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穏やかな日々

お伽噺のそのあとでの第3段になります。二人の話はこれで終わります。どうぞ最後まで見届けてやってくださると嬉しいです。

お伽噺のそのあとで


https://ncode.syosetu.com/n5795hp/


花の冠を戴いて(お伽噺のそのあとで2)


https://ncode.syosetu.com/n2206hq/

「待ってください、そんなの選べないです。私にはもったいなすぎます」


うるると涙の膜に覆われた黒い瞳に黒髪の小柄な少女ーーーシェーナの情けない声が響く。

それを遮るのは、同じ顔をした2人の侍女だ。シェーナよりも1つ年上のジュシェとニーシェという名前のルナード族の双子は特徴的な黄緑色の瞳をこれでもかと見開いて息を巻いている。そしてその息はぴったりである。


「何をおっしゃいますか!」

「どれもこれもシェーナさまにお似合いになるに決まっています!」

「き、決まってません」

「これでもシェーナさまが派手なのをお好みにならないことを知ったうえで厳選したのですよ」

「できるかぎり色味もおさえて」

「できる限り装飾品も減らして」

「本当はもっとたくさん糸を縫いこみたいのに」

「たくさんフリルもつけたいのに」

「「何が不満だというのですか?」」

「だ・・・だから、そんな大変そうなものでなくていいんです。もっと、その・・・普通で」


ずいずい迫ってくる双子にシェーナはあとずさり、両手の平を二人にむける。

さっきから完全に押され気味だ。しかし、これでも以前に比べたら格段に反抗している。

だが、二人にとってはそんなもの歯牙にもかけない程度だったようだ。


「一生に一度の晴れ舞台に普通でどうするのですか!」

「ここぞとばかりに、着飾ることはあっても、普通だなんて・・・!」

「あの、でも、私では衣装に着られてしまう・・・と、おもう、の、です・・・が・・・」


だんだん声が小さくなってしまったのは、双子の目が据わってきたからだった。


「婚礼の式典用の衣装ですよ?」

「シェーナさまを美しく飾ってこそ意味があるのです」

「誰よりもシェーナさまがお似合いになります」

「シェーナさまのためだけに考えたのですから」

「シェーナさま以外には似合うとも思えません」

「それは、すごく、すごく嬉しいです。二人が私のために考えてくれたのは、とても嬉しいです。けれど、どう見てもそれは・・・やっぱり・・・その・・・豪華すぎると・・・」


シェーナの瞳は、ちらりとジュシェとニーシェのそれぞれの手に握られているスケッチブックに向けられていた。

そこには、顔料で色づけされたドレスのデザイン画が何枚も描かれている。


シェーナだってそれが自分のためだと言われなかったら、綺麗、すごいと素直にほめたに違いない。

それほど、二人の絵はうまかった。

だが、自分にそれを着せようとするのだったら話は別だ。


しかもそれは特注で、一流の職人に頼むのだと息を巻くのだから、その拒絶が激しくなっても仕方がない。・・・・と、シェーナは思う。

けれど、双子は一歩も引かなかった。


「いいですか、シェーナさま。シェーナさまがお並びになられるのは大陸一の強国を誇るアキューラ王国の国王陛下です」

「シェーナさまは軍事力も財力も1、2を争う国の王妃殿下になられるのですよ。それもたったお一人のシアンとして」

「ご成婚となればいかなる国でも盛大に行うものです」

「それがアキューラで行われるとあっては、どれだけ豪華にしても“すぎる”ということはないのですよ」

「特に民衆に人気の高いシェーナさまとカナスさまのご成婚ともなれば、国中の人がつめかけることは間違いありません」

「必然的に歴史的にも盛大なお式になるでしょう」

「「それなのに主役が“地味”でどうするのですか!」」

「・・・そ・・・その・・・」


ついにシェーナが迫力負けして口ごもったときだった。


「お前ら何を騒いでるんだ?」


がちゃりと繊細な造りのドアを開けて入ってきたのは薄茶色の髪をした背の高い青年、若きアキューラ王であるカナスだった。その秀麗な顔は驚きの色を浮かべていた。扉の外まで声が届いていたらしい。


