玄関先の手切金で終わる、粉物聖女の婚約破棄
私たちの住む国ーールシディア王国は、北端で大陸と繋がった半島の国だ。
かつて半島全土は魔王支配に脅かされていたが、ルシディア王国初代国王が魔王を制圧した。そして魔王は国王と契約を結び、我が国に通じる唯一の陸路、半島の付け根に魔物の森を形成し、王国を守護するようになったと言われている。
簡単にいうと、
強い魔王が陸路を封じているので我が国は平和!
初代国王すごい!
ーーというのが私たちの国、ルシディア王国の歴史認識だ。
王国の貴族子息が通過儀礼として魔王城に挑むのも、魔王と王室が結んだ契約によるものらしい。また一説には、ルシディア王国はまたいつだって魔王を制圧できるだけの武力があると魔王に示しをつける為とも言われている。
とはいえ。
「実際の魔王様は、そんな支配するような人には見えないけどなあ……」
魔王様強いし。優しいし。
実際に魔王様に会ってしまうと、魔王様は初代国王陛下に屈服して守ってくれているのではなく、単純に善意で守ってくれているのでは?と疑問を持たざるを得ない。しかし流石の私も、こんな疑問を口に出して言えるわけがない。不敬がすぎる。
ともあれそんな訳で、平和な我が国の王都へ戻ってきた私は早速、カスダルの実家、ストレリツィ伯爵の王都屋敷へと足を運んだ。
「シーマシー子爵令嬢ヒイロ様、お待ちしておりました。こちら旦那様より預かっております手切金と書類でございます」
私が来た途端、玄関先で美人の巨乳メイドさんに手切金と婚約破棄成立の書類を渡される。玄関先で。立ったまま。
「あ、ありがとうございます。お世話になりました」
お、おお……ここまで雑な扱いになるとは思ってなかったぞ。
手土産に用意しておいたお菓子を渡すタイミングもなく、私はストレリツィ伯爵邸から追い出された。
釈然としないまま、私は煉瓦造りの瀟洒な屋敷を見上げる。
「人生をめちゃくちゃにされた婚約も、終わってしまえばあっけないわね……」
長居すると感傷に浸ってしまいそうな気がしたので、私はさっさとその場を離れ、登録している教会聖女管轄本部へと急いだ。
国中の聖女はここで登録・管理されているのだ。
受付でカスダルパーティからの登録抹消の手続きをすると、受付は言葉に出さず私の顔と書類を交互に眺め、「あー……」みたいな顔をする。
「何か?」
「いえ、失礼いたしました」
気を取り直したような笑顔で、受付は私に尋ねた。
「聖女ヒイロ様。新しく魔王制圧部隊入職希望届を出されますか?」
「いえ。一旦はとりあえず少し、考えてみます」
「かしこまりました。聖女ヒイロ様に何卒よき大地の出会いが巡り合いますことを」
特に引き留められず、私は笑顔で送り出される。
受付さん、私が求職票を出さなかった事に明らかに安堵している様子だった。
「あの大きな光輪、もしかして……」
「シーマシー子爵令嬢のヒイロでしょう? あの、例の最強聖女の」
周囲の受付待ちの聖女や、働く本部職員の人たちも、明らかに私を好奇の目で見つめている。目が合わせようとすると 目を逸らされる。
私は内心溜息をついた。
ーー私がこういう立場だから、魔王様のことも鵜呑みにしたくないんだよね。
教会聖女管轄本部を出て、虚しいくらいの青空の下を歩いたところで、私は王立公園のベンチに辿り着いた。
「疲れた……」
賑わう新緑の公園の片隅、ベンチで不要になった手土産の包みを開く。
中にはさっきお菓子屋さんで買ってきたマドレーヌが入っていた。
「せっかくだから今後のレシピの参考にさせてもらおっと」
いただきますを口にして、私は焼き菓子を食べる。
ぷっくりした貝殻型の焼き型で焼かれた甘いマドレーヌは、焼き立てでとても美味しかった。
「ねえ、美味しいね……あ、」
無意識に横に話しかけ、誰もいないベンチを見て我にかえる。
ララさんも、シノビドスも、カスさえもいない。
美味しいものを食べて、それを美味しいねって言い合う相手はもういなかった。
「……そうか、そうよね。私は一人になったのよね」
カスダルに嫌な思いをたくさんさせられたけれど、少なくとも天涯孤独な私にとって、カスダルパーティは最後の居場所でもあった。
私は焼き菓子を食べながら、ここまでの長いようで短い人生を思い返していた。
ーーー
聖女だと発覚したのは10歳の時。
私の両親が突然この世を去り、シーマシー子爵家を叔父が相続し、自動的に叔父の養女となった頃に遡る。叔父はすでに妻子がいて、私は子爵家を相続する時に勝手についてきたお荷物だった。
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