はじまり、はじまり
むかしむかし。
あるところにお姫様がおられました。
お姫様は家族や城のもののみならず国民全てに愛されておられ『しあわせなお姫様』と呼ばれておりました。
さて。
このお話はそんな幸せなお姫様が死んだところから始まります。
※ ※ ※
「おめでとうございます!」
と、自称・神様は言いました。
「ちょっと前に死んだんですけど」
お姫様は当然の義務として即座にツッコミます。
そう、たしかにお姫様はほんの今しがた、馬車の扉が壊れていたせいで走行中に転げ落ち、おまけに後続の馬車に引かれてけっこうな有様で死んだはずでした。
そこそこ長めの走馬灯とかも見たので間違いないはずです。まずもってえれぇ痛かったし。
「それはご愁傷さまです」
「順序、順序」
お姫様、亡くなったばかりでありながらわりとキレッキレです。昨今、そこそこ強めのツッコミもお姫様の嗜みというものなのです。
「まぁそういったご不幸は置いといて」
「置いとくですか」
ならばしょうがありませんね。
「あなたは前世において特定のフラグを回収しましたので、ここに転生の権利を得ることができました」
「リキュールベースのカクテルですか?」
「それはフラッグですね。てゆーかそんな洒落たもんあった世界でしたっけ、あなたんとこ。ガチ中世っぽいとこじゃないですっけ」
「お酒文化はそこそこ発達してましたもので」
「なかなか良い世界でしたね。重ねてご愁傷様。まぁそれは置いといて」
「置いとくですか」
ならばしょうがありません。
「要は人生において特殊な条件を満たした、ってことですね。いわば隠しルート、隠れキャラ発見的な」
「1UPキノコ的なアレですか」
「ありましたっけ?」
※業務連絡:勢いとその場のちっさい笑いだけで書くのやめたほうがいいと思います。
「すみません、いまのは自分でもちょっとナニ言ってるか分かってませんでした」
「いえいえこちらこそ」
お姫様が素直に頭を下げるので、神様も同じく頭を下げ返します。これでノーサイドです。世界観的にはかなりなアウトゾーンな気はしますが。
「まぁそれもそれで置いておくとして」
「置きますか」
しょうがありません。
神様は続けます。
「まぁなんですかね、童貞のまま天寿をまっとうしたとか、特定の角度でトラックに跳ねられたとか、転生フラグには多々ありますが……」
神様はずびしと指先をお姫様に突きつけます。人を指差しちゃいけないと教わらなかったタイプの神様のようです。
「あなたの場合は……一生のうち、誰も愛さなかった」
そうです。誰からも等しく愛されたお姫様は、同時に誰も愛することがなかったお姫様だったのです。
「なるほどたしかに」
お姫様自身も即、納得のご様子です。自覚症状アリのようです。
「これ満たす人、あんまり居ないんですよ。条件的に最低限20年以上は人生やってないといけないんで。いやぁ、どんなツマンナイ人生でも生きてりゃ良いこともあるんですねぇ」
「死んだんですけど。あとさらっとディスられてませんか、わたし」
「そういうわけであなたは規定のルールに従って転生ができるわけですが」
「流しましたね」
「良い話と悪い話、どちらからお聞きします?」
「姫に唐突に突きつけられる謎の二択」
「なにせ特殊条件フラグの転生ですので。良い側面もあれば悪い側面もあります。まぁ長い人生良いことばかりってわけじゃないってわけですよ」
「重ね重ね、わたしもう死んだですが。20年が長いか短いかは評価の分かれるところながらも。それでは先に悪いほうから」
「おや、お早い決断」
「ケーキのイチゴはとっとくタイプの姫なので」
「話が早いのは神様的にもありがたいです。最近やたら絶妙な角度でトラックに跳ね飛ばされる人が多くて神様これでもそこそこ忙しいんです」
神様はこほん、と咳払いひとつしてから。
「全てに愛された姫君。そして全てを愛さなかった姫君。あなたは生まれ変わる次の世界において……一生のあいだ誰からも愛されることのない人生を送ることでしょう」
神様、わりといい角度でポーズ決めながら自分的には厳かな調子で言い放ったつもりでした。
「おっけー」
「超軽いですね」
お姫様、わりとすんなり承諾。
「神様的には『ええっ、そんな!』『なんて過酷な運命!』とかショックを受けて狼狽する様を見るのがマイブームなんですが」
そんなこと娯楽にしてっから仕事詰まんじゃねぇの、とか思いましたがお姫様は口にはしません。ハタチ超えてるまぁまぁいい大人なので。
「それより良い方良い方」
何より早いとこハナシ進めてくれないかなー的な感がお姫様にもありました。
「死んだ人にそんな勢いで急かされるのさすがに神様はじめて。ええとですね、良い方は……転生者に付き物のチート能力です」
「ちーと……豚の胃袋?」
「モツとかありました?」
「なにしろ酒文化が発達した世界でしたので」
「返す返すも良さげな世界でしたね、重ね重ねご愁傷さまです。この場合のチートは……まぁ、転生者ならではの便利な力という感じです」
「なるほど魅惑の響き」
「まずは前世の記憶をそのまま保持したまま転生人生を送れるってのが前提ですが、もう一つ、いわゆる特殊スキル的なものは……まぁそこまで期待しとかないでくださいね。あくまでも『誰も愛さなかった』条件での転生なので」
「あれ。今更ながらこれって実はなんとなく懲罰的な生まれ変わりです?」
「まぁ条件が条件ですから。ミスジコウガイビルに生まれ変わるとかじゃないだけまだマシかと」
「お前なんで最初におめでとう言った?」
「神様、おまえ呼ばわりされたのわりと久しぶり。軽めにちょっとショック」
「既に何度かはされてるですね」
まぁ、さもあらんとも思いましたがそれも口にはしません。大人ですので。
「ただまぁ、嫌だったら転生拒否もできますよ。そこまで大きな懲罰要素でもないですし」
「懲罰要素マイルドに認めちゃったけど。ちなみに拒否するとどうなるです?」
「まぁ……言っても魂は循環させないとパンクしちゃいますしね。普通に元の世界で記憶とかないまま赤ちゃんからリスタートです。弱くてニューゲームです」
「わたしもわたしだとは思いますけど、なんでちょいちょい中世世界になさげな言葉もってくるです?」
「リ・スタートです!」
「なんで声張って言い直した?」
「さて、どうしますか?」
お姫様のツッコミにもやや慣れました。神様は改まって促します。
「おっけーおっけー」
「変わらずノリ軽いですね」
「まぁ、元々そんなの期待して死んだわけでもないですし。なんだったら使わなきゃいいわけですし。あとハナシそろそろ終わらせたいですし」
「本音が軽く漏れ出てますよ? 神様そんなぞんざいな扱いされたの生まれてこのかた2万6千5百回め。わりとショック」
「わりとけっこうな数されてるですね」
さもあらん、とは思いましたがやっぱり口にしません。もはや面倒な域なので。
「ではお伝えいたします。あなたの転生チート能力は――――」