しかし、シェーナはこれで助けが入ると思い、ぱっと瞳を輝かせる。


だが、彼の後ろに逃げ込もうとしたシェーナよりも一拍早く、双子が彼を囲んだ。


「カナスさま、シェーナさまがひどいですぅ」

「せっかくがんばって考えたご衣裳を最初から似合わないと決め付けて、選んでくれないのですぅ」


いつもハキハキしゃべり、カナスのシェーナに対する態度を過保護だ過保護だとからかう面すらある二人が語尾を伸ばして泣きまねをするのは非常に違和感があった。

カナスも思い切り眉をしかめている。


「気持ち悪い。聞いてやるから普通に話せ、普通に」


そう促された姉妹は一瞬、気持ち悪いとの評価に口を尖らせたものの、結局いつもどおりのざっくばらんな言い方に戻った。幼い頃に奴隷商人から逃げ出した彼女たちを保護し長年、使ってきた主に対して彼女たちの遠慮はほぼない。


「実は、シェーナさまのご婚礼用の衣装をどうするか、私とニーシェとで意見が分かれたのです」

「へえ、珍しいな。お前らの意見が分かれるなんて」

「そういうこともあります」

「特にこだわるところには違いがでます」

「で?だからなんだって?」


話を振っておいてさほど双子に興味がない様子のカナスに怒ることもなく(いつものことなので)、ニーシェがその続きを引き取った。


「二人でデザインの絵を描いて、どちらがいいか、シェーナさまに選んでいただこうということになったのです」

「しかし、シェーナさまはどちらも嫌だといって、ちっとも選んでくださいません」

「あ、あの・・・嫌というわけでは決してないのですが・・・」


カナスに振り返られたシェーナは慌てて弁明をする。


「私には、もったいないと言っただけで。だって、二人の絵では豪華すぎるというか、目立ちすぎるというか・・・私なんかでは服に着られてしまいますし、そんな物凄く凝ってなくてもいいと思うんです」

「だから、シェーナさまに、せっかくのことですから目立ってこそですとお話していたのです」

「カナスさまもおっしゃってください。お式ではシェーナさまが主役なのですから、誰よりも着飾るべきですと」

「着飾るなんてそんな・・・、私はみなさんが恥ずかしくない程度の様相であればそれでいいんです。派手になどしなくていいんです」


シェーナは、カナスをじっと困ったているとわかる表情で見上げた。

こうやって困っていることが伝えれば、カナスは必ずシェーナの味方になってくれる。

こいつを困らせてやるな、と二人を止めてくれる。


しかし、どうも今回ばかりは違ったようだ。


「そんな変な絵を描いたのか?」

「「違いますよ!」」

「あの、絵がどうとかじゃなくて、内容が豪華すぎるってことなんですけど・・・」


カナスの興味は却って双子のデザインにいっているようだった。

二人がそれぞればっと開いたスケッチブックをしげしげと見比べている。

そして一度シェーナを頭からつま先まで見て、またちらちらっと二つの画を一瞥した。


「形はこっちのほうがいいが、色と飾りはこっちだな」

「・・・え?」


それはまさかの双子への援護射撃だった。

二人は一瞬きょとんと顔を見合わせた後で、喜色を浮かべた。一方、シェーナは慌ててカナスの服の肘を引く。


「あのっ、カナス様、でも・・・あの、どう見ても・・・ほ、宝石とか銀糸とか、たくさんつかいすぎだと・・・」


細部の飾りまで描かれているそれには、イメージではあっても真珠や色鉱石がふんだんにもりこまれていたし、刺繍も綿密なものだ。


確かに、シェーナを良く分かっている二人が描いたものだけあって、客観的に見ればごてごてして過剰華美ということはない。

しかし、シェーナにしてみればまさしく「とんでもない」レベルだった。


「こんなすばらしいものを用意されても、私では服に着られてしまいます。衣装ばかりが高価でも、私ではついていけません。それに、一度しか着ないというのに、そんなお金をかけるなんてもったいなくて・・・もっと、身の丈にあったといいますか、もっとシンプルなものでいいんです。二人にもそう言ってください」


