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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アンノウン

NO10(ツェーン)と呼ばれた少女

作者: 焼納豆

あらすじに書かせて頂きました、

連載中の<俺は、副ギルドマスター補佐心得!!裏の顔は、最強を誇る組織の首領!!>

https://ncode.syosetu.com/n5874gy/


のNO10のお話です。

「ほら、早く片付けろ。魔力レベルが2だからって期待したが……こんなに使えないグズだとは気が付かなかった。これじゃあウチで働かせても損害にしかならない。チッ、仕方がない。ホルダの奴にでも売っぱらうように進言するか?」


 とある国家の商店の店主を任されている男と、その男の目の前には、あどけない姿をした可愛い少女。

 

 この世界は魔力レベルと言うものが存在し、人族最大魔力レベルは10と認識されており、最低は0。

 どのような術、たとえ身体強化を施すにも魔力が必要で、魔力レベルが0である場合には、何の術も使う事ができない。


 つまり、目の前のこの少女、年齢は不詳だが、あどけなさが残っている事から推測13~14歳程度だろうか?

 その推定年齢で魔力レベル2になっているという事は将来有望であり、現時点でもかなりの強さなり、器用さなりを持っているはずだった。


 この少女を手に入れた奴隷商の男は、その場で魔力レベル2を持っているという事を魔道具で証明し、有望である事を確信したのだ。

 そこで、何ができるかを確認するために、奴隷商自らが経営する各商店にこの少女を派遣して、実力を測っていたところだったのだ。


 魔力レベルだけで判断すれば、店主の言っている期待感を持つ事は正しい。

 だが、結局は本人の性格・資質による。


 そしてこの少女、何をやらせても中々上手く行かない。


 例えば、身体強化が使えるだろうと荷物運びを任せた。

 確かに驚くほどの荷物を一気に運ぶ事が出来ているのだが、あまりの量を一気に運ぶので、直接手に触れている荷物は力加減が上手くないのか、中身は全て潰されている。


 商店の前の掃除をさせてみると、本人曰く一気に掃除ができるという事で店の前に巨大な穴をあけて、そこにゴミを投げ入れる。

 一応開店前にその穴は塞ぐのだが、その様子を見られているのであまり良い印象は持たれていない。


 冒頭の店主の言葉は、この巨大な穴を作ってしまった時に思わず漏れたものだ。


 この少女、可愛らしい顔をしているのだが立場は奴隷。

 本人は物心がついた時からこの扱いであったので、特に何かを思う事は無い。


 もちろん両親もわからないし、自分の名前も分からない。

 だが、食事は食べられるし眠れるので文句はなかったのだ。


 そんな生活をしていたが、店主の声を聞いてまた売られるのか……と少々落胆していた。

 これで何度目だろうか。


 どこに売られても、何をやっても上手く行かないのだ。


「いつか、落ち着けるのかな~」


 どうしても漏れてしまう本音、希望。

 そんな事を思いながら作業をしているのだが、最近は少女と年齢が同じような子供を良く見かけるようになっていた。


 もちろん子供一人で来るわけではなく、両親のどちらか、または両親とも同行している状態で……だ。

 両親と思われる大人は嬉しそうに商品を選んでその子供に渡しており、その商品を受け取った子供も幸せそうな顔をしている。


 そんな姿を見て、いつの日か誰かから自分の事を想って、笑顔と共に素敵な物を貰える日が来るのだろうか?

