ゲルデの髪で咲き誇る薔薇色の花
歩き通しで足が棒になる頃、ザシャは町に戻った。ゲルデは未だ棺の中にいた。白い顔は静かに目を閉じている。花も変わらず白いままだ。
悲しくはなかった。
怒りも湧かない。
ただ少し、寂しく思った。
棺のそばに膝をつき、ザシャは蓋を取った。蓋が落ちる重い音が響いても、ゲルデは目を覚まさない。ザシャは「どうしてだろうね」と唇を歪めた。
「色あせた思い出しか浮かばないのに、それでもきみが輝いていたことがわかるよ。そして今それが色あせてることが、ひどく落ち着かない。きみが目を覚ませば、どうしてだかわかるのかな」
背を丸め、ザシャはゲルデにキスをした。唇が触れ合ったのはわずかな時間だった。ザシャが唇を離すと同時に、ゲルデの目はぱっちりと開いた。目を覚ますなり、ゲルデはザシャにかじりつくように抱きついた。
「ありがとう、ザシャ。ごめんなさい、ごめんなさい」
泣きながら、ゲルデは何度もザシャにキスをした。雨のようにキスが降り、雨のように涙が降る。目覚めたゲルデは泣いていた。自分がどうして目を覚ますことができたか、わかっていた。
「私のために、ごめんなさい。そこまでして目覚めさせてくれてありがとう。本当にありがとう、ザシャ」
ゲルデの唇が触れるたび、ザシャの胸はわなないた。
ゲルデの涙が落ちるたび、ザシャの胸は痛んだ。
ゲルデがしがみつく力を強くするたび、ザシャの胸に何かが湧き上がった。
ゲルデの涙には、喜びをはじめとしたすべての感情が溶けていた。ゲルデの涙が触れるたび、ザシャの心から抜け落ちたものが満たされていく。
ザシャは、ゲルデを強く抱き返した。熱い涙がザシャの頬を流れ落ちた。
「起きてくれて、良かった。目を覚まして一番に見てくれたのが、僕で良かった」
記憶に色が戻っていく。嬉しくてたまらなかった。ゲルデを再びこの腕に抱くことができて、幸せだった。
「きみを失わなくて、本当に良かった」
二人は抱き合い、涙をこぼし、何度も何度もキスを交わした。
物音に気づいたゲルデの家族が、目覚めたゲルデを見て町中に知らせを出した。ザシャの両親も駆けつけ、抱き合う二人を見て涙を流し喜んだ。町はすっかり二人を祝う気持ちに包まれていた。
帽子で涙を拭ったザシャの父が、涙に濡れた帽子を空へ投げた。
「何てめでたい日だ。このまま二人の式を挙げよう!」
慌ただしく二人の結婚の準備が始まった。町中の人が駆けつけ、二人を祝った。大勢に囲まれ緊張するザシャを横から見上げ、ゲルデはくすぐったげに笑う。ゲルデの髪で咲き誇る花は、薔薇色だった。
「ねえ、ザシャ」
「何だい、ゲルデ」
「私、あなたが大好き!」
もう見ることが叶わないと思った笑顔を向けられ、ザシャは涙ぐんだ。けれど祝いの席に涙は似合わないと慌てて涙を拭い、優しい笑顔をゲルデに向けた。
「僕も、きみが大好きだ」
二人が切り盛りする店は、首府からも客が来るほど愛された。二人が扱う商品の一つにある煎じ薬が、医者の薬よりもよく効くと評判になったのだ。その煎じ薬を持ってくるのは灰色の外套を羽織った老婆だった。客が「彼女は魔女ではないか」と疑うと、二人は笑って否定した。
子供好きの優しいおばあさんですよと言う二人の後ろで、魔女はこっそり、客に片目を瞑ったという。
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