シェーナは頑張って主張して、カナスを味方につけようとする。

けれどカナスは両手でシェーナの頬を包んで自分と視線を合わせるよう上を向かせると、「あきらめろ」と言った。


「成婚の式など、見世物だ。覚悟を決めて双子の好きにさせてやれ」


逆に自分が諭されたことに驚くシェーナに、カナスは苦笑を向ける。


「俺だって正装とか堅苦っしいのは好きじゃねえが、この際、もうあきらめたぜ」


確かにシェーナがドレスにされるということは、カナスだって飾り気のある格好になるということだ。

軍人上がりのせいか、普段政務を執るときからも、シャツとズボンというラフな格好で済ましているカナスにして見れば、正装は窮屈だろう。

とはいえ、彼は非常に正装が似合う。

顔は上品だし、背も高いし、肩幅も胸板もしっかりしているから、思わず見惚れてしまうほどに格好がいい。


その点でまったくシェーナとは違う。


「で、でも、カナス様でしたら何をお召しになっても、お似合いになるに決まっています。ご衣裳に負けるなどということは絶対にありえません。でも私は背が小さいですし、顔もぼんやりしているし、華やかさがないというか・・・」

「おいコラ」


自分の欠点を並べ立て始めたシェーナの頬を、節くれ立った長い指がひっぱった。


「自分を卑下するな、と言っただろうが。お前を選んだ俺に文句があるのか?」

「いいえ!そんなとんでもないです!」

「なら、しゃんとしてろ」


慌てて首を振るシェーナに、カナスは満足そうに笑い、先ほどつまんだ頬を撫でた。


「大体、気づいてんのか?お前は前より随分綺麗になった。大人っぽくなったしな」


目を細めるカナスの言葉通り、この国に来た頃と比べシェーナの容貌は見違えたと言っていい。

アキューラに来てから栄養状態が良くなったせいか、5、6センチは背が伸びたし、白い肌も輝くようにつやつやしている。

手入れされるようになった黒髪は肩を超えたあたりから癖毛が少し落ち着き、光沢が目に見えるようになった。

マシュマロのようだった丸みを帯びた頬はその感触は残しつつも、少しほっそりとして大人びた輪郭になってきたといえる。

黒目の面積が多い瞳は、アキューラ人と比せば決して大きいとはいえないものの、うるうると常に潤んでいて、黒い睫がせわしなく瞬くせいで、小動物的な可愛らしさを見る者へ印象づけた。鼻や口もパーツとしては小さいが、シェーナの小さな顔にはバランスは悪くない。

折れそうに細い手足は相変わらずだが、背が小さい割にはスタイルのよさが際立つ体つきだった。

ただし、胸や腰はほとんど成長しなかったが。


そして、いつもうつむきがちだった姿勢も、彼女に飴と鞭をうまくつかい分けている属国の元王女であるリア=バースに散々仕込まれたおかげで、凛と立てるように変わった。

人前でのあいさつも基本に忠実どおりの形で美しい所作でこなすこともできる。

下町の民の視線にさえ怯えて真っ青になっていた彼女とは格段に違っていた。


「ええ、本当に。ここ最近、本当にシェーナさまはお美しくなられ、ますますかわいらしさにも磨きがかかっています」

「特に、お優しくご慈愛に満ちたまなざしで微笑まれると、心が洗われるようで、それでいて大層可愛らしくて・・・」

「ふ、二人まで何を言っているのですか?」


三方向からの突然の賛辞にシェーナは頬を染めて、ぶんぶんと首を振る。

シェーナとしては受け入れ難く、背筋がぞわぞわした。

戸惑い困りきった表情でカナスを見上げれば、彼はくっくっと笑っている。


「そういう顔は変わんねえな。なぁ、“俺の歌姫様”?」

「!い、意地悪!」


かつて戦場から帰ってくるたびに彼が口にしていた呼び名は、今でもシェーナを恥ずかしくさせる。


“歌姫”という名は広く広まり、光栄にも慣れることができたが、カナスに言われるのはどうしても慣れない。“様”付けされるのは恐れ多いし、なにより“俺の”とつけられるのが、すごくどきどきしてしまうからだ。


さらに顔を真っ赤にしたシェーナの髪を、カナスはくしゃくしゃと撫でた。


「とにかく、お前は自分のことを低く見すぎなんだよ。双子の目は確かだぜ、きっとよく似合うだろうよ。だから、もうあきらめておとなしくしとけ」


どうやらカナスは今回に限って完全に双子の味方のようだ。カナスにまで抗うことはシェーナにはできない。


「・・・わかりました。でも、もう少しだけ飾りを減らしてもいいのではないですか?お金がもったいないです」


それでもせめてもう少し廉価に、と主張してしまうのは、シェーナがとことん貧乏性だからだ。故郷はさほど裕福な国ではない上、そもそも何かを与えられたこともなく日々の食事すら奪われていたのだからどの程度が適正かはさっぱりわからないままなのだ。とにかくカナスたちがくれるものはとんでもなく高そうといつも目を回しそうになる。


