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使者との対峙1

◇◇

そして、その日はやってきた。


「突然の訪問でご無礼をいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます。同時に、急なことというのに、この場を設けていただいた寛大なご処置、まこと、感謝の気持ちで一杯でございます。私は、フィルカ王国王太子シュンヌ=ジッド=ロワイセルと申します。お目にかかれて光栄至極に存じ上げます、アキューラ国王陛下」


深々と頭を下げたその青年は、しかし、正式な礼として膝を折ることは決してしなかった。

いくら朝貢国とはいえ、臣下ではない、という気持ちの表れだろう。

ふん、と見定めるようにカナスは彼を見下ろして、それから表面上だけの笑みを浮かべる。


「こちらこそ、お会いできて光栄だ。長旅でお疲れと思われる。忌憚なく話すためにも簡易な場を設けさせていただいた。どうぞ、席に着かれるといい」


2つしか違わないとはいえ、年下のカナスに上からの口調で話されることに、シュンヌは一瞬面白くなさそうな表情を浮かべたが、すぐに言われたとおりにクッションの良く効いた背もたれの高い客人用の椅子に腰を下ろした。

それを見てから、カナスも対面側に座る。

二人の間にあるのは広い部屋の真ん中に置かれた長い机だ。それを覆う端に金糸の飾りが下げられている緋色のテーブルクロスの下で、カナスは長い足を組んだ。


あえて、それとわかるように。


シュンヌはますます鼻をひくひくさせて、必死に彼の無礼な態度に堪えているようだった。


(・・・なるほど。神国がつけあがる・・・か。わからんでもないな)


今まで散々貴族たちに言われてきたことの意味をカナスはようやく実感を伴って悟った。

アキューラは大陸でも新興国家だ。

しかも武力で急速な拡大を繰り返してきた。

対してフィルカは大陸ができた当初からあるとさえ言われる古代国家。

歴史と伝統ある国は、いくら大国であろうとも未熟な蛮国と内心見下しているのだろう。

力も財力もないのに、ただ古い血筋と言うそれだけで、自らを偉いと思っている。

敬意を払われて当然の存在だと思って、何もしない。


そんな彼らにしてみれば、今回の婚姻は伝統ある姫君を『降嫁させてやってる』ということだろうか。


蛮国は感謝し、敬意を払うべきだと考えているのかもしれない。そうして、大国との特別な繋がりを持つことによって、自らの地位も自然、向上すべきと勘違いをしたのか・・・。


(とことんおめでたい奴らだ)


カナスは唇に冷笑を浮かべた。


シェーナをすべての犠牲に差し出したくせに、それが王の寵愛の対象となれば、国の手柄と主張する。

そのご都合主義な様子を見ていれば、嫌悪を通り越して、呆れが浮かんできた。

対面する青年の顔は神経質そうで、いかにも手を掛けられて育ってきたお坊ちゃんという感じを受けた。


シェーナの伯母の息子――従兄という彼は、細長い輪郭にまっすぐ線でも引いたような長い鼻筋、細く切れ長の石灰色の瞳が最初に目につく以外、とりたてて評するところのない男だった。


現国王によく似ているとの噂を仕入れていたが、その面差しといい、肩につきそうなほどに伸ばした暗い茶色のまっすぐな髪といい、全体的に柔らかな印象を受けるシェーナと似たところはどこにもない。

あえて上げるとすれば、少し薄めの唇だろうか。

しかし、その唇も今は隠しきれない不快さに歪んでいて、とてもシェーナと血がつながっているとは思えなかった。


「それで、貴殿はなにゆえ、謁見を申し出てこられたのだろうか?」


はばかることなくぶしつけな観察を続けていたカナスがようやく発した問いに、シュンヌは一つ息を吐いた。

そして、ようやく上辺だけとはいえ、笑みを形作る。

プライドが高くとも、力の差は歴然。

理不尽を感じ、隠し切れなかったながらも、その実、こうしてカナスの視線にさらされることに緊張をしていたのだろうとカナスは分析した。

そしてこの時点で結論付ける。彼は、まだ外交術に長けていない、未熟な王子だと。

いくら年が上であろうとも、所詮は外交の少ない閉じた世界の王太子。


10代の頃から他国との休戦交渉や、父王や貴族との腹の探りあいを続けて来たカナスにしてみれば、まるで社交場に出たばかりの子供と同じだ。


(そんな奴が俺に直談判?こいつが通用すると思ってんなら、フィルカの王も随分と愚かだが・・・)


