表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/15

Faustian Bargain

「勇者よ、よい案があるぞ。よく聞け。討伐のことを忘れて、妾の弟となれ」


「・・・え?」


「妾は一生弟や妹が欲しがってきたとは言えども、よいのを見つくることは出来たらず。だが、勇者よ、貴様はよい弟にならるぞ。そう確信しておる」


「誘惑に負けるなよ勇者くん!世界を君臨するためにあいつは勇者くんの力が欲しがっている!」


「そーそうだ!僕は、地や金に目が眩まない!平和のために、魔王を切り殺す!」

と勇者は折れた剣で言った。


だが、魔王は分らない顔をして、首を傾げた。

「いや、別になにも君臨するつもりは無い。地や金は上げられねど、いい飯を食わせて上げるぞ」


「誰があんたの言葉を信じるか?勇者君を使い捨てにするつもりだろう?!」


「妾と勇者の会話に、なぜ貴様が答えてくる?」

魔王が指をパチッと鳴らして、魔法使いの口を封じた。


「仲間になにをー!」


「ただ「サイレンス」をかけただけだぞ。数分後に尽きるから、心配はいらぬ」


勇者は長い溜息をついて、冷静さを取り戻したら魔王に話しかけた。


「僕らの負けだ。僕らをどうするかはあんた次第だ。それでも、頼みが一つある。殺すなら、僕だけを殺して、仲間を見逃してくれ」

勇者は、魔王を倒さずに帰ることは許されていない。魔王が倒せなければ、勇者は死ななければいけない。失敗した勇者はどんな役にも立たないが、死んだ勇者は輪廻してより強い勇者を生み出す。


「お、決断は妾次第か?じゃ、決定だ。貴様は・・・」

汗一滴が、勇者の頬をつたった。勇者でも、所詮は人間だ。人間とは、死を恐れて生きる動物だ。

「今から妾の弟じゃぞ。よろしく」


魔王は勇者の手を取って、しっかりと握手した。


「勇者よ。弟の名を知らぬ姉はおらぬ。名を教えよ」


魔王を倒すことも出来ず、逃げることも出来ず、勇者は魔王の芝居(?)に乗るしかなかった。


「僕に名はない。生まれた時に魔王を倒す運命が決まり、一生「勇者」と呼ばれてきた」


「そう?大変そうだな。妾は、鱗夢りむと申す」


「へ?鱗夢?」

勇者は困惑した。

「魔王に名前があるの?なぜ?」


「いや、妾に聞こうとも、お前に名を授けんかった人間どもが悪いのでは無いか?あ、妾を「お姉ちゃん」と呼ぶことが恥ずかしいのなら、「鱗夢姉」でもよしぞ」


「誰があんたを「お姉ちゃん」とか呼ぶのか!」


魔王はまた首を傾けた。

「当然では無いか?弟の貴様が」


勇者は、何も答えられなかった。


魔王が返事を待つ沈黙を破ったのは、近くの岩群から出てくる銀髪の人間。

「鱗夢、勇者の件は・・・順調だそうだね」

人間?人間な訳がない。魔王の味方なら、間違いなく悪魔だ。


「あ、揚羽あげは。前に言ったよう、勇者を連れて帰ろうと思っておる」

『帰る』というのは、間違いなく勇者の首級を振りかぶりながらの、魔界の深部へ帰ること。そう思って、勇者達は汗をかいた。

「で、そこの三人を、普通に処分(・・)してくれぬか?」

処分。それは、「殺す」という意味だ。魔界と人間界の国境をまたぐ荒地で、人を殺すのは簡単。ここの水域はすべて毒だから、人を川や湖とかに放り込めば簡単に死ぬ。それに、言葉遣いに耳を傾けて。魔王は、「普通に(・・・)処分して」と言った。と言うことは、荒地で悪魔が人間を殺すのはありがちな出来事だ。でも、近くの人間村に、行方不明者の話とかはなかった・・・


「あ、問題ない。じゃ、早速・・・」

揚羽と言う悪魔の背中から、血に染まったような茜色の翼が三対膨れ上がった。


「待て!僕を仲間から離すつもりか?!仲間を殺すなら、僕も殺せ!」

と勇者は焦って叫んだ。仲間(王国)を守るに命を捨てるのは、一番名誉な死だ。


「あ、しまった・・・」

魔王は顔をしかめた。

「お姉ちゃんとして、こんな失態・・・」


「お姉ちゃん・・・?鱗夢が?」

揚羽のびっくりの声を、魔王はスルーした。


「お姉ちゃんとして、弟とその仲間を引き離してはならぬ。その三人を連れ滝沢たきざわに戻ろう」


「後で説明させて貰うけど・・・鱗夢の荷が重くなるから、皆に早めに仕上げろと伝えて来る」

翼が煙のように雲散して、揚羽は額をこすりながら方向を変え崖の麓に歩き出した。


「さ、勇者よ。お姉ちゃんと共に、こんな無駄な戦を忘れよう」

魔王は勇者に向いて、破顔した。


「は!ふざけるな。僕を収容(刑務所に)つもりだろう?!」


「収容?ま、妾が泊まっておるところは勇者達を容易に収容(客として)出来るぞ」


「なら、死んでも今の内にけりを付けた方がましだ!」


勇者は折れた剣を魔王の胸に突き刺したが、魔王はでさりげなく剣を手で受け止めた。


「なんか・・・勘違いされておる、気がするぞ・・・ま、弟が姉の愛を受け取れぬことは稀ならず」


「あんたのきれいごとなんか、絶対信じなー」

鱗に覆われた手で魔王が勇者の手首を握って剣を取ると、勇者は急な眠気に襲われてよろめいた。


「触れただけでとはな・・・降星石への耐性は弱そうだな。なら、お姉ちゃんの胸に顔埋めて寝るがよい」


勇者は魔王の胸に倒れたが、なぜか頭にぶつかったのは硬い鱗ではなく柔らかい皮膚だった。


魔王に頭撫でられながら、勇者は眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