 そんな淡い期待を持ち始めていた。


 だが現実は厳しいのは理解している。

 やはりこの商店でも使えないと判断されて、再び奴隷商の元に戻されてしまったのだ。


「また戻ってきたのか。何度戻れば気が済むんだ、このガキ!」


 商店を任せている店長からクレームと共に戻された少女。

 奴隷商は、この少女によって与えられた損害を報告され、怒り心頭だった。


 そのせいで機嫌が悪くなり、少女に対する扱いは惨いものだった。

 殴る・蹴る・食事抜き……だ。


 罰として何かの作業をさせないのは、少女が意図せぬ行動をして思わぬものを破壊してしまう恐れがあるからだ。


「俺としては、お前には何度もチャンスをやったぞ!流石に限界だ。お前はホルダに売り飛ばす」


 ホルダとは、この奴隷商の子分の様な立ち位置で、気は弱く、とても奴隷商を営める器ではない。

 そんなホルダに全く使えない奴隷を売り払う……いや、押し付けて、自分の懐が痛まないようにしているのだ。


 と……こうしてホルダと言う男に売られた少女。

 店はボロボロで、客はいない。

 そんなところに売られて、今後どうするのかと不安でいっぱいだったのだが、ホルダは生来の性格からか、少女にはとても良くしてくれたのだ。


 だが、店の状況からわかるように、今存在している奴隷は少女一人。

 当然全く使えない奴隷しか扱っていないと噂が町中に広がっているので、客など来るわけもない。


 そう、つまりお金が一切ないのだ。


 そんなところに、強引に使えない奴隷である少女を押し付けられるので、ホルダは借金まみれになっていた。


「君も苦労したんだね。ごめんね、ウチは見ての通り貧乏でさ。でも、裏の畑が豊作だから食べ物には困らないから安心してくれな」


 優しく微笑むホルダに、少女は心から安心すると共に、ホルダと言う男のために何かできないかを必死で考えていた。

 こうしてホルダと生活している少女。ホルダのおかげで自由に動けまわるようになっていたので、時折弱い魔獣ではあるが自分の力で討伐し、ホルダに差し入れていた。


 だが、この行為がある冒険者の目に留まってしまったのだ。


 突然冒険者パーティーがホルダの店に現れて、この少女を強引に買って行った。

 当然ホルダは拒絶するも、ホルダが半ば強制的に負わされていた借金の証文と交換と言う形で、強引に連れ去ったのだ。


 ホルダの店には、既に破られた証文と、傷だらけで倒れているホルダしか残されていない。

 ホルダは自分の借金なんか(・・・)より、少女を必死で助けようとしたのだ。


 だが、結局は力及ばず、結果的に推定13歳程度の少女が冒険者と共に行動する事になった。


 これの意味する所は、魔力レベル2の身体強化を利用した荷物運び。

 但し以前の商店で行っていたような安全なものでは無い。


 常に危険と隣り合わせの環境で、冒険者達の荷物を運ぶのだ。

 冒険者の移動速度に合わせる必要があるし、荷物の破壊などは許されない。


 そのためにはある程度の強さが必要になるのだが、その辺りは魔獣を討伐する姿を冒険者が目撃しているので、全く問題ないと判断された。


 しかし、今まで初めて暖かい心で接してくれたホルダから突然引きはがされ、以前の環境……いや、それ以下の環境に落とされた少女は本来の力が出せるわけがなかった。

 そんな少女が冒険者と行動を共にした時に辿る運命は……囮一択。


 嫌々ではあるが長くこの商売を営んできたホルダは、その辺りの知識は豊富だった。

 そうならないように、自分の所に来てしまった奴隷をなるべく環境の良い所に販売したり、可能であればこっそりと開放してやったりしていた。


 そんな努力も空しく、最も嬉しそうに一緒に生活してくれていた少女が、最も渡してはいけない連中の手に渡ってしまったのだ。


 こうして少女は、男ばかりの冒険者パーティー三人組に強制的に販売されて行く事が決定した。


「おい、このウスノロ、本当に使えね~な」

「こいつの話し方も、なんだか癪に障るんだよな」

「早く素材を集めて来い」

「わかりました~」


「その話し方が腹立つって言ってんだろうが!」


 バキ……


 容赦なく殴られる少女。

 魔力レベル2で身体強化を行っているのでダメージはなさそうに見えるが、この冒険者の魔力レベルは4。


 もちろん身体強化を行った上で殴っているので、かなりのダメージがある。


 飛ばされた場所で痛みに耐えながらも何とか立ち上がり、指示されたとおりに冒険者パーティーが倒した魔獣の素材を必死で集める。


 これがこの少女の新しい日常。

 当然食事など有る訳はなく、碌に睡眠もとれない。


 食事は、魔獣の素材を収集する際にこっそりとその肉を拾っている。

 冒険者達もその程度は分かっているが、餓死されても困るので何も言わない。


 だが、少女が火を使える訳でもないので、生のまま食べる事になる。

 もちろん味は最悪で、食感もひどいものだ。


 だが、少女は生きるために魔獣を拾う。


 そんな少女を見て、冒険者は大声で指示を出す。


「おい、グズ!俺達は宿に戻っているから、その素材を換金して宿まで持ってこい」

「わかりました~」


「チッ、むかつく話し方だ!」


 そう言い残して、安全とは言えないこの場所からさっさと撤収する冒険者達。


 これも少女の日常。

 こんな日が続けば、魔獣に襲われる時もある。

 その時に必死で戦闘した結果、体には少なくない傷がついている。


 唯一良かった事は、ホルダの所にいた時に魔獣の討伐経験があった事だ。

