前には絶対的な力とずっと信じていた「力」の存在があるんだ。

 俺はそれだけで・・・。特別なんだ。特別と感じてしまう。

 でも、もし・・・。この場がなくなったら・・・。

 夜の非日常的な空間で俺は高揚していたが寂しくも感じた。

「エナト。俺も戦いたい」

 俺はエナトの力になりたいと思った。

「その鎧は危険です。いいですね?使用したらいけません」

「でも・・・いざ、戦うとなったら困るだろう?」

「その時は・・・。あなたが生きたいと望み、あなた自身の価値を認めてくれたら自然と戦えます」

「なんだよそれ?」

「あなたは、特別なのです。忘れないでください」

 優しくそういわれて俺は抱擁されているかのような錯覚を抱いた。

 無条件に肯定し、受け入れてくれる場所がここにあった。その夜、俺は静かに寝てしまった。


 朝目覚めると、エナトはすでに起きていた。

 これからどうするのかを俺はまだ聞いていない。

「ところで、守護者たちはどうなったんだろうな。その記憶の欠片とかいう鍵も・・・」

「私の使い魔が彼らの会合場所を今調べています。次期にはわかるでしょう。どいつが裏切っているかも。あるいは、殺されているかも」

「会合場所・・・」

「ええ。そこさえわかればもしかしたら首だけでも奪還できるかもしれません」

「奇襲して奪うのか?」

 と俺は興奮気味に聞いた。

「そういうことです」

 とエナトは静かに答える。

 でも、と俺は疑問に思った。

「それを向こうは知っているのかな?扉があかないこと」

「恐らく会合場所で知るでしょう。記憶の欠片が足りないことに」

「気づいたらどうなるのだ?」

「恐らく資料室にいる本体の私を殺しに来るでしょう。さすがの私でも同志たちが何百とくれば勝てそうにない。しかし、結界が壊れ、しばらく動けない私同様彼らも私のとこへは侵入できない。ならばやれることは一つ」

「それは?」

「首と欠片を安全な場所へ移動すること。欠片は正直隠しやすいものなのですが、首だけは隠しにくいし、運ぶのにも慎重をようするものなのです」

「慎重をようするのか・・・?」

 首というと戦国武将とかが、布みたいなのに巻いて首実検するようなのを思い浮かべてしまうが。

 エナトは顔を向けた。直江の顔を無表情にさせている。

「小島守。さきにあなたに注意しておきますね。首は生きているものすべてを魅了します。自分の欲求をみたすために操るのです」

「魔法かなにかを使うのか?」

「魔法ではないですが、近いものです。言葉で魅了し、自分の欲求をみたすために動き出す。奪還しても、その首の口は塞ぐこと。そして、袋につめて決して開けてはいけませんよ?いいですね?」

「あ、ああ。わかった」

「絶対に見てはいけないし、聞いてもいけない。いいですね?魔物たちとて魅了されるのです。決して、首と話してはいけない。わかりましたか?」

「わかったよ。何度も言うなよ」

 と俺はなんども確認してくるエナトが少々くどく感じたが、やはりそれだけやっかいなものなんだろう。

 時間を確認すると明け方の4時である。

 すべてが夢であったならばよかったのに。という気持ちはわかなかった。

 むしろ、夢ではなくホッとしている自分がそこにいた。

 どうやら自分の脳は活動しているのか。はたまたこれは自分の頭のなかの思考ではなく、他人の思考なのだろうかと、いや、考えている自分はそこにいるのだから、自分はたしかに存在しているはずだと、哲学的なことを考えたが外で扉をたたく物音が聞こえたのでせっかくの思考を停止した。

