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4、「……だめ」

 今、とんでもない呼称が聞こえなかった? 


 当たり前の知識だけど、王太子殿下というのはこの国の次期国王になる王子様のことだ。とってもえらい。

 

 騎士様を見ると、「実はそうなんですよ」と頷きが返ってくる。軽っ……!?


「ジルグラッドです。気軽にジルと呼んでください」

「ひぃ」

「なんて情けない悲鳴を……怖くありませんよ。あっ、距離を取らないでください?」

 

 『騎士様』は名乗ってくれた。「怖くありませんよ」と言いながら棒付きキャンディを手に持たせてくれたりもする。餌付けか!

 

「王太子殿下がどうして招待状を持ってきたり護衛騎士したりしてたんですっ?」

「黒の王太子は『悪魔憑き』を否定する……ですよ」

「あー……でも、なにもご自身が騎士に変装してあれこれする必要、ないですよね?」


 私が思わず疑問を唱えると、パトリック様が「それはね」と口を挟んでくる。

 

「ご自分で慌てて出ていかれたのは、以前、プティデビュタントの姉妹をご覧になってからずっとご執心で……むぐっ」

「余計なことを言うなパトリック」

 

 ジルグラッド様の手がパトリック様の口を塞いでいる。言っちゃダメな情報だったらしい。


「レディ・アリシアには俺が説明しますよ。まず、ここにいる俺の学友のパトリック・カーター伯爵公子はレディ・ルーミアの婚約者です」

「パトリック様は知ってます。よくお姉様にお手紙や贈り物をしてくださってましたから」

 

 お姉様との仲は良好だと思っていたけど、話を聞いてみると違うらしい。

 

「パトリックが相談してきたんですよ、レディ・ルーミアは心を開いてくれなくて、さらに死にたがっている気配があるとか、妹を家から追い出そうとしているとか」


 と、話し込んでいると。


「王太子殿下。こちらを」

「おお、お仕事が早いですね。お疲れ様です」

 

 騎士が数人やってきて報告書をジルグラッド様に差し出した。ジルグラッド様はそれを受け取り、中身に目を通した。

 

「配下から情報がありましたが、彼女、手足や背中、首といった目立つ場所に傷があるらしいですね――目立たないところにもありそうですね?」

 

 傷は、私もさっき見た。

 そして、私は確信を抱いていた。


「お姉様は、お父様に暴力を受けていると思います」


 新人ハウスメイドが教えてくれた情報を打ち明けて、私は調査を求めた。


 王太子殿下はくわしく調査をしてくれた。

 ――結果は、思った通りだった。

 

 * * *


 モンテワルト男爵の二人の妻は、病死と記録されている。けれど、よく調べてみると最初の妻は自殺で、後妻は暴行死であった。


 モンテワルト男爵は、酒乱で女癖が悪く、幼い娘ルーミアにまで手を出すような男だった。

 

「やめて、おとうさま。たすけて、だれか。だれか――だれか……!」

 

 誰も、助けない。

 誰もが目を背け、耳を塞ぎ、その事実を知らないふりをする。

 

 ルーミアは自分を犯す父も、助けてくれない他の大人たちも、誰も信じられなくなった。

 

「ひっく、ひっく……ぐすっ」


 泣いていても、誰もが気付かないふりをする。

 

 だから、泣くのは無意味だ。

 嘆くだけ、体力の無駄使いだ。泣いているより、別なことをした方が建設的だ。

 なのに、弱い心が、虚弱な体が、言うことをきかない。

 涙があふれて止められない。

 

 泣いていても現実は改善しないし、誰も助けてなんかくれないのに。

 

 ――なのに。

 

「……お、ねえさま?」


 小さな妹は、そんな私に気付いてくれた。


 幼い眼差しが心配してくれて、まだ穢されていない無垢な白い腕をのばして、私の頬に触れようとする。


「アリシア……」


 なんて可愛いのだろう。


 なんて優しいのだろう。


「おねえさまは、おかげんがわるいの? 背中がいちゃいの? おつらいの?」 


 ――ああ、私を心配してくれる存在が、いた。


 こんなに小さくて、頼りなくて、やわらかで――なんてあたたかいのだろう。


「……ありがとう」


 この子も、成長したらあの悪魔に穢されてしまうだろうか。

 この白い肌が痣や傷を増やして、尊厳を脅かされて、心を闇に落としてしまう?


「……だめ」

  

 ――この子に自分のようになってほしくない。


 そう思ったルーミアは、アリシアを穢れた大人たちの俗世から清らかな神の園へ逃す方法を考え始めた。


 * * *


「――お姉様のところに、連れて行ってください!」

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