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第3話・親友とのやり取り②

 数日経った。

 当初はどうなることかと思ったが、思ったより回復は早かった。

 今では運動機能もかなり戻ってきており、日常生活に関しては全く問題ないレベルまで来ている。


「くっ、あぅっ……!」


 が、流石にまだ元の水準とまではいかない。

 歩く時に気を抜くと唐突に転んだり、食事中に箸を時々落としたり……厄介なことは多々ある。

 伊良部(いらべ)と格ゲーをしている今も、そんな些細なもどかしさを如実に実感している。


「あっ、ちょっ……んっ、やっ……! うぅ……んっ! あぁっ!」

(ひじり)くん、ちょっとその声どうにかなんない?」

「うるせえな! 今は低い声を作ってる余裕が……やっ……だーっ、畜生! クソ!」

「このお淑やかで儚げなビジュアルから容赦なく飛び出す罵声のギャップ、何度聞いても脳に悪いなあ……」

「クソですわね」

「そういうことを言っているのではないけども」


 これでもう何連敗だろう。俺は携帯ゲーム機をベッドの上に放り出す。

 がっくりと俯いて、はぁ、とため息をついた。そのままちらりと、目だけで伊良部の顔を見る。


「飽きた。帰れ」

「う、上目遣いからのスムーズな傲慢……」

「もう結構ですわ。そのままお引き取りくださいまし」

「だからそういうことを言っているのではないんだけども!」

「あーもう、指動かしづらいし肩凝った! というか重いんだよ、胸が!」


 言いながら視線を下げる。

 視界に入るのは、ぶかぶかとした病院着の上からでもはっきりと分かる二つの膨らみ。

 まあ、見ている分には眼福ものだろう。俺だって時々気になってしまうし、今も伊良部がさり気に見ているし。


「チッ、クズが」

「何だよ急に!」


 だが、これを他人が付けているならともかく、自分に付いていると本当に邪魔だ。例えるなら胸に水入りペットボトル二つ付けて生活してるようなもん。最近はついに耐えきれなくなってブラを導入してしまったし。大体そもそも俺は貧乳派だし。……いや、それでも好奇心に耐えられなくなって揉んだことはあったけど。恥ずかしくなってやめたけど。


「というかお前病人相手なんだからもうちょっと手加減しろよ! 容赦なしに何度も完勝しやがって……俺が格ゲーの上手さで負けたら、お前に(まさ)ってる部分なんてもう学力と演技力と精神力と性格の悪さだけじゃねえか!」

「うん、結構な分野で勝ってる上に、最後のは勝ってる部分じゃないよね!」

「今度女性看護師さんに『見舞いに来る男友達がイジメてきます。執拗な(格ゲーでの)暴力や(投げ技等の)掴みかかり、いやらしい(コンボの妨害などの)行為を継続してくるんです。どうしたらいいですか?』って相談しよう」

「マジでやめてくれないかな! 何だかんだ聖くんって昔から片霧さんの影響受けてるよねえ!」

「兄貴と結婚したから今は赤坂 (みやこ)さんだぞ」


 格ゲーで負けた憂さ晴らしはこのぐらいでいいか。

 俺は仕切り直すように姿勢を変え、用意してあった飲み物を手に取る。


「麦茶と缶コーヒーとオレンジジュースとコーラとサイダーとジンジャエールとレモンスカッシュ、どれがいい?」

「何でそんなに種類が豊富なんだよ……。じゃあ、オレンジジュースで」

「ほい、伊良部麦茶。俺コーヒー」

「さては最初からその二つしか置いてなかったな?」


 伊良部に麦茶を手渡す俺。が、何故かコーヒーの方を奪われる。


「あっ、てめ」

「病人だっていうなら健康的な飲み物にしときなよ」

「もうほとんど復調してるんだし別にいいだろ。妊婦さんだってちょっとはカフェイン摂っても許されるんだぞ」

「ぶっちゃけた話カフェイン入った聖くんはテンションが上がりすぎてウザい」

「お、言ったな? やるか?」

「格ゲーで?」

「なんでだよ。やらねえよ。というかもういいよ格ゲーは」


 素直に麦茶を飲む。


「そういえば、学校には今のまま通うの?」

「今のまま?」

「ほら、姿が変わったしさ。別人ってことにしたり、他のクラスになったり、あとはまあ、転校したりとか……」

「ああ、それな。親や先生からも色々提案されたけど、そういうのは面倒臭いし無しでいいや。二学期は上手いことクラスメイトから腫れ物扱いされて、一人優雅にぼっちライフを満喫する」