 そのため、初めて牙を剥く魔獣と対峙しても、足が竦むような事は無かった。


 しかし、魔獣に襲われたと言う過酷な理由があったとしても、素材の換金が遅れると更に冒険者に痛めつけられるのだ。


 運良く今日は魔獣が来る事なく、ギルドで換金したお金を宿に持って行く。


 既に冒険者達は酒を手においしそうな食事を食べていた。

 無意識にゴクリと唾を飲むが、余計な事を口に出す事は無い。


 何かを言おうものなら、返ってくるのは暴力だと分かっているからだ。


「換金してきました~」

「さっさと渡せ、ウスノロ」


 ひったくるようにお金の入った袋を奪い、中身を確認する冒険者。

 一応彼らも熟練の域に達しているので、素材の金額は把握している。


 少女は、人の物を取るような事は決してしないのだが、冒険者としては少女に対する扱いが悪いのは自覚している。反省も改善もするつもりはないが……


 その為に報酬を少し懐に入れ、食事でも買おうとしているのではないかと疑っていたのだ。


「大丈夫だ。問題ない。良し、お前の今日の仕事は終わりだ。帰って良いぞ」

「そうそう、お前がいると匂うんだよ」

「飯がまずくなるしな」


 暴言と共に部屋から追い出される少女。

 トボトボ宿の外に行き、裏にある納屋で横になる。


 ここが少女の寝床。

 水浴びすらできず、食事も勝手に必死で集めている生の魔獣の肉。


 極めつけは、素材集めの時の極限の緊張。

 冒険者がさっさといなくなるので、魔獣に対する警戒をしつつ素早く素材を集めなくてはならないのだ。


 どんどん心が冷えていく少女。


 そして運命の日は訪れた。


「よう、そろそろ移動しないか?」

「それも良いな。ここの飯も飽きたしな」

「じゃあ、前から言っていたハンネル王国にでも向かうか?」


 冒険者は町や村そして地域に根を下ろすタイプと、移動を繰り返すタイプが存在するが、この冒険者パーティーは後者だった。


「最近あそこは冒険者の質が良いらしぞ」

「ブハハ、冒険者の質ってなんだよ?」

「俺も聞いた事がある。なんでも冒険者上がりのギルド職員、なんだっけ?副ギルドマスター補佐心得とか言う不思議な役職の奴が就任してから、依頼達成率が上がっているらしい」


 こうして一行は、一路ハンネル王国を目指す事にして行動する。

 道中は馬車が主な移動手段だが、もちろん少女は歩き。いや、走り。


 少女は必死で馬車を追う。

 主人である冒険者から離れてしまうと、奴隷の首輪によって苦しい思いをするからだ。


 日中は必死で走り、食事は夜に自分で食べられる草を探す。

 だが、行動範囲は冒険者からそう遠くへはいけないので、日に日に体力は削られて行く。

 水も同じだ。


 馬車に乗っている他の人、御者すら少女の事は一切気にしない。

 この辺りの奴隷の扱いなどこんなものだ。


 フラフラになりながらようやくハンネル王国の近くまで来た時、冒険者達は馬車から出てきた。歩く事にしたようだ。


「おい、ここからは歩いていく。どんな魔獣がいるのか調査しながら王国に向かう」

「大した距離じゃないから遅れんなよ!」

「遅れたら置いていくからな」


 今まで散々馬車に乗って寛いでいただけの冒険者が、少女に惨い言葉を投げつける。


「わかりました~」


 少女は何とか返事を返すが、もう立っているのも不思議なくらいだ。


 冒険者としては、王国内に入って拠点を決めてから更に戻って近辺の魔獣の調査を行うよりも、入国経路のこの森で調査を行う方が効率的だと考えたのだ。


 この部分だけ見れば流石は熟練の冒険者だ。


「行くぞ!」


 街道から外れて、森の奥に進む冒険者達。

 既に武器は手にして警戒態勢を取りながら、慎重に歩を進めている。


 その最後尾を、ヨタヨタついて行く少女。


 やがて先頭を歩く冒険者が手で合図を出し全員の動きを止めた後、小声で指示を出す。


「おい、ギルドの書類で見た事がある魔獣がいる。確かあいつの魔力レベルは5だったはずだな?」


 自身の魔力レベルが4であるので、それ以上の相手に対しては一切鑑定ができない。

 当然既に鑑定を試しているが判定できないので、魔力レベル5以上が確定している。


 そんな中、流石は熟練の冒険者であるので、姿だけで相手の魔力レベルを判断できた。

 とは言え、ギルドの資料に記載の魔獣の魔力レベルは、平均的な魔力レベルの記載だ。


 人族も魔力レベルが上昇するように、魔獣も魔力レベルが上昇するからだ。


 とは言え、自分達よりも魔力レベルが上である魔獣を目の前にした冒険者。


「どうする?魔力レベル5であれば、俺達三人であれば倒せるんじゃないか?」

「ハンネルのギルドの対応も知っておきたいし、俺は倒す方に賛成だ」

「万が一は、あいつがいるからな」


 最後の冒険者の発言と共に、全員が少し遠くで疲れた顔をしている少女を見る。


「決まりだな」


 こうして、魔力レベル4のパーティーは、推定魔力レベル5の魔獣と戦う事を決意した。


「おい、お前はここを動くなよ」


 少女に一言だけ指示をすると、冒険者は一斉に魔獣に襲い掛かった。

 不意打ちを受けた形になった魔獣は、一撃目をまともに食らってしまう。


「こいつ、相当硬いぞ!身体強化を使っているはずだ」

「ならば魔術で対応する。少し時間を稼げ」

「任せろ!」


 身体強化に魔力を使っている冒険者。

 この世界では、魔術を行使する際には魔力レベルに応じた魔力を魔力強化に移行する必要がある。


 同時に身体強化と魔力強化は使えないのだ。

 

