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第15話・ヒロインとのやり取り③

 更衣室で一悶着あったものの、どうにか気を取り直し、いつもの動作で役に入り直す。

 もうさっさと体力テストを終えて、生徒会室に戻ろう。このままでは俺の精神が()たない。

 早足で廊下を抜け、館内へと足を踏み入れる。


『ワアアアアアアアアアアアア!』


 瞬間、盛大な歓声が体育館を揺らした。


「……うん?」


 体育館内に集まっていたのは何十人もの生徒たち。

 元々第三体育館を使っていた運動部の面々が迷惑そうに眉をひそめる中、空気の読めないおさげ髪が一際大きな声で叫ぶ。


「頑張ってくださいねお姉さまー! あの女をボロクソに打ちのめしてくださーい!」

「…………」


 遥……お前、お前本当なんでそういう……なんでそういう余計なことするの……。というかどっから聞きつけたの……。


 俺は遥とともにいる生徒達を見渡す。彼女を中心として、学年も問わず男女入り混じった複数の生徒達。

 中には純粋に俺の――というか学内アイドルである「赤坂さん」のファンもいるようだが、そのうちの何人かはなんか……なんか目が血走ってる……。信者(ファン)っていうより狂信者(ファナティック)な視線が突き刺さってくる……。このヤンデレ、少し見ない内に別ベクトルでパワーアップしてきた……。


「見ていますからねお姉さま、見ていますから、あなたを見ています、見ていますわたしはあなたを見ています、絶対に見ています目を、目を離しません見ています、わたしは見ていますあなたを、見ています、見ていますから」


 こっわ……。

 故障したロボのようにこちらを応援する遥に、思わず後ずさりする俺。お前本当にそれ素でやってんの? わざとじゃないよね?


 俺が帰れって言ったら帰るかなあこれ……いや帰んないよなあ、絶対……。

 というかこの圧倒的アウェーな状況で美咲が入ってきたらヤバい。あいつの豆腐メンタルが砕け散る。大豆ペーストになる。


「えーと、遥?」

「はいっ! なんでしょうかお姉さま!」

「私の携帯を持ってきて欲しいのだけど」

「こちらに」

「こちらに、ではありませんわよ。どうしてあなたのポケットからすぐにわたくしの携帯が出てきますの」


 携帯の電源を入れる。「パスワードを複数回間違えたため、機能をロックしています。ロックは一秒後に解除され――」というメッセージが一瞬だけ見えた気がした。……うん、そろそろ変えよう、パスワード。

 俺は遥から画面を隠しつつ、隣の席の近東寺(こんとんじ)くんに、美咲のファンを何人か連れてきてもらうよう伝える。


 それからおよそ五分後。

 第三体育館は、赤坂派と三日月派が集い、それぞれの体力テストを応援する会場へとその様相を変えていた。紙園学園の生徒、ノリが良過ぎる。そして近東寺(こんとんじ)くん有能。後で何か奢ろう。


「頑張れー三日月ー!」「応援してるよ、美咲ー!」「赤坂さんも三日月さんも、体育祭で不利になるのでほどほどで良いですよー!」「なんですかあの人たちお姉さまが勝つに決まってるのにわたしのお姉さまが負けるわけないのになんでなんでなんで」


 俺を応援する側に妙なものが混じっているのはともかく。


「が、頑張るね! みんなありがと!」


 美咲は突如として始まった対決に少し動揺しつつ、自分を応援してくれる側に応えようと気合を入れていた。でもそんなに張りきらなくていいぞ、これ。


 しかし俺の方はどうしよう。見ての通り赤坂派は過激な面々が多いため、両陣営の溝を深めないためにも出来れば俺が勝ちたいところだが……果たしてあの美咲に勝てるかどうか。

 小学校の頃は男女にさほど身体能力の違いがないため、完全に俺がボロ負けだった。だが、よく考えれば今はもう高校生。こんな見た目になっても平均的男子の身体能力を維持している俺なら、十分に勝ちが狙える。ていうか勝つだろ、いくら何でも。


