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プロローグ

 俺が通う紙園かみぞの学園には、いわゆる「学内アイドル」と呼ばれる女子生徒が存在する。


 学園随一の美少女たるその生徒の名は、赤坂あかさか ひじり

 容姿端麗にして成績優秀、文武両道。

 良家の令嬢を思わせるアイドル顔負けの(しと)やかな美貌に、日本人離れした赤い瞳に淡い金髪。

 高過ぎず低過ぎないスラリとした長身に、モデルのようなプロポーションを持つ肢体に至ってはもう「理想的」の一言。

 二学期から現れたにも関わらず半月足らずで生徒会に所属し、生徒会会計として活躍する優等生でもある。

 性格面においても基本的に良好で、自分の能力を鼻にかけたような言動はほとんどしない。

 それでありながら常に気品と余裕を備えた風格を持っているのだから、もはや「学内アイドル・赤坂 聖」の評判は天井知らず。

 今では学園内どころか、学園を中心とした近隣地域一帯にさえその名前が知れ渡っていた。


 さて。

 そんな感じで胡散臭いほどに完璧美少女である赤坂さんだが……実は一人、苦手な生徒がいる。


 ある日の昼休み。

 学園内随一の美少女は今日も人気者で、男女問わず何人もの取り巻きを連れて廊下を移動していた。

 俺は取り巻きの一人である女子生徒と会話をしながら、彼らと連れ立って廊下を歩いていく。

 正直な話しんどいことこの上ないが、人付き合いというのはこれで案外重要だ。

 学内にいる以上、一度作った人間関係は無視出来ない。どんなに面倒な交流であっても、この先三年間はつかず離れず維持していかなければならないのだ。


 と、そこで。


「あ!」

「っ!」


 廊下の角から現れる、一人の美少女。

 ポニーテールに結わえた艶やかな黒髪に、スレンダーかつ健康的なスタイル。

 あどけなさを残した可憐な顔立ちは赤坂 聖とは真逆の可愛らしさがあり、小動物に対して抱くような庇護欲をそそられる。


「……えっと、どうも、赤坂さん」

「……ええ、ご機嫌よう、三日月みかづきさん」


 ばったりと出くわし、表情が険しくなり始める両者。

 そしてそれを見て、周囲にいる生徒たちがにわかにざわつき始める。


 俺の視線の先にいる女子生徒の名は、三日月 美咲みさき

 先ほども言った通り、赤坂 聖は学園内「随一」の美少女である。

 だが、無二ではない。


 彼女、三日月 美咲こそ、この学園内の人気を二分するもう一人の学内アイドル。

 そして、誰にでも人当たりの良い赤坂 聖が、唯一苦手とする女子生徒である。


 綺麗系の赤坂 聖に対し、可愛い系の三日月 美咲。

 高嶺の花とされる赤坂 聖と、親しみやすい三日月 美咲。

 学年一位の成績を誇る赤坂 聖に、スポーツ万能の三日月 美咲。


 両極端の属性を持つ二人の学内アイドルは互いに犬猿の仲であり、水と油の相容れぬ関係にある――と、校内の生徒たちからは認識されている。

 個人的には別に水と油の関係だなんて思っていないし、それどころか学内アイドルとしては美咲の一強だと思っているのだが、仮にも俺は赤坂派につく身だ。そう簡単に迂闊なことは言えない。


