9:俺とお前は、もっと一緒に強くなれる
模擬戦を終えた後
観客席で俺はその様子を見て息を飲む
「・・・」
一週間前、出会ったばかりの二人の友人
同い年の正宗、一つ年上の夜人
訓練前から規格外なことばかり。しかし、その実力も二人揃って規格外
サーバーにアップされた記録を再度見返してみる
動きが既に人間離れ。流石、霧霜流剣術免許皆伝
最強と言われた師匠であるお婆様や、彼女が排出した数多の弟子たち越えた存在
情報が全然出ていなかったけれど、名前だけは、お婆様やお弟子さん経由で出ていた彼
まさかここまでとは、と思っていなかった
「しかし、疑問に残るな」
正宗はまだ出所があるからいい
強さの理由だってわかる。山奥で、お婆様と稽古漬け。そうだったに違いない
しかし夜人はどうなのだろうか
あの正宗に圧倒する勢いで刃を交えた青年は最後、疲れた様子すら見せずに演習場を後にした彼
彼の生まれは不明だが、育ちはかなり特殊なものだ
タダものではないと直感で悟ってはいたが、まさかここまで戦えるとは思っていなかった
しかし・・・本当に、それだけなのだろうか
まだ彼には隠しダネがありそうな気がする
本気だった正宗に比べて、夜人は余裕があるように見受けられた
「・・・不思議な奴らだ」
これかも彼らと行動を共にできるのは幸運と言えるだろう
きっと、あの二人は何かを起こす。その様子を傍観的な立場とは言え、最前席で見られるのだ
こんなに楽しいと思うこと、あるだろうか
「正宗、夜人。これからも俺を楽しませてくれよ」
演習場で呑気に眠る正宗に背を向けて、先に宿舎へ戻っていく
二人はきっと、一緒に帰ってくるだろうから・・・二人だけで話したいこともあるだろうし
傍観者はまだ、遠くで様子を伺うことにしよう
・・・・・
控え室で荷物を回収した俺は、演習場の外で正宗が来るのを待つ
早く帰って、模擬戦の感想戦をしたいのだが・・・彼は一向に出てこない
かなりの汗をかいていたし、疲労で倒れているかも
俺は踵を返してもう一度演習場へ入っていく
今度は自分の控え室ではなく、正宗の控え室へ
人の気配がない。シャワーを使っている様子もない。形跡もまた同じ
まだ演習場にいるのだろうか・・・
先ほどまで正宗とやり合っていた森林エリアへ足を進める
作られた森の中を歩きつつ、先ほどの模擬戦を思い返していた
・・・先ほどの勝負は記録では引き分けになる
けれどあの勝負、俺の負けだ
正宗の攻撃は確かに俺からしたらスローだけど、全て急所を狙っていた
俺がどれだけ動こうとも、正確に一点だけを狙い続ける
乱雑な攻撃ではない。研ぎ澄まされた正確な一撃
正宗の攻撃が一度でも当たれば動きに支障が出ると感じるレベルで、彼の攻撃は速く、重く、そして正確だった
動きだって、他の人間に比べればかなり俊敏なものだった
・・・俺の攻撃は、全部偶然正宗に当たったものばかりだ
かすり傷程度しか与えられなかった・・・それが、悔しい
「・・・自分しか見ていない世界、か」
彼のいうことは間違いない
これまで、自分一人だけだった俺は、自分が強いと思い込んでいた
けれど、俺より強い人間なんて外にはたくさんいるらしい
小さい世界を出た先は、とても広い世界だった
もう戻ることはできないあの世界に別れを告げて、この広い世界の中で俺は歩まないといけない
でも・・・俺はその世界を一人で歩きたくはない
叶えていい願いならば、俺はその世界を・・・彼と歩いていきたい
「ああ、こんなところにいた」
「すぅ・・・」
「寝てるのかよ。模擬戦後にすぐ寝たのか・・・?」
小さく寝息をたてる正宗の横に腰掛けて、顔にかかってた邪魔そうな前髪を上へ持ち上げておく
その額は汗だらけ。仕方ないな・・・と思いつつ、ポケットの中からハンカチを取り出して、彼の額の汗を拭った
その瞬間、起きるかと思いきや嬉しそうに頬を緩ませる
やれやれ、可愛い奴め
「全く。存在感ないからって、こんなところで寝たら誰にも気づかれないまま放置されて閉じ込められるぞ・・・帰れずに点呼に間に合わないなんてことになったら大変なことになる。弛んでるぞって怒られる」
「・・・すう」
「気持ちよく寝てるところ悪いけど、今は起きてくれ。点呼に間に合わなくなる。早く帰って、部屋で寝ようぜ。起きたら、今日の感想戦をするんだ」
「・・・むにゃ」
いくら体を揺さぶっても、正宗が起きる気配は一切ない
十分な休息を取るまで何があっても起きないタイプなのだろうか
彼の異質な存在感のおかげで、こうして外で雑に寝ても誰にも気づかれないけれど・・・俺みたいに素で見つけられる人間相手だとかなりまずいのでは?
