ララの結婚
「やっほーヒイロ。繁盛してるじゃない」
「ララさん! ……なんだか珍しい格好ですね」
以前はセクシーな魔女ドレスを着ていたララさんだったけれど、今日は落ち着いた黒いワンピースを身に纏っている。きらきらに輝く星屑みたいなアクセサリーは相変わらずだけど、魔力補助のアクセサリーなので魔女としては必須のものだ。
「イメチェンしたんですか?」
「元々こういう服が好きなのよ。シンプルっていうか。肌見せるのも苦手だし」
風通しの良い日陰のテラス席に座ったララさんは、肩をすくめて笑った。
「なんだか疲れちゃってね。色々背伸びして突っ張るの……だから、もう好きな服を着ようって」
今日はメイクも薄くて、目元が泣き腫れているように見えた。
「……お別れを言いにきたの」
「え!?!?」
とにかく私は、ララさんにランチをお出しすることにした。
マヨネーズと茹で卵のドレッシングをかけた夏野菜サラダ(カリカリに焼いたクルトンを添えて)、冷たいトマトの搾りたてスープに、ぎゅっと絞ったレモン風味の魔獣鶏肉ソテー。
パンは小さめに焼いたものを添える程度にした。
脂や小麦粉の量は控えめながら、卵や鶏肉で食べ応えがある。
私の小麦粉も入っているので癒し効果もあり。
スープも前菜もなんでも一度に出すのは、修道院時代からの習慣だ。
「美味しそう。いただきます」
疲れた顔をしていたララさんも目を輝かせ、まずはスープから口に運ぶ。
一口、二口。無言で少しずつ平らげていきながら、ララさんは目を見張った。
「あんた、元々うまかったけど随分と料理の腕あげたわね……?」
「えへへ……今は調味料や新鮮な食材、冒険者さんがくださいますからね〜」
「そう。楽しそうで、あたしも嬉しいわ」
ララさんは薄く微笑む。
その笑顔がらしくなくて、私は嫌な予感で胸が苦しくなる。
たっぷり時間をかけて丁寧にランチを食べ終え、お茶を飲みながらララさんは私に言った。
「私結婚することになったの」
おめでとうございます、と言いそうになってハッとする。
ーー彼女にとって、結婚は全く嬉しくないことだった。
『あたし、パーティ解散ってことになったら、貴族ジジイの後妻になる運命なのよね』
「解散したんですか、ついに」
「ううん。カスダルパーティ、クビになったから」
「クビ!?」
「こないだカスダルがここに来た時、私いなかったでしょ?」
「確かに」
「もう嫌になっちゃって。ヒイロがいなくなって以来、輪をかけてあいつめちゃくちゃだし」
「しかし……なぜクビになっちゃったんですか?」
「簡単な話よ。あたしがもう我慢ならなくなって、反抗して、それでおしまい」
「我慢……ですか」
「そう。ヒイロを攫うだの、魔法で店を燃やしてこいだの、魔王をお前がたぶらかして来いだの、うっさかったから」
「ひえっ」
べえ、と吐き出すように舌を出すララさん。
「いい加減ヒイロに頼るのやめて、自分の汚名くらい自分で濯ぎなさいよって言ったら、まあキレてさ。…そしたらもう、セクハラされて愛想笑いするのも、捨てられないために必死に媚びるのもなんだか馬鹿らしくなっちゃって、結果としてこれになったって訳」
ララさんはこれ、と言いながら首を切る仕草をした。
私はハッとして、彼女の露出した腕や首に目を走らせた。
「じゃあララさん、カスダルに酷いことされたんじゃ」
「大丈夫よ。あたしは黙って殴られる義理なんてないから、襟首掴まれた瞬間に頭突きして逃げたわ」
「そ、それなら良かったです」
私はほっと胸を撫で下ろす。
「まあ、カスダルにはなんだかんだ世話になっていたし、最後まで面倒みるつもりではあったけど……ヒイロの店を燃やせなんて言われたら、ね」
「ララさん……」
食後のお茶を飲みながら、ララさんは庭に向けて遠い目をした。
「結婚を先延ばしにするためにカスダルのパーティに加入したのは知ってるでしょ?」
「はい」
「魔術学院を卒業したあと、本当は王宮や貴族家に仕える魔術師になりたかったんだけど無理でね。実家の圧力もあったし、男爵家の妾腹のあたしは、それだけで履歴書さえ受け取ってもらえなくってさ」
「あらら……」
「魔王城討伐のパーティも志願したんだけど、カスダル以外は全然雇ってくれなくて」
「意外ですね、ララさんほどの能力の人が」
ララさんは三席で卒業した人だと聞いている。最終試験が面接ということで、主席次席は大抵高位貴族の子女になるというのは、私でも知ってる暗黙の了解だった。そういう見えない壁を除けばララさんは同期一番の成績だったわけで。
「そりゃあそうよ。魔王城討伐はリーダーとなる貴族のお坊ちゃんが、いかに実力とコネクションを見せつけるかってお遊びなんだから。討伐したいなんて誰も本気で考えてないし、王家もそんなの望んでない」
ララさんは少し鼻じろんだ感じで笑う。
「そうなったら求められるのは実力よりも家柄よ。それに令嬢でパーティ加入する子なんて、婚約者のお手伝いじゃなけりゃあ、訳アリなわけだし。ヒイロも一応『婚約者のお手伝い』枠だったでしょ?」
「ええ、まあ……」
経歴傷モノになっただけの婚約なんて、最悪だっただけだけど。
「『訳アリ』の方に入るあたしは、そりゃ誰も欲しがらない。そんなあたしが加入できたのはカスダルのパーティだけだったの」
「それも意外といえば意外ですよね。カスダル、プライド高いしカッコつけなのに、自分のパーティを女の子だらけにするって」
自分の周りを、錚々たる未来の権力者な男子で揃えたりしたくないものなのかな。
首を傾げる私に、ララさんは肩をすくめた。
「男ばっかなら、全部の手柄山分けになっちゃうじゃない。討伐の時だけパーティを寄せ集めて、全てを自分の手柄にしたいわけ。だから、あんたやあたしみたいな『実力は保証済みだけど、後ろ盾の弱い出世とは縁遠い女』を集めてたのよ」
「なるほど」
「あと、あいつスケベだし。多少反発したり言い返しても、胸でかいならまーいいやって感じのやつだったから」
「それはありますね」
私は即答する。
ララさんの谷間とお尻ばっかり見てたのは私も知っている。ララさんは好きでセクシーな服を着ていたのかなと思ったけれど、もしかしたら少しでも、カスダルに捨てられない為にセクシーにしていたのかもしれない。美人も大変だな……。
「あたしを雇ってくれたのはあいつだけだったから、そういう意味の恩はあるし、反省して真っ当に生きて欲しかったのは本当よ」
「ララさん……」
「って言っても最低だけどねあいつ」
とララさんは目を眇める。
「ヒイロへのDVは許せないし、給与は最低賃金に毛が生えたようなもんだったし、何かと胸や尻に手を伸ばしてきやがるやつだったから、1ポイント感謝してても5兆ポイントマイナスよ」
「あはは……」
風が吹き抜ける。
ララさんは疲れてやつれた顔で微笑む。
その表情は今まで見たことのない穏やかな笑顔だった。
けれど、すぐにその表情は暗く変わる。