 ちなみに、俺が男だった時の体力テストの結果はこうだ。


 握力:55kg(結構な強さ)

 上体起こし:28回(だいたい平均)

 長座体前屈:29cm(体が硬い)

 反復横跳び:53点(だいたい平均)

 立ち幅跳び:230cm(だいたい平均)

 50m走:7.2秒(だいたい平均)

 1500m持久走:5分20秒 (ちょっと速い)


 うん、普通。本当ならシャトルランがかなりいい線いくのだが、今回は測定しない。その代わり死ぬほど苦手なハンドボール投げをやらないので、とりあえずはトントンと言ったところ。

 それにこの括弧内の評価は全て「男子としては」という但し書きがつく。『奇病』による異様な強化がなくても、この時点で女子としては破格のスペックだ。長座体前屈も、夏休みのリハビリの際にずっとストレッチをしていたので、以前よりかなり柔らかくなっている。


 美咲には悪いが、これはどうやったって俺の勝ちだろう。

 多数のギャラリーが見守る前で、俺と美咲の体力テストが開始された。



 そして数十分ほど経過し、持久走以外の六項目が終了。

 簡易な計測であり、50m走などは手動測定によくあるガバガバ具合だが、とりあえずの結果は出た。

 そういうわけで、現在の俺の成績がこちらである。


 握力:53kg(女子としては相当なゴリラ)

 上体起こし:37回(体が軽くなると腹筋もかなり楽)

 長座体前屈:49cm(ほどほどの柔らかさ)

 反復横跳び:71点(相当な身軽さ)

 立ち幅跳び:341cm(サーバルキャット並)

 50m走:5.8秒(異次元の俊足)


 すごい。いや、大抵が『奇病』によるものではあるのだが、それでもすごい。『奇病』罹患者が発症後半年はスポーツで公式記録を残せないのも頷けるスペックだ。特に鍛えていない俺がこれなのだから、男性アスリートが『奇病』に罹ればとんでもない超人になるだろう。……罹ったところで公式記録は残せないし、大体は選手生命を断つことになってしまうのだろうが。


 で、同じように持久走以外の六項目を終えた美咲の結果がこちら。


 握力:50kg(……女子としては相当なゴリラ)

 上体起こし:56回(は?)

 長座体前屈:63cm(その身長で……?)

 反復横跳び:91点(忍者か?)

 立ち幅跳び:308cm(何のネコ科?)

 50m走:6.2秒(……?)


 何?

 え、俺の幼馴染本当に何? スポーツ万能とかそういうレベルじゃねえ。何をどう鍛えたらこんなんなるの? 着替えの時とか、別に腹筋割れてなかったじゃん。二の腕とか普通にぷにっとしてるじゃん。これ、『奇病』に罹る前だったら握力以外勝ててないぞ……。


「はぁっ、はぁっ……赤坂さん、すごい……! 私、運動得意なのに全然勝てない……! やっぱり、赤坂さんの方がすごいと思うなぁ……」

「あなたそれもう卑屈とかじゃなくてただの嫌味になってますわよ」


 好きな子相手にこんなこと言いたかないが、こいつ頭おかしいんじゃないだろうか。普通ならこの運動神経だけで天上天下唯我独尊できるぞ。この上美少女で性格が良くてコミュ力があって可愛い……? 何で美咲はこんなに自己評価が低い子になってしまったんだ。


 えー、色々と言いたいことはあるが、ひとまず現在三勝三敗。

 次で決着がつくということもあり、こちらを見物するギャラリーは大いに盛り上がっている。しかし、俺としてはもう完全に負けた気分だ。いやというか無理だわ。勝てねえわこれ。

 基本負けず嫌いな俺であるが、ここまでくると悔しいという気分さえ抱けない。コングラッチュレーションの拍手で美咲を讃えたい。


 遥などはギリギリと歯ぎしりをしてこちらを睨んでいるが、これどんなに睨まれても無理だろ。次負けるって俺。


 しばしの小休憩を挟み、最後の持久走の準備が整った。まあ、体育館の内周をぐるぐると回るだけなのだが。なお、男子の時は走る距離が一・五キロだったが、女子の場合は一キロである。


