ララの本心、シノビドスの本音
「左様でござるか! いやはや、よかったでござるよ」
気がつけばララは、話す余裕がないくらい夢中になってサラダクレープに齧り付いていた。シノビドスも隣でお弁当を平らげる。
天気の良い森の中、美味しいランチをお腹いっぱい食べるのは至福だった。
完食して我に返ったララは、顔が熱くなるのを感じながらシノビドスへと目を向けた。
「美味しかった。……ヒイロにありがとうって言っといて」
するとシノビドスは諭すような声のトーンでこう言ったのだ。
「それはララ殿が言うべきでござろう」
「ッ……!」
ずきりと胸が痛む。
ふざけた仮面で至極真っ当なことを言われると異常に屈辱的だ。けれど、彼の言っていることは正論だし、礼儀として正しいことだ。
「あの子に、合わせる顔なんてないわよ」
「大丈夫でござるよ。ヒイロ殿はきっと、ララ殿がなぜ追放に賛成したのかも、きっと理解してるでござる」
「シノビドス……」
弾かれるようにシノビドスの顔を見れば、なにを考えているのかわからない仮面の顔がララを見つめていた。不気味なお面は無表情だ。けれど彼が、悔しいくらい温かな眼差しでララを見ているのがわかってしまう。
(もしかしてシノビドスは、私があの子に謝るきっかけを作るために……?)
何から何まで、シノビドスの方が上手で大人だ。悔しいけれど。
「あんた、結構いい男よね?」
「そうでもないでござるよ? 拙者はヒイロ殿を幸せにしたいだけでござる」
「あたしもいい女だと思わない?」
ちょっと煽ってみても、シノビドスは顔色一つ変えない。仮面だけに。
「ララ殿の美貌も才能も眩しいでござるよ。けれど他にどんなに素敵な女性がいたとしても、拙者はヒイロ殿一筋ゆえ」
「……あんた、そこまで好きだったの」
「………………まあ…………その…………」
もじもじ。
先ほどまでのかっこよさはどこへやら、シノビドスは土にぐるぐるを描き始めた。
「そ、それは好きでござるよ…………拙者……初恋ゆえ……」
「はつこい」
この男は平然とこんなことを言うのだから、こちらの方が照れてしまう。
そしてこんなに率直な愛情で愛されているヒイロを、ララは内心羨ましく思った。どんなに周りからちやほや綺麗だって言われたって、こんなにまっすぐに一人から大切に思われることより贅沢なことなんてないと思う。
ーーけれどヒイロは、それだけの情を向けられるに足りる子なのだから。
彼女は愛されるべくして愛されているだけだ。何も持っていない、私とは違って。
「ふん。そうよね。いい男はあたしなんて見ないってわかってるわよ」
「……拙者としては、ララ殿は危うくて心配になるでござるよ」
「え?」
意外な言葉が帰ってきて、ララはマスカラを伸ばした瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「どういうことよ」
「ララ殿は自分の魅力を信じて、自分を大事にしてほしいでござる。……拙者はヒイロ殿一筋でござるが、ララ殿も大切な仲間。ララ殿にもどうか、幸せになってほしいと願っているでござるよ」
「……そんなこと、言われたの初めて」
ララは堪らなくなり、赤くなった顔を隠すように顔を背ける。
下心を持ってララに優しい言葉を言う人はいくらでもいる。生意気な女だと喧嘩を売られたことだってたくさんある。実家でだって、ただの道具としてしか見てもらえなかった。
だからなんだか、自分を大事にしろと言われると、胸の奥がじんと温かくなるのだ。
「て、てゆーかさ。あんた」
ララは恥ずかしさを誤魔化すように、髪をかきあげて話題を変える。
「さっきの熱烈な告白、ヒイロに直接言ったことあるの?」
「そんな〜〜拙者の思いなんて言えるわけないでござるよ〜〜」
大人っぽく励ましてくれた態度から一転。シノビドスは指と指をもじもじとさせながら声を裏返す。
ララは呆れながら肩をすくめた。
「そんなに好きなら早く言いなさいよ。またカスダルみたいなダメなカスにあの子が取られちゃう前に」
「……それは、分かってるんでござるがな……」
遠くを眺めて呟く彼の声音には、なんとも言えない、底知れないやるせなさが滲んでいるように感じた。
「私だって、あんたの幸せ願ってあげる。ヒイロとうまくやんなさいよ」
「いたっ! いきなり叩かないでほしいでござるよ〜」
ーーカスダルが聞いていない所で、私たちの午後は和やかに過ぎて行った。