2:世間知らずの三人組
順路の看板を頼りに辿り着いた部屋の中は既に他の有志たちが集っていた
僕が部屋に入っても、誰も反応を示さなかったが、僕の後に入ってきた三人にはそれぞれ視線を向ける
赤髪の気弱そうな少年は、周囲は口々に揃いも揃って「落ちそう・・・」と嘲笑い、敵ではないと割り切って存在をなかったことにしていた
そして次の黒髪の青年
「・・・」
無言で何かを探しているような気がしたけれど、すぐに諦めたようで小さく首を傾げる
知り合いでも、探していたのだろうか
しかし彼、どこかで・・・
「おい、あれ東雲の・・・」
「東雲詠一・・・こんなところに来るなんて」
「有志なんかじゃなくて、普通に軍人目指すような家だろあそこは・・・」
周囲からも動揺のざわめきがし始める
そうそう。東雲家だ。お婆ちゃんが目の敵にしているライバル道場
・・・関わらないでおこう。面倒くさいことになりそうだし
そして最後にやってきた青年は、東雲さんとは別の意味で目を引く人だった
この世のものではないような白髪と整った顔
満月のような金色の目が、何かを探すように周囲へ向けられた
彼は芸能人か、何かだろうか
儚さが混ざる綺麗な顔は一度見たら忘れられない。そんな印象を抱いた
「おい、お前」
「へ?」
「お前だよ。受験番号197番。名前は?」
しかし、彼から発せられたのは先ほどの儚げなイメージをかき消すような、荒い口調だった
よくいえば、年相応。悪く言えば、粗暴な感じ
なんか思ったイメージとは違うなと考えつつ、ふと思う
・・・なんで、真っ先に僕へ声をかけたんだ、この人
先ほど、受験票を受け取る時も、僕が声をかけるまで誰も僕の存在に気がつかなかった
それなのに、なんで・・・
「おい、お前。聞こえているんだよな?」
「え。あ」
「名前、教えてくれ」
青年はぐいぐい顔を近づけて僕の顔を覗き込む。近い近い。顔が近い!
気になることはあるけれど、それを考える前に彼の問いに答えよう
「し、霜村正宗・・・ですけど」
「正宗。うん。覚えた」
彼はうんうんと頷いて革手袋に覆われた手で僕の手を握りしめる
「ところで、君は?」
「俺は小暮夜人。なんだかお前、面白そうだからよろしくしとく」
「よ、よろしく・・・小暮さん」
面白そうな基準ってなんだよ・・・と思いつつ、今度は赤髪の少年の方へ声をかけにいく
・・・しかし彼、なぜ僕を見つけられたのだろう
この場にいる全員が見つけられなかった僕を見つけてくれた彼は、只者ではなさそうだ
「おーい、正宗」
考え事をしている合間に、小暮さんが再び僕の元へ戻ってくる
まるで犬みたいだなとか思いつつ、声がした方向へ顔を向けると、なんということでしょう
「捕まえてきた!」
「・・・ひっく」
赤髪の少年が半泣き状態で小暮さんに捕獲されているではありませんか
「何してるんですかぁ!?」
「そりゃあ、こいつが逃げるから・・・」
「逃げるってことは嫌がってるんですよね!?何してるんですか、もう・・・。早く降ろしてあげてください」
「へーい」
小暮さんはああだこうだ言いつつも大人しく少年を床に座らせる
相当怖かったのだろう。彼は降ろされた後も嗚咽をこぼし続けていた
「大丈夫ですか?」
「うぎゃぁ!?人増えたぁ!?」
声をかけると小動物を連想させる勢いで驚き、なぜか小暮さんの影に隠れる
確かに自分の存在感がないことは自覚しているけれど、ここまで驚かせてしまうとは思っていなかった
「最初からここにいますけど・・・」
「い、いなかった!」
「正宗はずっとここにいたぞ?」
「・・・え?」
・・・これが普通の反応だ。むしろ僕をすぐに見つけてくる小暮さんがおかしいのだ
お婆ちゃんでさえもたまに僕を見つけることができなかった。それなのに・・・
「ま、ひんひん泣いてる暇があるならとりあえずできることをしろ。泣いてても、帰れねえんだから」
「・・・すん」
小暮さんはポケットからハンカチを取り出して、少年の涙で濡れた顔を拭っていく
少し乱暴気味。けれど少年は嫌がることなく受け入れている
「ほら、ティッシュ。自分でちーんできるか?」
「ちーん?」
「特徴的な言い方しますね。鼻を自分でかめるか?ってことですよ」
「へえ・・・それならできる」
小暮さんが差し出したポケットティッシュを受け取り、彼は鼻をかんですっきりした笑みを浮かべる
「ほい、ビニール袋」
「クズ入れもあるの・・・?ありがとう」
「ポケットの中ならホイホイ荷物出さないでくださいよ・・・」
周囲はカバンやらリュックサックやら色々持っているのに、小暮さんだけ手ぶら
まさか全部ポケットに突っ込んでいるわけでは・・・ないよな?
「ところで小暮さん。そのポケット、何が入っているんです?」
「俺のポケット?ああ、ハンカチティッシュはもちろんだが、ビニール袋に万能ナイフ、空き瓶・・・財布も入っている。それから絆創膏に包帯にガーゼにアルコールと軟膏。それと非常食の乾パンが入ってる。最後にこれ!」
「・・・それは」
「多機能ボールペンだ!」
カシャカシャとボールペンの音を出しつつドヤ顔で決めてくれた
もちろん、反応に困った僕と少年は無言を貫いている
この人、三色ボールペンとシャープペンも持ったことのない野生児だったりするのだろうか・・・
「なんだよ正宗。物欲しそうに見て。やらねえぞ」
「いりませんよ。自分のありますし・・・」
「あるの!?」
「俺も、あるよ」
僕と少年はそれぞれ自分のボールペンを小暮さんに見せる
・・・ボールペン自慢をしているわけではない
しかし、自分のボールペンと僕らのボールペンを交互に見てワナワナと震えている小暮さんはちょっと面白い
「蓮も!?実はこれ、凄くないやつ?拾った時は凄い発見だって思ったのに・・・」
しかも拾い物のようだ。彼は一体ここに来るまでどんな生活をしていたのか逆に気になる
本当に、野生児だったりして。人のことは言えないけれど
「ところで、蓮って君の名前ですか?」
「うん。・・・桐間蓮。君は正宗、って呼ばれてるけど・・・」
「僕は霜村正宗。変な人に絡まれた同士よろしくね?」
「うん。よろしく。でも夜人は、別に悪い人じゃないんだよね。強引気味で、どこかズレてて変だけど・・・それは俺も同じだから。俺も、世間からズレた変なの、だから。同じ空気で、少し安心」
「まあね。変わっているけれど。世間からズレて「変なの」分類になるのは僕も同じか」
「変な縁だね」
「それも面白い縁だと思うよ」
「何話してるんだよ、二人とも。俺も仲間に入れろ!」
「夜人暑苦しい・・・」
「小暮さん、鬱陶しい・・・」
僕と蓮が二人で話していると、小暮さんがつまらなさそうに僕らに抱きついてくる
まるで大型犬みたいな彼の相手をしつつ試験が始まる間の待ち時間を過ごして行った
合間の時間に育まれた三つの縁
世間からズレた三人が結んだ奇妙な縁は、想像以上に長いものになるとはこの時の僕も蓮も夜人でさえも思っていなかった
鐘の音が鳴り響く
その場の空気が変わり、僕らは悟る
この鐘が鳴り終えたら、入所試験が始まるのだと