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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ちりがみさま

 わたしは××県××市××区にある、私立の女子校に通っています。

 内向的な性格ということもあり、一年生の四月に作った友人以外とはまったくと言っていいほど遊んだことはなく、会話も滅多にしません。

もちろん、恋なんてしたこともありません。


 きっとこのまま、青春というには少し物寂しい三年間を送るのだろう。

 そう思っていたのですが、ある日突然転機が訪れたのです。

 わたしのクラスに、転校生がやってきたのです。

 ここでは仮に、ミサキとしておきましょう。

 ミサキさんはとてもきれいで、可愛らしい女の子でした。

 顔立ちは整っていて、小柄だけど所作の一つ一つが洗練されていて両家のお嬢様みたいに品がありました。

 ミサキさんが誰とも仲良くなれる社交的な性格もあって、すぐにクラス中の人気者になりました。

 彼女のことは瞬く間に他のクラスや学年にも知れ渡り、休み時間にわざわざやってきて姿を一目見ようとする人もいました。

 ミサキさんの笑顔にはまるで魔法がかかっているみたいで、彼女が相好を崩すとその場がたちまち華やぎました。


 わたしは一目見た瞬間から、ミサキさんのことを好きになってしまいました。

 その好きという思いは今まで抱いてきたものの中で一番強く胸を打ち、頬を燃えるように熱くしました。

 寝ても覚めてもミサキさんのことを考えてしまい、彼女が近くにいるときはつい目でその姿を追ってしまいます。

 一目惚れ、恋。今までわたしとは縁のないと思っていたものですが、ミサキさんと出会ったその時、天啓のごとくこの身と心はそれ等を悟ったのです。


 けれども、ここが女子校である以上、当然わたしとミサキさんは同姓です。

 最近は社会全体で同性愛について寛容になりつつあるようですが、それでもまだこの学校という閉ざされた空間の中において、そのような空気がまだ浸透しているわけではありません。

 高校生という成長途上の生き物は、大きな変化に臆病なものです。だからでしょうか、そういったものをもたらす可能性のある異物に対しては、とことん残酷になる性質があります。

