数百年前の親友たち
私の言葉を受けて、玉座の間にいる者全てが息を呑んだ気配がした。
「人身の王、我が親友の末裔」
玉座をじっと見据え、魔王様の顔で、魔王様の言葉遣いで、魔王様の声で話すシノビドス。
抱いていた違和感が雪のように溶けていくのを感じた。
そうだ。声の調子は変えているけれど、確かに同じ低くて優しい穏やかな声だ。
「私の問いに答えよ。王家はなぜ、初代国王アイツィヒト以来の約束を放棄した」
厳しい声音で、国王陛下へ鋭く刺すように問いかけた。
「ルシディア王家と魔王は友愛の契りを結び、戴冠式の後、必ず私に即位の挨拶をするのが約束だったはずだ」
ーーシノビドスの声が、どこか悲痛に聞こえるのは気のせいだろうか。
「何を言っている」
周囲がざわめくなか、国王陛下は魔王様の視線をまっすぐ受け止める。陛下たるもの、いきなり出てきた黒装束の男の人が魔王様だと発覚しても落ち着いて対峙できるらしい。
国王陛下は確かめるようにゆっくりと、魔王様に問いかけた。
「初代国王の力により、旧神黒竜を従えた魔王を隷属させているのではないのか?」
「……やはり、伝承は絶えていたか。友愛回廊での扱いで薄々察してはいたが」
魔王様は唇を噛み、首を緩く横に振った。
「国王よ。私は隷属など初めからしていなかった。私と初代国王アイツィヒト殿は、志を一つにする親友だった」
「魔王が何をいう!」
「もうその話すら、王家に伝えられていないのだな……初代アイツィヒトの手記を読むことを怠るようになったのか?」
「……ッ!?」
国王陛下は目を見張る。
「戴冠式の時しか触れない国宝の存在を、なぜ魔王が」
「形骸化しているのか。ならばカスダル・ストレリツィの如き貴族がいることも腑に落ちる」
カスダルの名を呼ぶ彼は、明確な嫌悪感を露わにする。
魔王様は、すっと長い指を伸ばし、国王夫妻の奥を隠したカーテンを指差す。
ざっと音を立て、魔力でカーテンが開かれる。
その中から初代国王の肖像画が現れた。
「国王よ。これを貴殿はなんと見る」
「これは、戴冠式と建国記念日のみ公開される肖像画だが……」
暗闇に座り、厳かに微笑む初代国王の姿だ。
その肖像画は不自然に左側が空いているように、私には見えた。
「魔王の存在を消したか」
魔王様の眉間に皺が寄る。王様が早口で反論した。
「左側の黒い部分は闇、つまり魔王を示している。初代国王が邪教たる黒竜と魔王を支配し、睨みを効かせているという意味ではないのか」
「嘘をつかずとも良い。私はこれの本当の絵を知っている」
「嘘だと、儂は」
それまで怒りと厳しさに満ちていた魔王様の眼差しに、僅かに憐れみの色が混じる。
無知のまま玉座に据えられた国王陛下への憐憫だろうか。
「……知らされなかった末裔よ。本当の姿を見せてやろう」
魔王様が手を翳せば、絵の黒い絵の具が吸い取られるように消えていく。現れたのは光り輝く王宮の庭で、玉座に座った国王が黒髪の男と並んで前を見つめた絵になった。
場がざわめく。
その絵に描かれている男と、魔王様は全く同じ姿をしていたからだ。
「一体……」
「これは……」
貴族たちは騒めき、聖職者は顔を青ざめさせて笏を握る。
国王 は青ざめながらも、己の知らされなかった真実を前に刮目して黙していた。
魔王様は、謁見の間に集まった全ての人々へ目を向け、手のひらを光らせた。
「お前たちに見せてやろう。……私と、初代国王との約束を」
太陽が落ちたように、眩い光が迸る。頭の中に、一つの物語が流れ込んできた。
ーーー
ーー数百年前。竜繭半島南端、ヤリラス浜にて。
座礁した大小数多の船の残骸と共に打ち上げられた黒髪の男を、小領国の若き王が助けた。
魔力で翻訳しながら、二人は会話を交わす。
「そうか、貴殿は遠い異国の国王だったのか」
未来のルシディア王国初代国王アイツィヒトは居城にて回復した男の身の上話を聞き、似た境遇の彼に同情した。
「シノブ殿。実は私も貴殿と同じく戦にて先代や王族を失い、この若さで領主となった。全てを失った貴殿の思い、私も我が事のように胸が痛む。よければシノブ殿は我が国で私の友になってくれまいか」
「……恩人よ。私を助けないでくれ。私は国を守れなかった男だ」
「シノブ殿、どうか貴殿の経験を我が国の平和の為に生かしてほしい。一緒に誰も悲しまない国を作ろう」
「そう言うのならば……私の残りの人生は貴方の為に生きよう、アイツィヒト殿」
男ーーシノブはアイツィヒトの差し出した手を取った。
全てを失った男は、アイツィヒトの力となり彼の国を守ることで、亡き故郷への償いとしようと決めた。
その後、シノブは大地に愛されし強力な魔力を持つ異能者と判明する。
若き王アイツィヒトの勧めで霊峰クゼに祀られた土地神・黒竜に会いに行ったところ、なんと意思疎通をすることができたのだ。
霊峰クゼ、その山頂の巨大な岩と化していた黒竜が目覚め、うんと伸びをして来訪者を見下ろした。
「珍しい魂持ってんね、そこの男。竜繭半島じゃないっしょ」