8:自分しかいない、小さな世界
模擬戦当日
「・・・正宗ってさ、意外と好戦的なタイプなの?」
「自覚はなかったけれど、きっとそう。後、沸点は低い方みたいだね」
「そう・・・」
新品のブーツ
履き慣れないそれは、先に渡された月影の制服でもある
慣れない靴で戦うのは本当は嫌なのだが、向こうも同じ条件だ。文句は言えない
真新しい靴紐を結び終えて、それを留め具でしっかり固定する
途中で靴紐が解けたとか、靴が脱げたとか、敗戦理由にきたら特段みっともない負け方だ
最も、一番みっともない負け方は降参と言えるだろう
小暮さんは絶対に降参してこない。彼がそんなことをするとは思えない
どちらかが戦闘不能になるまでか、引き分け条件であるタイムアップまでこの模擬戦は終わることはない
支給されたばかりの制服にはまだ慣れないけれど、それは小暮さんも同条件
準備を整えて、最後にリアトを手に持つ
まだ展開していないのでそれはまだ棒状
だが、戦うときは重量のある刃を持った大鎌に変貌を遂げる
「しかし驚かされるよ。まさか訓練開始前日に模擬戦なんて」
「小暮さんの提案でね。本気でやるから刮目してくれると嬉しいな」
「・・・周囲が正宗のことを「霜村師範のお孫さん」っていうから軽く調べさせてもらったけどさ、正宗の家って剣術道場なんだね」
「うん。お婆ちゃんが師範で僕が弟子。子供の時から毎日稽古漬けでね・・・あ、これ小暮さんには言っていないよね?」
「言ってないよ・・・けど、正宗の場合、剣のリアトの方が戦いやすいんじゃ」
「僕のリアトは大鎌だよ。だから今はこっちで戦わないと」
「そっか。形とか変えられればいいのにね」
武器の形状変化・・・考えたことがなかったな
できるかわからないけれど、戦いの中で試して・・・もし、できたのならば
「そうだね。それができれば・・・蓮。ありがとう。少し試したいことができた」
「何か見つけたならよかった。頑張ってね」
蓮からの応援を受けて、懐中時計をポケットの中に
時刻は陽刻一時五十分。そろそろ控室を出て演習場に出た方がいいだろう
今回指定された模擬戦の会場は演習場
擬似的に作られた森がメインのフィールドは対植物戦では定番と言える場所だろう
エリアはそこそこに広い。罠を張って戦うか、それとも正面から全力で戦うか戦術も問われる部分でもあるが・・・今回の目的はただ一つ
全力のぶつかり合いなので、作戦なんてものはない
僕らは互いを見つけ出し、真っ向から戦うだけだ
「そろそろ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
蓮の見送りを受けて、僕は演習場の指定された位置まで移動していく
懐中時計で時刻を確認し、その時間が来るまで息を整えた
大丈夫。相手は未知数だけれどもいつも通りに落ち着いて
お婆ちゃんの教えを胸に、駆ける準備を整える
常に冷静であれ。戦いも人生も、我が元に好機が巡る瞬間は一度きり
後悔だけは、しないように
陽刻二時。時刻を伝える鐘が鳴り響いた瞬間、僕と小暮さんの模擬戦が始まった
・・・・・
開始と同時に僕らは駆けて、中央付近の開けた土地へ移動する
双方で示し合わせたわけではない
ただ、感覚的に事前情報から「ここが戦いやすいだろう」と考えただけだ
僕も小暮さんも共通点として「武器が大きい」が挙げられる
開けた土地に移動するのは先に打ち合わせをしていなくともわかるが・・・!
「遅い到着ご苦労様!」
「っ・・・!」
僕の想定よりも早く、小暮さんはこの森の中を走り僕と合流する
木の上から全体重をかけて降下した小暮さんと大鋏を避けるがそれだけでは終わらない
鋏を軸に空中で体を捻った彼は近くにあった木を足場に木々の合間という名の空中を駆け始めた
その素早い動きは目で捉えるのが難しいと思えるほど俊敏で、こんな動きができる人間が存在していることの方に驚きだが・・・
「・・・素早さを見せびらかしているんですか?」
「・・・へえ、見切れるか」
難しいだけで捉えられないことはない
棒を彼の首元へ向かわせるが、それも想定内か
顎を上げ、その動作から流れて宙返りすることで彼は僕の攻撃を躱していく
それから棒を蹴り上げて、一回転。やっと地面に彼は降り立った
「その図体でよく動けますね」
「まあな。さて、そろそろお前のリアト、出してやりあおうぜ。全力で来てくれるんだろう?」
「ええ。もちろんです」
大鎌を展開させて、しっかりと構える
「いつ見ても重そうだな」
「ええ、でも・・・」
信じることで、違うことになるかもしれない
信じることで、何かが変わるのならばこれもきっと当てはまるだろう
「それでも、僕は貴方に勝ちますよ。その余裕を壊してやります。貴方の世界が小さいことを思い知らせてやります」
それは自分にも言い聞かせるように告げる、彼への挑発
「リアト」
握りしめた大鎌に声をかけて、僕は彼の方へ駆けていく
僕の意思に応えるように光ったリアトを大きく振り上げて、地面をかけて彼の首をめがけて鎌を振り上げた
これでいい。これで場は整った
その攻撃は余裕で避けられるとタカを括った小暮さん
スローで動く世界で、彼のニヤケ顔が僕の闘争心を掻き立てていく
あの俊敏さを持つ彼に、僕の存在感を察知できる彼に一撃を与えるのは至難の業だとこの数時間でも察してしまう
それでも、僕は・・・
答えろリアト。僕の意思に
この男に一矢報いたいと願う僕に、最適な形をーーーーーー!
