第5話・いじめられっ子とのやり取り①
さて、そういうわけで波瀾が怒涛に万丈の如く押し寄せてきたわけだが、だからといってただ流されていくわけにもいかない。
内心で滝のような冷や汗をかく俺の前で、可奈田先生は生徒に向けてぱんぱんと手を叩く。
「はーい、えっと、転校生さんのことはみなさんも気になると思いますが、今から始業式ですよー! 先生みたいに遅れちゃったらダメですからね!」
俺のこともそこそこに説明を始めだす可奈田先生。
だが、ここは強引に割り込んででも話を聞いてもらわなければならない。
「それでは今から講堂に移動し――」
「先生」
「あ、ごめんなさい転校生さん! でも、説明はひとまず始業式の後で――」
「先生」
「え……えっと、ごめんなさい、でも今は――」
「先生。話を聞いてください。今すぐ」
「え、え? で、でも先生は講堂に皆さんを引率して、それが終わったら職員室に行かないと――」
「わかりました、では委員長」
俺はずびしとクラスの委員長を指差す。
委員長は慌てて背筋を伸ばして答えた。
「は、はい! ですがあの、赤坂、さん? なぜオレが委員長だと知っているんです?」
「先生に代わってクラスの引率を。任せていいですね?」
「え――いえ、了解しました!」
有無を言わせない俺に、委員長が何故か敬礼で返答。少し浮かれたような顔で廊下にクラスを集める彼に対し、他の男子生徒たちから何張り切ってんだとヤジが入る。
俺はそれを横目で眺めつつ、先生を教室から連れ出して職員室へと向かう。
「あ、あの、転校生さん!?」
「いいから行きますよ。職員室には生徒名簿なんかもあるでしょうし、それを確認しながら話をしましょう」
そういうわけで、職員室。
大半の教師が始業式に出払っているためか、普段よりいくらか伽藍としているそこで、俺は夏休み前に罹った『奇病』について説明した。
「――そういうわけで、俺は転校生じゃなくて、最初から一年F組に在籍している男子生徒、赤坂 聖です」
「……い、いやいやいや! いくら先生が新人だからって騙されませんよそんな! 大体クラスの皆さんだって普通に転校生だーって大騒ぎしてたじゃないですか!」
「あれはただのドッキリっていうか、悪ノリです。ネタバラシする直前に可奈田先生が口挟んだせいで話がややこしくなりましたけど」
俺ははぁ、とため息をつきつつ呟く。
「……人のギャグがスベったところを無駄に煽りやがって、クソが」
「口悪っ! 待ってください待ってください、良家のお嬢様みたいな女の子から飛び出す遠慮ない言葉の数々に先生の頭がキャパオーバーです!」
可奈田先生は目をぐるぐると回しつつも、どうにか頭を振って体裁を取り戻す。職員室にいた他の教師たちに同意を求めるようにしながら、腰に手を当てて俺をたしなめた。
「ていうか、もう! ダメですよ大人をからかっちゃ! こんなのただの悪ふざけだってすぐにわかっちゃうんですからね! ですよね、学年主任!」
「いや、その子が言ってるの全部本当だけどね?」
「全部本当だったんですか!?」
学年主任の先生はショックを受けている可奈田先生の机(色んな書類が山のように積み重なっている)から、俺に関する書類を取り出す。
「ほら、赤坂 聖くんの『奇病』に関する手続き書類。若い人はあんまり知らないからねえ『奇病』のこと。私が子供の頃は結構大きなニュースにもなったんだけどねぇ」
可奈田先生は書類を食い入るように見つめつつ、愕然とした声を漏らす。
「ま、まま、マジです……! ちゃんと前任の田中先生の判子も押されてます……!」
「そういうわけで、後でちゃんと訂正してほしいんですけど……。しかし嫌だなあ、今更あの空気の中ネタバラシするの。絶対微妙な雰囲気になるじゃないですか。はーぁ、良かったですね、可奈田先生。着任早々クラスが静かになって」
「赤坂くん、お淑やかな顔してものすごい皮肉ってきますぅ!」
うわぁん、と悲鳴を上げる可奈田先生。苦笑しつつ去っていく学年主任の先生。
「……あの……」
と、そこへ、コンコンと遠慮がちに職員室の扉をノックする音が響いた。
「……すいません、一年F組の輪泉 遥です」
「え、あ、はい! 入ってください、輪泉さん!」
失礼します、と小さな声。
職員室の中に入ってきたのは、おさげ髪の女子生徒だった。
ああ、そうだ。そういえば同級生にこんなやつもいた。
