魔剣戦記外伝1 山賊料理の店
魔剣戦記 序〜Ⅱまでのネタバレを含みます。
先に本編ストーリーをお読みいただければ幸いです!
毎日山に入る。
木の実や食える木の根、山菜を採る。
罠にウサギや山鳩がかかってないか、確認する。
運が良ければ鹿やキジに会えるし、もっと運が良ければそいつらにオレの当てずっぽうな矢が当たっちまう。
そいつらを持ち帰って料理して酒と一緒に客にふるまう。
宿を求める客があれば泊めてやる事も出来るし、小さいが風呂だってある。
最初は店に名など要らねえと思ってたが、常連の勧めもあって「山賊料理」と名前をつけた。
もともとそんな名前の料理がある訳じゃねえ。
山で採れる物を、山ん中でも出来るやり方で料理した、山賊風情でも作れそうな野蛮な料理ってこった。
ありがてえ事に、この名前をつけてから、店の評判が上がって客足が途絶えなくなった。
多分場所も良いんだろう。
ウチの店は、海沿いの町から南に登って昔のトラギア方面にに少し入った山道沿いにあるんだが・・・
海沿いの町からトラギアの跡地まで一日で行こうとすると、結構きつい物がある。
日の出前に出ても着くのは日暮れを随分過ぎた時間になる。もちろん休憩なしで、だ。
2日かけて行く手だってもちろんある。
だがそうなると野営の準備が必要になる。
メシ、煮炊きの道具、寝袋、天幕。
荷物は膨大になるし、安全を確保するのも大変だ。
そこでウチの出番になる。
例えば、メシだけをウチで食って、どこかで野営する。
夜明け前に海沿いの町を出て、朝メシをウチで食ってトラギアに向かう。
いっそウチに泊まっちまえば、トラギアまで無理なく一日で着ける。
つまりウチで金を落とせば、旅の荷物をかなり減らせるって事。
近頃は逆にトラギアから下ってくる連中も、よく寄ってくれるようになった。
近くに似た店もねえし、客足が途絶える事はまず無いだろう。
そんな訳で、この場所を勧めてくれたペ・ロウの酒場の店主にオレは頭が上がらない。
香辛料や食材を仕入れにあの町に行く時には必ず顔を出して、近ごろの様子を伝える。
そういや「カタギの仕事はそういう義理みてえなモノが大事なんだ」と教えてくれたのも、あの店主だったか。
最近はトラギアの城跡に宿場町を作ろうって話が降って湧いて、また一段と人の行き来が増えた。
そこでオレは、女を二人雇う事にした。
宿を整えるのにひとり。メシ屋の給仕にひとり。
宿を任せた方は大当たりだった。よく働くし気が利く。人当たりはあんまり良くないが、別にそれで客を失う訳でも無いので気にしちゃいない。
問題は給仕に雇った女だ。
ボーっとしている癖に慌て者。
ワザとかと疑いたくなるほど皿を割る。
愛想だけは異常によいので客引きになるとは思ったんだが・・・
どうもこいつが来てから、オレの仕事が増えたようにしか思えない。
これじゃ割に合わない、そろそろクビにするかと考えた矢先、その客は来た。
昼メシには遅い時間。
娘と男。
男の方は知らない。
だが、娘の方は見紛うはずもない。
あいつ・・・いや「あの方」だ。
隙のない身のこなし。
赤と白のマダラ頭。
腰には大剣。
姿かたちは変わっている。
なんだか顔の印象もちがう。
だが間違いない。
三年前、オレ達をぶちのめした、あの娘。
音に聞くトラギアの生き残り。
オルドナをぶっ倒しちまった、王女様だ。
何しに来たのか・・・
少なくともオレをぶちのめしに来た訳じゃ無さそうだ。
馬鹿でかい剣を履いちゃいるが、殺気はまるで無い。
隣の男となにやら話しながら、一番奥の空いてる席に着いた。
まだ昼メシにははやい時間。
客は王女たちの他には一組しか居ない。
ふたりはメニューが書いてある壁を眺めている。
・・・どうやら、メシだ。
「どうかしたんですか?すごい汗。」
給仕の女が突然話しかけてきて、腎臓が口から出そうになる。いや、いくらなんでも腎臓は出ねえな。だが少なくとも胃がひっくり返りそうにはなった。
「な、なんでもねえ。
・・・ほれ、客だぞ、さっさと注文を聞いてこい。」
給仕の女がふたりが座るテーブルに近づくと、王女が給仕に向かって微笑む。
オレはさっきから感じていた違和感の正体に気づく。
そう、笑顔だ。
三年前は、表情がまるきりなかった。氷のような、まるで機械のような。
それが、まるで普通の、その辺に居る娘っ子のように笑いやがる。
別人なのか?