「・・・ざけるな」
「は?」
「本気でくるんだろう!小暮夜人!何余裕こいてやがる!」
「はぁ!?そんなのありかよ!?」
その攻撃はギリギリで避けられたが、それでも彼を驚かせる結果を生んだらしい
周囲からもどよめきが聞こえてくる
その結果を生むほどに、これはきっと「特別」なことなのだ
「・・・へえ、そんなこともできるんだな、リアトって」
「そうですね。貴方がいうように、信じてみました」
「とんでもない隠し球持ってきやがって」
「思いつきです」
「はっ・・・それに、さっきの汚え口調はどこ行きやがった」
「油断したらまたお出しして差し上げますよ。でもまあ、本気で挑む貴方には、もう必要はないでしょう?」
「ぬかせ。じゃあ俺もそろそろ本気で行かせてもらおうか」
互いに言いたいことを言い合いつつ、もう一度武器を構えた
小暮さんは鋏を二分割して両手に握りしめて、刃先をこちらに向けてくる
僕は大鎌から形を変えて一番扱いやすい武器・・・太刀を構えた
ここからが本番。仕切り直しだ
同時に駆けて、相手の急所目掛けて刃を振り落とす
ぶつかり合う金属音、ぶつかるたびに散る火花
彼が繰り出す攻撃は重く、早く、そして的確
・・・それでいて攻撃は二つ同時に。厄介極まりないが隙はある
けれどその隙を狙う、一瞬の隙を与えてくれない
「受け止めるだけか?」
「ほざけ」
会話に余裕がでた隙を狙い、太刀で彼を薙ぎ払う
今度は僕の番
小暮さんは大鋏で受け止めていくが、その表情には先ほど見せた余裕はない
「・・・貴方の攻撃、超えてみせますから」
「速さもあるし、重いし数は・・・太刀一本なのに俺と同数か。すげえな」
「お褒め頂き感謝です」
考え事をする余裕なんてないはずだが、これだけは思うのだ
見えて、攻撃数をわざわざ数えているのかこの人は
余裕がなさそうに見えるが、数える余裕はある・・・
まだまだ底を見せていない
見せる気がないか。それならば、引き出すだけだ!
「まだ始まったばかりだぜ、正宗。さあ、もっと見せろ!お前の底知れねえ能力を、限界を超えた先まで出してみろ!」
「だったらお前も本気を出せ!余裕を出せないぐらいにもっともっと全力で!その上で、その余裕こいて自分しか見ていない世界を叩き壊してやる!」
余裕を失った僕らは楽しむと同時に全力で武器をぶつけ合って、本音だけを曝け出す
出会ってたったの一週間
まさか自分にこんな相手ができるとは思っていなかった
この動きについてくる人間に会えたことがなかったから・・・
この模擬戦が、凄く、凄く・・・楽しい
腕が疲労を訴えてくる。まだ。まだ。まだ終わらせたくない
小暮さんはまだ楽しそうに武器を振るう。でも僕は疲労を覚え始めた
まだこの楽しい時間を終わらせるわけにはいかないのだから「動け」と自分を鼓舞し、太刀をぶつけていく
続かせたい。この楽しい時間をーーーーーーー
・・・・・
陽刻六時を告げる鐘がなる
「そこまで!」
僕と小暮さんの耳にそれはしっかりと届き、僕らは動きをゆっくりと止めた
「・・・模擬戦を終了。今回は引き分けで処理を行う。以上。これ以上の交戦は違反行為とみなす。双方ともに演習場から撤退せよ」
「また後でな、正宗。歩けるか?」
「・・・後から行きます」
「そうか。じゃあ、外で待ってる。一緒に帰ろう」
「・・・はい」
上官の指示を聞いた後、僕らの模擬戦は引き分けという形で終わりを迎えた
引き分け、か
小暮さんは大鋏を肩に乗せて、疲労など感じさせない足取りで控え室に戻っていく
まだ、疲れていない
汗一つ、その額からは流れていなかった。いや・・・流せなかった
汗だくの額を服の袖で拭う
違う。汗だけじゃない・・・これは
「・・・引き分けだけど、これじゃ負けだ」
何もかも、僕は小暮さんの後ろだった
小さな世界にいたのは・・・僕も同じだ
自分の強さに奢っていた。自分を実力者だと思っていた
師匠である祖母に勝って、兄弟子達を複数相手しても普通に勝てた
その経験が、今の僕を作った。いや、作り上げてしまった
全ての勝利は存在感がないことから得られたものだ
けれど、僕をその視界にきちんと映し、強さを超えてくる人が出てきた
見える人からしたら、僕はまだ・・・弱い
僕の制服にはいくつか傷がついているが・・・小暮さんの制服は綺麗なまま
それは、今回の勝負の勝敗を明確に示していると言ってもいいだろう
「ちくしょー・・・」
地面に横たわり、目元まで落ちている汗を拭う
初めての敗北は泥と塩の味
この敗北を糧にできるかどうかは、今後の僕次第だ
次は後で考えよう。疲れたな・・・もう、動けないや
疲労のあまり、目を閉じてしまう
ここで寝てしまったらどうなるんだろう。わからないけれど、頭を動かす体力すら僕にはもう残っていない