今さっき自分で名乗っていたが、彼女の名前は輪泉 遥。クラスの中では地味な女子だが、顔立ちは結構整っている。見るからに性格が暗そうだし、切れ長の目が少々剣呑ではあるものの、そこさえ除けばまあまあ可愛らしい感じの女の子だ。
俺とはほとんど関わりがない――というか、俺はほとんどの生徒と全く関わっていないのだが、彼女とは一度話した覚えがある。ええと、どこでだったか。
「先生が来ないので、こっちから来ましたけど……」
「ごご、ごめんなさい! ああ、先生、初日から遅れてばっかりです……!」
「今から始業式の方に合流するので、それだけ……」
「ええっと、あの、輪泉さん、その、辛いようだったら無理はせずに……」
「……いえ、大丈夫です」
少し俯いたまま、ぼそぼそと喋る輪泉。
ああ、思い出した。例の罰ゲームで俺に告白してきた女子だ。ほら、俺が二話で京さんに言ってたやつ。あの罰ゲームの時も今みたいな感じで、明らかに気の乗らないテンションで俺に話しかけていた。
「で、でも……」
「本当に、大丈夫ですから」
不安げに尋ねる可奈田先生に、どう見ても大丈夫ではない顔で答える輪泉。
こいつ、暗いと言ってもここまでどんよりした感じではなかったはずだが。思えば俺の悪ふざけの自己紹介をした時もいなかったし、体調でも悪いのだろうか。
「――どうせ、あっちは、悪ふざけのつもりなんでしょうし」
彼女の言葉に、俺はわずかに息を呑んだ。
それぐらい、恨みつらみの籠もった声。
可奈田先生が慌てて、行き場のない両手を体の前で彷徨わせながら、輪泉のことを心配する。
「あの、その、つ、本当に大丈夫なんですよね? クラスが辛かったらいくらでも相談してくれていいですから、先生、その、新人ですけど、頑張りますから……」
「……いいです、別に……気にしないでください」
……ああ、なるほど。
そういう感じか。
正直、F組の様子はほとんど変わっていないと思っていた。
しかし輪泉を見て、俺は伊良部の情報は思ったより正確だったのかもなぁ、と思い直す。
「…………」
視線を気取ったのだろう。ようやくこちらに気づいた輪泉が、長い前髪の隙間から覗き込むようにして俺を見る。
ここまで無反応だったので俺にさほど興味がないのかと思ったが、単に俯いていたせいで気づかなかっただけらしい。まず金髪を見て、それからこちらの顔を見てどきりとしたように視線を彷徨わせた。
まあ、学校に金髪赤眼だからな。どうしたって気にはなるだろう。
「あの、そちらは……」
輪泉も俺が誰かはわかっていないらしい。そりゃそうか。
よし。
せっかくだし、やるか。
俺は淡い色の金髪をさらりとかき上げ、自分のスイッチを切り替える。
「あ、輪泉さん! 少し驚いたかもしれませんが、この子はですね――」
「はじめまして、輪泉さん。わたくし、今日この学校に転校してきた、赤坂 聖と申します。あなたも一年F組なのですわよね? クラスメイトとして、今日からよろしくお願いいたしますわ!」
「――ってちょっと、ええ!? あの、あ、赤坂くん!?」
突如お嬢様ロールを再開した俺に対し、驚きの声を上げる可奈田先生。
俺は少し耳を寄せるようにして、可奈田先生へと顔を近づける。
「何かしら、可奈田先生?」
「何かしらって! その、今から誤解を解こうとしてたのでは!?」
「誤解? はて、何のことでしょう? 何か言いづらいことでして?」
「え、だ、だから――」
「(転校生なら、いじめられっ子とも仲良く出来ると思いませんか?)」
「へっ……!?」
可奈田先生の耳元で、輪泉に聞こえないようにぼそりと呟く。
「(ネタバラシはもう少し先にしましょう。いいですよね?)」
「(あ、は、はい……)」
「ふう。全く、可奈田先生ったら、自分が髪型をアフロヘアーにしたまま学校に来てしまったことを誤魔化すのに必死になってしまって。ふふっ」
「いやそんな話は微塵もしていないですけど!!」
「あら、申し訳ありませんわ。冗談というのは思ったより難しいですわね。わたくし、あまり可奈田先生のような珍妙な方とお話するのは慣れていなくて……」
「教科書に載せたいぐらいの慇懃無礼!」
俺はくるりと踵を返し、先生に背を向け輪泉へと話しかける。
「ええと、輪泉さんも始業式に合流するのですわよね? 私、まだこの学校に来たばかりで……すみませんが、講堂の方に案内していただけますか?」
「え……あ、はい……」
そして俺は、とっくに中のことを知り尽くしている校舎を案内されつつ、顔見知りの女子生徒に初対面として講堂へと連れられるのであった。
※