けれどカナスはあきれた顔をした。


「そんなこと気にしなくていいんだよ。こんなときにケチったらそれこそアキューラ王の名折れだろ」

「でも・・・」

「でも、じゃねえ。いいか?似合わねえほどケバくしろつってんじゃねえ。お前の魅力を引き出す範囲で、十分に飾れなかったら、どこぞの宗主になんて言われるか分かったもんじゃねえんだよ」


彼の不機嫌そうな表情の原因に、シェーナもようやく気がついた。


宗主―――南方ザイーツ連合の第16代宗主アラッシード=カリンソ=マナマリ。ザイーツ連合は小国の集まりであるが、どの国も同じ宗教を信仰してる。

その信仰の中心は、生き神といわれるザイーツの宗主。それは世襲ではなく、前宗主が徳の高い子供を一人選び、後継者として指名していくというシステムらしい。

ただし、宗主は政治には口を出さない。連合国の方針は、各国の王が会議によって決めるのであって、宗主の役目はあくまでも、人々の心の拠り所、つまりマスコット的な存在なのだ。


もちろん、国民においては絶対的な人気を誇り、宗主の命を守るために、連合の各国王が存在していると考えられているほどの影響力を持つ人物ではある。


そんな宗主の地位に現在ついているマナマリは、特に力の強い人物として早急の即位を望まれた齢12歳の少女である。

いや、少女というにはやたら貫禄があり、不遜きわまりない人物ではあるが。

彼女は自由奔放な性格で、神殿にこもっていることの多かった歴代宗主とは違い、積極的に各国への訪問を繰り返している。中央神殿に来ることができない民のためには宗主自らから出向かなければならない、という強い信念は、ますます国民の人気を上げ、不動のものにしていた。

そんな人気者の彼女との予期せぬ出会いは、先の王が引き起こしたアキューラとザイーツ連合との戦いの講和調印から8ヶ月が過ぎたときだった。


カナスの融和方針を認めたザイーツ連合の北盟主ラリッツォと、講和会議には見送られた同盟関係を結ぶため、シェーナは国境の街コフールへカナスとともに出向いた。

彼はその場でラリッツォに婚約者だと紹介してくれたのだ。本当は会議に出るつもりはなかった(南は見たことがないだろうと言われ、単なる旅行気分だった)シェーナは驚いて、それから嬉しさに涙目になってしまった。


ラリッツォは、“歌姫”の噂を知っていたらしく、シェーナに敬意を払ってくれるとともに、随分興味をそそられたらしかった。

その日一日のはずだった会合は延長され、交流と称して昼間から宴が設けられた。

そのときたまたまザイーツ北地方を訪問していたマナマリが、隣の大国アキューラの王が来ていると知ってコフールの城にやってきたのである。

マナマリはたまたま城の下働きの者たちに歌ってやっていたシェーナの歌声を聴き、心根に触れ、すっかり気に入ったようだった。

シェーナを誰と知らないまま、従者に引き連れて行かせて「これを持って帰る!」と宣言したのだ。


カナスは最初穏便に誤解を解こうとしたが、もともと攻め入ってきたアキューラが気に入らなかったらしいマナマリは不遜な態度を崩さず、挙句には「お前などにこの愛らしい生き物は似合わん」と鼻で笑われ、ついには「このクソガキが!」と切れた。


すったもんだの末、何故か、マナマリはカナスのこともそれなりに認め(いわく、媚びへつらわず裏表がないところは評価してやっても良い、と)、宗主自らアキューラとの融和の調印に参加するという歴史的快挙に至ったのである。


もちろんそれからもマナマリはシェーナが大層お気に入りで、ザイーツに遊びに来いと何度も誘われている。

が、カナスがマナマリとあまり馬が合わないらしく、実現には至っていない。

そんなマナマリが、シェーナの結婚式に列席しないわけがない。

呼びたくないというのがカナスの本音らしいが、外交上、そしてシェーナの権威のためには、招待しないという選択はできないのだ。


「あのクソガキ、お前の飾りが足りないと思ってみろ。あの人を見下した目で『妃の婚礼衣もまともに用意できないとは、なんとも情けない。わらわに一言声をかければ、いくらでも用立ててやったのに、まったく、仕様のない男じゃのう』とか平気で言うぞ」


