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チャイミルクティ × モデル系男子

作者: 門川とき

○○系男子とカフェのシリーズ、最終作です。


※登場人物のクロスオーバーはありますが、すべて独立して読めます。

 私は学校までの坂道を自転車で走っていた。

 前カゴに学校のカバン、背負ったリュックに剣道部の道着。さらにハンドルとサドルの間に竹刀を差す。

 入学した時は、大変だなって思っていたけど。3年にもなれば、もう慣れたものだ。

 国道沿いの太い道と、駅前から続く細道が合流するY字路で、いつも私は彼を見つける。何か音楽を聴いている時もあれば、口ずさんでいる時もある。


  ―― りん、


 とベルを鳴らすと、必ずイヤホンをとって振り返ってくれた。

 アッシュブラウンに染めた髪。流れるような切れ長の目はいつも穏やかに笑ってる。

 甲斐(かい)亜門(あもん)。私の同級生。

 朝練のない木曜日。7時40分。私は彼とすれ違う。


「おはよう」

「おはよう」


 自転車ですれ違う、ほんの1瞬に挨拶を交わすようになったのは、2年になり、彼と同じクラスになってからだった。



  ***



 私ら3年C組は、クラスメート同士非常に仲が良かった。

 2年生の時体育祭でクラス優勝したことをきっかけに、中間・期末試験もみんなで集まって勉強会をしたり、調理室を借りて「テストお疲れ様会」をやったり。夏に向けてどこどこの部活が試合と聞けば、行ける奴らで応援に行ったし、バンドを組んでる奴らのライブだって観に行ける奴は観に行った。

 3年に入ったら、みんなそれぞれ受験があったし、大変だったけど。それを励まし合うような空気もあったし、だからこそかえって、それぞれの部活の最後の試合や、お祝い事を大事にしようっていう雰囲気もあった。


 私は、剣道部だったからなかなか参加できない集まりも多かったけど、LINEのグループに写真が流れてきては、慣れないスタンプを返したし、教室でも「試合お疲れ」とか声をかけたりもした。

 そして、私の剣道部最後の試合。それは、うちの学校で後輩相手にやったものだったから、クラスのみんなも応援に来てくれた。

 なんてことはない。後輩に最後。気持ちをこめて向き合う儀式みたいものだった。

 私は最後きちんと勝って、伝えて、後輩と抱き合って、なごり惜しくて後輩の肩をばんばん、と叩いて、その試合を終えた。


「お疲れ!」

「お疲れさん!」

「服部さんのはかま姿、しばらく見れなくなるの残念だよ」

「荷物だらけの自転車も!」


  離れの古い道場にクラスのみんなが来てくれて、ねぎらってくれた。

  私はこれから部活のほうの打ち上げに行くから、みんなに改めてお礼を言うのは、少しあとになるだろう。

 

「来てくれて、ありがとう」


  それだけは伝えておこうと着替える前に、入り口に駆け寄った。

 

(おや)

 

 ひときわ目立つ容姿をした、すらりと背の高い男性。

 甲斐だ。来てくれたのか。

 奴は笑いながらこっちに歩いてきて、真新しい、白いタオルを渡してくれた。

 白い歯をきらりと見せて、整った笑顔。

 タオルを受け取ろうと手を伸ばした時、そのままの笑顔で奴は言った。


服部(はっとり)(たまき)さん、俺と付き合ってくれませんか?」


 はて。

 黄色い歓声が響き渡っても。そしてそれが鳴り止んでも。

 何が起こったのか、私にはすぐにはわからなかった。



  ***



 モデル業をしていた甲斐亜門は、うちのクラスで、ひときわ異彩を放っていた。

 芸能活動なんて、多かれ少なかれ人のミーハー精神をかき立てるに決まってる。雑誌のカラーページに載ったとか、ドラマにちょい役で出たとか。そういう時、他の奴らが部活の試合に勝った時みたいにみんなでお祝いのメッセージを書き込んだけど、どこか浮き足立っていた。

 かくいう私も、いつか卒業したら誰かに「この人は私の同級生だったんだ」って自慢したりするんだろうなって思ってた。それくらいの距離感で、それくらい遠い奴でもあった。


(どうして、すぐに断らなかったんだろう)


 半日休みになった土曜日。私は普段立ち寄らないようなオシャレなカフェに入った。

 彼の行きつけの店らしい。

 洋服屋の入っているビルの外階段から2階に上がったところにあるその店は、どこか隠れ家のような場所だった。白い壁。木目調の床に、なにやらオシャレな一点もののソファーやテーブルが並んでいる。

