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妖精の呪い

 ある日、首府から王様のお触れとともに大臣たち一行がやってきた。姫様の側仕えをする娘を選ぶと言って、十四になった娘たちを町一番の宿へ呼んだ。そこではたくさんの侍女が待ち構えていて、娘たち一人残らず採寸した。

 選ばれたのは、ゲルデ一人だった。家族への挨拶もさせず連れて行こうとする一行に抵抗したのはザシャだけだった。

 なぜゲルデだけなのか。なぜすぐに連れて行こうとするのか。家族に挨拶もさせられない理由は何なのか。

 兵隊たちに羽交い締めにされてなお抵抗しゲルデを取り戻そうとするザシャに、大臣の一人が言った。


「姫様は、自分と同じ体格の娘を側仕えに欲しておられる。同じ体格はこの娘だけ。姫様のお気が済めばすぐに帰らせよう」


 それでもまだ納得しないザシャに、ゲルデは微笑んだ。


「大丈夫だよ、ザシャ。必ず帰ってくるから、待ってて」


 ゲルデが浮かべた微笑みがどこか寂しそうだったのを、ザシャは忘れられなかった。ゲルデはそのまま、一行に首府の城へと連れて行かれた。

 大臣が言った通り、ゲルデは用を済ませすぐに帰ってきた。ただし、棺に入れられた状態で、だ。

 兵たちが、ゲルデの棺を担いで町に入った。ゲルデの家の前で棺を下ろし、兵の一人が書状を読み上げる。


「この娘は、立派に仕事をやり遂げた。姫様が受ける呪いを代わりに受け、覚めぬ眠りについた。娘への褒美として、妃が大事にしている金の首飾りを。娘を送り出した父らへの褒美として、首府にて店を出す許可を、ここに」


 ゲルデの両親は読み上げられる褒賞なんて聞いてはいなかった。ガラスでできた棺の中で静かに眠る娘の顔に釘付けになっていた。

 悪い夢は見ていないのだろう。ゲルデは穏やかな顔で目を閉じていた。微かに胸は上下しているが、指の先すら動く気配はない。髪にはザシャが贈った花があった。花は色づかず、白いままだった。

 兵隊が帰っていくと、ゲルデの父が膝をついた。ゲルデの母が棺に縋った。ゲルデの兄が空を仰ぎ吼えた。ゲルデの家族は、人目も憚らず泣いた。

 意外なことに、ザシャの父も泣いた。ザシャの母も前掛けで顔を覆って泣いた。上の兄たちも、ゲルデを気の毒がって泣いた。


「二人の仲がいいから、将来は結婚させて、互いの店をくっつけてしまおうと思っていたのに」


 ゲルデの父が泣きながらそう言うと、ザシャの父も泣きながらうなずいた。


「そうとも。この子たちなら、ザシャとゲルデなら、きっとみんなから愛される店を作れると思ってたんだ」


 そんな話は、ザシャもゲルデも、小耳に挟んだことすらなかった。

 ザシャはふらつく足でゲルデの棺に前に進んだ。ガラスはゲルデの寝顔を余すことなくザシャに見せつけた。胸の上に重ねた手が上下しなければ、ザシャはゲルデが死んだと思ったかもしれない。だが、死んだも同然だった。覚めぬ眠りならば、ものを食べることも水を飲むこともできないならば、やがて死ぬ。死んでしまう。

 ザシャは棺の前に跪き、ゲルデを見つめた。不思議と涙は出なかった。涙も出ない代わりに、声も出ない。ゲルデを見つめ呆け続けるザシャは、夜になっても棺の前から動こうとしなかった。気の毒がった町の人々は、ザシャをそのまま棺の前にいさせてやった。


 人気が失せ、家々の明かりも消えた頃、ザシャはぽつりと呟いた。


「きみは、すごいね」


 当然、返事はない。ザシャはゲルデのまつげを見つめ、棺の蓋を撫でた。


「僕の両親も、きみの両親も、あんなに対立していた。だけどきみは、笑顔だけでどちらの心も溶かしてしまったんだね」


 僕の心も、とザシャは乾いた笑いを漏らした。返事も、相づちも、返ってはこなかった。


 人目を忍ぶ足音が聞こえたのは、月が高く昇った頃だっただろうか。足音はザシャたちに近づき、棺の数歩手前で止まった。ザシャは億劫そうに顔を上げ、やってきた誰かを見た。

