序章
黒龍と、翼幅が同じくらい広い蝶が、並んで空を飛ぶ。
黒竜は蝶に言った。
「勇者たちに出くわさば、こんな話をしようと思っておる。「魔法がこの世にまだ存在しなかった遠き昔に、羅夜火山に隕石ー」」
蝶は口を挟んだ。
「いやいや、自己紹介の時に昔話はダメだ。普通に、「我は魔王なり。貴様らの首は、我が取らん」とか言えば?」
「だが、妾は勇者たちの首を取るつもりは無い」
「じゃ、「我は魔王なり。貴様らの命は、我が物とせん」とか?」
「そんなつもりも無い・・・勇者たちに帰って貰わば、それで結構じゃ。だが、勇者が可愛ければ、弟や妹にしようと思っておる」
「そんな冗談はもう止めて・・・」
人体よりも長い蝶の触角は、風に揺れた。
「鱗夢、ルートから外れてるよ。少し右へ曲がろう」
二人が体を右に傾けると、蝶は話を続けた。
「勇者たちに何もしないなら、力の話はどうかな?「我は魔王、降る星の祝福を授けらるる者なり。人間風情の力で我を倒さると思わざれ」って、どう?」
龍の喉から、笑い声みたいな音が出てきた。
「あ、それでよいぞ。無力さを感じさせ、戦闘意志を砕く。そうしよう。森羅万象の中に妾が一番強き者であることを、分からせてやろう」
龍は口を大きく開けて、ハハハと唸った。
「で、揚羽、降星石を見つけたのは、何処だった?」
蝶は片方の触角を斜め下へ指した。その先に、大きな湖がそびえる高原に囲まれている。
「そこの湖畔で、うちの隊員が土地調査しながら隕石の欠片を見つけた」
「湖畔、湖畔・・・」
龍は首を伸ばす。
「あ、見えて来た。妾が降星石を回収しよう。揚羽は周りの高台を見回ってくれ」
「分かった」
蝶は高台へ向かい、三対の翼の内の二対を畳み込んでゆっくりと降下した。だが、降下より落下の方が速い。だから、「鱗夢」と呼ぶ龍は湖の真上まで飛んで、人間の姿に変わって、水に落下した。
鱗夢は水から跳び出て、湖畔にある黒い岩へ歩いた。
黒い石の中、降星石は特別だ。降星石は、光を一条も反射しない。陰もハイライトもない、完璧な黒だ。正午の太陽の光を完璧に吸収するこの岩は降星石であることは、見るだけで分かる。
鱗夢は岩に手を当てて、目を瞑った。
「羅夜の名に命ず。常闇を彷徨ふ降る星が欠片よ、浮世に返り魔界の力となれ」
炎天下に氷塊が溶けるように、岩はゆっくりと縮んでゆく。
手が小さくなってゆく岩の表面から離れないように、鱗夢はしゃがみ込んだ。
「あの、鱗夢・・・」
蝶は鱗夢の後ろに着陸して、土煙を上げた。
「勇者たちが来たそうでね・・・」
鱗夢は目を開けずに微笑んだ。
「勇者たち?本当か?」
「中々強そうな人間だから・・・荒地にたまたま迷い込んだとは思えないのよ。多分勇者パーティーだ。多分」
鱗夢は背中を反って、爆笑した。
「ははははは!とうとうこの日が訪れて来たな。魔王としての宿命を果たす日が訪れて来たな!会おうではないか、勇者よ?!」
「じゃ、魔王さん、早く勇者{多分}たちを歓迎しに行った方がいいんじゃない?」
「あ。歓迎しに行こう」
降星石が手に収まる大きさになったら、鱗夢はそれを粘土のように握って、ブレスレットの形にして、右手につけた。
そして、目を開けて、一足飛びに空にそびえる高原の上に跳び上がった。