 じっと睨み合っていた両者だが、こちら側が先に根負けした。

 ふん、と美咲から目をそらし、取り巻きとともに廊下の先へと歩いていく。

 同じように立ち去ろうとした美咲だったが、慌てたように振り返ってこちらへと呼びかけてきた。


「あの! ごめん、ちょっといい?」


 ギリ、と、俺にだけ聞こえる小さな歯軋り。

 一拍置いて、耳のあたりで絹糸のような金髪がサラリとかき上げられる。

 その芝居がかった動作と同時、赤坂 聖のスイッチが目に見えて切り替わった。


「――何かしら、三日月さん。私、これでも急いでいるのですけれど」


 鬱陶しそうな声音には、相手を威嚇するためにあえて過剰な嫌悪感をこめている。

 わずかに気圧されかける美咲だったが、怯まずにこちらへと意見した。


「陸上部の予算なんだけど、やっぱりあれ、少なすぎるんじゃないかって――」

「それは陸上部の方が直接意見すればよいのではなくて? 部活動に所属していないあなたが口出しすることではありませんわ」


 ばっさりと斬り捨てた。

 普段の態度からはかけ離れた冷徹な話しぶりに、周囲の空気が緊張する。


「でもっ、今期はどう考えても予算が足りてなくて、生徒会の方で不手際があったんじゃないかって言われてて」

「仮にそうだとしても、その予算で納得したのは陸上部の方たちでしょう。すでに決定した事項に文句をつけないでくださる?」

「そ、そっちが間違えたんだから、ちょっと調整するぐらいしてくれても……!」

「生徒会が間違えたという前提で話さないでください、不快ですわね。意見があるなら陳情書に記して目安箱にでも入れておけばよろしいのでは?」

「目安箱じゃ間に合わないから言ってるの! 月曜日には予算が確定するんだから、今日中に対処してくれないと困るんです!」

「それはそんな取り返しのつかない状況になるまで気がつかなかったそちらの落ち度でしょう。私が対処するべき義務は何一つありません」

「……せ、生徒のために活動するのが生徒会でしょ? そんな、冷たい言い方……」


 あまりににべもない返答に、徐々に弱り始める美咲。

 美咲は元々、誰かに対して強く意見できるような性格ではない。

 今でこそスポーツ万能の明るい美少女だが、根っこの部分は引っ込み思案で、内気な気質。

 それなのに困った人間を放っておけないお人好しであるから、普通の生徒では意見しづらいこんな女に、無理をして何とか話しかけているのだ。

 俺としてはどうにかして美咲の味方をしてやりたいのだが、今の状況ではそれもできない。


 その後もいくらか二人の話し合い……というか、言い合いが続いたものの、淡々と自分の意見を突っぱねられた美咲は、涙目になって黙りこくってしまった。

 俺はもう見ていられずに美咲から目を逸らす。


「……ふん」


 金髪の学内アイドルはピリピリとした不機嫌さを発しながら、振り返って廊下を去る。

 取り巻きの一人であるおさげ髪の女子生徒、輪泉わいずみ はるかが眉を潜めて苦言を漏らす。


「なんなんですかあの人。お姉さまの正論に一々食い下がって……やはり、一度わたしの方で釘を刺して――」

「やめなさい、遥。余計な手出しは許しませんわ。……すいませんが皆様方、今から生徒会室に赴きます。役員以外はここで解散ということでよろしいですか?」


 ついてこようとする取り巻き達を押し留め、生徒会の役員のみで校舎の一室へと向かっていった。


 ガヤガヤと賑わう校舎内で、コツコツと足音だけが響く廊下。

 その微妙な空気を壊すように、隣の男があえてのんきに口を開く。


「良かったの? 美咲ちゃん半泣きだったけど」

「…………」


 生徒会書記であるイケメン美少年、伊良部いらべの言葉に、俺は何も返さない。


「というかさ、別に予算の修正なんて僕やっとくよ。ちょいちょいって。それをなんでわざわざあんな言い方しちゃうかなあ、赤坂サンは」

「黙りなさい」


 普段の赤坂 聖らしからぬイライラとした口調で答えながら、生徒会室の鍵を開ける。