 更には、魔術に対しての防御は魔力強化で、身体強化による攻撃は身体強化で防御するのが最も効果的であるのはこの世界の常識だ。


 身体強化で防御をしていると思われる魔獣に対しては、魔力強化による魔術での攻撃が有効であると判断し、即座に行動を取る。


 そのため、一人の冒険者が攻撃魔術を行使するための魔力移行を行う時間を稼ぐように、残りの二人に伝えたのだ。


 二人の冒険者は魔獣に身体強化による猛攻撃を加えるが、魔獣側に大きなダメージはない。


「どけ!」


 すると、残りの一人が攻撃をしている冒険者二人に指示を出す。

 攻撃魔術の準備が整ったのだ。


 魔術を行使した冒険者の体から白い光がほとばしり、魔獣を直撃する。


 この冒険者が使用した魔術は、雷魔術。

 比較的どの魔獣にもダメージを与えられると言われている魔術だ。


 魔力レベルが格上の魔獣である為、一撃で倒せると思っていない冒険者。

 魔術が直撃したのを見ると、残りの二人も魔獣から距離を取って魔力強化に魔力を移行し始めた。


 その間は、既に魔術を行使していた冒険者が連続で魔術攻撃をする。

 やがて残りの二人も魔術を行使すると、魔獣はその巨体を地へ沈めた。


「よし、やったぞ」

「これだけ大物だど、全ては持って行けないな」

「おい、グズ!この角、牙を全部剥ぎ取れ!」


 以前見た資料の討伐証明部位と、最も高価と記載されていた部位を剥ぎ取るように少女に指示を出す。


 その間、冒険者達はいつもの通りさっさとこの場を後にするのではなく、周囲の調査を継続して行う事にした。

 だが、この少女からあまり離れると少女の奴隷の首輪に影響を及ぼす。


 そのため、主として登録している冒険者がその制限を解除した。

 もちろん少女にはそんな事は分からない。


「俺達は少し周囲を警戒して戻ってくる。その間に素材は全て剥ぎ取っておけ」

「わかりました~」


 こうして冒険者は、少女を中心にして三方向にそれぞれ調査のために散っていった。

 残された少女は必死で作業をしていたのだ。


 既に朦朧としている中で作業をしているので、どれくらい時間が経ったのかも分からない少女。


 周囲が騒がしくなって、ようやく少し意識が覚醒する。


 すると、周りには既に冒険者が三人全員戻ってきているが、周囲にいるのは冒険者だけではなかった。


 既に素材を剥ぎ取った魔獣、推定魔力レベル5の魔獣と同じ魔獣が五体、少女と冒険者を囲うように佇んでいたのだ。


「おい、流石に五体は無理だ。どうする?」

「あっちの方向を見ろ、少々魔獣の間隔が他よりも開いている。あっちはハンネル王国の方角だ」

「成程な。じゃあそれでいくか。首輪の制限、解除しているんだろ?」


 少女の直ぐ傍で続く会話。

 意識が覚醒した少女は、何となく自分の未来を想像した。


 そう、恐らくこの場で囮にされるのだ。

 どう抗おうとも、魔力レベル2の自分がこの魔獣に勝てるわけもない。

 そもそも既に気力も体力も限界に来ているのだ。


 一度で良いから、素敵な人に何か心のこもったプレゼントを貰いたかった……と思いつつ、全てを受け入れた少女。


「こいつは、どこか攻撃して動けないようにしていくか?」

「いや、そこまでしなくても既にフラフラだろ?」

「そうだな。だが魔獣の隙を作る必要がある。グズ、最後に少しは俺達の役にたって見せろ」


 さんざんこき使ってきたにもかかわらず、今まで何にも役に立っていないかの物言いの冒険者。

 既に立ち上がる事も出来ない少女の襟首をつかむと、最も魔獣が近接している箇所に少女を投げ込む。


 その直後に、真逆の方向に全力で逃走を開始した。


 少女を投げ込まれた魔獣は、同胞を解体していたためにその血の匂いがついている少女に猛攻撃を開始しようとし、逆に同胞の血の匂いが一切しない冒険者達の方に目を向ける事は無かった。


「私にも、お父さん、お母さん、お友達が欲しかったです~」


 何となく呟いた自分の声に反応し、涙が流れる少女。

 せめて苦しまないように、自らその命を……と思い、腰に差していた剥ぎ取り用のナイフを自分の首に向ける。


「待ちなさい!!」


 怒鳴るような女性の声で目をあける。

 そこには初めて見る女性がおり、自分よりも少し年齢は上だろうか?

 などと、現実逃避したような事を考えていた少女。


 そんな少女をよそに、動きは進んで行く。


No6(ゼクス)、かなり状態が悪いわ。直ぐ回復して」

「わかった、No2(ツヴァイ)


 不思議な暖かさが体を覆った直後、体中から鈍い痛みがあったのだが、その痛みが消えたのだ。

 そうなると、気になってくるのは魔獣……


「あの~、魔獣が……」


 うすぼんやりとした意識のまま少女は周囲を見回すのだが、その目に映るのは既に丸焦げになっている五体の元魔獣達だった物体。


「安心して。もうあなたは大丈夫。ごめんなさいね、もう少し早く助けてあげられれば怖い思いをしなくて済んだのに……」


 優しく話しかけてくる人の言葉が、不思議と心の奥にしみ込んだ少女。

 無くなった痛み、無くなった不安によって涙だけがあふれ出す。


「もう大丈夫。私達が傍にいるから……」


 その優しい声を聞きながら、少女は意識を手放した。

 もう限界はとっくに超えていたのだ。


その少女を優しく抱いて立ち上がる女性。


No6(ゼクス)No2(ツヴァイ)、あのゴミ共をここに連れてきて」

「わかった」

「わかりました、No1(アインス)