 不安になって部室をでると、用務員のおじさんが立っている。

 エナトが声をかけ、例のラテン語に似たような言語で話していた。

「はい。では。これにて」

 と、日本語で別れをつげて用務員のおじさんは、紙袋を渡し、スタスタと廊下を歩いていく。

 エナトが袋を開けると細く短い杖が入っていた。黒く煤けた杖であった。

「それは?」

「エナトの杖・・・」

 ボソッとエナトは応えた。

「ん?自分のものか?」

「・・・そうですね」

 とエナトは俯いた。どこか様子がおかしい。

 疑問を思ったがエナトはくるっとこちらに顔を向けた。その顔がいつもキツメの直江の表情なので、ドキッとしてしまう。

「さて、小島守。行きますよ。準備はいいですね?」

「え、あ、ああ!あ、その、場所はわかったのか?」

「ええ。案外早くわかりましたよ。近くて驚きましたがね」

 エナトはそう言って、笑みを浮かべた。

 エナトの使い魔の偵察によって会合場所は駅前の工事中のビルの地下だということがわかった。強力な結界を張ってあって、円卓機関もその存在を認知できていないという。

 そこに首がある。それを手に入れれば、すべてが終わる。

 出発に先立ってエナトは、外にでて燃えない鉄くずなどのゴミを使って三体の人形を作りだした。

 ごつごつとした甲冑のような作りのものだが、よその部室棟にあった、洗っていない体操着を着せて認識阻害の魔法を付与していた。

 俺には体操着を来た異様な案山子にしか見えないが、人にはそれは運動している学生にしか見えないと言う。

「こいつらをどうするんだ?」

「このものたちは陽動として使います。よく見ていてください」

 エナトは、体操着に何本かの髪の毛を縫いつけた。

「それは?」

「早風の髪です」

「え?」

「いけ!そして遠くまで逃げよ!」

 体操着を来た案山子は跳ねるように三方へ飛んで行った。

「ど、どういうことだ?」

「ですから陽動ですよ」

 あとでわかります。とエナトはそう言って、どんどん前を歩いていく。俺はそのあとをついていくしかできない。

 二人で、徒歩で隣町まで来た。隣町といっても田舎で見渡せど、畑と民家がぽつんぽつんと建っているだけの場所である。

 エナトはその案山子にまた二本の毛を縫いつけた。そして、案山子にこれまたいつ持ってきたの俺の制服と、直江の制服を着せていた。

 時刻は7時になっていた。そしてエナトは携帯でどこか電話したかと思うと、携帯(直江のもの)をぶち壊した。

「え、おい!」

「よし・・・」

「いや、よくないっしょ。なんで携帯壊すんだよ」

「はい。守。手をつないで」

「あい?」

 視界がぐにゃんと暗転して、駅前の繁華街に来ていた。

「おい。いきなり転送するなよ。説明してくれよ」

「いいですか。守。我々は動ける戦力が限られているんです。敵の戦力を分散しなければならんのです」

「は?」

「いまさっき私たちの偽ものを魔法でつくって四方へ走らせました。きっと円卓機関や魔物たちが探知し追いかけていくでしょう」

「え?早風はなんなの?」

「早風には、記憶の欠片があると嘘の情報を流布してあります」

「いつのまに!?」

「早風はなので陽動として利用できます。私は早風の複製をつくり三方に走らせた。恐らく敵は、早風が欠片をもっていると考え、全力で追うでしょう。さらに、ほかの機関が我々を拘束し、先んじて首を奪おうと企むはず。そのため、わざと通信し位置をとらえさせて、転送したのです」

「なぁ、エナトよ、少しは説明してくれよ。全然わからなかったよ。てか、早風はいいのか?彼自身は危なくないのか?」

「彼は保護してありますから大丈夫です」

 説明はそうですね気をつけますよ、と言ってエナトは頷いた。

 いや、今後いっさいまた説明してくれないな。これは。

 さて、一連のエナトの不可解な行動だが、これで敵(魔物を含めて)は分散してくれたらしい。

「守。これから乗り込みますが、首を奪ったらあなたは樹海へ行ってください」

「樹海?」

 地元はでは有名なスポットだ。ここから結構な距離だ。

「そこに私の仲間が待っている。合流したらあとは我々の勝利です」

 つまりこの首を奪うかどうかで運命が決まるわけだ。

「ミイラだが手汗をかきそうだ」

「ふふふ・・・それは・・・おもしろい・・・ふふ」

 とエナトは柄にもなく笑った。

「守。私がその場にいる魔物を倒します。倒せきれなかったら、足止めしますからあなたは首を奪い、このビルの間に待っていてください。転送陣を作るので私と一緒に樹海まで逃げます」

