表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/61

回想 ※暴力シーン注意

開幕流血暴力シーンです。

苦手な方は一番下まで読み飛ばしてください。下にさっくりあらすじ置いときます。

 ーーあの日。

 カスダル・ストレリツィのパーティは魔王に手も足も出せずに翻弄されていた。


「ッくそ……! おいヒイロ! さっさと癒せ!!! 食いもん持ってこい!!」

「はい!」


 呼びつけられたヒイロは、温めたてのクレープ生地を持ってカスダルに駆け寄った。

 たまたまだろう、傷ついた婚約者を助けようとした彼女は、カスダルと魔王を繋ぐ直線の間に入った。

 その瞬間のことだった。

 彼女は婚約者に肩をとらえられ、くるりと魔王の方を向かされる。


「えっ」


 カスダルに追撃しようと距離を詰めた魔王は、驚き顔のヒイロと目があって動きを止める。

 その時だった。


 ぶすり。


 嫌な音と同時に。ヒイロの腹から両刃剣が伸びる。鋒は魔法で伸ばされ、魔王の腿に触れた。

 串刺しにされたヒイロ越しにーーカスダルが口の端を吊り上げて嗤うのが見えた。


「嘘、カスダル様……」


 大きな目を溢れそうなほど見開いた聖女ヒイロの唇が戦慄く。

 真っ白な聖女装束に、満開の花のように鮮血が広がる。


「は、ハハハハハーーついに、ついにやったぞ!!!! 魔王に血を流させた!!! 俺はやったぞ!!!!」


 カスダルの高笑いが玉座の間に響き渡る。

 唖然としていた魔女が、悲鳴をあげるのが聞こえた。


「あ……魔王、様……」


 ヒイロの瞳に、瞠目した魔王自身が映っていた。

 少女らしく淡く色づいた唇から血が伝う。

 「緋色ヒイロ」の名がよく似合う深紅の双眸から、透明な涙が溢れる。

 彼女が震える唇で紡いだのは意外な言葉だった。


「魔王様、怪我させて……ごめんなさい……わたしが、どんくさいから」

「君は……」


 こんな状況でも、魔王に謝罪をするヒイロという聖女。

 魔王はそれだけで、彼女が歩んできた人生がどのようなものだったかを察してしまった。

 彼女は犠牲になり続けてきた人生を送ってきた娘なのだ。


 腹を貫かれ、婚約者に高笑いされ、心も体も傷ついてもーー魔王が腿から流す血に、気を遣うなんて。


「……っ!!」


 たまらず魔王はカスダルを吹き飛ばし、聖女をかき抱くように腕に捉える。

 腕の中でぐったりとする彼女の腹を撫で、穿たれた傷を掌で癒す。


「あ……」

「もう大丈夫だ。……傷跡ひとつ、残させない」


 腕の中、痛みで脂汗を流す彼女が小さく笑む。

 ふわりと、彼女からよく焼けた甘い焼き菓子の匂いが漂う。

 優しい匂いと柔らかな笑顔に、魔王の胸は張り裂けそうになった。

 それはカスダルに傷つけられた腿よりもずっと深い場所をえぐられる激痛だった。


「時間切れだ。去れ、痴れ者」


 魔王は魔力でカスダルパーティの三人を転送する。

 人間が魔王城に長居し続けると、魔王の契約した大地の魔力に精神を壊してしまう。

 ヒイロだけを留めておきたかったが、それは魔王が魔王である限り不可能なことだった。


「ありがとう、魔王様」


 ヒイロが小さくつぶやいて消えていく。

 ーー気がつけば魔王は、ヒイロが消えた姿勢のまま、膝をつき滂沱の涙を流し続ていた。


「うっわ、はじめて見た。魔王サマが泣くとこ」


 玉座の間の天井を飛んでいた、黒竜がふわりと舞い降りた。

 魔王はすでに、大地と契約して数百年にわたる長い年月を黒竜と共に生きていた。

 思い返せば魔王はーー大人の男になって一度も、人生で泣いたことはなかったかもしれない。


「美味そうな聖女異能のだったな、まるで昔のあんたみてえだった」

