第11話・転校生とのやり取り②
「と、いうことがあったんだが」
「美咲ちゃん強すぎない?」
「そりゃ京さんの弟子だし。いやそれは良いんだよ、問題は俺だよ」
教室から逃げ出し一時限目をサボタージュした俺は、生徒会室で伊良部と密会していた。
ため息を吐きながら、少し前から持ち歩くようになった手鏡を取り出し、自分の顔を確認する。金髪赤眼の整った美少女顔。少しづつ見慣れてきた自分の顔だが、今だけはどうしても恥ずかしい。しっかりと施してしまったナチュラルメイクが羞恥心を煽ってくる。これを自分でやったという事実が、余計に頭を茹だらせた。
「なあ伊良部、どうすればいい? 本当に恥ずかしいんだけど、今の姿で美咲と顔合わせるの」
「どうって……どうしようもないじゃん。とりあえず授業には出なよ。ただでさえ病気のせいで単位ヤバいのに」
「それが出来ないから相談してるんだよ!」
俺は片手で頭を抱え、もう片方の手で生徒会室の長机を叩いた。ドンという衝撃により、「生徒会会計」と書かれたプレートがわずかに動く。
「そうは言ってもね……この際だし全部バラしちゃえば? その輪泉って子も美咲ちゃんがいればなんとでもなるんだし」
「ふざっ――ふざけんなお前! そんなことしたら絶対ドン引かれるだろ! どうでもいい他人ならともかく、美咲に引かれたらその場で死ぬぞ、俺は!」
「えぇ……大体自分でやっといて今更そんな……」
伊良部は呆れた顔でため息をつく。そして、いかにも適当な調子で言う。
「じゃあそのまま演技してればいいんじゃないの? これまでみたいに隠してればいいじゃん。役に入ってれば恥ずかしくないんでしょ」
「それは……そうかも、しれないけどさ……」
俯く俺。 伊良部が、「あー……」と気まずそうに頭を掻いた。
「……今でも好きなんだっけ、美咲ちゃんのこと」
「ぐっ……そ、そうだよ」
「じゃあ、隠したままってわけには、いかないか」
「……でも、隠さなかったとしても、どうにもならない、よな」
静かに肩を落とす。どんよりとした雰囲気が自分から出ているのが分かった。
「だって、女の身体だぞ、俺。どんなに好きだって言っても、断られるに決まってる」
「そんなことは……」
「自分の立場に置き換えてみろよ、伊良部」
俺は伊良部を諭すように説明する。
「例えばの話だ。お前がどっかの高校に転校したとする」
「うん」
「で、転校先のクラスに知らないイケメン男子がいたとする。筋肉ムキムキで背の高い、態度もキリッとした男の中の男みたいなやつな」
「うん」
「そんでもってお前はそいつにいきなり呼び出される。伊良部はすわ決闘の申し込みかと怯えつつ、恐る恐る校舎裏に赴く」
「うん。なぜ話の中の僕がそういう考えに至ったのかは分からないけど、うん」
「そしたらそいつが内股でもじもじしながら『実はワタシ、元々女の子で、伊良部くんの幼馴染の○○なの! ずっと前から好きでした、付き合ってください!』って言ってきた。お前ならどういう反応を返す?」
問いかける。
伊良部は口元に手を当て、二秒ほど黙考した。
そして一言。
「……うーん……」
「ほらぁ! そんなリアクションになるだろもう! わかってるんだよそんなことは!」
俺は金髪を振り乱して長机に額を叩きつける。伊良部は慌てたように弁明した。
「い、いや、でも、美咲ちゃんは違うかもしれないじゃん! 実はあっちも聖くんのこと好きかもしれないし!」
「ねえよ! 小学校の時から一度も会ってない相手が高校生になってもまだ好きとか有り得ねえだろ!」
「自分のことを棚に上げたね今! あー、けどほら! 三年会ってない間に、美咲ちゃんが同性愛に目覚めてたりするかも!」
「だとしても無理だろ! 見ろ俺を、中身完っ全に男! どんなに見た目が女の子でも、中身がこれじゃどうしたって萎えるわ! お前だって、別に俺に対してエロい気持ちになったりはしないだろうに!」
勢いよく同意を求める。
しかし、伊良部は何故か一瞬沈黙した。ヤツはキョドったように視線を逸し、にわかに冷や汗をかきながら答える。
「……う、うん、まあ、ね」
「おいちょっと待て」
「いや、全然全然! 聖くんは親友だよ!? そんな、性的対象になんて見れるはずないって!」
「お、おう……お前そういう、ガチっぽいトーンで答えるのやめろよ……心臓に悪いな……」
俺と伊良部はどちらからともなく咳払いをし、妙な雰囲気を振り払う。
