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第2話・義姉とのやり取り①

 そして翌日。伊良部(いらべ)と会話を交わした次の日。

 細々とした検査の結果、今日から一時退院となった。投薬やリハビリ、検診自体はまだ続けなければならないものの、久々に家に帰れるというのは嬉しい。


 しかし、一日経ったが体の変化によるギャップにはまだ慣れない。兄が車で病院に迎えに来てくれたものの、今の俺は立つことは出来ても歩けば三歩で転ぶポンコツと化している。

 そういうわけで病室から駐車場までは兄におんぶで連れられ(兄におんぶである、この歳で!)、ようやく久しぶりの我が家へと帰ってきた。


「おう、弟……いや今じゃ妹だな。家に着いたぞ。ここまでおんぶさせやがってこの野郎。軽くなり過ぎてて心配だろうが、さっさと背中から降りやがれ」

「おう、兄貴。誰もおんぶしろなんて頼んでねえよ。腰痛のくせに無理しやがってありがとう、さっさと背中から降ろしやがれ」


 険悪なようで普通に良好な兄弟もしくは兄妹のやり取りをしつつ、リビングへと移動する。


「父さんと母さんは?」

「今日は法事だな。夜中までいない」

「そうなのか、タイミング悪いな……。まあ、昨日一応顔見せてるけど」

「お前の顔見て腰抜かすぐらい驚いてたから、なるべく一緒の時間を増やしたいところだな。それはそれとして、今日はあいつがいるから気をつけた方がいいぞ」

「あいつ? って、ああ……」


 俺が得心した瞬間、二階からドタドタと階段を駆け下りてくる音が響いた。

 バァン! と扉を勢い良く開け放って飛び出して来たのは、エプロンを身につけた小柄な女性だ。

 濡れ羽色の髪を短いツインテールにした、あどけない面立ち。非常に可愛らしい童顔だが、その顔と背丈に反し、ボディスタイルには結構なメリハリがある。

 彼女は俺には目もくれず、兄に対しキラリとポーズをとって口を開く。


Hey(ヘイ),Darling(ダーリン)! お帰りなさいませ旦那様っ! もう、あなたったら遅いんだから全くぅ☆ 私と仕事なら私が史上ナンバーワン! お風呂にする? ご飯にする? そ、れ、と、も……和、菓、子? あっはははは! 和菓子って! あっははははは! あーはっはっはっはっは!」

「酔ってんのか?」


 色々な意味でアラサーとは思えない義理の姉だった。

 彼女の名前は片霧(かたぎり) (みやこ)……いや、赤坂(あかさか) (みやこ)さん。兄の配偶者、すなわち嫁である。見ての通りロリ巨乳な若奥様で、無意味にテンションが高い。大学生どころか高校生でも通用しそうな幼げな美人さんなのだが、それ以外の部分が色々と残念である。


「えー、ていうか何この子! メチャクチャ可愛いじゃない! 何、浮気!? どこでこんなの買ってきたのアナタ! せっかくだから私も半分出すわ! 夫婦の共有資産ということでどう!?」

「兄貴はこれのどこを好きになったんだ?」

「慣れれば可愛いんだよ、慣れれば」

「慣れねえよ」


 キャラとしてアクが強すぎるだろ。まだ二話だぞ。色々なものが霞むだろうが。


 義理の姉は胡乱(うろん)なことを言って楽しげに笑いつつも、何かを探すように周囲をキョロキョロと見渡す。


「ねえねえ、そういえば(ひじり)くんは? 今日退院日でしょ? 可愛い私の義弟(おもちゃ)はどこ!?」

「今しれっと最悪なルビを振りやがったなこの兄嫁」

「んー? 待ちなさい待ちなさい、そこな娘」

「そこな娘て」

「その女の子とは思えぬ乱暴な物言い、聖くんの退院日なのに何故か私の旦那様が少女を連れ込んでいるこの状況、この家を我が物顔でくつろぐ態度、金髪赤眼なのにどこか赤坂家の雰囲気がある顔立ち、そして聖くんが罹ったという『奇病』……!」


