第16話・ヤンデレとのやり取り①
翌日の土曜日。
今日は学校もないのだが、俺は制服姿で駅に向かっていた。
「というか、女として出かける時の服が制服以外に無いんだよな……」
なんだかんだで遥とデートすることになった俺だが、よく考えてみれば女物の私服が無い。
京さんに相談してみたところ、「じゃあその子と一緒に服買ってくればー?」とお小遣いを貰った。
遥も俺の服を選んでみたいということだったので、ひとまず制服で外出と相成ったのである。
女になった以上は女物も用意しておいた方が何かと便利だろうし、俺としても異論は無いが……服買うのにこんなに金渡されてもなあ。「余ったら聖くんのお小遣いにしていーよー」なんて言われたが、絶対に余るだろう、これは。いや、貰えるものは貰っておくけど。終わったら何買おう。
そんなことを考えている内に駅に着いた。
遥の姿を探って周囲を見渡すが、彼女の姿はどこにも見当たらない。あいつなら待ち合わせの一時間前にはもう着いてそうだと思ったんだが。
携帯で時刻を確認すると、約束の時間はまだ十五分ほど先。
今回は俺の方が早く着き過ぎたか、と携帯をしまう。
「おはようございますお姉さま!」
そして、少し携帯を見ている内に、目の前に遥が現れていた。やはりニンジャなのか……?
「ごめんなさい、少しトイレに行ってて……あは、休日にもお姉さまと会えるなんて、あはははは」
休日でも変わらず狂的な笑みを浮かべるヤンデレ。こいつはもうこれがデフォになってしまったらしい。
しかし、態度に反してその格好は随分とおとなしく……というか、おとなし過ぎた。学校でもやや地味な雰囲気のある遥だが、私服の彼女はそれよりなお一層地味である。センスが無くて地味になってしまった――というよりは、自信がないので目立ちにくい服を選んだ、という感じだ。おかげで隠密能力が学校時より更に上昇している。
美咲は自分に自信がないからこそ精一杯自分をよく見せようと頑張るタイプだが、遥はその逆らしい。素材は良いんだからもう少し思い切っても良いとは思うのだが。
腕に纏わりつかれるいつもの毒蛇スタイルのまま、電車に乗って隣町へ。
俺の住んでいる町は都市再開発が行われこそしたが、別に都会になったわけではない。真面目に友達と遊ぶ予定を立てるなら、ここいらの学生はみんなこっちの町に来る。
そんな賑わう町の、土曜日の駅前というだけあって、人通りも多いのだが……
「……随分と、見られていますわね。流石にこれは……」
「お姉さまが気になるなら、少し、減らしましょうか?」
「どうやって減らす気ですの。そこまで気になっているわけではないからやめなさい」
何もしていないのに、普段より多くの視線が突き刺さってくる。特別嫌というわけじゃないが、無駄に注意力を割かれてしまう。……いや、そこのおばさん、この金髪赤眼別にコスプレとかじゃないから。普通に制服着て出かけてるだけだから。というか探せばもっと派手な人他にいるでしょうに。
「髪も目も自前なのですけどね、一応」
「俗人にはお姉さまのオーラをそのままの形で受け取ることが出来ないのです」
遥の戯言は聞き流すにしても、俺が雰囲気を作りすぎているというのは事実かもしれない。
オーラや風格なんてものは姿勢一つで簡単に作れる。だが、作れたからって受け入れられるわけじゃない。F組の面々はあっさりと受け入れたが、普通はこんなお嬢様キャラ、誰だって嘘臭く感じる。いくら何でも現実離れし過ぎだ。コスプレだと思われるのはその辺が原因なのかもしれない。
遥に連れられ、デパートに到着。……しかし、デパートで服なんて買ったこと無いな、俺。女性向けのショップに立ち入るのも生まれて初めてだ。
「? どうしました、お姉さま?」
「ああ、いえ。こういうところには来たことがありませんでしたから」
「なるほど。わたしのような庶民どもの店ですからね」
「いやわたくしも庶民ですけれど」
「そんなご冗談を。お姉さまは財閥の娘なのですよね?」
「違いますけれど。勝手に適当な設定を生やさないでくださいまし」
「今日も、庶民が身に着けるようなカジュアルな服が無いということで、不肖わたしに服を選ぶよう命じられたという話でしたから。えへへ、まさかわたし如きがいと貴き身分であるお姉さまの服を選べるなんて、あは、本当に光栄です……」