そういう存在感が、彼に油断を植え付けているのかもしれない
「起きないと、俺が運んじゃうぞー」
「・・・」
「いいのか、お姫様抱っこして宿舎に戻っても。注目の的になっちまうぞー」
「・・・」
「目立っちゃうぞー・・・正宗」
「んぅ・・・」
服の裾を掴んで、甘えるように足下へ擦り寄ってくる
しかし、そろそろ運ばないと宿舎の点呼に間に合わないので、正宗を横抱きして演習場を後にする
彼の控え室から荷物の鞄を回収するのも忘れずに
「・・・すう」
「まだ眠るかこいつはー・・・」
足元の代わりに、胸元に頭を擦り付けてくる正宗に抵抗する手段は今の俺は持ち合わせていない
仕方ないので、そのまま宿舎に帰ろう・・・少し恥ずかしいけれど
おんぶにしたらよかったかも・・・と思ったが、正宗の荷物はリュックサックに入っている。その為、他の持ち方でさらに正宗をおんぶとなると少しきつい部分がある
だから、これが一番の理想なのだ
「なあ、正宗。起きたらもう一度言うけどさ、今回の勝負。俺の負けだよ」
「・・・」
「正宗の攻撃、凄く綺麗だった。俺にはできない一点集中の攻撃。受けて思ったね。これは負けだって」
彼の反応は一切ない。それでも、まだ少しだけ話したいことがあるのだから
「お前の言うとおり、俺は小さな世界で自分しか見ていなかった。外に出たら凄いな。強い人間がたくさんいる」
「・・・それは、僕も同じですよ、小暮さん」
「起きたか?」
腕の中で正宗が小さく動く
まぶたがうっすらと開かれて、彼の海色の瞳が俺を見つめてくる
「はい。おはようございます・・・これは?」
「演習場で寝てたから、とりあえず点呼に間に合うように運ぼうと思って。運び方に文句はつけないで欲しい」
「・・・この運ばれ方は少々シャクですが・・・僕にはもう動く余裕がありません。このまま、お願いしてもいいですか?」
「ああ。任された」
怒られるかと思いきや、あっさりと許されるし続行の許可が下りる
しかし、僕も同じとは?