 一拍溜める義理の姉。


「ここまでくれば答えは一つ!」

「嫁のノリが面倒になってきた俺から言うが、こいつが今の聖だ。まだ色々不便があるから、お前も出来る限り面倒を見てやってくれ」

「ちょっと答え言わないでよ! 旦那様のいけず! 好き!」

「俺やっぱりもうちょっと入院してていい?」


 帰ってきてから十分ぐらいでもうしんどくなってきた。兄貴は気をつけろと言ったが、気をつけてどうにかなるものでもないだろこれ。

 (みやこ)さんは俺の顔やら頭やらを撫でまくる。何とか払い除けたいが、まだ動きにくいこの体じゃそれも出来ない。


「はーしかしこれが……! 初心なピュアボーイ少年をからかって嘲笑いその痴態を酒の肴にするのも楽しかったけど、これからはこの美少女を好き放題に出来るなんて! 私の新婚生活、まだまだ薔薇色塗れじゃない!」

「色々と看過できない発言がありましたがとりあえず好き放題にしないでください片霧さん。つーかもう新婚ってこともないでしょ」

「旧姓で呼ばないでよ聖くん! 否、聖ちゃん! えへへへ可愛いねえ可愛いねえ、コスプレが似合いそうだねえ、えへへへへへへ!」

「もうやだこの兄嫁」

「ノンノン! お義姉(ねえ)ちゃんとお呼び!」

「……消えてください、義姉貴(アネキ)殿」

「可愛らしさの欠片もない呼び方された!」


 何を言われてもコロコロと楽しげに笑う義姉。しかし俺の金髪に顔を埋めようとした瞬間(旦那の前で何やってんだこの人)、その表情が突然無になった。


「…………」

「え、なんですか……? (みやこ)さんの無言、普段が普段だけに滅茶苦茶怖いんですけど」

「……臭う」

「え?」

「臭うよ聖ちゃん! いやこれダメだよ! 性別に関わらずアウトなレベルの体臭だよ、これは!」

「はあ、まあ。入院中は包帯でしたし。包帯が取れた後は一応一通り清拭(せいしき)されましたけど、シャワーなんかは浴びれてないので……」

「いけません! 風呂、今すぐお風呂にGO! 衛生的にも清潔にしないと――」

「――だが、一人で入れるのか?」


 兄の言葉で、一瞬リビングが静かになった。


「……いや、物を持つとかは難しいけど、流石に自分の体を洗うぐらいは……」

「はいはいはーい! 私が入れます! 入れてあげます!」

「そうか? 見たところ腕の動きもかなりぎこちないぞ。今の状態では流石に厳しいだろう」

「私に任せて! 入浴介助ぐらい余裕だから!」

「ぐ……やっぱ家族の誰かに手伝ってもらうしかないか……」

「はい! 家族です! 赤坂家の一員である赤坂 (みやこ)です!」

「そうなると、三人の内誰に手伝ってもらうかが問題だな」

「あれー? 旦那様ったら誰か一人抜きませんでしたー? ウチは四人家族じゃありませんよー?」

「俺としては兄貴か父さんがいいんだけど。この歳で母親と風呂っていうのは色々とキツい」

「聖ちゃーん? ナチュラルに私のこと忘れてなーいー?」

「いや、十六の弟と風呂に入るなら全然構わんが、十六の妹と風呂となると色々抵抗感があるぞ……。それは父さんも一緒だろう」

「おーい」

「気持ちはわからないでもないけどさ……」

「なんで二人とも私のこと無視するのさ!」

『むしろなんでそんなにノリノリなんだよ!』


 兄貴と同時にツッコんだ。


「いいじゃない別に! 清拭の時だって女性の看護師さんに身体拭いてもらってたんでしょ!」

「む……それは、まあ、そうですけど……。看護師さん達はプロだったし……」

「私だって一応介護士免許持ってるよ! というか、私の方は着衣で入るつもりだもの。そんなに緊張しなくてもいいわ」


 それを聞いて、兄貴はふむ、と顎に手を当てる。


「ならいいか」

「いや俺が良くないが! 兄嫁に裸を見られて風呂に入れられる気まずさよ!」

「俺としては妻の裸が見られないなら別にいいんだ」

「私としても恥ずかしがる美少女を弄り倒せるなら何でもいいよ」

「そこ! サラッと性癖を暴露しない!」


 すったもんだの末、結局(みやこ)さんに介助されることになった。


「兄嫁兄嫁って言うけどさ、実際私にとっちゃ聖くんは実の弟……妹? みたいなものだよ。何なら男だった時でも一緒にお風呂入れるまである」

「ねえよ」

「何よー。もう覚えてないだろうけど、君が赤ん坊の頃はおむつ取り替えてあげたことだってあるんだから。あの頃はあんなに可愛かったのに今になってまた可愛くなっちゃって、このおませさんめ。はーいばんざーい」