 不思議な名前で呼びあっている、この場にいる三人の女性。

 だが、推定魔力レベル5の魔獣を瞬殺できるほどの力を持っている事は間違いない。


 既に全力で逃亡している魔力レベル4の冒険者パーティーを瞬時にこの場に連れてきたのだ。


 まさしく人外の力を有していると言っても過言ではない。


 連れてこられた冒険者パーティーは、何故自分が逃走したこの場所に戻ってきているのかわかっていないようだった。


「何故この場所にいる?あん?魔獣が全部死んでるぞ?」

「何?本当だ。おいガキ!あっちの素材もさっさと集めろ!」

「って、おい、なんだお前ら?」


 まず気が付いたのは、逃走の原因になった魔獣が全て死んでいる事。

 次の行動は、その魔獣の素材を集めるように、囮にした少女に指示を出す事。

 もちろん少女の無事など確認する様子は一切ない。

 最後に、ようやくこの場にいる三人、No1(アインス)No6(ゼクス)No2(ツヴァイ)と呼ばれている、見た目の良い少女三人の存在だ。


「こいつら、中々の上玉だな。おいお前ら、どうだ?俺達のパーティーに入らないか?」

「そうだ。俺達は魔力レベル4の冒険者だ。良い思いをさせてやるぞ」

「断っても良いが、こんな森の奥。どうなるかはわかるよな?」


 仲間を勧誘するつもりが一切なさそうな冒険者。

 そんな三人の冒険者を見て、不快感を隠そうともしない三人の少女。


「その言葉、そのまま返します。ここは誰も来ないような森の中。三人程度の冒険者が行方不明になっても誰も気にしません」

「ハハハ、おもしろいガキだ。良いぜ、この場でヒーヒー言わせてやるよ。その後は奴隷商に売り払って豪遊だ」


 不快な笑みを隠そうともしなくなった冒険者三人。

 そこに平然と対峙する少女三人。


「私はこの子を見ているので、任せても良いですか?今回はあまりにも酷いので、生かしておく必要はありません」


 既に深い眠りについている冒険者三人に連れてこられていた少女を抱えている少女が、戦線離脱する旨を堂々と宣言した。

 残された少女二人のうちの一人が、更にこう告げる。


No1(アインス)No6(ゼクス)、ここはこの私、No2(ツヴァイ)に任せてください」


 実際に、No1(アインス)No6(ゼクス)と呼ばれている二人は、No2(ツヴァイ)と呼ばれている少女から離れ、冒険者三人とも大きく距離を取ってしまった。


「こいつら、バカにしやがって」

「大人として、教育、いや、躾をしてやる必要があるな」

「だが、油断はするなよ」


 一人だけは、少しだけ状況が見え始めた様だ。

 なぜ自分達が逃走せざるを得なかった魔獣が全て丸焦げになっているのか……

 そもそも、自分達の全力の魔術でもあそこまで焦げる事は無かった。


 そしていつの間にかこの場に戻されている……

 得体のしれない不安に襲われ始めていたのだ。

 

 そのため鑑定を実施しようとしたのだが、既にそのような時間は無くなっていた。


「それでは、あなた方の本当のお相手を紹介しましょう」


 対して、目の前のNo2(ツヴァイ)と呼ばれている少女は気楽に話を始めているのだが、その内容が理解できない。


 目の前に現れた現実も理解する事ができない。

 そもそも、何故突然見た事も無い魔獣が目の前に音もなく表れるのか……


 魔獣から発する圧力だけで潰されそうなほどの魔獣……

 その姿は、まるで巨木。

 森の中で威圧感さえなければ、ただの木と言われても勘違いしてしまう姿をしていた。


「そうそう、一応紹介しておきますね。この魔獣、私が召喚しました。魔力レベルは20とかなり少ない(・・・)ですが、あなた方程度であれば十分でしょう?」


 冒険者三人は何を言われているのか、わかる訳もない。

 理解が追い付かないのは当然だ。


 突然魔獣を召喚したと言われ、その魔獣が魔力レベル20。

 重ねて言うが、この世界の魔力レベル最大は10と思っているのだから、理解できないのは当然だ。


 しかし、目の前の魔獣からの圧力がNo2(ツヴァイ)と言われている少女の言葉が真実だと告げている。

 考えがまとまる暇もなく、No2(ツヴァイ)の言葉は続く。


「さあ、そろそろ戦闘、いえ、蹂躙になりますかね?始めても良いですか?いつまでもこの場にとどまりたくないのです。早くあの子をゆっくりと休ませてあげたいですからね」

「お前は何者だ?何故俺達の所有物(・・・)を……」


 一人の冒険者の発言は最後まで発せられない。

 No2(ツヴァイ)が魔術を行使し、その姿が消滅したからだ。


「あぁ、やってしまいました。いけませんね。もう少し長く苦しみを与えないと、反省などするわけもないのですから。これ以上あなた方に話す事はありません。せいぜい頑張ってください」


 突然一人が瞬殺され、目の前にいる魔獣にはまるで勝てる気がしない冒険者は、突然媚び始める。


「まて、お前らが何者かは知らないが、俺達よりはるかに強い事は理解した」

「そ、そうだ。冒険者は力が全て。つ、つまり、お前達が正しいとい言う事だ。だから、俺達の所有……いや、その女、お前らに譲る。だから見逃してくれ」


 ここに来てようやく自分の置かれた状況が理解できた冒険者二人。

 なぜ、どうして、と言う思いはあるのだが、命の危険がある事だけは間違いないので、この場を乗り切ろうと必死だ。


「煩いですね。そして醜い。貴方達は、あの子の話を一度でも聞きましたか?因果応報。せいぜい頑張ってください。それに私が正しいと言うのならば、私の行動に口を挟まないでいただきましょうか」


