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月影の透明と夜  作者: 鳥路
第一章「月影の新米たち」
1/21

1:求む有志。集え、この地へと

これは、今から六年前のお話

とある科学者がうっかり落とした薬の影響で、植物に自我が芽生えたり、人と同じような姿に擬態するようになった

自我を持った植物は、人々を襲い・・・その生活を脅かすようになった

人と植物が、対立し、戦争が起きるまでそう時間はかからなかった

人は植物に対抗する手段を得て、軍を編成した

しかし、その戦争は長期に渡り・・・人も植物も多くの犠牲を出して行った

そんな中、政府は「民間有志軍」を募り始めた

人員不足の軍の下につく、有志の民間人で構成された戦闘部隊

各地で編成されたそれは、地域ごとに異なる名称を付けられた

彼らが属した「月影」もその一つ

これは、存在感がない「透明」だった青年と

後に「英雄」と謳われる夜の名前を持つ青年の物語

彼が帰ってくるまで、振り返ろう

かつての、昔話を


・・・・・


六年前の春

僕は生まれ育った山を出て、初めて都会へと足を踏み入れた

生まれた時から山奥に住んでいた僕にとって、木々に囲まれた生活というのはごく普通の、当たり前の話

しかし普通の人々にとって当たり前なのはコンクリートに囲まれた近代的な暮らしであり、山奥で木々と共に暮らす生活は現代目線で言えば「原始的」「前時代」なんて言われるような話だろう

しかし、今はそうではない


「・・・やっぱり、都市部に来ても山の中みたいだ」


視界いっぱいに広がる世界は都会らしいコンクリートの世界ではない

そのコンクリートさえも覆う、大量の植物が存在している世界

これが、今の僕らが生きている世界の現状だ


始まりの経緯なんて当事者じゃないので詳しいことは知らない

新聞によると馬鹿な科学者が落とした新薬を浴びた植物が自我を持ち、その植物が他の植物にも新薬をかけまくって自我持ちの植物を量産し・・・人間に牙を剥き始めた

それから自我を持つ植物たちは徒党を組んで反乱を起こし、今では人間と植物は総力を上げて戦争中・・・というのが、この世界の現状らしい

一応、民間有志軍に属するために基本的な保全戦争の経緯は覚えたけど・・・これでいいんだよね?

不安だけれど、その疑問を解消してくれる人間はもう僕の側にはいないから・・・そうだろうと思うしか、気持ちを落ち着かせることはできなかった


「・・・確か、こっちだよね」


仮設置の標識を確認しながら目的地へ足を進めていく

僕はこの世界の現状を知ったのは、十八になるまで育ててくれたお婆ちゃんが亡くなった日のことだ

これまでお婆ちゃんと二人、山奥で畑を耕し、狩りをして、稽古をして・・・そんな生活を送っていたので世間には疎く、まさか街中まで植物に覆われているなんて思いもしなかった


「・・・ここは、左か」


地図を片手に確認していく。目的地はもうすぐだ

元々、十八になったら独り立ちしろとお婆ちゃんからは言われていた

十八で成人なわけだし、いつまでもお婆ちゃんに縋って生きる訳にはいかないから、お婆ちゃんの葬儀を終えて、家の片付けを終えた後、ここにこうしてやってきた訳だ

仕事なら山ほどある

世間知らずな僕でも、できそうな仕事となると限られてくるけれど

それでも、ないわけではない


「ついた。ここだ」


地図と、その裏の広告を確認して、場所を再度確認する


「ここが、民間有志軍の施設かぁ・・・」


煉瓦造りの少し歴史を感じさせる建物が僕の目的地

保全戦争が激化して戦える人間が減ってきた現在

元々戦える人間が戦死し、数を減らした現在。政府は民間から有志を募り、兵として育成、戦場へ送り出す計画を立てた

その施設の一つがここ「月影」だ


お婆ちゃんから叩き込まれた「これ」もあるし、植物狩りは山の中で少なからずやってきた。経験だって持っている

世間知らずの僕でも、ここでならきっとやっていけるだろうから


「ええっと、門の前の軍人さんから、受験票を受け取る・・・と」


広告の入所要項に書かれた通りに、門の前に立つ軍人さんに声をかける

普通に声をかけても気がつかれないだろうから、正面から

面白そうだからしばらく観察してみよう

僕に気がつかないまま、軍人さんはやってきた同じ有志たちへ受験票を配る

そろそろ、いいだろうか


「こんにちは。受験票を頂けますか?」

「え、あ・・・はい。どうぞ」

「ありがとうございます」


正面に立っても、声をかけるまで誰にも気がつかれなかった

声をかけた軍人さんは僕の存在に気がついて、少し驚いたが・・・すぐに態勢を整えて僕と会話を続けてくれた


彼から受験票を受け取って、僕も他の受験者と同じように施設内へ立ち入っていく

・・・その前に、少し軍人さんたちの反応を伺っておこう


「・・・おい、あれ。なんだったんだ。さっきの子」

「正面に急に現れたって感じがしてさ・・・ビックリしたよ」

「まさか「自我持ち植物」か「擬態植物」、なんてことはないよな」

「たまに入り込んでくるもんな。スパイ」


人が少なくなったからか、少し気が緩んで他の受験票を配る軍人さんと共に会話を始めていた


「あ、でもあの子は確か霜村師範のお孫さんだ。霜村正宗しもむらまさむね君。人間だ」

「・・・マジか。あの人のお孫さん」

「・・・道理で。じゃあ彼は直弟子になるのか・・・とんでもなさそうだな。あの存在感といい」

「そうだな。今年は有望な新人が多そうだ・・・」

「負けないようにしないとな。正規の軍人として」

「ああ」


なんと。祖母のことを知られていたとは。世間は狭いのか広いのか

まあ、反応を伺うのはこれぐらいにしてさっさと待ち合わせ場所に向かってしまおう

月影に入所すると決めたはいいが、そもそもまずは「基準」を満たして入所試験を通らないといけない

頑張ろう。これからの生活のためにも


・・・・・


「・・・あ、あの。受験、票・・・ください」

「ああ。はい。どうぞ」


正宗が施設内に入った後、とある三人の少年たちがやってくる

気弱そうな赤髪の少年は身を縮こませながら受験票を受け取り、逃げるように施設内へ立ち入っていった


「すみません。今日が入所試験ですよね。受験票を頂けますか?」

「はい。どうぞ」

「ありがとうございます」


その後、堂々とした態度で受験票を受け取った黒髪の少年は軍人たちの噂話を聞いていた


「霜村の孫か。面白いことになればいいのだが」


そして最後に、もう一人


「すみません。受験票・・・でしたっけ?頂けます?」

「はい。どうぞ・・・」

「どうも。ふーん。ただ番号が書かれているだけの紙が受験票か」

「何か?」

「いいや。なんでも。本で読んだ受験票とはなんか違うなって思っただけですよ」


最後に、白髪の少年が受験票を受け取る

これで入所試験に挑む存在は揃った。全二百名。今回はどれほどの人間が「基準」を満たすのだろうか


軍人たちは受験票を配り終えたので、門を閉めて待機所へ戻って行く

そんな彼らの背中へ、白髪の少年「小暮夜人こぐれやひと」は面白くなさそうに視線を向けた


「どいつもこいつも、面白くないな。楽しませてくれる奴、ここにいればいいんだけど」


彼は退屈そうに、施設の方へ足を進めていく

もう少し。もう少しで。僕らは出会い、唯一無二の相棒になるまでの物語が動き出す

保全戦争終結までの物語は、今、幕を開ける


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