 わたしは恋という甘美な感情を知ると同時に、この思いが報われることは決してないという事実に絶望せざるを得ませんでした。

 籠の中で青空に憧れる鳥と、まったく同じ状況。もはや為す術はないだろうということはわかっていました。

 でも、諦めたくはなかったのです。

 このまま遠くから眺めていることはもちろん、ただの友達になるのだってイヤでした。

 あの子は、誰にでも優しいから。

 学友でいたって、一緒に過ごせる時間は限られてしまう。


 ミサキさんの特別になりたかったのです。

 わたしが求めるのと同じぐらい、あの子にもわたしのことを好きになってほしかった。

 そのためなら、なにを投げ捨てることになったとしても構わないと思いました。


 わたしはミサキさんと親しそうなクラスメイトから、それとなく彼女の情報を集めました。

 普段他人に積極的に関わらないわたしが話しかけてきたことにクラスメイトの子達は少し驚いていましたが、それでも親切に教えてくれました。

 ミサキさんの実家はお金持ちで、父親が大企業の社長であること。

 成績優秀で、運動神経抜群なこと──これはわたしも、授業中の様子を見てすでに知っていました──。

 実は背が低いことを気にしていて、毎日牛乳をたくさん飲んでいること。

 好きな食べ物はカレーで、嫌いな食べ物はカリフラワーであること。

 趣味は読書で、休日はよく書店に足を運んでいることなど。


 クラスメイトの子は本人に訊けばいいのにと笑って言っていましたが、それはどうしてもできませんでした。

 恥ずかしいのはもちろんありましたし、なにより友人としての関係を作りたくはなかったのです。

 一度できてしまった関係を変えるのは、とても難しいことです。

 中学生の頃、周りの人達を観察して、わたしは気づきました。

 恋人になって長続きしているのは、もともと関係が希薄だった二人だなと。

 だからわたしはミサキさんのことが好きでしたが、できるだけ近づかないようにしていたのです。


 とても、とても辛い日々でした。

 空しさが徐々に、心を占めていくのです。

 こんなことをしていても、なににもならない。

 今やっていることは、すべて無駄である。

 望みは叶わず、失意のままわたしはミサキさんと別れることになる。

 身を割かれるような現実、未来を直視することができず、わたしは不安に襲われる度にミサキさんと恋人になった日々の夢想に逃避しました。

 あの子に愛を囁かれ、抱擁される……。

 そんな想像をしているときが、わたしが幸福になれる唯一の瞬間でした。


 ミサキさんが転校してきてから、ちょうど二週間経った日のことでした。

 登校して教室に入るなり、いつもよりクラスメイトが騒がしいことに気づきました。

 ミサキさんを中心に輪ができていて、周りの子達がざわついているようでした。

 当の彼女は気まずそうというか、困った感じでした。

 クラスメイトの一人がいぶかしそうな顔で、ミサキさんに訊きました。

 ──どうして告白を断ってしまったのか、と。


 その一言に、ドキリと心臓が跳ねるのを感じました。

 わたしはすぐさま意識を彼女達の話に集中させ、聞き耳を立てていました。

 どうやらミサキさんは、近くの進学校の男子に告白されたようでした。

 その男子は女子サッカー部のマネージャーで、先日交流試合にここに来た時、たまたま見かけたミサキさんに一目惚れしたそうです。

 それ以来彼女のことが頭から離れず、居ても立っても居られなくなり今日、学校まで来て告白したということでした。


 ミサキさんは問い詰めてくる女の子達に、あの男の子のことをよく知らなかったから断ったの──と答えました。

 彼女達は口々にもったいないと答えました。

 その男子の通う進学校は県内でも一、二を争うほど頭がよく、難関大学へ進学してそのまま大企業に就職する、いわゆるエリートも多いらしいです。

 玉の輿に乗るという表現はもう古いというか死語でしょうが、上手くいけばそういう人生も歩めるでしょう。

 でもミサキさんは、あまりそういうことには興味がないように見えました。

 続けざまに別の子がもしかしてミサキさんに恋人がいるのかと尋ねましたが、その問いに彼女は軽く笑っていないよと答えていました。


 わたしは内心、ほっとしていました。

 少なくとも現在はミサキさんには恋人がいなくて、恋愛にも興味がなさそう──それは当分、彼女が誰かと付き合う可能性が限りなく低い、ということです。

 ただし、事態はまったく好転していません。

 このまま指を咥えて眺めていたところで、わたしがミサキさんと付き合えるようになる可能性はまったくのゼロです。


 だからといって考えもなしに告白したところで、きっと玉砕するだけでしょう。

 もしも仮にミサキさんの恋愛対象が女の子であったとしても、わたしのようななんのとりえもない女の子を好きになるとは思えません。


 悶々とした思いを抱えたまま一日を過ごし帰宅した私は制服から私服に着替えて、スマホを手にベッドに横になりました。

 寝転がってダウンロード用アプリを閲覧することが、わたしの日課です。

 新しいソシャゲや、面白そうなアプリをチェックするのは結構楽しいのです。

 ぼんやり眺めていると、ふと変なものを見つけました。

 ダウンロード数がゼロのアプリ──それ自体は少し珍しいものの、特におかしくはありません。ストアでもたまに見かけます。

 目を引いたのは、アプリの名前でした。

 ──ちりがみさま


 ちり紙って、ティッシュのこと? そんなものになんで、敬称なんてつけているの?

 疑問符が頭の中をぐるぐると回りました。

 アプリのアイコンは真っ白で、だからちりがみなのかなと思いました。

 好奇心が刺激され、気が付いたらわたしはダウンロードのボタンを押していました。

 少し変だなと思ってはいましたが、ストアページに載っているアプリなのだから安全性の問題はないでしょと楽観視していました。


 ダウンロードしたアプリを開いてみると、画面が真っ暗になりました。

 一瞬、間違って電源ボタンを押しちゃってスリープモードになったのかな?──と思いましたが、違いました。

 すぐに画面に、白い文字の並んだ文章が浮かび上がりました。

 その上には真っ白い丸と、ついさっき見た『ちりがみさま』の六文字が映っていました。

 わたしはちょっと面食らいつつも、文章に目を通しました。


『わたしは、ちりがみさま。あなたが知りたいことを尋ねてくれれば、なんでも答えて差し上げます』


 ……要するに、トークアプリってこと?