 やってきたのは、ゲルデが連れて行かれた城の侍女だった。数人いるうちの一人が、前へ出て外套を脱ぎ去る。ゲルデと同じ背丈の、同じ体格の、娘だった。

 その娘は泣いていた。泣きながら「ごめんなさい」と繰り返し謝った。ザシャは、この娘が姫だとわかった。


「謝ったって」


 ザシャは固く、強く、手を握りしめた。


「謝ったって、ゲルデは目覚めない。謝るくらいならどうして、ゲルデを身代わりにしたんだ」


 ふつふつと怒りが湧いた。爪が手のひらに食い込み、血が出ていた。ザシャは静かに、怒りの炎を燃え上がらせた。


「どうして、どうしてゲルデが、こんな目に」


 姫は泣き崩れ、説明なんて到底できる状態になかった。代わりに、側仕えの一人が前へ進み出て事の顛末を話し出した。


 侍女曰く。


 首府に御座す王はかつて、王族でも貴族でもなく、ただの木こりであったらしい。木こりだった王は、森で妖精と出会った。その妖精を自身の知恵によって欺き、妖精からさらなる知恵と不思議な力を奪った。

 知恵と力を奪われた妖精は、王になった木こりによって城の地下奥深くに閉じ込められていた。妖精はしおらしくする裏で、王に復讐する機会を窺っていた。復讐の機会は王に子供が生まれたことでやってきた。

 七つになった姫は、導かれるように禁じられた地下へと下りた。そこで、閉じ込められた妖精と出会った。妖精は言葉巧みに姫を操り、自身を地下から解放させたのだ。

 妖精は勝ち誇って高笑いし、姫に呪いをかけた。それは姫が十四になると永遠の眠りにつく呪いだった。

 姫に残された歳月が残り七年と知り、王は嘆き悲しんだ。妃は悲しみのあまり、床に伏せたきり起き上がれなくなった。悲しみに包まれる城に現れたのは、黒い外套で頭から爪先まで隠した男だった。

 男は、魔術師を名乗った。


「姫様が十四になる年、同じ背丈同じ体格の娘を姫様の床で眠らせれば、呪いはその娘へと移るでしょう」


 藁にも縋る思いで、王は魔術師の言う通りにした。そしてゲルデを見つけ、城へ呼び、姫が受けるはずの呪いをゲルデへと移したのだ。


 すべてを聞いて、ザシャの怒りは静まるどころか、煮えたぎるほどの勢いだった。目の前にいる姫を、怒りのままに殺してしまえたらどれだけ気が晴れるか。

 けれど、そんなことをしてもゲルデは目覚めない。ゲルデは喜ばない。何も変わらない。涙も出ないザシャは、握り拳を作ったまま、何も言わず棺の前から動かなかった。

 泣きながら謝り続ける姫を連れ、侍女たちは去っていった。ザシャは変わらず棺の前に座っていた。震えることすらないゲルデのまつげを見つめ、いつまでもいつまでも座り込んでいた。

 老婆が足を引きずりやってきたのは、月が傾き始めた頃だった。ザシャは顔を上げなかった。老婆はしわくちゃの顔を悲しさからさらにしわくちゃにして、ザシャの隣に膝をついた。


「ゲルデが目を覚まさないんだね」

「目覚めない。泣いたって、怒ったって、頼んだって、起きてくれない」


 ザシャを見つめ、老婆は迷うような素振りを見せた。棺の中のゲルデしか見ていないザシャは、老婆の迷いに気づかない。老婆は散々悩み、迷い、葛藤した挙げ句、ザシャの手をしわしわの手で包んだ。


「もしかしたら、目を覚まさせることはできるかもしれない」


 あまり期待はするなと前置きして、老婆は妖精王の存在をザシャに教えた。

 妖精王は、妖精を統べる王だ。すべての妖精の上に立つ妖精王ならば、ゲルデにかかった呪いを解けるかもしれない。だがそれは、未だかつて誰も頼んだことがない。妖精は気まぐれなもの。妖精王も気まぐれならば、頼んだところで自身がさらなる呪いを受けるかもしれない。

 ザシャは、ゆっくりと老婆を振り返った。


「僕が呪いを受けるのは、構わないよ」


 ザシャの目に、きらりと涙が光った。


「ゲルデが目を覚ましてくれるなら、僕にかかる呪いなんか、知るもんか。ゲルデのためなら、呪いだって何だって受けるよ」


 老婆はザシャを家へ招いた。戸棚から手のひら大の丸い何かを取り出すと、それをザシャの手に握らせた。


「これはね、一度だけ妖精王の元へ連れて行ってくれるものだ。この丸の中に針があるだろう。この針が示すまま、まっすぐ、回り道せずに進むんだよ」


 用意できる限りの旅支度を持たせ、老婆はザシャを送り出した。ザシャは老婆に礼を言い、ゲルデの呪いを解くための旅に出た。

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