虚構舞踏会
「ほら見て、カスダル様よ」
「今日も凛々しくて素敵でいらっしゃるわ」
「最近は社交の場に顔を出されることが増えたのではなくて?」
「来季の近衛騎士団就任が内定しているらしいし、今は魔王城討伐よりも新しい婚約者探しの方が大切なんじゃないの?」
「そうね。前のパッとしない婚約者もいなくなったことだし」
華やかなシャンデリア。きらきらと輝く皮張りの高級ソファ。
ホール中に散りばめられたガラス細工や宝石が輝き、オーケストラが光の海で流行りの音色を響かせる。
結婚前の紳士淑女、皆が壮麗な衣装を身に纏い、今夜も宴が開かれていた。
カスダルが歩くたびに、イブニングドレスを纏った女たちの輝く眼差しが一心に集まる。銀髪碧眼の貴公子は、持てるものの施しとばかりに、女たちの視線へと流し目で応える。貴婦人たちはそれぞれ、扇子の陰で熱い吐息を漏らした。
「……大人気ね、カスダル」
カスダルの隣で呆れた声で呟くのはララ。
「当然だ。もう俺は婚約者もいないフリーだからな」
色の淡い高級なタキシードを纏ったカスダルは鼻で笑う。この男のカスっぷりを知っていれば、みんなデレデレ熱視線を寄越すわけないのに、とララは悪態をつきたい気分だった。けれどカスダルパーティの魔女の肩書きのお陰で、こうして王都の舞踏会に参加できるのだから 、文句は言えないのだけれど。
「んじゃ、俺は女どもとよろしくやってくるから、お前は適当に楽しんどけよ」
「問題起こさないでよ? ヒイロがいなくなったからって」
「わーってるよ、うっせえな」
カスダルは顎で私をあしらうと、外面の笑顔と物腰で令嬢たちの元へと向かう。
ララはその無駄に颯爽とした背中を呆れた気持ちで見つめていた。
「ったく、見た目はいいのに中身はカスなんだから」
容姿と外面の笑顔と身分に目が眩み、3日間くらいは恋愛対象として見ていた頃の自分がもはや黒歴史だ。
ララは気持ちを切り替え、自分も軽食の置かれたテーブルの方へと向かう。
自慢の真っ赤な髪には星屑を模したアクセサリーを散らし、豊満な胸元を強調する黒を基調としたドレス。アイシャドウやデコルテ、手の甲にはラメを散らせて、絹糸のように細いアンクレットを歩くたびに揺らす。
ララはとにかく着飾っていた。カスダルのおかげで自分も目立つのだから、少しでも見劣りしないように最新のファッションで身を包んでいる。
少し男ウケは悪いくらいの盛りっぷりなのも計算済みだ。カスダル目当ての女にライバルと思われないようにするためと、意地でも男の気を引いて結婚に漕ぎ着けるため。
(カスダルと一緒だからって、カスダルのお手つきなんて思われたらたまったもんじゃないしね)
ヒイロみたいに、と付け加える。
ララの一挙一動に、チラチラと、貴公子たちの視線が 絡みついてくる。
(どうか私を見初めて。手際良くダンスに誘って婚約して。)
ララは祈るような気持ちで心の中で呟きつつ、視線を意識しながら給仕に渡されたシャンパングラスを傾けた。
カスダルは早速、派手な巨乳の美女とダンスを踊り始めたようだ。
(今夜の火遊びは彼女にするつもりなのかしら。まさかね)
どうか問題を起こして、カスダルパーティの名誉に傷つけないで頂戴よ。
そう願いながらララは、ダンスに誘ってくれる殿方の声かけを待った。
ーーララは、成金スタヴィチューテ男爵の妾の子だ。しかし父は手を広げすぎた事業でヘマをやらかし、それなりに大きな負債を抱えていた。だから父は強引に、彼より高齢な貴族の後妻としてララを嫁がせ、金の工面に役立てようとしている。
ララとしては冗談じゃなかった。
だから魔法の腕を磨き、奨学金をもぎ取り、魔女として最高クラスの成績を出し、父の決めた期限ーー19歳の誕生日まではカスダルパーティの魔女として過ごしていていいと、猶予期間をもらっているのだ。
ーーけれどそれももう、あとたった半年。
ララとしてはなんとしても、カスダルパーティの魔女しての名誉があるうちに、貴族家の専属魔女としての就職や貴公子との婚約をしてしまいたいのだ。
「スタヴィチューテ男爵令嬢ララ殿。今宵のお相手はお決まりですか?」
不意に話しかけられ、ララは咄嗟に恥じらうような笑顔を作った。自分のチャームポイントと自負する口元の黒子が見える角度で、上目遣いにはにかむ。
「僕はリストク伯爵三男、トーヴァと申します。よろしければ一曲いかがでしょうか」
彼女に話しかけてきたのは王宮近衛騎士の礼装に身を包んだ琥珀色の髪の男性だ。柔らかい物腰だが、瞳には貴族としての矜持と自信に溢れた輝きを湛えている。
「喜んで、トーヴァ様」
ララは心の中で勝負のゴングが鳴り響くのを聞きながら、笑顔で颯爽とホールへと連れられる。
(どうかトーヴァ様、私をこのまま攫って。一目惚れして、お願い)
願いながらワルツを踊る。
名残惜しそうなポーズをとりながらトーヴァが去っていくと、また再び貴公子がララへと声を駆けてきた。
忙しい。けれどララにとっては真剣勝負だった。