カナスはちらりと自分の隣を見た。

彼より少し下がった位置に座っているのは、シェーナだ。

彼女はいつもよりも深くフードをかぶり、蒼白な顔でただ下を向いている。

膝の上に置いた手は拳を作り、小刻みに震えていた。


この場にシェーナを同席させることを望んだのはシュンヌだった。


カナスは最初それに従うつもりはなかったが、シェーナはシュンヌの手紙を読んでからは何故か強固に同席を望んだ。

どうやら、逆らうことが恐ろしくてたまらなかったらしい。

シェーナの心に刻まれた恐怖は、なおも根を張り続けていた。


だが、この様子を見る限りでは、会談が長引けばシェーナの神経がもたないことは良く分かる。


(さっさと終わらせる)


彼が何を企もうが、カナスが屈することはない。そもそも話し合いの場に乗ったのも、フィルカの今後の介入を一切排除するためだ。譲歩の余地はどこにもなかった。


「私は貴国にまだ何の書状もお送りしていないと思っていたが?」

「それは・・・、先ほども申し上げましたように、急な訪問となりましたことはお詫び申し上げます。ですが、我が国の第一王女が貴国に輿入れするとあって、まず一番にお祝いと御礼を申し上げねばらならぬと王から言い渡されて参りました」


王、という言葉に、シェーナがぴくりと肩を跳ねさせたことに気づきつつも、カナスはシュンヌから視線をはずさなかった。威圧をかける際には一気にかけねば効果が薄れる。


「それは有難い。だが、礼、とは?」

「勿論、陛下が我が国の王女を妃にお選びいただいたことでございます。・・・此度のこと、まことにめでたく、我が国を代表いたしまして、心よりお祝い申し上げます」


シュンヌはカナスの視線に気おされながらも、慇懃に椅子を下げると、再び深く頭を下げた。


本来であればその白々しい言葉に侮蔑を投げつけてやりたかったが、とりあえずは一度頷く。


「ご祝福、有難く頂戴しよう」


それでも声に不機嫌さは出てしまったが。

だが、シュンヌはそれに気がつかなかったのか、それともあえて気づかないふりをしていたのか、続けて、核心に触れた。


「つきましては陛下に一つお願いがございます」

「何だ」

「大変おめでたいお話のさなか、このようなお願いを口にするのは真にはばかられるのではございますが、何ゆえ、我が国の格式を慮ってご容赦いただきたく存じ上げます。我が国は神代系譜を継承しておりますため、貴国とは異なる伝統が・・・」


回りくどい口上にカナスはちっと舌打ちをして、いいからさっさと言え、と促した。

シュンヌがまた、すこし目を眇めた。伝統を敬わぬ蛮族め、とその瞳にありありと書いてあった。

それでもカナスの言うとおりに、端的に話に入る。


「率直に申し上げますと、婚礼の式で、王女の顔をさらさないでいただきたい。髪を結わい、頭から白磁の布をかぶせ、決して、その髪、瞳を人目にさらさぬようにしていただきたい。いえ、いっそ、顔を隠し、別の娘を代役に立てていただきたい」

「なんだと?」


その主張に、驚いたのはカナスだけではなかった。

彼の後ろに立ってひかえていたグィンもラビネも声は出さなかったが、唖然としたようだった。


「“フィルカの王女”が黒い髪、黒い瞳であっては困るのです。何かの拍子に顔を見られてはなりませんゆえ、身代わりを立てていただくのが一番かと」

「っざ・・・」


ざけんな、と言いかけ、しかし、カナスは一度思いとどまった。

頭に血を上らせるのは、交渉ごとにおいて得策ではないということを経験上良く知っていたからだ。

だが、シュンヌは初めて余裕を見せていたカナスの顔色が変わったことに優越感を覚えたらしい。今までとは打って変わって、どこか楽しそうに言った。


「陛下がご存知かどうかはわかりませんが、王女は我が国ではそうであってはならない存在です。黒髪に黒瞳は・・・」

「知っている。黙れ」


“シャンリーナ”という言葉を口にさせたくなくて、カナスは容赦なくシュンヌをにらむ。殺気を漂わせたそれに、シュンヌはすぐに口を閉ざした。


カナスは腕を組み、一瞬たりともその視線を緩めないままに言った。


「くだらん迷信に興味はない。つまり、貴殿が言いたいことは、貴国の愚にもつかぬ世迷い事のために、我が妃となる姫に列席をさせるなといいたいわけか」

「世迷い事など、なんということをおっしゃられるか!神を侮辱なさるおつもりか!」

「あいにくと、我が国には神への信仰というものが存在しない。貴殿の言葉の意味は図りかねるな」

「・・・っ。それは王女に対する侮辱でもあるのです。貴方は王女に改宗でも迫るのか。神から授かりし声を持つ彼女に。散々その恩恵を受けておきながら、神を崇めぬとは、なんたる傲慢か・・・」

