表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影の透明と夜  作者: 鳥路
第二章「トリオの模擬戦」
10/21

10:三人部屋の異質な朝

正宗の夜人の模擬戦・・・その、翌日のこと


朝五時・・・の少し前

同居人たちの生活は、そこから始まっていく


「・・・小暮さん、本当に早朝ランニングしてるんだよね?」

「してる・・・」

「まだ寝たりなさそうな顔をしてるけど・・・」

「・・・昨日の疲労が残ってるのはお互い様だろうが」

「そうだねぇ・・・」


いつの間にか敬語が抜けている正宗と、隣で大きな欠伸をしている夜人

こんな朝早くから何をする気なんだろうか、あの二人は・・・


「ま、今日は軽く行こう。訓練も何をするかわからないし、加減してな」

「うん」


部屋の扉の隙間から、共有スペースで話す二人の様子を伺う俺はその輪の中には入れていない

入る必要はない。友人だけど、俺は傍観者の立場でいいのだ

一週間の間、二人に何があったかなんて俺が知ることではないし、知る必要はないと思っている

それに、俺は二人のように体力作りに勤しむ必要はない


ここに帰ってきた時に与えられた「辞令」を握りしめる

そこにはきちんと書かれている。何度見ても同じ

「桐間蓮・・・有志より軍へ。情報伝達部隊に配属を命ず」・・・と


二人のように戦う立場ではなく、戦う人間のサポートに回る部隊

二人とは別の部隊

これからきっと、さらに距離は遠のいていく


外に出て初めての友人たちは、遠くに行ってしまうだろう

ここに一緒にいる間はまだ平気。一緒にいられるから

けれど、その後は?

友人のままで、いられるのだろうか


昨日の模擬戦。上官も軍もかなり高い評価を彼らに与えていた

彼らは有志の枠には収まらないだろう・・・軍属だって夢ではない


俺はきっと、そう遠くないうちに忘れられる存在になってしまうだろう

二人は遠くに、手の届かない場所へと向かっていく

俺は、どうするべきなのだろうか

追いかける?

それとも、今まで通りこの小さな箱の中で・・・外を覗き込むだけ?

傍観者に徹すると決めたけれど、本当は、どうなんだ?


