第14話・ヒロインとのやり取り②
放課後。
自らの醜態を省みて、俺は悟った。
「このままじゃそう遠くない内にバレる」
「ぶっちゃけそんな気はしてたよ」
上級生がろくに来ないため、相も変わらず親友と二人の生徒会室。
俺はぐったりと机にうつ伏せになりながら、伊良部へ愚痴を漏らしていた。
「だって許せないだろ! こんな似非お嬢様相手に美咲が劣等感抱くなんて! 美咲は昔っから自己評価が低過ぎなんだよ、せめて自分が美少女だって認識を持てよ! ……あー、叫んでたら暑くなってきた、脱ぐか」
「いやブーメラン返ってくるの早過ぎか! 自分が美少女だって認識を持てよ!」
「えー、確かに美少女っちゃ美少女だけど、美咲に比べたらブスだろ、こんなん」
「何一つ美咲ちゃんのこと言えないよねぇ君!」
なんかよくわからんが伊良部に滅茶苦茶怒られたので、仕方なく手うちわで我慢する。
手の平で顔を扇ぎつつ、生徒会室の窓を開けた。向こうの職員室に見える可奈田先生がこちらに気づき、ひらひらと手を振る。俺は指で鉄砲の形を作り、バンと可奈田先生を撃った。可奈田先生は一瞬戸惑った後、うっ、とよろめくフリをして倒れる。……あ、ふざけてたせいで教頭先生に叱られてる。おもしろ。
「ていうか最近暑くなったり寒くなったりで全然ちょうどいい気温にならねえんだけど。もう十月だぞ、どうなってんだ日本は」
「この分だと今度の体育祭も面倒なことになりそうだね。熱中症対策をすればいいのやら防寒対策をすればいいのやら」
体育祭は生徒会が主体となって運営するイベントだ。小学校や中学校の時の運動会とは違って規模は小さく、クラス対抗でいくつかの競技をこなすだけ。
さほど大きな行事ではないのだが、それでもこの紙園学園はとにかく生徒数が多い。当然、準備することも多く、これからの放課後は生徒会室に籠もっての作業を続けることになる。
「ところで、クラス別の体力テストの成績、集計終わった?」
「まだ。ていうか何であの体育教師は紙で渡すんだよ、データで寄越せデータで。一旦プリントする意味がわからん」
「一応個人情報だから、そのまま渡せない理由があるんでしょ。紙で渡すのも何かの建前のためなんだろうね」
「いつの生徒会が思いついたか知らんが、余計な作業増やしてくれるよなあ本当」
「そりゃ、運動部の多いクラスが圧勝するんじゃ盛り上がらないし。ハンデはつけてあげないと」
「それだって運動部の奴らにしたら理不尽な話だろ。日頃から努力して鍛えてんのに、なんで普段何もしてない奴らに配慮してやらなきゃならないんだ」
「聖くんってやっぱり根本的に、考え方が出来る側の人だよね……」
伊良部にそう言われ、微妙にイラッとする俺。が、こいつの言うことも分かると言えば分かるので、反論はしない。
そもそも体育祭はその名の通りお祭りであって、大会じゃない。生徒が楽しむことが第一で、勝ち負けは二の次なのだ。これに関しては伊良部が正しい。
「そういや、美咲の成績が入ってないけど、どうするんだこれ。あいつをハンデ無しにしたら流石にブーイングが来るぞ」
「この学校じゃ体力テストしてないからね。前の学校での結果が残ってるかは微妙だし、その内改めて体力テストするのかもしれないから、F組は後回しにしといたら?」
「了解」
F組の成績表を一旦脇にやる。
「そういや、聖くんって体育祭出るの? 今年はいくつかの競技を屋内でやるみたいだけど」
「どうだろうな、多分出ないんじゃないか? 自慢じゃないが、俺が出たら絶対にF組が勝つだろ。『奇病』のせいで筋力以外のスペックは大体上がってるし、筋力だって男子の平均ぐらいにはあるし。もう二、三ヶ月もすれば弱ってくると思うけど、それまでは体育の授業にも出ないことになってるんだから」
「二学期の体力テストもやってないんだよね、確か。今の聖くんがハンデ無しのまま参加すれば、流石にF組が有利過ぎるか」
「参加しようと思えば出来るだろうけど、そこまでして勝ちに行くものでもないしな」
さっきも言ったように、これはお祭り。勝ち負けは二の次だ。
元男子なんてバランスブレイカーを使ってまで勝とうとするのは、いくらなんでも大人げない。