朝こそ激動だったものの、その後は特に何があるわけでもなし。
今日は始業式と多少のホームルームだけだったので、午前中で学校は終了。
放課後も話しかけてくる興味津々のクラスメイトに対し「華道のお稽古がありますので……」などと適当にうそぶきつつ下校。
家に帰った俺は狩りゲーの通信対戦をしつつ、伊良部と音声チャットで駄弁っていた。華道とは。
「――つーかイジメなんてのはイジメられる方が悪いんだよな。イジメられるのが当然みたいな暗い顔してるから悪いんだろうが、クズが。ぶっちゃけ輪泉あいつ絶対どっか性格捻じ曲がってんぞ。悪人とは言わんが頭がおかしい。どっか狂った馬鹿だ」
『いやなんで今日の行動からその言葉が出てくんの?』
通信越しでも変わらないツッコミのキレに満足する俺。まあ、本当は一緒にゲーセンにでも行きたかったんだが、クラスメイトに見られると面倒だし。
あまりにも人情味の無い俺のセリフに対し、伊良部が怪訝そうに問いかけてくる。
『普通に良い話で終わらせとけば良かったのに……。何、またいつもの照れ隠し?』
「俺がいつ照れ隠ししたよ。それに良い話でも何でもないだろ、こんなの」
画面を食い入るように見つつ、がちゃがちゃとボタンを連打する。歴戦個〇って正直手抜きだよな、これ。あークッソ、伊良部に返事したいのに声のトーン調整する余裕がない。
「今日一日見て分かった。あのクラス、クソだわ」
『その声で罵声吐くのやめてくれないかなあ』
あ、ミスった。一乙。伊良部のやつこの手のゲームは俺より上手いんだからちゃんとサポートしろよ。やくめでしょ。
ゲーム内で拠点に戻された俺が戦線に戻ってくる間にも、会話は続く。
『何、やっぱり噂通りだったの、F組?』
「いや? まあ合ってるっちゃ合ってるかもしれんが、正直あの噂は盛り過ぎだな。素行が悪いってほどじゃねえよ。確かに多少は個性的だったけど、言ってしまえばそれだけだ」
自己紹介の時。F組の誰かが俺を指して「ラノベみたい」などと言っていた。
だが、俺に言わせればあいつらも十分ラノベ的だ。転校生であそこまで大盛りあがりする高校生ってのも、物語じゃよく見るが実際はそういるもんじゃないだろう。
『じゃあなんで――ていうか微妙に転校生のノリだよね、聖くん。どんだけクラスメイトに興味なかったんだよ』
「うるせえ。あのな伊良部。世の中、何かに付けて個性個性と言うが、個性的であることってそんなに良いモノか?」
『君ほど個性的な人に言われちゃおしまいだろうに』
「俺に言わせりゃ個性なんて不和の種だよ。なあ伊良部、見てみろ俺を。こんなヤツと友達になってる人間なぞ、ただのアホだと思わないか?」
『とりあえず自虐に僕まで巻き込むのやめてくれる?』
「だけど、それでもあのクラスはまとまってた。俺みたいなのもいたから結束力があるってほどじゃないが、少なくとも表面上はな。そうなる下地を、田中先生が作ってた」
『…………』
わずかに口を閉じる伊良部。俺はコーヒーを一口含んで、飲み干してから静かに言う。
「こないだ家族から聞いたんだが、田中先生よく俺の見舞いに来てたらしいんだよな。忙しいのに。それで身体壊しちゃバカじゃねーのかって話だが」
『君の暴言、なんか段々ツンデレに聞こえてきたんだけど』
「黙れ。とにかく、『個性的な集団』ってのをまとめるには、何か一工夫必要なんだよ。そうじゃなきゃ、どうやったって雰囲気が悪くなる」
『……つまり?』
「わかるだろ」
一拍溜める。
「一人に全部押し付ければいいんだよ。イジメられるのが当然みたいな、暗い顔してるやつ。罰ゲームを断りきれず真面目にやっちゃうような馬鹿だとなおよし。それでそいつ以外は一まとまりだ」
『――――』
正直、仕方のないことだと思う。
あのクラスメイト達にしたって、そこまで本気でやってるわけじゃないだろう。本当は一学期の時みたいにしていたいやつだっているだろう。
ただ、それでも集団ってのは『そう』ならざるを得ないのだ。
「まあ、とにかく――とりあえず全部ぶっ壊すから協力しろ、いいな」
『いいよ』
「即答してんじゃねえよこのお人好し」
『……やっぱりツンデレだよね、君』
「言っとくが別に田中先生の恩返しとかじゃないからな」
『もう言い訳できないよねこれ』
「いや、本気でそんなんじゃないんだが……まあいいや、後で俺の言葉通りだったと思い知ることになるからな。覚悟しろよ?」
まあ言ってもコメディーなので、そんなにシリアスなことにはなりません。次は普通にギャグです。