微妙に気持ち満たされてない勝者たちの遠吠え
ーーとある野球大会の勝者たちの話…なのだが…
「お前ら、よくやった! 今日までよく頑張ってきた!」
監督が目の前に並ぶ野球部員たちを激励する。部員たちは皆、号泣しながらその言葉を聞いている。
「今までの努力は今日の為にあったんだー!」
「「「あーーい‼」」」野球部員たちが大声で返事をする。
「お前らも何か、言いたいことはあるか⁉」
監督が問うと、一人の部員が一歩前に出る。
「監督! 俺、嬉しいっす! 俺の家族、試合見に来れなったけど、この嬉しさ持って帰って分かち合いたいと思います!」
「おお、そうか! ご家族もきっと大喜びするはずだ!」
「監督!」別の部員も名乗りを上げる。「俺の家族も見に来れなかったっす!」部員が号泣している。
「そうか。でもお前の活躍を知ったら、必ず良い意味を持った涙を流してくれるはずだ!」
「ありがとうございます! でも、そうはならないっす!」部員はさらに涙を流す。
「なんでだ!」
「うちの両親、昨日離婚しましたー!」部員は叫んだ。さらに泣いた。
監督は部員の心の内を察し、言葉を返す。
「なるほど…でもお前の人生はまだ半世紀以上あるはずだ。楽しいこともたくさんあるから!」
「監督ぅ~」
監督の言葉に心を打たれる部員。他の部員たちも感動の涙を流す。
「監督!」また別の部員が一歩前へ出る。「うちは、父方の爺ちゃんと婆ちゃんが…離婚しましたー!」
「熟年離婚だー!」
「親父は婆ちゃんの方の苗字を名乗ったので、僕も苗字が変わりましたー! 今日から僕の苗字は伊藤になります! 苗字が変わって気まずくなりますー!」
監督は少し考える。
「お前は佐藤だ! 俺たちはお前を今まで通り佐藤で呼ぶー! 慣れてる方が呼びやすいから! 結婚して苗字変わった女の同級生のことも大体旧姓のままで呼んでるからー!」
「監督ぅ~」
「監督!」また別の部員が一歩前へ出る。「うちは、父方の爺ちゃん婆ちゃんが離婚して、その一週間後に両親も離婚しましたー!」
涙があふれる部員。汗があふれる監督。
「なんてこったー!」監督が叫ぶ。
「そして…」その部員がまだ何か言おうとする。
「やめてくれ…やめてくれ…」
「母方の爺ちゃん婆ちゃんも離婚しましたー!」
「うぅぅぅわぁぁぁん…」監督も泣き出す。
「十七歳にして…苗字が三回変わりましたー!」
大泣きする部員。大焦りする監督。
「吉田改め辰野改め梶原改め…ディカプリオです!」
「ディカプリオー!」
「母方の婆ちゃんがアメリカ人なんです!」
「確かにお前クォーターって言ってたな!」
「あーーい!」
「しかも、レオナルドと同じ苗字か!」
「あーーい!」
「お前は…お前は…とりあえず吉田だー!」
「あーーい‼」
「監督!」また別の部員が前に出る。
「もう離婚はするなー!」
「離婚じゃありません!」
ちょっとだけ安心する監督。
「ワンチャンあるかと思ってた女の子に…LINEブロックされましたー!」
「離婚じゃないから…まあ聞こう!」
「一人で三軒茶屋言った時に…」
「三軒茶屋か渋いなー!」
「喫茶店に入って…」
「おうおう!」
「なんかすごくかわいい子がいたんです!」
「いよぉーっ!」
「ひよこ鑑定士の話で盛り上がって、奇跡的にLINE交換出来たんです!」
「紆余曲折が気になるけどとりあえず続き!」
「帰った後、一言目のLINE送った瞬間ブロックされましたー!」
「その一言目とは!」
「『僕とあなたを互いに鑑定しませんか?』と!」
「あーダメー‼」
監督と部員が一緒になって崩れ落ちる。
「ダメっ! それはダメ!」
「一緒にビジホの地図も送りましたー!」
「段取りミスったなー!」
「ラブホじゃないからいいかなと!」
「女の子なめんなよー!」
「因みにその人三十三歳です!」
「もはや好みはどうでもいいー!」
「監督!」また別の部員が一歩前へ出る。
「今度はなんだ!」
「親友なんてものはこの世に存在しません!」
「その証拠は!」
「中学の時の親友、卒業したら割とすぐ会わなくなるからです!」
「あーわかるー!」胸を抑える監督。
「ゲーセンとか互いの家とか行き来して、卒業する時にはアルバムの白紙のページにメッセージ書き合いましたー!」
「青春してるなー!」
「卒業式の別れ際に『また連絡するわ。』と会話して、一、二回会って、それっきりでーす!」
「意外とどうでもよくなっちゃうよなー! でも安心しろ! 高校卒業したら存在自体わすれるからー!」
「監督!」また別の部員が一歩前へ出る。
「もう、どーんと来い! 俺のお悩み相談室だ!」
「真面目そうな眼鏡っ子より、頭悪そうなチャラ男の方がテストの点数が良かったんですよー!」
「あるよな! 意外とそうなんだよな!」
「真面目そうなやつが学年順位真ん中より少し上なのに、チャラ男の方は真ん中と一位の間の丁度ど真ん中の成績取るんです!」
「チャラ男ってなぜか微妙に頭良いよな!」
「なんなら上位寄りです!」
「わかるわー! でも安心しろ、真面目そうな眼鏡っ子は、女子から可愛がられるからー!」
「それはそれで最高っす!」
「良いオプションだろ!」
「そうです! ありがざまーす‼」
「お前ら! まだ何か相談あるか! 俺が全部受け止めてやる!」
「「監督!」」次に一歩前へ出たのは主将と副主将だ。
「おう! なんだ! どーんと来い!」
「監督! 野球部は来月からどうなるんでしょうか!」
「どうした! 急に! 心当たりはあるが!」
「監督が、うちの高校を今月いっぱいで離れると聞きました!」「しかも円満ではないそうですが!」
ーどーーーーーン 監督の心に重い鉄球がのしかかってきたような感覚がした。
「お前ら、情報が早いな! 週刊誌並みだ!」
「「「監督ぅ!」」」
「実はな、養護教諭の先生と不倫をしていたことが妻と学校にバレた!」
「「「監督ぅ!」」」
「元々若い子が好きだったし、二十五歳という年齢に惹かれてしまった!」
「「「監督ぅ!」」」
「あの先生、今まで見た女の先生の中で一番かわいかった! お前らもそう思うだろ!」
「「「あーーい‼」」」
「でもな、そのことがバレた時、妻からは表情を変えられなくなるまで顔を踏みつけられた!」
「「「ひいぃぃぃ!」」」
「サッカー部の先生からは『そっちのシュートは上手いんですね。』と言われた!」
「「「おーーー!」」」
「写真部の先生からは『キャメラは誰がやってたんですか?』と冗談交じりに言われた!」
「「「おほーーー!」」」
「いじりにいじられた結果俺は、この学校にいずらくなった…」
「「「………」」」
その場には、ただ監督の笑ってるのか泣いてるのかわからない喚き声が響く。そして監督は帽子を投げ捨て、部員たちにこう言った。
「みんな…くじけそうになった時は……俺という底辺を思い出せ。」
「「「ありがとうございました。」」」
ーー終わり