魔女と忍びのランチタイム
「え〜い!」
「そうだ! それでいいぜ!」
「きゃっきゃっカスダル様〜!!!」
魔王城ではなく、その周囲に広がる森。その中でも特に安全な、馬車停留所に程近い場所でカスダルとヴィヴィアンヌはウサギ型の魔獣相手に聖女異能発動の練習をしていた。
ウサギ型魔獣を結界に閉じ込めるだけの、いたって簡単な発動練習だ。
あまりに魔王城攻略が上手くいかないので、ついにヴィヴィアンヌを一から鍛えることをララが提案したのだ。
「珍しくいい事言うじゃねえか、ララ」
そんな風にカスダルが乗り気だから多少は期待したのだがーー結果として、カスダルとヴィヴィアンヌは遊びのような練習をしては休憩と称していちゃつき始め、そしてまた数分だけ練習をして。それの繰り返しだ。
ララが稽古をつけようと言っても、
「お前みたいなガサツな女に任せてたまるか」
で一蹴されたので困ったものである。
ララとシノビドスは二人で切り株に座ってぼんやりと二人の様子を眺めていた。手を出すな、と言われているのだから仕方ない。
「虚無ね」
「虚無でござるなあ」
蝶を目で追うくらいしか、楽しみがない。
太陽は天頂まで高く登り、近くで狩りをしていた冒険者たちが元気にニコニコお弁当を広げ 始めた。
ふわり。美味しそうな匂いが、ララの鼻腔を嫌でも刺激する。
「今日もめちゃくちゃ美味いな!パンにグラタンが詰まったコロッケが挟んであるぞ!」
「こっちは合挽肉のハンバーグだ! 下に敷いてあるパスタは意味がわからないけど、こっちも甘くて美味しいぞ!」
「聖女さんが言ってたぜ、そのパスタはハンバーグからでた余分な湿気を吸い取るために敷いてるんだってな! それがあるから冷めても美味しいし、肉汁が無駄にならないんだってよ!」
「そうか!聖女さんすげーな!」
「うめーな!!」
ぎゅうううううう。
「ララ殿、お腹すいたでござるか」
「へ、平気よ! ダイエット中なんだからほっといて!」
「ララ殿は別に太ってないと思うんでござるけどなあ。では拙者、遠慮なくお昼をいただくでござる」
シノビドスが緑地に変なグルグルがいっぱい描いてあるスカーフを開き、その中からお弁当を取り出す。
中を見た瞬間、ララは悲鳴を飲み込んだ。
「……なにその、すごいお弁当」
「ヒイロ殿が作ったお弁当でござるよ。今朝持たせてくれたでござる」
「ヒイロが!? なんでそんなもの、あんたが」
「停留所のそばで彼女、食堂を開いてるんでござるよ。そこで受け取ったでござる」
「……やっぱりあの食堂、ヒイロのお店だったのね」
「魔王の森側で食堂を開くような胆力ある聖女は、あのヒイロ殿くらいしかいないでござるよ」
「怖いもの知らずね、あの子」
ララは呟きながら、シノビドスの弁当に目を向ける。
カリカリに焼いたパンの間に、ぎゅっと潰されたハンバーグ。肉汁とソースが絡み合った絶品の旨味がパンの内側に染み込み、みずみずしい葉物野菜は見るだけで歯応えを想像するほど目に眩しい。ふわっと香る香ばしい匂いは冷えたサンドとは思えないほど強烈で、同じ包みの中に添えられたポテトサラダの上に乗せられた、カリカリのベーコンと目玉焼きも美味しそうで。
「食べるでござるか?」
「い!! いいわよ!!! 人の物を取るほどいやしくないわよ!!」
口の中に溢れる涎を飲み込み、ララはそっぽを向く。
「本当によろしいでござるか?」
「くどいわね!!」
「じゃあ、遠慮なく」
がぶっ。シャリ、シャリ、シャリ……がぶ、もぐもぐ……
ぐううううううう。
「ララ殿」
「だ、だからいいってば……てか食べかけでしょ !」
「や、これではなく」
シノビドスはおもむろに、彼のお弁当包みよりも一回りほど小さい紙袋を取り出し、ララ に渡してきた。
「ヒイロ殿から預かっていたのでござる。ララ殿がお弁当に興味を示してくれたなら、そっと渡してくれるようにと」
「え、」
恐々と中を覗けば、中には紙のように薄焼きにした生地で、クルクルと野菜と魚のフライ を挟んだものが入っていた。
「……サラダクレープ……みたいなもの?」
「ハーブソルトだけで味付けしたらしいから、ララ殿でもダイエットを気にせず食べられるかもしれない、とのことで」
「し、仕方ないわね。私のためってあの子が言うのなら……」
ララは紙袋からサラダクレープを取り出し、そっと口にする。
しゃり。
歯応えの違う生野菜の食感。それにパリパリの白身魚がそれだけで良いアクセントになって、薄味でも食べ応えが満点だった。
「……美味しい……」