「もし、うまくいかなかったら?」

「あなたは一人で樹海まで逃げるのです」

「転送陣なんて使えないぞ?」

「あなたには通れるようにしておきます大丈夫。私の声に従ってください」

「あ、ああ・・・」

 不安ながら、そうして、事前準備を整えて、俺たちは会合場所とされる、工事中のビルへと足を踏み入れた。

 工事中。関係者以外立ち入り禁止のロープを無視し、ずんずんと中へ入っていく。

 このビルだが、手抜き工事が理由でまったく工事が進んでいなかったところだ。それでも地下の駐車場スペースだけはできあがっている。

 エナトは煤けた杖を取り出し、認識阻害と足音を消す魔法をかけてくれる。

 奥に進んでいくと、なぜかそこだけスモークガラスのパーテーションで区切られた部屋にぶつかった。

 中からどこの国の言語なのかわからないが聞こえてくる。

 エナトは魔法をかけてくれたのだろうか。

 その声がやがて日本語として聞こえてくる。『公爵夫人によれば、あの女狐め。我らに欠片の数をだましておった』『あの女狐めが所有しておる・・・』『では、殺してでも奪うか』『ここにはまだ兵がいない。やつを殺すには100の猛者がいる』『とりあえず、あの早風という人形がもっているようだ。今情報によれば、やつを殺し奪いにいく』

 聞こえてくる話だと、エナトの陽動作戦はどうやらうまくいっているようだ。

 パーテーションのうえは区切られているが倒れていたり壊れていたりとバラバラに区切られていて隠す気がまるでなかった。

 上をみると地下天井は手抜きでパイプが傾いていて、何本か登れるようになっていた。

 エナトは指で下にいるから上からいけと合図する。

 すこし上ってみて中をうかがうと、四人の人影があった。

 いや、それは人間に見えるが人間ではなかった。

 蛇の尾のように、あまりにも長い首をうねうねとさせる。多くが暗い影だ。手は異様に細長く、目だけは丸く白くて、しゃべるたびに、白い霧のようなものがでている。

 彼らはテーブルを囲いながらなにやら議論している。

 テーブルの上には首が置かれており異様だ。

 その首は青白く、切断面からはまだ血がでている。

 眉にも擦り傷があり、顔が少し変形しているは遠目でそれは静香ちゃんであると理解できる。

 その首はしかし、口と目を蝋で塞がれていた。

『おい。首は長い間エナトとともにいた。なにかしっているかもしれないぞ?』

 しんとその場が静かになった。

『本気か?』

『誘惑されるぞ?』

『だが、エナトはできただろう?』

『エナトだからこそ、至高の魔女様だからこそできたのだろうよ』

『その魔女様というのはよせ。あれは紛い物なのだろう?』

 まがい物?という単語が気になった。エナトを探そうとキョロキョロ見渡すがいない。

 魔物たちは話を続ける。

『いずれにせよ、鏡の騎士様は早風というのを追うのに一杯だ。俺たちは俺たちでできることをしなければ』

『待てよ。団結しなければ、ここは鏡の騎士を待つべきだ』

 鏡の騎士。知らない単語がチラホラとでてくる。

 エナトはなにをしているんだ?今ならこいつらをなんとかして首を奪えるのではないのか?俺はパイプから降りようとしたその時、魔物の一人がテーブルを叩いた。

『馬鹿か。いつからあいつが指導者となった?俺たちは帰るために手を取っただけだ。やつが無能だからこんなとこで足止めを食らってんだ』

 彼らはあれやこれや議論していたようだがついに一人が我慢ならずに、「神の娘。巫女よ。どうか我らにお教えください」とその蝋を魔法で溶かした。

 顔と口には溶けた蝋が頬にべっとりとつき、テーブルの上からしたたり落ちていた。

 首はしばらく、動かなかったが、瞼をゆっくりと開けた。

 口から垂れるにまかせて唾がでてべろりと舌がでた。

 ひくついたような笑みを浮かべたかと思うと、わざとらしくすすり泣き始めた。

「ここはどこです?ああ、私の身体がない?なんで?なぜ?」

 魔物たちは互いに顔を見合わせた。その表情は暗い影でわからないが困った様子であった。

『巫女よ。からかわないでくれ。あなたはしずかという娘ではない。貴女様はわかっているはずだ』

 首はおずおずとした様子であったが、遠慮がちで、困ったような顔をしたあと愛想笑いした。ぎこちない感じである。その笑顔はしずかちゃんがよくする笑い方ではなかった。 

 愛嬌のない笑みで首なのに、いや首だから?すごくかわいらしく感じる。

『巫女よ。エナトを・・・いやあのまがい物をご存知でしょうか?』

 影が触手のように長い指をゆらゆら動かす。

「まがいもの?あなたたちはなにを言っているのですか?」

 首はとぼけた様子である。影の魔物たちも苛立ちを覚えているようだ。

『巫女よ。とぼけないでくだされ。我らは困っているのです。あなたの知恵が必要なのです』

「知恵か?わたくしには知恵はない。欲求しかない」

 と、首はがらりと調子を変えて言った。

『欲求ですと?』

「おまえたちはなにも知らないのか?なにも知らず聞かず考えないのは魔物たちも人間たちも大して変わらないものなのだな・・・。わたくしは・・・。お前たちの先が見えている。そんなものに力を貸してわたくしが満たされるとは思わない・・・」