「いやーっ! 嫌です学年主任! 学年主任がなんと言おうと、赤坂さんは絶対に参加させますからね! あの子がいれば絶対にF組が勝つんですから! いや本当に頼みます! どうか、どうか! ……え、いいんですか!? 本当に!? へ、へへっ、言いましたね! 言質取りましたから! はい、もう体育祭の名簿データ上書きしちゃいましたから! 後戻りは出来ませんよ! 待っててくださいね、今本人に伝えてきま――え? 参加するなら体力テストをして、結果に見合ったハンデを付ける? ……ま、待ってください学年主任! それでは無双が! F組無双が出来ません! 待って、待ってください学年主任ー!」
窓を通して生徒会室まで聞こえてくる、無駄に大きな声。
ほどなく生徒会室の扉が開き、学年主任の先生が入ってきた。
「あー、そういうわけでね、赤坂 聖くん。今から体力テストをするので、よろしくね」
「えぇ……」
そういうことになった。
※
所変わって、紙園学園・第三体育館。
普段は運動系の部活が代わる代わる使っているのだが、今回は隅っこを一時的に間借りさせてもらう。
本来はもう少し準備が必要なのだろうが、これは正式な体力テストではなく、結果を体育祭の参考にするだけなので、計測は随分と大雑把だ。
行う項目も、屋外に出る必要があるハンドボール投げと、時間がかかる二十メートルシャトルランは抜きだ。いいのかそれで。
「……ううむ」
一人、女子更衣室の前で佇む俺。
先に保健室の先生が体操服を用意してくれたのだが、よりにもよってそれをこの部屋の中に置いてきたらしい。なんでそういうよくわからない気の利かせ方するの。しかももうどっか行っちゃったし。
俺は体育の授業に参加していないので、今まで女子更衣室に入ったことは無い。第三体育館にはトイレも無いし、必然的にここで着替えることになる。運動部に無理を言って場所を間借りさせてもらっている手前、今から本校舎に戻ってトイレで着替えてくるのは無意味に時間がかかって申し訳無い。
……まあ、大丈夫か。体育の時間と違って、他に着替えている女子がいるわけでもないし。さっと着替えてさっと出るだけだ。
とはいえ、ラッキースケベは出来る限り防いでおこう。いや、俺ももう女子だから女子の着替えを見たところで問題があるわけじゃないんだけど、一応ね? 仮に見るにしたって心の準備とかいるから。うん。
「入ってますかー?」
コンコン、と扉をノックする。反応なし。わずかに扉を開く。再度ノックと呼びかけ。反応なし。クリア。
微妙に縮こまりつつ、誰もいない更衣室内へ。……うわ、変態っぽい言い方になるけど、男子更衣室と匂いが全然違う……。当たり前っちゃ当たり前なのだが、男臭さが全然無い……。
部屋の隅に置かれた丸イスには、半袖とハーフパンツの夏用体操服と、長袖と長ズボンの冬用体操服がそれぞれ一着ずつ置かれていた。好きな方を着ろということだろうか。やはり気の利かせ方がよくわからない。
……夏用と冬用、どっちにしよう。どっちでもいいと言えばどっちでもいいのだが、今の身体で肌を出すのは妙に恥ずかしい。伊良部相手ならともかく、今は他の生徒にも見られるわけだし。
っていうか何で伊良部なら恥ずかしくないんだろうか。兄弟みたいなもんだからか。でも姉みたいな関係の京さんに見られるのはやっぱり恥ずかしいしな……いや、思春期の男が若い年頃の女家族に裸見られたらそりゃ恥ずかしいか。兄貴なら……うん、兄貴ならオーケーだな。兄貴は今の俺の裸を見ようとしないだろうけど。
やはり、こうして考えるに、俺はやっぱり頭の中が男のままなのだろう。今の身体で肌を出すのが恥ずかしいというのも、男なのに自分が女性の身体であることを他人に知られるのが恥ずかしいからだ。……何故俺はこんなところで自分の羞恥心の機序をやたら丁寧に解析しているのだろう。
まあいい、とにかくさっさと着替えよう。
俺は制服を脱ぎ、下着姿になる。
そこで、がちゃり、と扉が開いた。
「あ、赤坂さんも体力テスト受けるんだ。昼休みの時はどうも――」
「きゃああああっ!」
「何で!?」
無遠慮に更衣室の中に入ってきた美咲に対し、俺は咄嗟に悲鳴を上げた。
く、くそ、無理に演技で対応しようとしたせいで本当に女の子みたいな声が――っていうか恥ずかしい! 好きな子にこんな女の子みたいな(っていうかそのものの)体見られるの恥ずかしい! さっき自分の羞恥心を分析したせいで何がどう恥ずかしいのかすごいよく分かる!
「み、みみ、見ないでくださいぃ……!」
「女同士なのに……? そ、そんなに嫌ならあっち向いてるけど……」
美咲は夏用体操服を手に取り、後ろを向く。俺は慌てて冬用体操服に着替え、外に出た。
……更衣室を出る時に一瞬、美咲の着替え姿が見えてめちゃくちゃドキドキしたのは秘密だ。