 わたしは目をしばたたかせながら、画面下部に表示されたソフトウェアキーボードで文字を打って返信しました。


『このアプリはなぜ、ちりがみさまというのですか?』


 表示された文章の上を見た瞬間、ドキリとしました。


 ──マユミ


 それはわたしの名前でした。

 このアプリを起動してから、個人情報は一切登録していないはずです。

 まさか、端末から情報が抜かれている……?


 不安に苛まれている間に、再びちりがみさまの文章が表示されました。


『わたしは、ちりがみさま。あなたが知りたいことを尋ねてくれれば、なんでも答えて差し上げます』


 さっきとまったく同じ文章です。

 これでは質問への返答になっていません。


 ……もしかして、このアプリのAIはあまり賢くないのかな?

 まださっきの不安が残っていました。でも偶然っていう可能性もあるし──マユミなんてそんなに珍しい名前でもないのだから──、もう少し様子を見てみようと思って別の質問をしてみることにしました。


『どうしてわたしの名前を知っているの?』


 すぐにちりがみさまから答えが返ってきました。


『わたしがすべてを知っているからです』


 すべての三文字が、異様に恐ろしく見えました。

 ただのスマホのアプリが、そんな何でも知っているはずがありません。

 せいぜい、ネットの情報を拾ってきてもっともらしく答えるのが関の山でしょう。

 でもなぜか、予感がしたのです。

 もしかしたら……あるいは?


 わたしは呼吸を落ち着けて、ゆっくりと文字をフリック入力で打ち込んだ後、それを送信しました。


『わたしの好きな人を知っていますか?』


 しばしの間、画面にはなにも映りませんでした。

 答えられない質問をしたから、フリーズしちゃったのかな──ちょっと残念なような、でもすこしほっとしたような安堵感を覚えた……その直後でした。


『××ミサキさんですね?』


 血液が一瞬の間に液体窒素に代わったかのように、たちまち身体が冷たくなりました。

 ちりがみさまは、わたしの好きな人の名前をフルネームで当ててきたのです。

 なんで、どうして……?

 心中を疑問が埋め尽くした直後、またちりがみさまの言葉が画面に映りました。


『わたしはすべてを知っています。もちろん、マユミさんのことも──あなたに関するあらゆる事物や人々についても』


 ようやくわたしは、理解したのです。

 このちりがみさまというアプリには、本物の神様──あるいはそれに近しい存在が宿っていることを。




 ちりがみさまに、わたしは尋ねました。


『どうすれば、ミサキさんと恋人になれますか?』


 僅かな間をおいて、答えが画面に表示されました。


『マユミさんがミサキさんと恋人になるためには、いくつかの段階を踏む必要があります。今日からわたしの言うことに従ってくだされば、その願いも叶うでしょう』


 今まで夢想してきたミサキさんと恋人になった日々の光景が、走馬灯のように頭の中を流れていきました。

 迷いなど一切せず、わたしはちりがみさまにメッセージを送っていました。

 ──よろしくお願いいたします、と。


 その日から、わたしはちりがみさまの言うことに従うようになりました。


『今のミサキさんは、異性にも同姓にも興味はなく、そもそも色事に関心がありません。性欲も薄いため、そこにミサキさんのスペースを作っていきましょう』


 すぐには理解できなくても、尋ねればちりがみさまはきちんと答えてくれます。


『ミサキさんは他者とボディタッチをする機会が、日常的にほぼありません。ですので、ミサキさんが手を触れるだけでも特別な存在になります。ただ触れるだけでは意味がありません。その際に冗談じみた感じでもいいので、自身が好意を抱いているということを、伝えてください』


 そんなのハードルが高い──そう思って否定の意を送信しましたが、ちりがみさまは少しキツイ調子の返信をしてきました。


『恋路というのは、平坦なものばかりではありません。時には断崖絶壁をよじ登らなくてはならないこともあります。あなたは、ミサキさんと結ばれたいのでしょう? 時には厳しい試練を受ける覚悟をしてください』