『巫女よ?なにか欲しいのか?』

「わたくしは・・・」

 と言った首と俺の目があった。

 見てはいけないものを見てしまった。

 その時の首の目。まぶしそうに眼を細め俺をジッと見つめていた。

 そして、にんまりと薄気味悪く笑う。

 その顔の恐ろしさに全く身動きがとれなくなってしまった。

 蝋で濁ってしまった目を涙目にジッととらえつづけるその視線に魅入られた。

『巫女よ・・・?どうされた・・・?』

 魔物が心配そうに声をかけた。

『なにか必要ならすぐさま持ってきます。貴女様にはすべてをささげましょう。その代わり記憶の欠片の所在を教えてくだされ』

 首は視線をゆっくりと下に逸らし、これはエナトの罠だと語った。エナトは今ただの人間の子に乗り移っているにすぎない。

 彼女を殺すか捕らえれば、エナトはなにもできず、欠片も手に入るだろう。エナトの目的は私を奪取することにすぎない、と述べた。

 この首という存在はいったいなぜ知っているのだろうか。静香ちゃんの声と顔で別人格が、俺たちの動向を認知しているようで気味が悪い。いや、認知しているよう?違うんだ。すべてを知ってる?なんで?聞いていた・・・?見ていた?どこで・・・?

『襲撃があるやもな。では、ここを固めるか?』

 と、魔物たちはそわそわし始めた。

「わたくしをほうっておいて・・・固めてどうするのだ・・・?」

 首はニタリといやらしく笑いかけ、俺に視線を送った。魔物たちも不思議に思い首の視線の先を見る。

 魔物たちの目と目があいそうになったその瞬間。

 魔物の一体の頭が尖った塊に貫かれていた。

 それは氷の塊のようであった。

 驚くほかの魔物たちも、一瞬のうちに、氷塊が顔面を砕く。

『ぐえ!』

 カエルのような声をあげながらも、魔物たちは再生しようとしていた。

『はやく視界を修復せよ!早く!』

 氷塊によって飛び散った影の肉片は磁石のように影に吸い付いていく。

 だが、その再生も遅すぎたようだ。

 じわじわと足元から氷が張り付いていく。足掻こうとして凍り付いた足が砕けて転倒する。そうしている間に全身がカチコチの氷の中にあった。

 一瞬で冷凍されたかと思うと間を置かずに粉々になった。

「守!早く首を奪って!」

 エナトに言われるや俺は無我夢中に首と袋を掴む。聞いてはいけないし、見てはいけないことを忘れずに袋に思い切り首を押し込んだ。

 後ろから魔物たちの絶叫と怒声が聞こえるが俺は無視し走り続けた。

 ビルから出ようと必死に走る。

 だが、いくら走っても立ち入り禁止のロープが見えない。

 焦りを覚え始めたころ、落ち着いた直江の声が聞こえた。

「まもる・・・大丈夫・・・その角を曲がったところよ・・・。そこが、でぐち・・・」

 その声に疑問をもたず、角を曲がると立ち入り禁止のロープが見えた。

 俺はそれを跨いだ。

 視界がゆがみ、世界が流転する感覚を抱いた。

 生温い風がした。

 蝉がうるさい。

 目の前に、壊れた風車がぽつんと立ち、雑草が多い茂った、廃村のような場所に俺はいた。

「なんだよ・・・ここ・・・」

 手に持っていた首がごそっと動いた気がした。

「ああ。わたくしのまもる・・・。でぐちを間違えたわね・・・だめでしょう。わたくしの声をきいたら・・・」

 直江の声が袋の中から聞こえたかと思った。

 違う・・・。

 これは・・・・。こいつは・・・。

 首は袋のなかでケタケタと笑っていた。


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