 一方のNo2(ツヴァイ)と呼ばれている少女は、冒険者二人の懇願に対して歯牙にもかけなかった。

 やがて、目の前の魔獣が動き出す。


「畜生、やってやる」

「そうだ。あんな見た目だから炎が効くはずだ」


 二人ともに魔力強化を行って、炎の魔術を展開する。

 巨体故にその魔術を回避する術がないのか、魔獣はその魔術を受けるのだが……


 攻撃後の姿は何のダメージもない姿。


 当然だ。


 冒険者の言う通り、この巨木の魔獣の弱点は炎魔術。ここは正しい。

 だが、魔力レベルの差がありすぎるので、魔獣にとってみれば冒険者達からの攻撃は少々暖かいような風を吹き付けられている程度にしか感じる事ができない。


「うわぁ~」

「化け物……」


 その姿を見て再び逃走しようとした冒険者二人だが、魔獣が体の一部である枝を二人の足に向かって鞭のようにしならせながら絡ませて、逃走を許さない。


 情けなく空中に逆さ吊りにされている冒険者は必死で命乞いをするのだが、No2(ツヴァイ)だけではなく、後ろに控えているNo6(ゼクス)No1(アインス)と呼ばれている少女も取り付く島もなかった。


 ぶら下げられたまま多数の枝によって長時間攻撃をされている冒険者は、呻き声しか出せなくなった状態で乱雑に地面に投げ捨てられた。


 No2(ツヴァイ)は、長きに渡り冒険者が苦しむように巨木の魔獣の力を調整していたのだ。


 投げ捨てられた冒険者二人にNo2(ツヴァイ)は近づき、微笑みながら最後の言葉を発した。


「これで私からの()は終わりにしてあげます。この後、あなた方は自由です。せいぜい頑張ってくださいね」


 冒険者は、何かを口にしようとするが、全身の痛みから呻き声しか出ない。

 だが、No2(ツヴァイ)の言う事は理解できている。


 こんな森の中でこの状態で放置されて生きていける訳はない。

 魔獣によって生きたままなぶり殺しにされるだけ。


 せめて一思いにと思うのだが、既に体が動かないのでどうしようもない。しかし、意識だけはある。

 絶望の表情を浮かべてNo2(ツヴァイ)達を見るが、既に彼女達の視界に冒険者二人は入っていなかった。


 そして、打ち捨てられた冒険者二人の目の前から、少女を含む全員が突然消えたのだ。


 こうして非情な行いをしていた冒険者はハンネル王国に一歩も踏み入れる事無く、その姿を消した。


 冒険者自身が予想していた通り、彼らの最後は意識が覚醒したまま魔獣に嬲り殺されると言う、惨憺たる最後を迎えた。


 一方、不思議な名前で呼ばれていた少女達と共に彼女達の拠点に移動した少女の目の前には、彼女達の父親代わりの男がいた。


「俺はハンネル王国のギルドで副ギルドマスター補佐心得として働いているジトロだ。君さえよければ、俺達の仲間、家族にならないかい?」


 こう優しく問いかけられた少女。

 どの道ここを追い出されてもまともに生活できる訳がないと分かっているので、最後に信じてみる事にしたのだ。


 今更ホルダの所に戻っても、また同じことの繰り返しになり、ホルダ自身にも迷惑をかけてしまうかもしれないのだから……


「はい、よろしくお願いします~」


 少々間延びした返事であるが、その話し方を聞いても目の前の男ジトロは表情を一切変えない。

 それどころか、優しく頭をなでてくれたのだ。


「今まで苦労したな。もう大丈夫だからな。それと、良ければ君には皆と同じような名前を上げたい。No10(ツェーン)と呼ばせてもらっても良いだろうか?」

「私に……名前!嬉しいです~」


 思わずジトロに抱き着いてしまったNo10(ツェーン)


 最初は助けてくれた恩、そして他に行く場所がなかったから拠点で生活をしていたのだが、このジトロを始めとした他の人々はとても優しく、今まで一度もこんな扱いを受けた事がないNo10(ツェーン)はすっかりジトロを崇拝してしまった。


 ホルダの所での生活も充実していたのだが、そこ以上の幸せを感じる事が出来たのだ。

 お父さんや姉妹のいる大家族での生活……


 もちろん、他の人達がジトロを崇拝している影響を多少受けた事は否めないが……


 更にジトロは、No10(ツェーン)にも自己防衛のための力を与えてくれた。

 魔力レベルが99と言う信じられない上限値にまで達した頃、ジトロはNo10(ツェーン)と共にとある城下町に来ていた。


No10(ツェーン)、魔力レベル目標値達成おめでとう。今日はその成果をお祝いして、この首飾りを貰ってくれないか?」


 No10(ツェーン)の燃えるような赤髪に良く似合う、真っ白い宝石があしらわれているネックレス。


「ジトロ様~……嬉しいです」


 以前おぼろげながら思っていた、自分の事を想ってくれる家族が欲しい。

 その人から素敵なプレゼントを一度で良いから送ってもらいたい、


 決して叶う事のない願いだと思っていたのだが、全てが一気に叶った瞬間だったのだ。


 あふれる涙を抑えられずに、ジトロに抱き着いて嗚咽を漏らすNo10(ツェーン)