いや、やっぱりそれは無い。こんな身のこなしが出来る女なんて、そんなに沢山居てもらっちゃ困る。
給仕が戻ってくる。
王女は山鳩のスープに芋の岩焼き。男の方は豆と干し魚の煮込みにパン。
・・・いい注文だ。
どれもここでしか食えない物。
腕が鳴る、とはこの事だ。
豆と干し魚の煮込みは作り置きがたっぷりあるから、温めるだけ。
小鍋に取り分けて火にかける。
同時に芋を焼くための石を熱しはじめる。
そして自慢の山鳩スープ。
丸々一羽、羽根を毟って火でよーく炙っておいたやつを取り出して、野菜と刻んだショウガを一緒に湯に入れて、強火で煽る。
ぐらぐらと煮える湯に、山鳩の旨みが出てくるのがわかる。
この辺で、薄く切った芋を焼けた石の上に乗せる。
ほら、ちょうど同じ頃に、全部の料理が出来上がった。
山鳩のスープに塩を振る作業は給仕に任せて、オレは煮込みと芋を盛り付けて、この辺りで獲れる黒小麦を使った固いパンと一緒に出す。
自慢の山賊料理。
舌の肥えた王女様の口にだって合うに違えねえ。
給仕に運ばせる。
こぼさずに、運べた・・・
そんな事まで心配しなきゃならないのも、アホらしい。
やっぱり、クビにしようと改めて決意する。
洗い物をしながらこっそりと王女達の様子を伺う。
どちらもそれほど喋るタチじゃ無いようで、黙々と食べている。
食の進みは、悪くない。
ってことは。
カウンターの下、客からは見えない所でオレは拳を握る。
料理人冥利に尽きる。そんな感じだ。
出したものは全部、ふたりの胃袋に収まった。
しばらくして、ふたりは立ち上がる。
会計は男がするようだ。そりゃそうだ、王女様にそんなことはさせまい。
会計が終わると、オレは扉を開けてやる。
男が先に出る。
そして王女。
すれ違いざまにオレだけに聞こえる声で言う。
「その説はご無礼を。
真っ当なお仕事をされているようで、安心しました。
お料理、美味しかったです。
ありがとう。」
口をあんぐり開けてしまった。
オレなんかを・・・覚えてくれているのか。
礼を言いたいのは、こっちだ。
無法者だったオレを、真人間に戻してくれた。
あんな偉業を成し遂げた王女様から見たら、オレらを懲らしめた事なんて道の小石を蹴飛ばしたくらいのものだろうに・・・
なんだか熱いものが込み上げる。
ふたりが山道に消えるまで、オレは一歩も動けずその場で泣いた。
「ひっ」
店の中で給仕の女が変な声を出したのが聞こえる。
なんだ、こっちがいい気分で感傷に浸ってる時によ。
また皿でも割ったかよ。
「ご・・・!!ご・・・!!」
給仕が変な声を出しながら、慌てた様子で外に飛び出てくる。
「は?」
「ご主人!!様!!」
「な、なんだよ・・・どうした?」
「さっきの山鳩!!!」
「へ?」
「お塩ではなく、お砂糖を・・・たっぷりいれてたようで・・・」
卒倒しそうになるのをなんとか耐えた。
あんなもの甘くしちまったら・・・
どんな不気味な味のする食いもんが出来上がるのか・・・
一番大事な客に・・・なんでこの女は。
「おい、お前・・・知らねえと思うが、さっきの山鳩を頼まれた方はな・・・
トラギアの・・・ユリース王女様なんだよ。」
給仕が泣きそうな顔になる。
「そ、そんな・・・
立派な身なりの方だとは思ったけど・・・
そんな・・・私はなんという失礼を・・」
クソ、どこまでもどんくさいな。
だがよ・・・
オレは解っちまったんだ。
ここは王女様の心意気に答えなきゃ、男が廃るってもんだよな。
「・・・お前はあの方に感謝しなきゃならねえ。
もちろんオレもな。
王女様はきっと、お前のミスをわかってて、それでもオレやお前や店の看板を傷つけまいと・・・
美味いフリをして、残さず食べてくだすったんだ。
わかるか?
