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5、悪魔は、あなたです!

 詳細な調査は、私が思っていた以上に深刻な現実を教えてくれた。


 お父様のせいで、お姉様と私の母親がそれぞれ死んだ。

 使用人一同はお父様を恐れて共犯の立場。

 お姉様は被害に遭いつつ、私を守ろうとして「悪魔憑き」というレッテルを主張した。

 お父様は「悪魔憑き」を気味わるがり、距離を取って、部屋から出さないよう軟禁した。それで、私は手を出されずに済んだ。

 

 そして、最初は縁談を用意した。

 が、縁談相手が「悪魔憑き」という噂に気付いて白紙になってしまう。

 この娘は婚姻政策にも使えないと見切りをつけて、お父様は私を家から追放しようとした……。


 『世俗に戻ることはできなくて、生涯を神に捧げることになるのだけど、その代わりあなたはこの後の人生を平穏に過ごせる』――お姉様の言葉が、脳裏によみがえる。

 

「……お姉様――――」

 

 王城の一角にある、事件の参考人を留め置く拘留室。

 その重い扉を自分の手で「えいっ」と開くと、お父様と、拘束されたルーミアお姉様がいた。

 お父様は、拘束されたルーミアお姉様の顎に左手をかけて顔を近づけ、(なじ)っていた。右手は、拳をつくり、振り上げている。

 

「ルーミア。お前が罪を犯して捕らえられたと聞いて驚いたぞ。一体なぜ……ああっ、我が家はどうなっているのだ。妻は亡くなるし、娘たちはこんな……ややっ、アリシア!」

 

 私に気付いて目を見開くお父様の顔が、お姉様に触れている汚らわしい手が、不快で仕方ない。


「お姉様から離れてください! 悪魔は、あなたです!」

 

 私はむかむかした気分を抑えることなく、つかつかとお父様に近付いて、平手打ちをした。

 パシィン、という小気味いい音が室内に響く。


「なっ、親に何をするのだ。今なんと言った? 親を悪魔と言ったのか? この悪魔憑き……」

「ええ。悪魔憑きですよ。ですから、呪ってあげます」


 さっきお姉様がしてくれた化粧を思い出しながら、あの時に感じた「強い自分」をイメージしてお父様を睨むと、お父様は「ひっ」と引き攣ったような悲鳴をこぼした。


「――冗談ですけどね! 何度も言ってますけど、私は悪魔憑きではありません!」 

「なな、生意気な!」

 

 きっぱり否定すると、お父様は振り上げていた拳の降ろす先を私に変更した様子で殴りかかってくる。 

 その腕をがっしりと掴み、お父様を床に引き倒すようにして抑えるのは、ジルグラッド様だった。


「王太子ジルグラッドは、『悪魔憑き』の存在を否定する。私の保護する令嬢を悪魔憑きと呼ぶことは、許さない……レディ・アリシアは、まあ『憑き』と言わなかったしセーフということにしてあげよう。特別だ」


 悪魔でも悪魔憑きでもそんなに変わらないと思うけど、ジルグラッド様は私に特別対応してくれた。よかった!

 

「さて、モンテワルト男爵には罪がある。許されざる大罪である」

  

 威厳を感じさせる声が、凛然とお父様の罪を列挙する。

 騎士たちが罪人を捕らえると、お父様は蛙が潰れたような声で喚き散らした。


「酒がやめられなかったんだ! 飲むと気が大きくなって、欲を止められなくなったんだ! 殿下、殿下! 殿下も男なのだからわかるでしょう! 女性の色香に夢中になって溺れてしまうのは、仕方のないこと――ああ、あのやわらかで温かい肌といったら! すべすべしていて、触れるとびくびくと反応を返してきて、実に興奮する……!」


「黙れ、耳が穢れる」

「ぎゃああああああ‼」

  