「なあ、正宗。話、どこまで聞いていた?」
「最初から。運ばれたあたりから意識が表に出てきていて、小暮さんの語りは聞いていました」
「そうか」
「怒らないんですか?」
「前置きしたけど、話そうと思っていたことだから。正宗、続きを話そう。俺と、同じって?」
「僕も、小さな世界で自分しか見ていませんでした。小暮さん、今回の模擬戦は、僕の負けです。小暮さんみたいに俊敏で大胆な攻撃、僕にはできません。たくさん攻撃を与えられた。僕は、何一つ・・・」
落ち込む正宗に、俺が声をかけるべき言葉は一つ
「じゃあ、二人とも負けだな。ある意味、引き分けか?」
「は?」
「だって、俺も負けてたから。正宗の攻撃、凄く正確だった。絶対急所狙ってくるの。俺みたいに乱雑じゃない、洗練されて精度を得た正確な一撃。あれは俺には出せない・・・気を抜いたら、絶対に一撃もらってた。一度も気を抜けなかったよ、お前の攻撃は」
「そう、ですか」
「俺は正宗の技術に、正宗は俺の動きに負けた。互いに負けて、互いに勝った」
俺は足を止めて、正宗の顔を覗き込む
まさか自分が負けを認めたのに、相手からも負けを認められるとは思っていなかった正宗は目を丸くして俺を見上げていた
「正宗、俺たちは弱いよ。けれど俺もお前も、弱いことを自覚できた強さがある」
「認めることも、強さですか?」
「ああ。きちんと自分の弱点を、欠点を飲み込んで、それを克服したらもっと強くなれる」
「そうですね」
「今回の勝負は俺たちの成長の糧になる。俺に足りないものを持っている正宗、正宗に足りないものを持っている俺・・・互いの弱点を互いが補う。これから、一緒に強くなれる存在だと俺は思うよ。小さな世界の先にある、広い世界を一緒に歩いていきたい存在だと、俺は思うよ」
「・・・っ!」
「俺とお前はさらに強くなれる。小さな世界だけじゃなくて、この広大な世界でも通用できる力を得られるはずだ」
「・・・小暮さん。ええ、そうですね。二人なら強くなれます。刃を交えて確信しました。この人は、僕に必要な存在だと」
そこまで言ってくれるか。まあ、俺も同じだ
正宗は俺に必要な存在だ。これから強くなるためにも、絶対に
「また、模擬戦してくれますか?」
「何度でも。後でちゃんとした感想戦をしよう」
「そうですね。思ったことを、言い合いましょう」
「そうだな。正宗体力なさすぎーとか?」
「ええ。そんな感じに。小暮さんが無尽蔵なだけかもしれませんが・・・純粋に僕の体力が足りないのかもしれません」
「朝からランニング、おすすめだぞ」
「では、明日からご一緒させてください」
「ああ。五時からだから、その少し前に目覚ましかけておけよ」
「了解です」
この後のことを話しながら、宿舎の方へ歩いていく
ヤバイ、もう少しで七時だけど・・・もう少しだけ話していたい
後で話せるのに、なんでだろう。この状態でもう少し話していたいと言うか
わけ、わかんないな
「これから小暮さんは戦友で、ライバルってところですかね」
「そうだろうな。それに同居人も追加してくれ」
「はいはい」
おかしなことを言っただろうか。正宗は小さく笑う
その笑顔がとても愛らしい
・・・なぜ男に愛らしいなんてワードをチョイスしたんだろう
確かに正宗はここにいる人間の中ではお気に入りと言ってもいいが・・・
「むわー」
「どうしたんです、小暮さん」
「なんかわかんないことあって」
「後で話してくださいよ」
「ダメ。言葉にすらできないようなわけのわからん感じのだから!」
「・・・?」
自分でもこの複雑な感情はよくわからない
答えを正宗に聞いても出せるとは思えないし、しばらくは俺の中でグルグル回って悩ませて、いつしか忘れてしまうだろう
だから、適当でいいのだ。こんなのは
「話せるようになったら、ちゃんと言うんだよ。聞くからさ」
「・・・敬語抜き?」
「嫌だった?」
「そんなわけない。一生これがいい!」
「はいはい。そこまで喜ぶこと、ないでしょう?」
「なんか距離が縮まった気がするぞ、正宗!」
少しだけ距離が縮まった模擬戦の後の話
明日からは本格的に訓練が始まる
その前に、俺は最高のライバルを手に入れた
きっとこれから俺たちは二人で強くなれる。もっともっと、今よりも
小さな世界で自分だけが認める強さではなく、この広大な世界で、誰もが認める強さを手に入れて見せよう
「・・・明日から、頑張ろうね。小暮さん」
「・・・名前は苗字のままかい」
また疲れたのか腕の中で彼は寝息をたて始める。呑気な様子に少し呆れも覚えてしまうけれど・・・まあ、今日だけだ
入所から本格的に始動するまであっという間の一週間が経過した
この調子なら、これからもうまくやっていける。そんな確信を覚えながら宿舎の敷地に足を踏み入れた