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ヒイロ特製お好み焼き

「キッチン?」

「はい。いつもララさんに魔法で構築してもらっていたので……」

「そうか。聖女異能安全基準を満たさないのか…… 魔法調理場マジックキッチンは」


 私は聖女。特に『大地に愛されし聖女』だから強い分、使える魔法の制限も厳しい。火を操る魔法だけでなく、水を使う魔法も使えない。両方とも『大地』的には聖女の使用可能異能としてはアウトらしい。

 だからそういうのは全部ララさんの魔法任せだったのだ。


 すると魔王様は頼もしい言葉をかけてくれた。


「生成魔法くらいなら私ができる」

「すみません、ぜひお願いします!」


 ご馳走すると言った身なのに恥ずかしいが、お言葉に甘えるしかない。


「構わない。君に頼られるのは悪くない、し……私も一緒に食べたいから」


 魔王様がふっと微笑み、金瞳の視線を空間へと投げる。

 それだけで、ふわっと一陣の風が吹き抜け、目の前に魔法調理場マジックキッチンと、鉄板が設えられた カウンターテーブルが用意された。

 目の前の鉄板で料理を焼いて、そのまま食べてもらえるつくりになっている。鉄板は広々としていて、カスダルをそのまま横に転がして焼けそうなくらい大きい。


「わあ! なんだか使い慣れた魔法台所にすごく似てます! そっくりです!」

「そうか」


 魔王様も満足げだった。


「あ、この鉄板もしかして魔王城のトラップに使ってあるやつと同じものですか?大きくて嬉しいな〜! これで一度焼いてみたかったんですよね〜」


 キッチンの方も完璧だった。

 二口魔法竈門マジックコンロにピカピカの鍋やフライパン。吊るされた各種調理器具に、オーブンに食器棚。魔法冷蔵庫マジックフリッジ魔法調理器マジックレンジもある。白物魔法具に描かれているファンシーな小花柄までいつも使っているものと同じだ。


「な、なんだか普段からララさんの魔法台所、よく見ていたような作りですね……」


 魔王様がキッチンを目にする機会があるとすれば、魔王城攻略中や玉座の間での挑戦の時だけだ。それだけの観察で、ここまで完璧なキッチンができるなんてすごい。


「あ……ああ。ずっと、みていた」


 突然。魔王様はなんだかギクシャクした態度を取り始めた。

 キッチンをつぶさに眺められるほど、余裕綽々で挑戦を受けていたのが気まずいのだろうか。気にしなくていいのに。


「これならいつもと同じ味が作れそうです。ありがとうございます!」


 私は聖女装の上からエプロンをかけ、袖捲りした。


「では魔王様は座っててください。早速料理しますので」

「手伝おう。私は何をすればいい」

「あはは、いいですよ。座っててください」


 そわそわとする魔王様の前で私は鉄板を温め、油を引いていく。すでに切っていた食材のパックを台所に並べる。そして新しいボウルを取り出すと、私は光輪に念じて手を翳した。

 光輪が淡い光を放ってくるくると回り 、私の手のひらから小麦粉が出てくる。


 カウンターキッチンの向こう側で、じーっと魔王様と黒竜 さんが眺めている。

 ーーちょっと恥ずかしいぞ。


 頬が熱くなるのを感じながら、私は小麦粉と水を練ってサラサラの生地を作り、早速薄く焼き始めた。

 おたまで鉄板に広げて、くるくる、薄ーく。


 じゅうう、と音がする。

 焼ける様を見ている魔王様と黒竜 さんは、子どもみたいな目をして釘付けだ。

 えへへ。嬉しそうにされちゃうと張り切っちゃうな。


「この焼き方、戦いの中で編み出したんですよ」

「戦いの中で?」

「ええ」


 丸く火が通った生地に、乾燥させた魚を粉にしたものをふりかけ、私は刻んでおいたキャベツや魔物の森で仕入れた香味野菜を乗せていく。


「みんなが傷ついて、すぐに何かを食べてもらわなきゃいけないとき、何も混ぜてない薄ーい焼いたの作ったらすっごく便利だったんです。最悪、粉焼いたのだけ食べさせればいいからですね。そして焼いてるうちに、『あ、まだ時間の余裕あるならキャベツ乗せちゃお』『お肉あるなら乗せちゃお』って、余裕に応じて豪華になってっちゃって……」


