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RUN OUT  作者: 鬼柳シン
5/8

捜査

「待っていました!」


 カーミラと語り合った翌日。まだ約束の時間より一時間も早いというのに、桜花は真っ赤な服装で、共同スペースにいた。


「まだ、準備ができていないんだけれど」


「善は急げ、ですよ? 警察官なら、一刻も早くこの事件の首謀者を捕らえて吸血鬼にしてもらいましょう!」


 目的が一部変わっている。捕らえるのはいいとして、吸血鬼にしてもらうとは。


「なんで、吸血鬼になりたいの」


 この前も聞いたが、明確な答えはなかった。なので、改めて聞いてみると、また考え込んでいる。

 目を強くつぶって唸っていたが、痛い、と片目を押さえて思考は終わった。


「このカラコン、色はいいんだけど、目に合わないなぁ」


 外せばいいものを。十四歳がカラーコンタクトをつけるなど、年齢的には早いと思う。値段も結構するだろうに。


「とにかく、もう少し待っていてね。カーミラの準備もまだだから」


「なら、私も更に吸血鬼に近づきます!」


 そう言って駆けていった桜花を見送って、自室に戻る。アナログな手段だが、手帳とボールペンをポケットにしまうと、赤いジャケットを羽織る。その他の貴重品はカーミラが持ってくれているはずだ。

 本当なら、スマートフォンとやらを使って情報を残しておきたいのだが、そんな器用なまねはできない。やれることは、実際に現地を歩いて、見たことを手帳に残して、鋭くなった感覚で探す。時代遅れなのは百も承知だ。


 とにかく準備が整うと、カーミラの部屋をノックする。女性なので返答を待ったが、すでにいつものメイド服姿で準備を済ませていた。


「どうか、しましたか?」


 置いてきぼりを食らって、しょげている。そんな情けないことは口に出さずに、時間より早いが共同スペースへと向かう。

 そこには、悪いことを抱いているような不敵な笑みで、桜花が待っていた。


「与えられた時間で、更に吸血鬼に近づきました」


 どこが変わったのやら。肩をすかして風体を見れば、相変わらずの赤いロングコートに、赤い髪と、深紅の瞳。肩から下げているカバンも赤と黒で彩られており、十字架のネックレスをつけていた。

 十字架は世間では吸血鬼の天敵ではないかと問おうとしたが、その、ニっと笑った口元に見えた歯に視線が集まる。


「……牙?」


 気づきましたか! 桜花はよほどうれしいのか小躍りすると、口を開けて見せつけてきた。


「自作した吸血鬼なりきり用の牙です! いずれは本物の牙を生やして、生き血を吸うための練習ですよ」


 まず一に、吸血鬼にも牙はない。二に、血を吸う方法は、気絶させた相手からナイフか何かで傷をつけて吸うか、輸血液を貰うかだ。

 わざわざ少女の夢を壊すことはしたくないので黙っていると、早く行きましょうと急かされる。余程、吸血鬼に近づけるのが楽しみなのだろう。


 変なことを言ってニオのフォローが無駄にならないように、僕は「余計にことはしない」という約束をして、病院を出た。また子ども扱いされたと頬を膨らませていたが、僕からすれば子供どころか、殻のついたヒヨッコにもならない。




 都会の真ん中から一歩離れた静かな場所。そう言い表せば、ある程度は伝わるだろうか。高いビルもマンションもなく、駅やバスターミナルが近くにあるわけでもないが、道行く人は多い。

 あの大学病院を訪れる人も多いのだろうが、日本人の店が立ち並ぶ商店街や、木々に囲まれた図書館がある。そこへ向かう人が大半だろう。

 こうして都会の喧騒はなく、だれもかれもが目的地に向かって進む中、僕たちの道程は長いものになった。


「あ、ここ廃墟だよ! 吸血鬼が潜んでいるんじゃないかな!」


 桜花が、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、なかなか進ませてくれない。どこか暗い所や人気のないところを見つけては、吸血鬼がいると騒ぐのだ。

 いちいち構っていたら、どれだけの時間を要するだろうか。赤い少女がぴょんぴょんと飛び跳ねるように寄り道をするのを止めるに、何か有効的な手段はないものか。


 カーミラはいちいち立ち止まっても、文句の一つも言わない。僕もそれくらいの落ち着きが欲しいところだけれど、いつ記憶喪失になるかわからないのだ。少しでも早く、事を進めたい。