 No10(ツェーン)を受け止めて、優しく頭を撫でているジトロ。


No10(ツェーン)は頑張った。俺達家族は決してお前を裏切ったりしない。これから沢山幸せを探そうな?」

「はい、はい~、ジトロ様~」


 涙を流しながらも誰もが一瞬で目を奪われるような美しい笑みを浮かべて、No10(ツェーン)は改めてジトロを崇拝するのだった。


 そしてNo10(ツェーン)もナナと言う偽名で魔力レベルも5に偽装して冒険者登録をした上で、自由に活動していた。


 以前の事情は全てジトロを始めとした家族に全て話している。

 実はNo10(ツェーン)、ある程度の魔獣を換金してホルダの店に向かって恩を返そうと思っていたのだ。


 だが、No10(ツェーン)が店に着くと既に店はなくなっており、更地となっていた。


 恐らく元の奴隷商が事情を知っているはずだが、No10(ツェーン)がそのまま向かってしまっては顔を知られている以上はトラブルになる可能性が高いので、急遽、家族であるNo8(アハト)に向かってもらう事にした。

 このNo8(アハト)も魔力レベル99の強者で、No10(ツェーン)と同様にルカと言う偽名で冒険者登録をしている。


 No10(ツェーン)は、店からかなり離れた位置でNo8(アハト)と店の状態を確認している。

 魔力レベル99であればこそ出来る芸当だ。


「こんにちは」

「おういらっしゃい。こりゃ珍しい。若い女性の冒険者か?どんな奴隷が好みなんだ?」


「以前ホルダさんのお店でお世話になったのですが、お店が無くなっていたのです。以前ホルダさんはこのお店と繋がりがあると言っていましたので、事情を知りたくてお伺いしました」

「お~、そうかいそうかい。あいつの事か。あいつは商売が上手く行かずに借金まみれになったからな。あいつ自身が奴隷になったぞ。何だったらお前が買うか?」


 衝撃的な事実が伝えられた。

 普通に考えればホルダの様な男が奴隷商などできる訳もなかったので、当然の結果ともいえる。

 全く使い物にならないと言われている奴隷を強制的に押し付けられ、更にはそんな奴隷をなるべく良い環境で生活できるように配慮し、無理な場合は商品たる奴隷を極秘裏に開放する。


 借金が膨らむのも当然で、その末路が、自らが借金奴隷となったのだ。


 少なからず動揺するNo8(アハト)

 当然かなり距離の離れているNo10(ツェーン)にも即事情は伝わっており、遠方から魔力が溢れているのが分かる。


 そう、No8(アハト)の動揺はホルダが奴隷に落とされていた事実を知って動揺したのではなく、No10(ツェーン)が怒りでこの辺りを更地にしてしまわないか心配して動揺したのだ。


 何とかNo10(ツェーン)を落ち着かせ、次の手を打つ。


「わかりました。私もさんざんホルダさんにはお世話になりましたから。それで、おいくらですか?」

「おいおい、本気かよ?あんな使えない男。ま、良いだろ。あいつの借金もすべて含めて白金貨9枚(900万円)だ」


 正直よれよれのおじさんに出す金額ではないが、既に父たるジトロからは全ての許可を得ているので、その場で白金貨が奴隷商に渡される。


 まさかこんな少女が即金で白金貨9枚を出すとは思わなかった奴隷商。


 そもそも本来の借金総額は白金貨5枚(500万円)なのだから、もう少しふっかければ良かったと後悔したが、一度口にしてしまっている事、白金貨9枚(900万円)でもかなりの儲けがある事から、即ホルダを引き渡す事にした。


 ホルダは見た事も無い少女であるNo8(アハト)を目の前に不思議そうな顔をするも、既に奴隷となっているので何も余計な事は口にしない。


 こうして事情の知らないホルダは、No8(アハト)と共にこの町を後にした。


 門からかなり離れた位置までくると、No8(アハト)はホルダに優しく話す。


「ホルダさん、安心してください。私達はあなたに危害を加えたりするつもりは一切ありません。いえ、そうではなく、貴方の今までの行動に感謝しているのです。No10(ツェーン)いらっしゃい」

「ホルダさん!」


 突然目の前に現れたNo10(ツェーン)と呼ばれている少女には見覚えがあったホルダ。

 最後に共に過ごした少女の面影が色濃く残っていたからだ。


「あの時の!無事だったか。きれいになって。良かったな!」

「はい~。ホルダさんのおかげです。今は素敵な家族と共に過ごしています~」


 そんな二人をそっと見守るNo8(アハト)

 色々な話をしている二人。かなり話し込んでいるが、やがて話は核心に近づいていく。


「それで、ホルダさんさえよければ~、私達の拠点に来ませんか?」


 だが、ホルダには別の希望があった。


「その誘いはありがたい。でも、俺にも家族がいる……いや、いたんだよ。こんな商売をさせられたのは俺の心が弱かったからだが、そんな俺の姿を見て、愛想をつかして出て行かれたんだ。もし許されるのならば、もう一度家族と共に過ごしたい」