カナスがしたマナマリの真似があまりにもそっくりで、シェーナはついつい笑ってしまう。

彼女なら平気でそれくらい言いそうだ。双子もうんうん、と深くうなずいている。


「あのクソガキにそんな屈辱を味あわされるくらいなら、俺だって面倒な衣装くらい着てやる。だからお前も黙って飾られとけ」


どうやら、堅苦しくて面倒くさい衣装を「あきらめた」のは、マナマリへの対抗心からだったらしい。


「あの・・・マナマリ様は、そんなに悪いお方ではないと思いますけど・・・」


彼があまりにも嫌そうな顔を続けるので、シェーナはおずおずと主張してみた。

マナマリはコフールで少し一緒にいただけだったが、とても親切で、何か欲しいものはないか、これは面白いぞ、とシェーナを気遣ってくれていた。

手紙も頻繁にくれるし、ささやかながらもシェーナが季節ごとの贈り物をすれば、その軽く倍は返ってくる。

せっかく仲良くなれたのだから、カナスとももっと仲良くしてもらって、彼女とも会える機会を増やしていきたいと思っている。

が、現実には厳しそうだった。


「ああ?あいつはお前にだけはべた甘なんだよ」


シェーナのお願いを予期しているのか、カナスはものすごい嫌そうな顔をして、ぷいと顔をそむけてしまった。


「・・・そう・・・ですか・・・?」


おそらくシェーナの知らない水面下でこの二人のバトルは続いているのだろう。

過去の争いのせいで憎しみあっているという感じではないから、反りが合わないというだけだろうけれど。

シェーナはしょんぼりと小さく息を吐いた。

それを知ったカナスは、イマイチ複雑そうな表情を浮かべつつ、ぽんぽんとシェーナの頭を撫でた。


「・・・お前は、気難しい奴を手懐けるのが本当に上手いんだよな・・・」


カナスの脳裏にあったのは、彼を憎んでいたリアや、彼と敵対し反乱を企てたギラスティア自治州の総督カッツェのことだった。

どれも自我が強くて、信念を持っている人々。


気を張って、人を信じずに生きている分、シェーナの優しさや純粋さに魅せられるのだろう。

もちろん、カナスもそれに惹かれた一人である。


「ったく、“俺の歌姫様”は人気者で困る」


とられやしないかという杞憂に悩まされながら呟いた言葉は、強く独占欲がにじんでいた。

が、シェーナはそれに気づいた様子はなく、またしても“俺の歌姫様”という言葉に真っ赤になっていた。


「に、人気者じゃない、です・・・」


反論する声もぼそぼそとか弱いものになっている。

その様子が愛らしくて、カナスはぐしゃぐしゃと

シェーナの頭を両手でかき混ぜた。


「ふ、ぁ・・・」

「お前はいつまでたっても、やっぱり可愛いって言葉が似合うな」


子犬が毛並みを整えるようにふるふると首を振るシェーナを見て、しみじみカナスは言う。

一拍おいてまたしても耳まで赤くなったシェーナの口がぱくぱくと開いているのを知って、ますます微笑んだ。

本当はその唇を盗んでしまいたかったが、これ以上やると熱をあげすぎるかと思い、カナスはその気持ちをぐっとこらえた。大切な話の前に倒れられたりしても困る。


彼は、双子を振り返った。


「ってことで、俺からの要望はさっきのだけだ。あとは、お前らの好きにしていいぞ。ちゃんとこいつに似合うように作る限りは、な」

「もちろんです!」

「お任せください!」


きゃああっと嬉しそうな声を上げ、双子は手を取り合いながら出て行った。

すでにもう頭の中でイメージができているのか、二人でああだこうだと楽しそうに話している声が、ドアの向こう側から聞こえてくる。


「・・・ど、どんなのができるのでしょうか・・・?」


それに笑っていたカナスの耳に、二人のテンションに押されたシェーナのぽつりと呟いた声が届いた。彼はシェーナの髪を今度は丁寧に梳きながら、「大丈夫だろ」と答えた。


本当に心配はしていない。外見にあまり頓着しないカナスよりもよっぽど、しっかりしたものをシェーナに作ってくるだろう。


だが、カナスには別の懸案事項があった。


完結まで毎日更新予定です。

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