 そう思案していると、道の先を行く桜花が、ピクリと止まった。

 そうして、カバンから赤い液体が入っている小瓶を取り出すと、ふたを開け、難しい顔をしながら、喉に流し込む。

 とはいえ、この匂いは血――吸血鬼の血だ。

 小瓶一杯の血を飲み干すと、すぐに先ほど買っていたペットボトルの水をすべて飲み込んだ。

 片膝をついて荒い息をする桜花を見て、失念していたと自らの行いを悔いる。桜花は病人なのだ。大学病院の院長であるニオが、人間の医療技術を使わずに、僕たち吸血鬼の血を投与するほどの。


 次第に荒い息も収まってくると、振り返って力のない笑みを浮かべた。


「あ、ははは……大丈夫だよ。ちょっと疲れただけでさ……」


 意地を張っているつもりだろうか。だとしたら、嘘つきの才能はない。素人目でも、危険な状態だとわかる。

 すぐにでも、病院に戻ろう。僕は桜花の手を取ったが、払われる。そして、涙を流しそうになりながら、懇願した。連れて行ってくれと。


「私の忘れちゃった記憶が、言ってるんです! 吸血鬼を探せって……」


 出会ってから元気一筋だった桜花が、濁流に流されまいと必死に根をはる藁に見えた。いつ、流されてもおかしくない、弱弱しいものに。

 どうしようか。桜花の体調を考えるのであれば、すぐにでも病院に戻るべきだ。だが、桜花は必死に連れて行ってくれと願っている。

 初夏の風が吹く住宅街の中、長考の末、頭をかいた。「わかったよ」と言って。


「だけど、無理はしないでね。あっちこっちに行くのも禁止だ。警察署だけだよ」


 それでいいか。腕を組んで桜花を見下ろすと、小さく頷いた。


「それなら急ごう。君の言う通り、善は急げと、日本人は言うのだから」


 僕の声に、二人は相槌を打って、まっすぐ警察署に向かった。吸血殺人のヒントがあると信じて。




 見上げるほどでもない高さの警察署には、青い制服の警察官たちがちらほらと見受けられる。白バイで出ていく警察官もおり、監視カメラはそこら中にある。

 吸血鬼は映像媒体に映らないので、長く居すぎると、怪しまれるかもしれない。そんな一抹の不安を感じながら、正面の自動ドアを通り抜ける。幾人かの警察官たちが怪訝な顔を向けてくるが、ニオの兄が貰ってきてくれた許可証を、事務仕事をするカウンターの警察官に見せると、内線で通話が行われ、少し待つように言われた。


 しかし、なんというか、居心地が悪い。確かに僕は死にそこなった犯罪者だけれども、この二人は違う。だというのに、署内を歩く警察官たちは、不審者を見る眼付きだ。

 なぜか。数舜考えると、答えが隣に座っていた。


「ん? どうしたの?」


「いや、別に」


 カーミラはともかく、桜花のような子供を、他国の人間が連れまわしている。余計なことをすれば、職務質問では済まされないかもしれない。

 早く、情報が欲しい。誰からどうやってもらうのか知らないが、カウンターの警察官は、内線で誰かを呼んでいたのだ。


 しばらく居づらい空間の中でひっそりとしていたら、背の高い白人が歩み寄ってくる。亜麻色の髪を短く整え、紫紺の瞳で世界を捉えている立ち姿は、見ただけでニオの兄だとわかった。


「すまない。会議が長引いた」


 たんぱくというより、冷静沈着な声音の警察官は、まず『アルト・フィクナー』を名乗った。

 こちらも名乗ろうとすれば、ニオから聞いているので結構と拒絶された。なんというか、近づきにくい人だ。


「しかし、その赤毛の少女については聞いていない。二人の子供か?」


 僕とカーミラを見てそう思ったのだろうが、ハッキリ否定する。主と従属とは、対等ではいけないのだ。


「えーと、その、私は鳴瀬桜花です。二人に無理を言ってついてきました」


 意外と敬語がなっているな、などと見ていれば、なんですか? と見上げてくる。

 なんでもないと誤魔化して、まだ納得のいっていない桜花をよそに、アルトへ聞いた。吸血殺人について、教えてくれるのかを。


 物好きな奴だ。そう口にしたアルトは、ついて来いと促す。どうやらアルトの地位が高いのは本当のようで、不審者を見る目つきが感じられなくなった。


「ニオは、この事件を解決できるのはお前たちだけだと言っていたが、何をするつもりだ」


 怪訝な顔のアルトに、どう説明するか迷っていると、桜花が口をはさんだ。こういう事件のプロフェッショナルだと。

 別にそうではないのだが、アルトは「ほう」と、怪訝な顔に興味が浮き出た。


「まあ、今の日本は移民大国だ。俺もこの通り白人だしな。それで、人が流れ込んできたということは、当然犯罪者も混じっている。俺たちはその線から追っていたが、残された映像はどれも、異様だ」