「ああ……」

「よしよし、涙なめ取ってやるよ」


 涙を拭いもしない主人へ黒竜は舌を伸ばし、べろりと頬を舐める。大きな竜のひと舐めで顔は涙か涎かわからないものでべたべたに濡れた。


「……唾液が余計に目に染みるわ」

「わりーわりー」


 黒竜と軽口を叩いても、魔王の涙は止まらなかった。


『そんなに気に入ったなら攫っちまえば?』


 獣らしい提案に、魔王はべとべとの顔を袖で拭い、首を振って否定する。


「ならぬ。私は王家のために、大地おまえと契約した身だ。拙者では彼女を幸せにはできない」

「んじゃあの暴力男にされるがままにさせとくのかよ」

「……私は……ここを離れられない」

「ふーん。ま、それで納得できるんならそれでいーだろうけど」

「だが守ることは、できる。……魔王わたしでなければ」


 男の言葉と眼差しの強さに、黒竜は呆れるような驚くような瞠目をみせた。


「うわ、本気じゃねえか。魔王サマ」


 決意してからの魔王の行動は迅速だった。

 魔王は容貌を黒装束と仮面で覆い、王都へ帰還する直前のカスダルの馬車へと転がり込んだ。

 目を丸くするカスダルに、魔女の娘に、聖女。

 元気そうにしている聖女に安堵しながら、名を聞かれた魔王は本名を名乗り、こう告げた。


「拙者シノブ・ビトウ。イカワハンの生まれ。カスダル殿の武勇に感銘したゆえ、何卒拙者もパーティに加えていただきたく候」


 失敗したのは口調だった。

 数百年ぶりに本名を名乗ったせいで、言葉まで古語になってしまった。


「シノビドス・イガハン? なんじゃそりゃ」


 しかも名前を聞き間違えられた。

 まあ本名ではない方が今後助かることもあるだろうと思い直し、魔王はシノビドスとして話を進めた。


「拙者忍者ゆえ、魔王城の解錠や索敵で役立てるでござる。何卒拙者をパーティに加えてくだされ」

「ちっ、ヤローは面子に加えたくねえんだよな……」


 突然の申し出に露骨に顰め面になるカスダルに反して、魔女ララは好意的だった。


「カスダル、せっかくこう言ってくれているんだから仲間増やしましょうよ。男がパーティに入るの嫌だからって、いい加減に規定以下の人数で討伐続けるのには無理があるわよ」

「チッ、めんどくせえな」


 ララのとりなしもあり、カスダルはシノビドスの加入を認めた。


「ふふ、仲間が増えるの嬉しいなあ。私の名前はヒイロだよ。ヒイロ・シーマシー」


 聖女ヒイロははこの時、突然現れた珍妙不可思議な黒装束仮面男に対しても、花のような笑顔を向けて手を差し出した。


「よろしくお願いします、シノビドスさん」

「……拙者などに敬語は必要ないでござるよ、ヒイロ殿」


 握手をしながら、ヒイロの手の小ささに改めて()()()()()は驚く。

 この子を必ず守りたいと、心に誓った。

 緊張したあまりの謎口調のまま、面倒なので魔王はそのままシノビドスとして過ごしている。


かつてカスダルは、ヒイロを盾にして魔王に傷を負わせることに成功した。

そのDV婚約者っぷりにドン引きした魔王は、シノビドスとしてヒイロを守ると決めた。

シノビドスの名前は聞き間違えで、本名は別にある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
_人人人人人人人人_ > コナモノ聖女 <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ 12/14(木)『コナモノ聖女』2巻配信、コミカライズ
― 新着の感想 ―
[一言] シノビドスの話し方が本来の話し方ってこと 魔王様の時と違いすぎる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