王族の気概とか、慈愛?みたいなもんか?
そういう、オレらのような凡人にはわからねえ崇高な物を、やっぱり持ってんだな。
・・・ありがてえ事だよ。
オレはな、実はお前を今日にでもクビにしようと思ってたんだが・・・
あの方が教えてくれたよ。
宣言するぞ?
オレはこれからもずっと、根気よくお前を使い続ける。
何枚でも好きなだけ皿を割りやがれ。
いくら水をこぼしたっていい。
塩と砂糖は間違えにくいように器にでかく書いといてやる。
だから・・・頑張れ。
な?
ゆっくりでもいい。
この店で、ここに来るお客の為にとことん頑張ってみろ。
できるよな?」
給仕は涙を流しながら、コクリコクリと何度も頷いた。
──────
ペ・ロウ。
「魔力の杯」亭。
普段より静かな店内。
カウンターでは大柄な男女が店主と談笑していた。
「しかしよお、おめえらも変わったよな。」
ヒゲの小男・・・この店の店主が感慨深げに呟く。
「んなこたねえよ。なんにも変わらねえ。
ちっとばか金回りが良くなったくらいの話でよ。」
男が答える。
「フン、ツッパるんじゃねえよ。王女様の右腕になってオルドナをぶっ倒しちまった奴らがよ。」
「バカ、オレらなんかは右腕どころか足の指が関の山だ。世の中にはバケモンみてえのがうようよいるってのがわかったよ。」
「確かになあ。あたしもそれは思ったね。味方も敵も、バケモン揃いだった。だけど、あたしらもいい線いってたと思うよ?
実際、オルドナの近衛といい勝負した訳だし。」
女は酒が回って上機嫌。
男の肩をパンっ、と叩きながら言う。
「まあ、な。
だけどロレンはあれだよな。
俺らと同じ・・・なんつーか、「凡人枠」っていうかさ。
「化け物枠」がユリース、ガスパス、あとアスラって奴もとんでもねえ。
ああ、ジャンもトニもか。」
「フフ。なるほどね。」
「はあー。そうかあ。
おめえらも相当の腕っぷしだと思うがなあ。
まあ、おれもユリースを見てるから、確かにそんな風に思っちまうのも無理ねえとは・・・あ!」
「なんだ、どうした。」
「おめえら覚えてるかよ、山賊退治やったよな?」
「んーと・・・あれか?ユリースの初仕事?」
「そうだ。ここでユリースがおめえをぶちのめして取ったあの仕事だ。」
男・・・クラウは渋い顔を作る。
「あたしそれ知らないよ?」
女・・・ビッキーがニヤニヤしながらクラウの顔を覗き込む。
クラウは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「そうだったかな。
いや、あん時の山賊の頭がさ、いまは更生して山ん中で料理屋をやっててな。
何くれとなく世話を焼いてやってるんだが・・・
こないだ手紙が来てよ・・・」
店主は、料理屋で間違えて出してしまった不味い料理を、ユリースが店主の為に眉一つ動かさずに残さず食べていったエピソードを話して聞かせた。
「奴はユリースの気遣いにいたく感動したみたいでな。
今じゃ王女の為に世界一の料理屋になってやる、とか息巻いてるよ。
・・・俺も感動した。
なんて言うかユリースの奴、すっかり女王様になっちまったんだなってよ。」
クラウとビッキーはゆっくりと顔を見合わせた後、同時に噴き出した。
「な、なんだよおめえら!笑うとこかよ!
いい話じゃねえか!」
ふたりはひとしきり笑ってから、同時に店主に言った。
「あいつはさあ、」
「ユリースはさ、」
『酷い味音痴なんだ』