「色んな意味でメンタルが強い……」


 別に、こんなことで悩んだりはしないし、ぼっちなのも気にしていない。俺は何もコミュニケーションが出来ないわけじゃなく、あえてやらないだけなのだ。いや本当に。やれば出来るから。やらないだけ。友達とかそんなに要らないから。マジでマジで。本当だってば。


「けど、男子と女子じゃ少しは勝手が変わってこない?」

「人間なんてどれも一緒だろ」

「うわ、中二臭い」

「うるせえ」

「大体、どれも一緒だって言うならなんで僕とつるんでるんだよ」

「フン、調子に乗るな。(ワシ)にとって貴様など凡百の塵芥に過ぎん」

「何のキャラだよ。そこはツンデレお嬢様とかにしといてよ」

「か、勘違いしないでくださいまし! ただ幼馴染というだけで、私は別に、あ、あなたのことなんて何とも思ってないんですのよ!」

「あ、やってはくれるんだ……」


 げふん、と咳払いをして声を戻し、爽やかな顔で俺は言う。


「まあ、十年も持ち続ければどんなゴミでも多少は愛着湧くだろ?」

「爽やかな顔で言うなよ。僕としても君が十年来の友人じゃなかったらここでキレてたよ」


 全く、と伊良部は呆れ顔で呟く。


「昔は美咲ちゃんのこととか大好きだったのに、今じゃこんなだもんなあ」

「…………」

「え、何?」

「いや……」

「……もしかして、今も好きなの?」

「……別に……」

「……小学校から一度も会ってないのに?」

「……だったら何だよ」

「…………………………………………うわぁ」

「引いてんじゃねえよ殺すぞ」


 あわや十年来の絆も無視してガチバトルに発展しかけるが、通りがかった看護師さんに咎められ、伊良部とともに謝りつつ中止。


「いや、ごめんごめん。つい驚いちゃってさ」

「こう見えて今の俺そういうのに関してナイーブなんだよ……」

「ごめんって。でも、もう会う手段もないじゃん。連絡先も知らないし」

「だよな……」


 わずかに目を伏せて、内心でため息をつく。

 ……全く、なるべく意識しないようにしてたのに。このアホ伊良部め。


「あー、それなら今度、僕の方で心当たり探ってみるけど」

「いや、いい。今の俺だってこんなだし、もうちょっと気持ちの整理つけてからで」

「……うん、そうだね。じゃ、そろそろ遅くなってきたし、また」

「おう」


 病室の扉が閉められる。一人になった俺と、静かになった室内。


「……ああ、もう」


 ゆっくりとベッドに倒れ伏し、枕に顔を埋める。


「……三年間初恋拗らせてるってだけでも気持ち悪いのに、今は女になってるとか……」


 うわ、口に出してみると本格的にヤバいな。三年間初恋拗らせてるの時点ですげえキモい。


「……はあ」


 本日何度目ともわからないため息を吐きつつ、仰向けになる。

 まだ微妙に違和感が残る指でスマホを操作した。前面のカメラに写る、金髪赤眼の美少女。


「……うーむ」


 自分で言うのもなんだが、可愛い。伊良部に対する演技も、この容姿だからこそノリノリになっている部分はある。老若男女問わず好かれそうな美人さん。だからと言って、この容姿の俺が美咲に受け入れられるかどうかはまた別の話なわけで。


「ああ、やめやめ。はい、おしまい」


 全く、何もかもあのアホのせいだ。

 少しの怒りと不安感とともに、再度携帯用ゲーム機を手に取る。

 今度伊良部に会ったらボロ負けさせてやろうと決意しつつ、俺は気晴らしとリハビリを兼ねた格ゲーに打ち込むのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 親友などの掛け合いがとても面白いです。 [一言] 次回にも期待です。
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