「そうだったのですね~。家族はとても良いものです。是非そうした方が良いと思います~。奴隷の首輪も既に取れていますから、自由ですよ~」


 家族の暖かさを知ったNo10(ツェーン)は、ホルダの気持ちを後押しした。

 正直、ホルダが拠点に来られないのは残念だが、それよりも家族が重要だと理解したからだ。


 一方のホルダ、まさか既に奴隷の首輪が取れているなどとは思いもせず、自分の首を触って驚く。

 それに、一応今はNo8(アハト)と呼ばれている少女の奴隷と言う立場でありながら自分の気持ちを正直に口に出してしまったが、家族の元に行けるとは思っていなかったのだ。


 二つの驚きをもって、No8(アハト)No10(ツェーン)を見る。


「ホルダさん、No10(ツェーン)の言う通りです。家族は大切にしてください。貴方は自由です。今の貴方であれば、きっと上手く行きます」

「あの、ホルダさんの家族の方は~、どこにいらっしゃるのでしょうか~?」

「えっ、ああ、バイチ帝国と言う国にいるんだよ。でも……本当に良いのかい?白金貨を何枚か払っている所を見たけど、俺にそんな価値はないし、そんな大金を返せるあてもない」


 No8(アハト)が奴隷商に支払った金額の詳細は知らないが、白金貨を複数枚渡している所だけは見えていたホルダ。


「いいえ、あなたにはそれ以上の価値があります。私達の家族のNo10(ツェーン)を救って頂いたのです。ですから、これはその不足分です」

「今までありがとうございました~、ホルダさん。私はおかげで幸せです~」


 こう言いながら、小さな袋をホルダに渡したNo8(アハト)


「これからあなたをバイチ帝国の近くまでお送りしますが、この術については他言無用でお願いします」

「えっ?術?ここからバイチ帝国までは……少なく見積もっても馬車で一月以上は必要では?そんなに長い期間、あなた方を拘束するわけには……」

「ホルダさん~、大丈夫です。直ぐに着きますよ~。でもNo8(アハト)が言った通り、内緒でお願いしますね~」


 言い終わった瞬間に、三人の視界が一気に切り替わる。


「はい、着きました~。あそこがバイチ帝国ですよ~。本当にありがとうございました。落ち着いたら遊びに行かせて頂きますね~。お幸せに~」

「ホルダさん、あなたならきっと大丈夫です。自信を持ってくださいね」


 何が何だか分からないまま、目の前の二人が消えた場所をボーっと見ていたホルダ。

 確かに少し離れた場所には、以前来た事があるバイチ帝国の入場門が見える。


 そして、手にはNo8(アハト)から貰った小さな袋。

 これが夢ではないと確認したホルダ。


 その袋の中身を見ると……


「何じゃこりゃー!」


 周囲に誰もいないから良かったものの、思わず叫び倒してしまった。

 そこには、こう書かれた手紙と硬貨が入っていたのだ。


 手紙の内容は……


「ホルダさん、今まで本当にありがとうございました。私はたくさんの家族とお父さんと一緒に楽しく過ごしています。そしてお父さんからNo10(ツェーン)と言う名前まで頂きました。あっ、でもこの名前も秘密にしてくださいね。それと……ごめんなさい。この手紙は秘匿事項が含まれているので、開封してからしばらくすると勝手に消滅します。でも、いつかまた会いに行きます。その時は、また一緒にあの畑で採れたような野菜を食べましょう!楽しみにしています。No10(ツェーン)


 話すと間延びするNo10(ツェーン)だが、手紙は普通に書かれていた。


 そして、叫んだ原因である硬貨だが、虹金貨10枚(1億円)が入っていたのだ。

 奴隷商であったが故に虹金貨を見た事があるホルダは、これが本物だと分かっていた。


 正直この硬貨は高額すぎてこのままでは使えないのだが、過剰ともいえる感謝の気持ちを受けて、叫び倒した後に涙が溢れてしまった。


 その後、ホルダはバイチ帝国入国後に家族と再会し、今までの優柔不断な自分の行いを心底詫びて再び幸せな家庭を築いていた。

 仕事は商店を営み、No10(ツェーン)No8(アハト)から貰った虹金貨を元手に大成功を収めたのだ。


 もちろんNo10(ツェーン)は、時折遠目にホルダの姿を確認していた。

 目の前に姿を現さないのはホルダの事業の邪魔をしたくなかったからだが、成功して暫くするとホルダの元を訪れ、家族にも紹介されて楽しく食事をする事ができた。


 一方の奴隷商、将来的にはNo10(ツェーン)No8(アハト)が所属する組織、アンノウンという組織の力によって世界が大きく変わり、奴隷商と言う商売が成り立たなくなる事を今は知らない。


 散々大きな顔をして違法すれすれの事まで手を出していた商人のその末路は、誰からも疎まれ、真面な生活ができない状態になるのだが……それはまた別のお話。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、ヘイトイイ(・∀・д・)クナイ! 昔しに人種差別を受けた事が有るから言うけど、犯罪奴隷はしかた無い だけどそれ以外は悪じゃ(`‐ω‐´)ムカッ!! 犯罪奴隷以外は 許すまじ
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