 ジルグラッド様の革靴がお父様の股間を踏みつけて、凄まじい悲鳴が部屋に響く中、パトリック様はルーミアお姉様と私を部屋の外へと連れ出してくれた。


「お姉様、私を守ろうとしてくださっていたのですね」


 全てを知ったというと、お姉様は顔色を変えた。

 その全身と心に負った傷を思うと、どんな表情をしていいかわからない。

 私は想いをあふれさせ、お姉様にぎゅっと抱き着いた。


「ごめんなさい、お姉様。私、お姉様の真実にもっと早く気付いてあげて、一緒に逃げましょうって言えたらよかった。一緒にお父様をやっつけちゃいましょうって言ってあげられたらよかった」


 過ぎてしまった時間は、戻らない。過去は、やり直せない。


「あ……アリシア。私を見ないで。私に触れちゃ、だめ――……私はとても、汚れているから……」


 痛々しい声で、お姉様は哀しいことを言う。

 そんなことを言わせてしまう自分が悲しくて、私はお姉様を抱きしめる手に力を籠めた。


「汚れていません。ぜんぜん、お姉様は綺麗です。私は、感謝しています」

「アリシア……っ」

 

 熱い感情の塊みたいなのが胸から喉からせり上がって、嗚咽になってこぼれ出る。透明な涙になって視界を歪ませる。

 私が涙をあふれさせたのと一緒に、お姉様もポロポロと綺麗な涙を流している。

 

「ほかに、もっといい方法があるかもしれなかった。でも、思いつかなくて……っ」

「相談にのれたらよかったのに、わ、私が頼りなかったから……っ、お力になれなかった……っ」

「アリシアをいじめて、ごめんなさい……っ」

「私も、お姉様のことをわかってあげられなくて、ごめんなさい……っ」

 

 二人そろって泣きじゃくりながら想いを吐きあっているすぐ近くでは、部屋から出てきたジルグラッド様とパトリック様が保護者めいた気配で見守ってくれていた。

 

「姉妹の誤解がとけてよかったな。悪魔憑きもいなかった。一切は解決したということでよいのだろうか」

「待ってください殿下。まだ私は婚約者と仲良くなれていませんので、この後も協力していただきませんと」

「お前の婚約者は男嫌いだと思う。心身ともに繊細な診療対応が必要な状態だろう。正直、口説く難易度が高いのではないか、パトリック」

 

 * * *

 

 後日、お父様は処刑された。

 

 男爵家は遠縁の者が当主となり、お姉様は施療院で心身の治療を受けることになった。

 

 私はお姉様に付き添い、施療院で自分にできる仕事をさせてもらいながら過ごすようになった。


 貯めていたお金は、今のところお姉様と一緒に食べる甘いお菓子に使っている。王都のお菓子は見た目もかわいくて、どれも美味しい!

 

 パトリック様は多忙な仕事の合間を縫って甲斐甲斐しく施療院に通いつめ、お姉様に尽くしている。

 たまに騎士に扮したジルグラッド様もやってきて、賑やかにしてくれる。お土産に、お姉様とお揃いのくまのぬいぐるみをくれたりもする。いい人だと思う。たまに口説いたり迫ったりしてくるので、ちょっと困る。


「くまを抱っこするレディも可愛いですね。そうそう、本日はもうひとつお土産がありますよ」

 

 そう言って取り出したのは、陶器製の小さな容器。中身は口紅だ。 


「レディはくまを抱っこしてて腕がふさがっているようですから、塗ってあげましょう」

「そういう作戦なのですね」 

   

 指先で私の唇に口紅を塗ってから、そのまま自分の唇に指先をつけて意味深に見つめてくるので、リアクションに困る。私はそっと視線を逸らした。今日はちょっと部屋が暑い気がする。

 

「春になったらまたパーティを開くので、姉妹二人で参加するように」


 ふわふわと白い雪が降る日、やってきたジルグラッド様は二人分の招待状を持ってきた。


「今回の衣装は、4人でお揃いの衣装デザインにしてはどうだ? みんなで考えよう」


 ジルグラッド様が面白い提案をしてくれて、あたたかな部屋の中は親しい4人の「こんなデザインはどうだろう」「こんな色や装飾がいいのでは」という楽しい声でいっぱいになったのだった。


 ――Happy End.

もしもこの作品を気に入っていただけた方は、お気に入りや広告下の評価をいただけると、創作活動の励みになります。

最後まで読んでくださってありがとうございました!

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