捨てられヒイロの半生
義父となった叔父は私を見下しこう言った。
「うちの規模の貴族家にとっては、令嬢なんて持参金を食うだけのお荷物なのに、どうして兄貴はこいつを連れて行ってくれなかったんだ……」
シーマシー子爵家のお荷物となった私は、使用人と同じ地下の部屋で過ごした。
教育どころかご飯さえ碌に与えて貰えなかった私の運命が変わったのは、国民の義務、異能解析に連れて行かれた時のことだった。
国民は皆、10歳から13歳の間に必ず一度、所定の教会にて異能解析を受ける義務がある。黒々とした岩肌をした霊峰クゼ、その鉱山から削り出された『大地に愛されし水晶玉』に手を翳し、大地の意思と繋がり、己の中の異能を解放するのだ。
8割の人間は最低レベルの異能。
簡単に小さな火を起こしたり風を起こしたりするレベル。
残り2割が特別扱いとなり、異能の強さに応じて、赤銅、銀、金、白銀のランクがつけられる。
私は水晶玉に手をかざした瞬間『聖女』として目覚めた。
教会中に光がほとばしり、収束した光は頭上で輝く光輪となった。
光輪は小麦を意匠化したような形をしていて、それを見た司祭は腰を抜かした。
「このように大きな光輪は見たことがない。王国始まって以来の異能だ!」
と叫びながら。
その後、シーマシー子爵家は大金と引き換えに私を教会に引き取らせ、私は聖女として厳しい修行を受けることになった。私を教育する神官たちは皆目が輝いていた。
何故ならば私の異能ランクは最強かつ特別レベルの白銀。
普通なら国をあげて一生涯守られるレベルの力だったからだ。
私の教育係として権力を得られると思った人もいれば、純粋に私という最強聖女に興味を惹かれた人もいただろう。
なぜそんな私が今や、婚約者に捨てられて一人でお菓子を食べているのか。
私がーーコナモノの聖女だったからだ。
「聖女ヒイロよ。お前の聖女異能は歴史に残る強さだ。しかしなぜ『小麦粉』で発現するのだ……」
「そう言われましても」
ーー私の聖女異能は最強レベルの白銀。
ーーしかし能力は小麦粉で出る。
どれだけ修行を積んでも私は通常の聖女のように、自分の聖女異能を直接作用させることができなかった。
誰かを治すには、治癒の加護を込めた粉物を食べさせて癒す。
結界構築には、結界の加護を込めた粉物を食べて発動する。
お祓いをするには、お祓いを込めた粉物を食べてハーッ!!する。
非常に面倒臭い。
そして不幸なことに、教会は食の楽しみを悪とする教義があった。
「美食に溺れるのは肉欲と同等。穢らわしい古代邪神信仰の巫女のような、下等な能力を持つ聖女がいていいものか」
偉い人たちは私を前に、宗教学論争を繰り広げた。繰り広げたって私がコナモノ聖女なのは事実なんですが……。
もちろん、そんな教義は平和な世の中ではもはやあってないようなもの。現代では庶民も貴族も教義を気にせずに美味しくご飯を食べている。
けれど、教会にとっては悪に通じる「小麦粉」の能力を持つ私を、特別な聖女として祭り上げにくかったのだ。
教会で居場所が微妙になった私に、次に目をつけたのは、王宮だった。
王宮に呼び出された私は宰相様から直接、こう言われた。
「大地に愛されし聖女よ。王宮にて王侯貴族の食事の小麦粉を奉納する聖女として奉仕しないか」
王宮聖女。貧乏子爵令嬢の就職先としては最高の成り上がりだ。
けれど私は、宰相様の言葉を断ってしまった。
「とんでもないことです。私のような身分の者にはあまりあるお誘いでございます。私は市井の聖女として国民に奉仕することが身分相応でございます」
ーー今思えば、ちょっと勿体なかったかもしれない。
けれど貧しい生まれの私は、教会を通じて王宮に出入りするようになってから、日々食べ物が浪費されていく王宮の世界にゾッとしていたのだ。
使い捨てにされる小麦粉を垂れ流す小麦粉聖女になるのは、どうしても耐えられなかったのだ。
そもそも大地に素直な心で繋がらなければ、聖女異能は発動できない。
王宮のためと無理をして小麦粉を出しても、王侯貴族の求めるような良質な小麦粉は出てこない。
粉が出ない粉物聖女。目詰まりしては、白銀の異能も役には立たない。
結局、私は紆余曲折を経て、海が見える辺境の修道院で正規聖女として働くことになった。
修道院での生活は短い間だったけれど楽しかった。
出世欲なんてなかったので、身の丈にはこちらの人生の方が合っていたのだ。
貧しくて大変なこともあったけど、みんなで知恵を絞って、私の異能を使って少しでもお金を稼いで、そして建物の修繕をしたり、慈善事業に力を入れたり。
権力も地位もなかったけれど、私はとても楽しかった。
辺境のこの地が私の行き着く先だと思っていた。
ーーそんな日々も突然終わりを告げる。
ある日、ストレリツィ伯爵子息カスダルが私を攫ったのだ。
「最強聖女がここに追放されていると聞いて来たぜ。ハッ、王宮に逆らってど田舎で暮らす馬鹿な女だ、だが面白え!!」
庭でシーツを干していた私は、いきなりカスダルとその従者に横抱きで攫われた。あっという間に馬車に押し込まれ、モノのように近くの宿場町まで運ばれてしまった。
「そもそもどちら様ですか!?」
「喜べ、俺が婚約してやる!!!」
「え、ええええ」
カスダルはそのまま、私を宿屋に一晩閉じ込めた。
未婚の貴族子女は一晩同じ部屋で過ごしたら、強制婚約という手続きを取ることができる。通常の手続きより迅速に婚約が承認されるのだ。
婚約してしまえば還俗しなければならない。カスダルは強制結婚によって私を強引に修道院から引っ張り出したのだ。
一夜にして、私はささやかに築き上げてきた幸せを失うことになった。
カスダルの目論見通り職を失い、強制的に婚約者にさせられた私だが。
なんと彼は、私が粉物の聖女だということを知らなかったのだ!!!!
「はあ!? 何だその粉物の聖女って能力!? 聞いてねえぞ」
「白銀クラスの聖女が辺境の修道院に放られてる時点で、何か問題があるって思ってくださいよ!!!!!」
なんと、アホ……もとい、カスダルは私の能力を知らないまま勝手に攫ったらしく、私の能力を知って呆然としていた。
しかし短絡的だからこそ気持ちの切り替えも早いらしく、彼は婚約者の私を予定通り、魔王討伐のパーティに加えた。
「ま、まあ強いならそれでいいだろ。婚約者のために励めよ」
「かしこまりました……」
「勿論愛なんてねえ婚約だから、俺は他に女を山ほど作るが文句言うなよ」
「えええ……」
「お前みたいな野暮ったい色気ゼロの田舎女、婚約してやっただけで十分だろ」
まあ確かに、私が婚約者としてこの色好みに付き合うのは至極面倒だ。
そういうことで名目だけの婚約者兼、カスダルパーティの聖女として真面目に励んでいたところ、結果として捨てられたのだった。
小麦粉出るのがダサいって。
ダサいって、ねえ……。
「そのダサいのを!! 無理やり婚約者にしたのはどいつよ馬鹿〜〜ッッ!!」
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