「・・・俺は」


朝が昇り始めた部屋の中

俺はまだ、暗い世界にただ一人

小さな箱の中に、一人きりで過ごしていく

疑問の答えはまだ出ない


・・・・・


走り込みを終えてから、軽く汗を流し・・・制服に着替える

それから三人で食堂へと向かっていく


「蓮の制服は俺たちと少し型が違うな。てか制服(作業着)と制服(正装)って感じ」

「うん。情報伝達部隊の、だから」

「綺麗だねぇ・・・生地も上質だよ、これ」


僕は蓮の制服を掴んで、自分たちの制服と比較する

いつでも汚れて大丈夫。洗濯したら泥なんてあっという間に落ちる生地で作られた工務服みたいな制服が僕らの基本服だ

それに対して蓮は正装でも通用するようなしっかりとした作りの制服なのだ


「そりゃあ俺たちみたいに即日でボロボロにするような立場じゃないからだろ。戦場じゃなくて、少し離れた場所で戦うんだからさ。室内!冷房!むさくない!」

「だねー。あーいいなぁ。僕もこんな作業着みたいな制服じゃなくて、ちゃんとした制服を着てみたいな」

「軍属になれば、叶うんじゃないかな」

「そんなシステムあるのかよ、正宗」

「・・・」


僕の隣で笑う上官を立てようとあえて無言を貫く

昨日の話を聞いていなかったことに対する後悔は、案外早く小暮さんに植え付けられるらしい


「小暮。お前、昨日の話を聞いていなかったな?」

「里見上官・・・御機嫌麗しゅう・・・」


里見忠邦上官・・・月影の教官兼指揮官を務める軍の男性だ

老けているがどこか若い。修羅を経た顔に嫌な笑顔を浮かべる

それに寒気を覚えるのは、小暮さんただ一人

なんせその空気は全て小暮さんに向けられているのだから


「顔に似合うけど性格に似合わないワード使うんじゃねえよ朝から気持ち悪りぃ。で、小暮、昨日、お前と霜村が置かれた立ち位置を話したはずだ。何を聞き流しているんだ」

「さ、さーせん・・・」

「謝罪の誠意が足りねえなぁ・・・今日の訓練午前中は俺が担当だからお前だけしごいてやる。感謝しろよ」

「ひいっ・・・!?」


今日もどうやら大変なことになりそうだ

しかし・・・


「里見上官」

「発言を許可する。なんだ霜村」

「・・・昨日の話ってなんですか?」


確かに、宿舎に帰った後・・・里見上官に呼び出された記憶はあるのだが、それ以降の記憶がさっぱりなのだ

どう部屋に帰ったか記憶にもない


「・・・お前の場合は演習場で寝たあたり、疲労もあるだろう。もう一度説明しよう。二度目はないぞ」

「はい」

「俺との対応の違い・・・あ、蓮。先に行くなよ。せっかくだし一緒に聞こうぜ」

「いいの?」

「ダメな理由はないだろ。ほら、こっち」


僕の隣にしょんぼりした小暮さんと引き止められた蓮が並ぶ

それを確認した後、里見上官は昨日の話を始めてくれた


「一定数の基準と評価を得られた有志組は、審議の後に軍の配属になる可能性がある」

「へー。その基準って?」

「これは極稀だが・・・上級種に適合したリアト使い。小暮とか。上級種に適合した時点でその才能を証明している。軍人として喉から手が出るほど欲しい存在だったりする」

「ふんふん」

「それから、軍に配属されても問題ない動きができる人間。こっちは両方当てはまるけれど、霜村が抜擢されているのはこっちの理由だな」

「・・・凄いね、二人とも」


側にいた蓮がボソッと呟く

その言葉でも、里見上官はしっかり拾ってくれるのだ


「こんな脳筋共よりお前の方が凄いぞ桐間。有志から早速軍属・・・しかも狭き門と呼ばれる情報伝達部隊に配属される人間なんて今までみたことない」

「そう、なんです?」

「ああ。誇っていい。お前、「そっち」では相当ヤンチャしてたみたいじゃねえか。その腕を頼りにしてるぜ」

「は、はい・・・」


蓮がやんちゃか・・・想像つかないけれど、事実みたいだ

彼にも、色々とあったらしい


「正式配属までは月影で面倒を見るけれど、それ以降は軍部に移動することになる。半年、気張って行けよ」

「は、はい・・・」

「小暮と霜村も、お前らの実力は昨日証明を行った。これからはお前らの行動に様々な人間が注目する。行動には気を付けろ」

「はい」


「それと小暮・・・お前はその言動さえなければ軍属どころか士官候補も視野に入れられる実力がある。霜村を見習って落ち着きのある行動を心がけろ」

「霜村は逆に小暮を。お前は存在が控えめすぎる。それも才能だと思うが・・・小暮なしだとお前は評価が付きにくいのではないかと思う。現にお前の存在はかなりの人間が見失っているようだし・・・俺もだけど」

「はあ・・・」

「記録評価だけでは限界があるから・・・覚えておいてくれ」

「はい」


あの模擬戦。小暮さんと僕が戦ったあの場所に周囲からは「急に現れた」認識をされているらしい

僕もスタート地点からかけてきたのだけれど、やはりその原因は存在感。僕があそこまで向かう姿を捉えていたのは記録用のカメラだけだったようだ

しかし小暮さんと一緖だと僕の存在感は目立つようになるらしい。あの戦闘だけは、あの場にいた全員に姿を捉えられていた


「やっぱりお前の課題は存在感か」

「見つけられる小暮さんがおかしいんだよ・・・」

「当然だからおかしくない!」


小突き合う僕らを横に、里見上官は最後に蓮へ声をかける


「桐間は今のままでもいいかもしれないが、少し自信をつけた方がいいかもな。その性格じゃ将来不安を覚えるよ」

「・・・はい」

「それじゃあ、話は終わり。時間を取らせて悪かった。朝食に迎え」

「はい」

「おー」

「は、はい・・・」


スキップしてその場から遠ざかる里見上官を見送りつつ、僕らは当初の目的地であった食堂への足取りを進めていく


「・・・蓮、どうしたんだ?」

「ううん。なんでも、ないよ」


その間、蓮の表情は酷く曇ったまま

一人だけ綺麗な仕立ての制服の裾を握りしめ、小暮さんの背後に立つ

誇っていい事実を隠すように、彼は自分より濃い影の中へと息を潜めていった


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