 俺は伊良部とともに生徒会室に入り、鍵をしっかりと締めたことを確認して、自分の席に腰を下ろした。


「……ふぅ」


 深呼吸するようにため息をつく。

 そして、「生徒会会計」というプレートが置かれた自分の席で、俺は――


「なあ、伊良部。俺、一つお前に聞きたいことがあるんだけど」

「うん? 何かな、全生徒憧れの学内アイドル、赤坂 聖サン?」


 ――そう、今まさにこのモノローグを語っているこの俺、赤坂 聖は。


「なんで俺、お嬢様言葉で好きな子イジメてんの?」

「いやあ、まあ、色々あったからねえ……」


 嘆くようにぽつりと呟き、伊良部とともに遠い目で窓の外を見つめていた。


 さて、ここらで情報の整理を兼ねた自己紹介をしておこう。

 俺の名前は赤坂 聖。性別は元男。現女。そして先程も言った通り、金髪赤眼の文武両道かつ清廉潔白のスーパー美少女だ。いや自分で言うとキッついなこれ。


 いきなり叙述トリックをかまされた読者諸兄においては非常に申し訳なく思うが、あのキャラクター紹介を他人事として語りたかった俺の気持ちもわかって欲しい。実際、未だに周囲の言う「赤坂 聖」が俺のことであるという自覚が薄い。


 はあ、ともう一度ため息をついて、俺はブレザーのネクタイを取り、ボタンを外す。そして、それなりに女性経験豊富なはずの伊良部が慌てたように目を逸らした。


「流れるように脱がないでよ、聖くん」

「仕方ないだろ、暑いんだから。あ、あと陸上部の予算にゼロ三つ足しとけ」

「いや極端だな君。まあ調整はしとくけど」


 普段はキッチリと着こなしている制服を思いっきり着崩しながら、俺は全生徒憧れの学内アイドルとは思えぬ姿で不良のように頬杖をつく。


「あー、もうダリィなマジ」


 俺は鬱陶しい金髪を舌打ちとともにかき上げ、荒々しい口調で悪態をつく。数分前まで金髪の令嬢だったその姿は、今ではもう完全にヤンキー女だった。正直、普段色々と鬱憤が溜まる分、気を抜いている時は男だった頃より態度が悪くなっているように思う。


「つーかさ、何、あのお嬢様なんだか何なんだかよくわからんキャラ。誰だよあんな無茶苦茶なロールプレイ考えたヤツ。ホントもうバカじゃねえの。死ねよ伊良部」

「いや何も言ってないのに君が勝手にやったんじゃん」

「そもそもこのキャラを学内アイドルとして受け入れてる学校も何なんだよ。バカか。いるわけねーだろこんな女子」

「まあ、ちょっとしたその場のノリがなんだかんだで収拾つかなくなった感はあるよね」

「というか、俺別に元男だってこと隠してなかったじゃん。成績が学年一位なのも元からじゃん。何で二学期から急に転校してきたみたいになってんだよ。一学期からいたよ。何で誰も気づかないの? バカなの? 死ぬの?」

「それに関しては一学期完全にぼっちステルスしてた赤坂くんにも問題あると思うよ」

「そして何よりバカなのは俺だよ。死ねよもう。なんで美咲イジメてんの? 本当もう死にたい」


 俺は両手で顔を隠して崩れ落ちる。

 伊良部は小さく苦笑しながら、「生徒会書記」のプレートが書かれた自分の席へと座る。


「まあ、イジメてるってほどでもないでしょ。会ったときにちょっと喧嘩腰になるぐらいじゃん」

「でもさぁ……。俺が言うと周りのヤツらが勝手に余計な気利かせるじゃん。アレ本当ムカつくんだよな。全員死ねばいいのに」

「落ち着け落ち着け。でも、なんでそんなことになってるの? 美咲ちゃんと聖くん、昔から仲良かったじゃん」

「だってさ……」


 俺は言いよどみながら頬を掻く。

 指先越しに感じる顔は、わずかに熱くなっていた。


「俺が美咲のこと好きだって、バレたくないんだよ。女になった男に好かれてるとか、気持ち悪いだろ」


 それにあいつ、好きな男いるらしいし――口の中だけで呟きながら、俺は夏休みから続く一連の騒動のことを思い返していた。

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