「また何かよくわからない方向にパワーアップしてますわね、あなた」
俺に対して謎の幻想を抱く遥。……いや、でももしかしたら、程度こそ違えど他のクラスメイトからも良い所のお嬢様だと思われている可能性はある。というか間違いなく思われてる。赤坂家、普通の一般家庭なのに。
「――って、待ちなさい。遥、あなた一度私の家に来てますわよね? なら、普通の家だったのも知っているでしょう?」
「え? 何の話ですか……?」
「いや、直接見てはいませんが、ウチにこっそり侵入しようとして京さんに懲らしめられたと」
「みや、こ……? うっ、記憶が……」
「ちょっと」
「や、やめてくださいお姉さま……これは、これだけは思い出してはいけない気がします……どうか、どうかお許しを……!」
「何したんですか京さん」
このヤンデレが怯えるところなんて久しぶりに見たぞ。
遥が本気で呻いているので、この話題は切り上げショップへと入る。
「言っておきますけど、あまり高い物を選ばれても困りますからね?」
「大丈夫ですよ、普通に、私の友達だって使っているお店ですから」
「へぇ、友達なんていたんですね、あなた」
「はい! お姉さまの魅力を伝え広める心強い同志達です!」
ボケのつもりだったのに更に強いボケで押し返された。こいつに対してはもう俺もツッコミ役に回るしかないらしい。もう美咲と京さんだけか、こいつに突っ込めるの。
そういうわけで、遥に言われるがまま服を見繕う。
「試着してきますわね」
「お供します」
「お供しなくて良いです」
「なぜですか! わたしはお姉さまの犬なのに!」
「遥、おすわり」
「わん」
一人、試着室へ。着方がよくわからないものもあったが、携帯で検索して事なきを得る。……それにしても遥のやつ、思ったより普通にセンス良いな。普段からこういう部分を見せてくれると嬉しいのだが。というかこういう部分だけ見せてほしいのだが。
着終わった。試着室のカーテンを開ける。
「……! 非常にお似合いです、お姉さま!」
「ええ、ありがとう。ですけど、これ……」
俺は鏡に自分の姿を映す。シンプルに纏まった印象の、ジャンパースカートにブラウス。ちょっとフリルやレースが多めなんじゃないかとは思うが、まあ、許容出来る範囲だ。だが、こういう系統の服はいわゆる、その……
「……童貞を殺しそうと、言いますか」
「?」
「いえ、何でもありません」
全体としては清楚かつ上品なのに、胸やら何やらが強調されて非常にあざとい格好になっていた。しかも、それに対して「良い」と思ってしまったのがつらい。今までも自分の顔を鏡で見て可愛いな、と思ったことはあったが、それでも、こういうあざとい方面で可愛いのは、なんか違う。童貞に童貞を殺す服を着せるのやめろ。自己矛盾で頭が混乱する。
「……えーと、遥。わたくしとしてはもっとこう、カジュアルな服が良いのですけれど」
「嫌、でしたか……?」
「いえ、嫌というわけではないのですが」
「申し訳有りません、自害いたします」
「とても気に入りましたわ。買いましょう、この服」
「わぁい!」
遥が暴走するので俺が要求を呑むしかないという嫌なパターンが構築されつつあるが、今回に関しては遥も真面目に服を選んだのだろうし、実際ちゃんと俺に似合う服だ。受け入れよう。……これが似合っちゃってるっていうのもなんか、男だった身としては複雑なものがあるのだが。
俺は気を取り直すように淡い金髪を梳き、役に入り直す。
「では、遥。ついでにもう何着か選んでくれませんか? 今度は出来れば、もうちょっと普段使いのし易い、カジュアルな方向で」
「了解です!」
もともと上下で二、三ほど見繕う予定だったので、次も遥に任せる。
「これなんてどうですか、お姉さま!」
次の服はちゃんと俺の要望通り。
色々と信頼出来ない彼女だが、センスに関しては大丈夫そうだ。
※
「……遥」
「なんでしょう、お姉さまっ」
「ここって本当に、普通のお店なんですよね……?」
「ええ、もちろんです! わたしも何回かここで買い物したことありますから!」
「へぇ、普通なんですか、これ……そっかぁ……」
女の服って高いんだなあ、と思いながら、俺は寂しくなった財布を眺めるのであった。
ヤンデレデート編、もう一話続きます。