 異様? と聞き返せば、見たほうが早いと、『吸血殺人対策本部』との紙が貼られている部屋に入る。

 中は暗かったが、アルトが電気をつけると、何十台ものパソコンが並び、ファイリングされた書類や画像が机の上に散乱している。

 とても、捜査が進んでいるとは思えない。


「正直な話、このままだと迷宮入りも覚悟していたからな。お前たちの手腕次第では、渡りに船になる」


 だから、知りえた情報はすべて公開する。アルトは言葉通り、この部屋を好きに使ってくれて構わないと、壁にもたれかかった。


「すまない。あまり寝ていなくてな。何かあったら呼んでくれ」


 そうまでして探してくれていたことはありがたいが、僕にはパソコンの使い方なんてわからない。カーミラも勉強しているようだが、まだまだ基礎を頭に入れた程度だ。


「アルトさん、パスワードはなんですか?」


 黙考に陥りそうになったら、桜花がデスクトップパソコンのマウスをいじっている。アルトも失念していたようで、口頭で伝えていた。


「パソコン、できるのか?」


「逆に、あなたたちはできないんですか」


 正直恥ずかしい。殻のついたヒヨッコにこうまで言われるとは。しかし、おかげで画面にいろいろと画像や動画が出てくる。あまりこういうものは子供に見せるべきではないので、R18になりそうになったら、カーミラに目をふさぐように耳打ちしておく。


「出たよ。この一か月の犯行動画が」


「本当か」


 子供とはいえ、僕たちとは違う時代で育ってきたのだ。これくらい朝飯前なのかもしれない。

 そうして、一つの動画をクリックして再生する。映し出されたのは、早速男性がはらわたを抉り出されていた。

 見せないほうがいい。とっさに手を出しかけたが、桜花は次々に動画を開いては、こちらへ見せてくる。


「怖く、ないのか? こんな映像、夢に見ちゃうよ?」


「いや、私はこういう動画をたくさん見てきたから。今までと一緒だよ。でも、この映像、おかしいね」


 まさにその通り――と、吸血鬼を知らない人からすればそう思って当然だ。吸血鬼は映像にも写真にも写らないのだから。

 桜花たちから見たら、被害者が宙に浮いたままだったり、なにもないのに吹き飛ばされていたりするのだろう。それは確かに異様だ。

 しかし、桜花がいくつもの動画を流し、カーミラがファイルの中にある死体の画像を見せてくれると、既視感があった。

 殺し方の手順とでも言おうか。どこかで見た気がする。

 はらわたを引きずり出して、首を絞めて、ナイフで刺し殺して――ほかの猟奇殺人事件とも同じように見える映像と画像は、誰かがやっていた気がする。


 つまり、犯人は近くにいる? もしくは、仕留めそこなった吸血鬼がいたのだろうか。


 今度こそ黙考する。動画と画像はカーミラと桜花に任せ、どこで見たかを思い出そうと、頭をぐるぐると回すが、答えは出ない。

 しかし、絶対に見たことはある。それだけは疑わなかった。




 日が暮れるまでの捜査の結果、桜花はグッタリと机に突っ伏している。病気ではなく疲れたのだろう。夜になるまでパソコンと向き合っていたのだから。


 とにかく、今回集まったデータからは、正体は過去に遭遇した吸血鬼。もしくは、近くにいる吸血鬼――考えたくないが、カーミラだ。

 カーミラなら、僕が記憶喪失の間に、こういう犯行を起こせる。それに、カーミラが僕を見つけた日は、早くに寝た。その晩に一人殺されていたあたり、怪しまずにはいられない。


「どうか、しましたか?」


 桜花を起こしながら、カーミラの深紅の瞳を見つめる。何事かと首をかしげていたが、理由は話せない。

 今のところ一番怪しいのは、カーミラなのだから。


「そろそろ、ここも閉める。また調べることがあったら来てくれ」


 アルトの声から我に返る。そして、カーミラの忠誠心を思い返す。

 違う答えでありたい。本当にそう思う。でも、怪しいものは怪しいのだ。


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