芸は身を助く(ヒイロのタスクはララを助く)
ララさんは空元気の笑顔で強がってみせる。
「へーきよ。結婚したって、あたしらしく幸せになれるように努力してみるわ。……後妻ってどうなるのか正直不安だし、嫁ぎ先には既に嫌がられているんだけど…でも、負けないわ。前向きに考えようとはしてるのよ?」
「ララさん……」
「でもね」
彼女は真面目な顔をして、私を紫の双眸で射抜いた。
「ヒイロともう会えなくなるのは……すごく寂しい」
「ララさん……私もです」
「手紙、書くから。時々楽しい話を教えてちょうだいね」
「ッ……もう決まったことなんですか?」
諦めるララさんなんて、ララさんらしくない。
思わず尋ねる私に、ララさんは悲しげな顔をして首を縦に振る。
「そりゃそうよ。仕事があれば逃げられるけど、クビになった以上、私を雇ってくれる場所なんてどこにもないし」
「仕事があればいいんですか?」
「だぁから、あたしなんかを雇ってくれる所なんてないんだってば」
少し苛立った様子で、ララさんは言葉を重ねた。
「雇う場所が……あればいいんですね?」
「……なによ。どうせあたしなんかを雇ってくれるところなんて、」
「あります」
「……は???」
私は私の問題も含め、全ての問題が解決していくのを感じていた。
「ララさん」
「何?」
「経理ってできますよね」
「……まあ、計算はできるけど」
私はいつの間にか立ち上がっていた。私は興奮していた。
「ララさん!!!!」
私に手を掴まれ、ララさんは困惑気味に見上げる。
「聖女食堂の経理、担当してもらえませんか?」
「……経理? あたしが?」
「はい!!」
ララさんは紫の瞳をぱちぱちと瞬かせる。
私の頭の中には勝利と感動を表すファンファーレが流れていた。
ーー私は、計算ができない聖女だった。
ーーー
それから小一時間後。
ララさんは食堂の作業部屋に溜まった書類を見て、青ざめながら叫んでいた。
「し、信じらんない!! なんでこんな杜撰な経理でやってこれたのよ!!!」
「いやあ、私も不思議なんですよね〜」
「不思議なんですよね、じゃないわよ! ああもう、色々腑に落ちたわ。店の繁盛の規模といろんなものが釣り合い取れてない感じがしたもの。これじゃカスダルが潰してくる前に商工会に潰されるわよ」
「あはは、ですよねぇ」
「反省しなさい!!」
「はい」
私は修道院にいた経験があるので、ある程度の食堂運営はできる。
けれど経理計算は非常に苦手だった!
修道院ではベテランの経理担当のシスターがいたので、学があまりない私の出る幕はなかったのだ。
他のスタッフさんも文字が読めるのがギリギリくらいで、シノビドスは計算はできるものの、経理についての知識はゼロ。
最近うちにちょこちょこ顔を出してくださっていた商工会のお兄さんも、実は「よい経理を派遣しましょうか?」と言ってくれていて、お願いするのを検討していたところだったのだ。
「ったく。しょうがないわね。あたしがなんとかしてあげる」
ララさんは長い髪を一つにまとめ、袖を捲って腰に手を当てた。
「今日はとりあえず状況確認だけしてあげる」
「ありがとうございます……!」
「お店、もうすぐ忙しくなる時間でしょ? あんたはあんたの仕事やんなさいよ」
背中を押して私を魔法調理場へと戻すララさん。
私を見て彼女は頼もしい笑顔で笑った。
「あんたとは離れたくなかったし、あたしも仕事が欲しかった。願ったり叶ったりだわ」