 気の乗らないまま位置につく俺。あんまり長い距離走りたくねえなあ、おっぱい痛いし。

 ため息をついて開始の合図を待っていると、隣に立つ美咲が少し緊張した素振りで語りかけてきた。


「えっと、赤坂さん」

「なんですか、三日月さん。もうあなたの勝ちでいいですわよ」

「いやこの盛り上がりの中でそんなこと言わないでよ! 私がいたたまれないよ!」

「で、藪から棒にどうされました?」

「あ、あのね? 私が勝ったら、ちょっとお願い聞いてほしいんだけど……」

「いいですわよ。小指までなら差し上げましょう」

「要らないよ! 私を何だと思ってるの!」

「それぐらいのワガママは許容する、ということです」

「許容しちゃ駄目だよそれは! ……高校生にもなってこういうこと言うの恥ずかしいけど、その……」

「流石に超サ○ヤ人にはしてあげられませんが……」

「違うよ! 私はただ……」


 ……というか、本当は美咲の言うことなら何でも聞いてあげたいのだ、俺は。ただ、自分の想いを知られたくなくて、何も出来ないだけで。

 ふむ。そう考えるとここは手を抜いてでも負けた方が――


「赤坂さんとも、友達になれたらいいな、って……」


 ――――。


「赤坂さんは私のことライバルみたいに言うけど……でも私は、赤坂さんとも普通に仲良くなりたいし、もっと普通に話したいなって……あなたは嫌なのかもしれないけど、それでも――」

「さて、全力で勝ちに行くとしましょうか」

「やっぱり嫌なんだね! ごめんね!」


 ああ、嫌に決まっている。

 友達では嫌だから、幼馴染なんて関係では我慢できないから――でも、もう、その先には行くことが出来ないから、俺は必死になって美咲を遠ざけようとしているのに。

 今さら女友達なんて、そんなどうしようもない関係を与えられるのは、耐えられない。


「…………」


 美咲に気付かれないようにして、遥に目で合図を送る。一秒と遅れずにこちらに気づくヤンデレ。

 こんな遥ではあるが、それでもこの一ヶ月、学校にいる間のほとんどを共に過ごした間柄だ。

 俺は端的な口の動きで、彼女に向かって指示を下す。


「(やりなさい)」

「(かしこまりました)」


 おさげ髪の少女が頷き、その姿が影と消えた。

 ……何するのかわからんが、美咲なら大丈夫だろう。それに、いくら遥でも衆人環視の中じゃ大したことは出来ないだろうし。


「赤坂さんに三日月さん、準備オーケーですかー? じゃあ、いきますよー、よーい……」


 可奈田先生が俺と美咲、二人分のストップウォッチを構える。


「スタート! って、あ、あれ、いつの間にか三日月さんの方のストップウォッチが動――」


 構わずに走り出す俺と、微妙に動揺しつつ走り出す美咲。直後、遥とその仲間が無理矢理歓声を上げ、今さら止められない雰囲気が生み出される。よくやったヤンデレ。後で褒める。


 恐らく、これで稼げたのはコンマ数秒程度。同時スタートである以上、あまり大きな不正は出来ない。しかし、ゴールでほぼ同着となった際には俺の勝利が確定する。


「……っ」


 だが――速い。こちらはそれなりのハイペースで走り出したというのに、美咲はまるで負担を感じる素振りもなく、俺とほぼ横並びで走ってくる。

 この体育館の内周は一二五メートル。八周するまでに美咲に対して同着以上でなければ、俺の敗北。なかなかに厳しいが、遥が打ってくる手はこれだけではないはずだ。あいつと上手く連携出来るかどうかが勝負の鍵となるだろう。