 わたしは重たい岩石を背負ったような気分で、肯定のメッセージを送るほかありませんでした。




 送られてくるメッセージの指令をこなすようになって、まずミサキさんとの会話が増えていきました。

 ミサキさんは突然話しかけてくるようになったわたしに、最初の頃は少し戸惑っていたようでした。

けれども徐々に打ち解けあって、今では誰よりも親しくわたしと話してくれるようになりました。

 これもすべて、ちりがみさまの言うとおりにしていたお陰です。


『ミサキさんは、騒がしい人は好きではありません。話す際の声量はできるだけ抑えるようにしてください』


『ミサキさんは庇護されるより、頼られることを好みます。外見が幼いため、優等生であるものの今まであまり誰かに助力を願われることがなかったようです。あなたのために彼女が能力を発揮できた時、達成感と同時に好意も抱くことでしょう。それを積み重ねていただくことで、より親密な関係になることができるはずです』


 いつからかわたしがメッセージを送らずとも、ちりがみさまはアドバイスをくださるようになりました。

 わたしはそれらすべてに従いました。


 ミサキさんは自分からわたしに話しかけてくれるようになり、休日には一緒に過ごすようにもなりました。

 日に日に彼女と親密になれているのがわかり、わたしは心が満たされるような思いになりました。




 こんなにも素晴らしいアプリなのだから、今頃たくさんの人が利用しているに違いない。

 そう思ってわたしは久しぶりにアプリストアを開き、ちりがみさまを検索してみました。

 けれども、予想に反してちりがみさまの累計ダウンロード数はいまだにゼロのままでした。


 ……あれ?

 わたしがダウンロードしたはずなのに、ゼロのままというのはどういうことでしょう。

 もしかしたら表示やカウントするプログラムが、バグっているのかもしれません。


 運営に問い合わせようかと思いましたが、面倒なのでやめました。

 なによりこんなすごいアプリを一人で独占できているかもしれないということに、少し愉悦感を覚えていい気持ちだったのです。

 だったらこのままでいいじゃないか、と。

 それから間もなく、SNSアプリにミサキさんからメッセージが届きました。

 わたしはちりがみさまと相談しながら、しばらくミサキさんとのメッセージのやり取りをしていました。

 そうしている内に、ダウンロード数のことはすっかり忘れてしまいました。




 ちりがみさまの指令は、日を追うごとに細かなものになっていきました。


『笑う際、右の口角をもう二ミリ上げてください。それとミサキさんが正面にいるときは右か左に小首を少し傾げるように。角度は──』


『ミサキさんの歩く速度に合わせる際、そこまで歩幅を狭くする必要はありません。歩数がそこまで多くなると、わざとらしく見えます。足を運ぶ速度自体を落としてください』


『靴は右から履いてください。ミサキさんと同じにすることで、親近感が上昇します』


 今はもう返信をせず、ただメッセージ通りに行動しています。

 ミサキさんが最近わたしに想いを寄せてくれているのが、感じられるからです。

 ふとした瞬間に目が合うし、近くにいると彼女がそっと指や手を触れさせて、知り合いが誰もいないときには手を繋いできます。


 わたしはなにも考えず、ちりがみさまの指示通りにするだけでいい。

 頭を空っぽにして、言われたことさえ守っていればいいのです。


 ……ミサキさんが、頬を手で包んできました。

 潤んだ瞳が、わたしの赤く染まった顔を映しています。

 ゆっくりと顔が近づいてきて、そして──




 ある日、ちりがみさまのメッセージを確認しようとした瞬間でした。


 ──お弁当には、カレーチキンを入れるとミサキさんは喜びますよ。


 ……今、誰がしゃべったんだろう? 頭の中に、直接声が響いてきたような……。


 疑問符が頭上に浮かびましたが、すぐにどうでもよくなりました。

 なにより、ミサキさんならカレーチキンは絶対に喜ぶはずです。

 私は早速、カレーチキン作りに取り掛かりました。




 不思議な声は気のせいじゃなくて、頻繁に聞こえてきました。

 その声に従っていると、なにもかもすべて上手くいきました。

 まるで、その声はちりがみさまのメッセージのようでした。

 だからでしょう、近頃はわざわざアプリを開くこともなくなりました。


 ちりがみさまには悪いけど、もうアンインストールしてしまおうか──

 そう思って、ストアを開いてアプリを検索してみました。

 ちりがみさまのダウンロード数を見た途端、わたしは目を疑いました。


 そこには、はっきりと映っていたのです。

 ……英数字の、1が。

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[良い点] 百合はよい、うむ [一言] 突然なんかリンクのリンクみたいな感じでたどりついてしまいました。 アカウントは今はまだ持ってないけど、ログインなしで感想書けるようだし、感想ないので書いてみまし…
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