「傲慢・・・?」


くっとカナスの喉が、笑みをこぼした。


それは、こらえきれずに続いていく。

勿論おかしいわけではない。怒りが耐え切れないところまでこみ上げてきたせいだった。

それを分かっていただろうに、ラビネもグィンも止めなかった。だからカナスは、その言葉を吐いた。


「貴様らが、傲慢と言うか?この、下衆が」

「・・・は・・・?」


シュンヌはスラッグを理解できなかったようだった。

フィルカは古語が強く残っているせいで、公用語もいわゆる教科書に忠実なお綺麗な言葉としてしか使わない。

建国当時から大陸公用語を使い、だいぶ独自の発音になっている部分もあるアキューラの言葉は、シェーナですら未だ意思疎通が図れないときがあるくらいだった。


「貴殿らのような最低の人間に、傲慢という言葉の意味が果たしてわかってるのかって聞いてんだよ」

「な・・・!」


侮蔑は、今度は通じたようだった。


「い、いま・・・いま・・・なんと・・・」


シュンヌは顔を真っ赤にして怒りの表情だった。


「神の名を借りて自国の王女を疎み続けていた貴殿らが、どの面下げて自国の王女を選んでいただいた、などと口にできる?ああ・・・その厚顔な間抜け面か」

「な、・・・・陛下はご自分が何をおっしゃっているのか分かっていらっしゃらないようだ。妃の出自国への侮辱は、この国際的な婚姻への支障が生じるとはお考えにならないのか」

「国際問題になる、とでもいいたいのか?」

「当然でございましょう。陛下は大層、フィルカの姫をご寵愛なさっていらっしゃるそうで。どこに行くにも連れ、片時も離さぬと耳にしております。姫が大事であるならば、その出自国にもしかるべき敬意を払っていただくのは当然かと・・・」

「当然・・・く・・・はははっ!」

「何ゆえ笑われるか!?」


こらえきれずに笑い出したカナスは、怒りや狼狽で立ち上がったシュンヌを、その青い瞳で捕らえた。

まったく、一切の慈悲を感じさせぬ冷たい視線は、それだけでシュンヌを震え上がらせる。

カナスは、酷薄な笑みを唇に浮かべて言った。


「何を勘違いしているか知らないが、私が気に入り、そばに置いているのはシェーナ姫であって、断じて“フィルカの王女”ではないが?」


シュンヌは一瞬虚を突かれたような顔になり、それから馬鹿にしたように言い返してきた。


「陛下は“歌使い”を重宝なされているのでありましょう。災いを祓い、幸福を招く“歌使い”の歌をお気に召していらっしゃるのでしょう。しかし、それはフィルカの血筋によってのみ生まれ得るもの。我が国の至宝を手中に収められる以上は、しかるべく敬意を払われるべきと存じ上げるが?」

「・・・聞こえなかったのか?私が寵愛しているのは“シェーナ姫”であると」

「神から授かった御声を貴国に譲るのです。神への感謝をなくして、王女を納めるとすれば、神を敬愛する王女もさぞお心を痛めるとは思いませんか?」


つまりシュンヌは、カナスも彼らと同じように“歌”が欲しいだけだと思っているのだ。

王位を簒奪し、反乱を抑止し、人心を捉えて止まぬフィルカの“歌使い”を奪われたら困るだろうと、傲慢にそう言いたいのだ。


自身の見解を見直そうとすらしないシュンヌに、カナスは不快さを隠さず、足で長机を蹴った。


もともと安定性のある机はどうにか倒れずに済んだが、その音にシュンヌはひどく狼狽をしていた。


「なにをなさるおつもりか!この・・・っ」


蛮族が、とでも言おうとしたのだろうか。

慌てて唇を引き結んだシュンヌを見て、いっそその言葉を口にしてくれれば、不敬罪で投獄もできるのに、と思った。

これ以上この男の顔を見ていたくなかったが、それでもシェーナの血縁者ということ、ただその一点だけで最初で最後の慈悲をかけた。

カナスは当初見せていた、外交用の穏やかな笑みを浮かべた。


「確かに、フィルカは我が妃の出自である。その点は考慮に値しようか」

「・・・お分かりいただけて光栄です」


突然の変容に、最初戸惑っていたシュンヌはカナスが屈したと思ったのだろう。ほっとした様子で再び座席に腰を下ろした。


「それでは、我が国の提案をご了承いただ・・・」

「考慮をしてやるから、そのくだらない提案をさっさと取り下げろ」


だが、笑顔はそのままに、口調は先ほどまでのきついものを投げつけると、彼はまた凍りついた。


「なんと・・・」

「今回ばかりはその無礼、見逃してやろう。さっさと頷くんだな」


怒りのこもった言葉に、ぐっとシュンヌは強く唇を引き結んだ。頷く気はないようだった。

しばらく膠着が続いた。


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