「でもさ、やる前からそうと決めて諦めるのも違うでしょ。これまでに『奇病』に罹った人は聖くん以外にもいるし、そういう人たちが一生パートナーに恵まれなかったわけでもないんだから」
「う……それは、そうかもしれねえけど……」
「一旦美咲ちゃんに聞いてみようよ。それからでもきっと遅くないって」
そういうわけで、伊良部が俺のクラスメイト相手に電話する。
「……うん、ああ、三日月さんを生徒会室の前に呼んで欲しくて……え? ああ、違う違う、幼馴染なんだよ。久しぶりに会ったから、話が聞きたくて……うん、それじゃあ、ありがとう」
電話を切った伊良部がこちらを見て頷く。
俺はそれに頷き返し、扉の外を指し示す。
伊良部が生徒会室の外に出て、扉の前で待機。
俺は生徒会室の中で扉に耳を当て、美咲が来るのを待つ。
しばらくして、廊下を小走りで向かってくる軽い足音。俺は耳に意識を集中する。
「智くん! 久しぶり、元気だった?」
美咲の声だ。何とも楽しげに伊良部を呼ぶ響きに、少しジリッとしたものを感じてしまう。
頭を振って雑念を払い、二人の会話に耳をそばだてる。
「久しぶり、美咲ちゃん。小学校以来だね。僕の方は大して変わってないよ」
「それにしても、驚いちゃった。智くん頭良かったから、紙園にいるとは思ってなくて……」
「あはは、まあ、紙園学園が家から一番近かったからさ。どうせ大学に入るんだし、それならわざわざ遠い高校に通う必要も無いかなって」
舐めた口を利く伊良部。お前俺より成績下のくせしてお前。気持ちはわからんでもないけども。
「そうなんだ、なんかすごいねえ」
ぽわんとした感想を返す美咲。可愛い。
「あ、そういえば聖くんはどこの高校行ったの? 紙園じゃないよね?」
どきり、と心臓が跳ねた。
紙園に通っていることは隠しておきたい。まあ、これぐらいなら伊良部が適当に誤魔化してくれるだろう。
「え、あー、聖くんは……その……えっと……。……うん……」
いやアドリブ下手くそかお前。
「? どうしたの?」
「ひ、聖くんは……。……えー……病気で……。……くっ!」
「え、何!? 何があったの!? 聖くん大丈夫なの、ねえ!?」
伊良部……! 馬鹿……! 伊良部……ッ!
「あ、ああ、ごめんごめん……。今はもう大丈夫だよ、退院して元気にしてるから」
「そうなんだ、良かった……」
親友の大根っぷりに頭が痛くなるものの、美咲が心配してくれたことに心が弾む。
「み、美咲ちゃんの方はどうだった? ほら、好きな人とか……」
「ええ? ないない! 私みたいなちんちくりんに彼氏とか出来ないって!」
何言ってんだ、美咲が彼氏募集したらそれだけで王国が出来るぞ。
「そうかな、小学生の時とか聖くんといい感じだったと思うけど」
来た。
俺はハラハラとした気持ちで、美咲の返答に耳を澄ます。
「そう? あーでも、言われてみればそうかもね。男子じゃ一番仲良かったし――」
思わず身じろぎする。これは、もしや……!
「――でも、今は別にだよね。小学生の時から一度も会ってないし」
「ガハッ……!」
「? 今何か吐血音しなかった?」
膝を立て、崩れ落ちる。物音を立てないように細心の注意を払ったが、口からわずかに音が漏れた。
「き、気のせいじゃないかな……えーと、じゃあ、美咲ちゃんって、男子に興味とかは無い人なんだ」
「え、普通にあるよ? 別に同性愛者でもないし」
「こふっ……!」
「? 今何か喀血音が……」
矢継ぎ早の連続ダメージを喰らい、床に倒れ伏す。物音を立てないように細心の注意を払ったが、やはり口からわずかに音が漏れた。
「あと、それに私、今ちょっと気になってる男の人いるから……」
――――。
心臓が、止まった気がした。
その後、伊良部と美咲はとりとめもない近況報告を交わしていたが、俺にとってはもう、どうでも良かった。
「じゃあ、またね! 今度聖くんも呼んで、暇な時に同窓会みたいなことしようよ!」
「あ、うん。またね、美咲ちゃん……」
伊良部が返事を返し、軽い足音がたたたと廊下を去っていく。
美咲が去り、空気が静まり返る。
二時限目開始のチャイムが聞こえてきたが、伊良部も俺も、教室に急ぐことはしなかった。
「……えっと、聖く――し、死んでる……」
扉を開けて、倒れ伏したまま動かない俺に慄く伊良部。
「…………」
「その、さ。元気出して……」
「……もう、帰る……」
「いや駄目だって! 単位ヤバいんだから! ほら、自販機でコーヒー奢るから、早く二時限目行かないと!」
伊良部に肩を貸してもらいながら、俺はふらつく足取りで教室へと向かうのであった。