 一周目。遥が携帯のライトで美咲を牽制。多少目を細めるものの、ペースは乱さない美咲。

 二周目。どうやったか知らないが、遥が発泡スチロールを擦ったような音を出す。俺はこういう音が気にならないタイプだが、美咲はうっと顔をしかめた。

 三周目。わずかに遅れた美咲に対し、遥が足元へ何かを撒いた。一瞬足をもつれさせるが、どうにか走り続ける美咲。

 四周目。今回は遥は何もしてこない。だが、体育館に備え付けられた梯子を登っていく姿が見えた。

 五周目。遥が上から何かを撒く。美咲がくしゅんとクシャミをする。

 六周目。そろそろ俺との差が開き始める美咲。遥がタイミング良く体育館の窓を開けて、美咲に強風を叩きつける。

 七周目。遥は現代に生き残ったニンジャなのではないかと疑い始める俺。俺からは何をしたのか分からなかったが、背後で美咲がひっと怯えたような声を出した。何を見せた。


「はぁっ、はぁっ……!」


 そして、最後の八周目。

 あまりにもいやらしい遥の妨害工作で、美咲は俺との距離を離されている。このペースなら、間違いなく俺が勝つ。


 だが、ここで。


「――――!」


 後ろから聞こえる足音が一気に加速した。


「……っ!」


 マズい。抜かれる。


 俺は懸命に足を動かすが、序盤からハイペースで走っていたためにスパートをかけられない。

 遥にも視線をやるが、悔しそうに首を横に振る。もう打つ手が残っていないようだ。ここまでしてもらってる以上流石に責められない。


 残り五十メートルを切った。美咲が猛追してくる。俺は何も出来ない。ボルテージを上げていくギャラリー。ついにゴールへと迫る。もう横に美咲が来ている。いや、抜かれた。これは、負ける――


「あっ」


 ――そして、美咲は転んだ。


「えっ」


 驚く俺だが、足は今さら止まらない。

 転んだ美咲を無慈悲に追い抜き、ゴールする。


「…………」


 息を荒く吐き出しつつ、遥の方を見る。しかし、彼女は否定するように首を振った。どうやら、彼女の仕業ではないらしい。

 背後を振り返ると、美咲が俺に遅れてゴールするところだった。

 二人でぜぇぜぇと疲労困憊のまま、とぎれとぎれの会話を交わす。


「あ、あはは、負けちゃった……」

「……何を、やっているの、ですか、全く」

「うん、ちょっと、無理しちゃった……。私、本当に、赤坂さんとは……仲良く、なりたい、から……」

「…………」


 俺は渋い表情で、美咲から顔を逸らす。

 どうしようもないぐらい、無性に苛々していた。自分に。


「……私、あなたのことは、嫌いですわよ」

「私は……赤坂さんのこと、結構……好きだよ」

「…………」


 疲れ切った足を無理矢理動かし、俺は体育館を出る。


 俺の無茶振りに答えた遥がこちらに走り寄ってきて、汗に濡れた俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。普段なら内心で慄く俺だが、今はそんな余裕もなかった。

 ひたすら、疲れていた。

 それが、持久走による疲れでないことは、なんとなく、分かった。


「お姉さまっ! やりましたね、やりましたね! あはは、あのあの、私、役に立ちました!? 私役に立ちましたか!?」

「ええ、感謝いたしますわ、遥。何か、してほしいことがあれば、聞いてあげますわよ」

「本当ですか!? じゃ、じゃあ、明日のお休みにお姉さまとデート――あ、ごめんなさいやっぱりやっぱり――」

「分かりました。しましょう、デート」

「え、えぇっ!? いいんですか! あは、あははは! やった、やったぁ! ありがとうございます! えっへへへへ♪」


 遥の頭を適当になでながら、俺は何も考えられないまま、ぼんやりとその場を後にしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 好きだけど突き放さなきゃいけない聖くんによるヤマアラシのジレンマ的展開いいですね すれ違いによるこのもどかしさ。たまらないです! 近東寺くんや遥ちゃんなど脇役達のいぶし銀な立ち回りも見てい…
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