 そしてお肉を、ふぁさっと。

 獣オークの薄切りは森でシノビドスが仕留めて処理してくれていたものだ。ありがたい。

 熱気が心地よい鉄板の上で、焼いたものをくるっと反転。

 形を整えて、隣で焼きそばを焼き始める。


「時間はたっぷりあるとのことなので、仕上げの麺まで焼いちゃいましょうね。麺は捏ねながらたっぷり聖女異能を練り込んでるから、元気になりますよ」


 麺に絡めるソースは聖女教育を受けたときに学んだ薬学の知識や発酵食品の知識を活かして作ったものだ。

 麺の上に焼いていた塊を重ねると、一気に完成形が見えてきた。


「そして、今日は卵も残ってるので、卵乗せちゃいましょう!」


 鉄板で割った卵でくるくる、生地と同じサイズ感に卵を焼いて、さらに塊を上に乗せて、くるっと反転。

 ソースを絡めて盛り付ければ、完全版!聖女のお好み焼きの完成だ。


「はい、どうぞ! 鉄板の上なので、熱々でお召し上がりできますよ」

「見事だ。何層にも重なった食材が見事に調和して、食欲をそそる」


 魔王様はうっとりとした眼差しで、私のお好み焼きを見つめてくれる。


「何使って食べます? フォーク?」

「いや、箸でいい」

「はーい。黒竜さんはどうします?」


 魔王様は、はっとした様子で目をパチパチした。


「黒竜の分も作ったのか?」

「あ、お召し上がりかなと思って、聞かずに作っちゃいました」


 目の前には三つのお好み焼き。魔王様と、私と、黒竜さんの分。

 あんなキラキラの目で見られていたので無意識に彼の分まで作ってしまっていた。


「いやあ嬉しいなあ俺の分まで」

「えっ黒竜さん喋れるの?」

「喋れるぜ」

「知らなかった」

「ばれたら好きに街をうろつけなくなるし、それに威厳なくなるからやめろって言われてんだよ、魔王サマに」

「そうだったんですね……というか、街うろつくことあるんですね」

「まーね。なあ魔王サマ、俺も食っていい?」

「そのまま食うなら構わん。婦女子の前でいきなり人間体になるな。服がない」

「えっもう人間になったし」


 気がつけば魔王様の真横に、ガタイの良いお兄さんが着座していた。筋肉質でツンツン黒髪に金メッシュが入った、マッパのお兄さんだ。


「威厳はわからないですけど、十分めちゃくちゃ迫力ありますよ」

「へへ、どーも。ヒイロちゃん、俺も箸でよろしく」

「はーい」

「全く、お前は……」


 魔王様がものすごく渋い顔をして、判断に窮した顔をしている。

 黒竜さんはにっこりと私と魔王様を見て笑う。犬歯が凶悪なのが竜の名残だ。


「テーブルで隠れるからセーフってことで一つ」

「私は全然いいですけど……よければ私のエプロン貸しましょうか?」

「えっいいの? サンキュー」

「やめろ。汚い」


 魔王様と黒竜さんの様子に、私はクスクス笑ってしまう。

 こうして心から楽しく笑えるのって、いつぶりだろうか。


「いただきます」


 エプロンを外した私も並んで、魔王様と黒竜さんと手を合わせる。

 二人の所作はとても綺麗で、私はつい、隣から見惚れてしまった。


(……シノビドスも仕草が綺麗だったよなあ)


 ふとーー私はもう会えなくなってしまった、いつも兄のように接してくれていた人を思い出してしまう。

 料理のことや面白いことをたくさん教えてくれた、お兄さんのように頼れる忍者のあの人。


『拙者も、ヒイロ殿がこのパーティから離れるのは賛成でして』


 言われた言葉を思い出して、寂しさがつんと目頭を熱くする。

 私は自分の気持ちを誤魔化すように、目の前の美味しくできたお好み焼きの味に集中することにした。


 ーーその横顔を、魔王がじっと見ていることにヒイロは気づいていない。


数ある小説の中からこの小説をお読み頂き誠にありがとうございます!

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お手数おかけしますが、宜しくお願い致します。

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