「それでもこっちは色々複雑――って、わ」


 半ば無理矢理着ていたTシャツを脱がされる。それぐらいなら自分でも脱げたのに。勢いで胸が揺れた。


「ぅ……」


 一瞬だけ、白い肌が見えた。俺は思わず斜め上へと目を逸らす。


「おおう、ノーブラ」

「っ、るさい……」

「ツッコミにキレがないぞー、頑張れー。モタモタしてるとお姉さんが強引に脱がしちゃうぞー」

「この痴女が、恥を知れ……!」

「普通に生きてたらそうそう聞かないワードが大分心に刺さるけど何も言い返せない!」


 俺は顔が熱くなるのを感じつつも、ズボンに手をかける。

 男の時より上の位置、へそのあたりにウェストがきているズボンを、上手く動かない指で握り、強引に引きずり下ろす。

 手を離すと同時にするりと布擦れの音がした。サイズの合っていないトランクスごとズボンが落ちる。太ももの内側が直接擦り合わされてしまい、すべすべとした感触が返ってくる。入浴のために服を脱いでいるだけなのに、何だかすごくやらしいことをしているような感覚になった。


「……く、ぅ……」

「あらー何だかんだ言ってピュアな聖くんにはこの程度でも刺激が強すぎたかなー? あっはははは、ざーこざーこ」

「死ね……!」

「うわやばい今ちょっとゾクっと来た」


 怒りと恥ずかしさで、お湯に浸かってもいないのにもう頭が茹だってしまっている気がした。

 昨日まではやはり、病院という非日常的な環境かつ、身体が満足に動かない状況だったために、どこか羞恥心が麻痺している部分があった。投薬された鎮静剤等による効能も作用していたのかもしれない。だが、こうして家に帰ってくると、周りがいつも通りなぶん、どうしても自分の身体を強く意識してしまう。


 業腹(ごうはら)な思いを感じつつも(みやこ)さんに身体を支えられ、浴室へと入る。

 シャワーの前でプラスチック製の椅子に座った。耐えきれなくなって目を瞑ったままの俺の背後で、服を着たままの(みやこ)さんがシャンプーを手の平に出している。


「んー? 何これ、髪の毛の手触りヤバくない? なんていうか最上級って感じ」

「ああ……まあ、生えたてみたいなもんですからね」

「あーなるほど、全然傷ついてないのね。え、何それチートじゃん」


 そんなことを言いつつも、(みやこ)さんは思ったより淡々と髪を洗っていく。


「いやあしかし、本当に女の子だねえ」

「そっすね……」

「まあこれから色々あるだろうけど安心してねー。みーんな聖くんの味方だからさ。困った時はじゃんじゃん頼っていいからね」

「…………。……はい」

「ところでこれ、前は――」

「それはもう本当頑張って自分でやるんでやめてくださいお願いします……」

「聖くんって一旦受けに回るとすごい勢いで弱ってくよね」


 俺はやはり目を瞑ってしまったまま、震える手で(それが身体的な不都合以外の、様々な感情が入り混じった結果であることは言うまでもない)自分の身体を恐る恐る洗っていく。くぅ……自分でやると逆に恥ずかしいぞ、これ……。


「しかし、そう思うと断ったのは賢明だったのかもしれないねえ」

「断った?」

「えー? (とも)くんが言ってたよ、聖くんが六月ぐらいに女の子フったって」

「ああ……。アレ、誰でもいいから適当な男子に告白しろっていう罰ゲームだったんで。告白されたのも、俺がそういうのちゃんと見抜きそうだったからってだけですよ」

「あらそうなんだ面白くない」


 でも、と(みやこ)さんは続ける。


「仮に本当の告白だったとしても、カレシが女の子になったら大変だったろうしね」

「…………」

「聖くんは今の所好きな子もいないんでしょ? しばらくはそういうの考えない方がいいよ。別に口出しするつもりはないけど、できたらその辺はもうちょっと落ち着いてからゆっくり悩みなさいな」

「……そっすね」


 (みやこ)さんの言葉を聞きつつも、俺は脳内に一人の少女の姿を思い浮かべてしまう。

 ……ああもう、気にするな俺。

 この人の言う通り、しばらくは『そういうの』を考えない方がいい。


「……!」

「冷たっ! え、急にどしたの、犬か君は!」


 俺は水を切るようにして少女の姿を頭の中から振り払いつつ、どうにか身体を洗い終えるのだった。

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