詳らかにする覚悟
「……っ、そんな」
主人の声がようやく感情を帯び、黒竜は内心安堵した。
仮面の奥で窺い知れない魔王の顔を睥睨しながら、黒竜は話を続けた。
「俺は人間のそーゆーのよくわかんねえけど、少なくともあの子はカスダルのものだった過去をずっと気にしてる」
「ヒイロ殿が……まさかそんなことを……」
きっと魔王にとって、彼女がただ愛しいばかりの聖女でしかなくて。
恋心の強さのあまりーー彼女が彼女自身を、どれほど卑下しているのかも気づいていないのだ。
愛しいならば、伝えなければ伝わらない。それがシンプルな獣の理屈だ。
「あんたがそのままじゃ、あの子は一生、カスダルに台無しにされた不幸な娘のままでいるだろうな。そして魔王様も、自分が惚れちゃ困るだろうから見守るってさ。何なんだよ、焦ったいたらありゃしねえ」
「……それ、は……」
「正体バラそうが真相を知ろうが、んな細けえことで怒るような子じゃないっしょ、ヒイロちゃんは。豪胆だってあんた自身も言ってただろ?」
「それはそうだが……」
「だろ? ならいーじゃん。魔王サマの事、洗いざらい話そうが、あの子は『そーですかー』なんて、ケロッとした顔でニコニコ笑って飯作ってくれる、それだけだっつーの。多分」
「……その顔は、想像がつくな……」
「な?」
野暮ったい仮面の奥、男がどんな顔をしているのか黒竜からは見えない。けれど少しだけ肩の力を抜いて微笑んだ気がした。
黒竜の願いが、厚い仮面に隠した本心に届くことを願い、言葉を重ねる。
「あんたたちはようやく、巡り会うべくして巡り会った。あんたの故郷を守れなかった罪はいい加減償ったはずでしょう。それに」
もうひと押し。いっちょ煽ってみっか。
黒竜は考え、目を眇めて露悪的に笑ってみせる。
「ずっと遠くから見守ってる間に、ヒイロちゃんに男ができても許せるのかよ」
「なっ」
見るからに狼狽する魔王に、黒竜は笑う。
「俺だっていいんだぜ?」
「黒竜……?」
「大地に愛されし聖女、とは人間もよく言ったもんだ。まさに数百年前、大地が魔王にした人間と同じくらい美味い魂を持っている」
はっとする魔王。
黒龍は見せつけるように長い舌で唇をべろりと舐めた。
「魔王サマ。俺はヒイロちゃんを次の魔王にしてもいいんだぜ? せっかく女の子なんだし、連れ去って妻に娶って、魔王城の深くに閉じ込めて」
ーー次の瞬間。
黒竜の前髪が一筋、ぱらりと切れる。
鼻にうっすら赤い傷がついた。
「あ……」
魔王は自分のやったことに、信じられないという風に息を震わせた。
「ふは。そうこなくちゃ」
どんな顔をしているか、仮面を取ってみて暴いてやりたいくらいだ。
「答えはもう出てるじゃねーか」
「黒竜……ありがとう。すまない」
黒竜は前髪をかきあげ、呆然とした魔王に微笑んだ 。
「謝んなよ。俺はただ、あんたらが好きなだけだ」
言いながら、すっかり冷めた茶を飲む。冷えても美味いのは上質な茶葉の特徴だった。
「これからのことは、ヒイロちゃんと二人で考えればいいじゃねえか。俺も力を貸すし。……一度、この国が本当に、あんたが犠牲になる価値があるのか確かめるにはちょうどいいぜ」
「そう、だな……」
魔王はお茶を一口のみ、聖女と魔女が引っ込んだ事務所の方へと顔を向ける。
黒装束と仮面の珍妙な姿でもーー彼が何かを決断したのだろうことは、容易に想像できた。