 メニューはコーヒーだけで数種類あって、その1杯のコーヒーでうちの近くのほか弁の、大盛弁当が食べられる、と私はぼんやりと計算した。

 どう座っていいのかもよくわからなくて、膝の上のスカートをぎゅっとつかむ。

 同じ制服を着ているというのに、甲斐の格好はこの場にすとんと溶け込んでいた。

 高い位置にある窓の光に照らされて、いつもよりよく顔が見える。長いまつげ。鼻筋のとおった顔。赤みの強い唇。

 テーブルに肘を突き、手の甲を軽くあごに当て、ふむ、とさらりとメニューを眺めてる。


「服部さん、何飲む?」


 1番安いの、と言うわけにはいくまい。


「甲斐と同じやつ」

「俺、ここのチャイが好きだけど。チャイ、大丈夫?」

「こないだ、インドカレー屋で飲んだよ」


 カレー屋って言った時、甲斐はふっと笑った。私はちょっと恥ずかしくなって付け加える。


「おっきなナンが出てきて、ボリュームたっぷりなカレーがうまかったんだ。なんせナンはお代わり無料なんだよ」


 言っていて我ながら、女らしくないなって思う。質より量。オシャレより食い気だ。

 でもこれが私なんだよ、甲斐。

 何か勘違いしているなら、気づいて引き返せ。

 そう思っているのに、甲斐はニコニコしながらうなづいて聞いている。


「今度、一緒に行こう」


 何が、奴をそうさせるのか。


(まるっきり、付き合ったことのない人種なんだよね)


 お付き合いをしたところで、うまくいくはずなんてないのに。

 軽く手を上げてスマートに店員を呼ぶ姿を見ながら、私はやわらかいソファーに沈み込むみたいにして、ため息をついた。



 ***



 それから私たちはごく普通の話をした。来週の期末テストのテスト範囲のこと。再来月の文化祭のクラスの出し物のこと。こないだの体育祭のこと、去年の文化祭のこと。

 ごく普通の話だったけど、ふたりきりで差し向かって話したことはなかったから、少しだけ新鮮だった。

 甲斐はすごく上品で、絶対に私がしゃべっている時に遮って話すことはないし、何か言う時は少し考えて、言葉を選びながら穏やかに話す。顔にはいつもやさしい笑みがあった。


(どういう人生を送ったら、こんなになれるんだろうな)


 私よりもずっと、ずっと大人と話しているような気になる。


「甲斐」


 もはや小細工をすることをあきらめて、私は真っ向から聞いてみることにした。


「なんで、あんなことを言ったんだ? 私らずっと、そんなに関わりもなかったのに」


 付き合おうだなんて。どうして。

 真正面から向き合うと、甲斐はカップを置いてやっぱり真っ直ぐ私を見た。

 そして本当に自然に、ぽつりと言った。


「好きだから」


 誤魔化したり、飾ったりしない、ストレートな言葉だった。

 他に理由があるのか、と逆に聞かれたような気分だった。


「ど、どこが」

「全部」

「そこをなんとか」


 予想外だったのか、ふっと口をおさえて笑った。黒目が隠れるくらい、目を細めて笑う。見たことのない顔だった。


「朝。おはようって言う声がかわいくて好き」

「うええ、」


 斜め後ろから殴られたような気がする。そこを言われるとは思わなかった。

 すぐに反応できなくて、口をぱくぱくさせていると、甲斐は続けて言った。


「剣道をしている立ち姿もりりしくて好きだし。シャトルランで男子顔負けの記録をつくっちゃうところもかっこよくていい。友達思いのところも好きだし。食いしん坊なところも好きだよ。それから」

「わか、も、いい。」


 私は両手を上げて降参した。意外にみられていたこともわかったし。それがどうゆがんでか、美化されていることもわかった。

 だけど動揺している姿を見て、またくすくすと笑われているところを見ると、単にからかわれたんじゃないか、とも思う。

 彼は笑いが落ち着いてから、改まって私に聞いた。


「服部さんは? どうして俺のこと、断らなかったの?」


 穏やかだけど、私が彼に恋心など抱いていなかった、と悟っているような、どこか寂しそうな声だった。



   ***



「どうしてって……」


 甲斐と私の接点は少ない。同じクラスであっても、なかなか2人で話す機会はなかった。共通の友人もいない。

 だから彼のことを思い出す時は、必ず他の誰かも一緒にいるシーンを思い出す。


(嫌な思いをしたことは、1回もなかったんだよな)


 たとえば2年の時の体育祭。誰がどの種目に出るのか、クラスで作戦会議をたてた時。私を含む数名の運動ができる男女が、結構な複数種目にエントリーさせられそうになっていた。

 それを、さりげなく甲斐が止めてくれたのを覚えている。


『女の子にそこまでは、させられないよ』


 あの時は、部活の大会のタイミングと被っていて、正直きついなと思っていたから、助かった。

 修学旅行の山登りでも。一緒に登っていて、具合が悪くなった友達の、荷物を持ってくれた男子たちの中にも甲斐がいた。


『いいから。いいから。』

『気にしない、気にしない』


 あの時は、正直男子は心強いと私も思ったのを覚えてる。

 他にもたとえばごみ捨て当番を何気なく引き受けてくれたとか。がみがみと叱る古文の先生に質問して、何気なくフォローしてくれたりとか。いろんなことがぽこぽこと思い浮かぶ。

 直接の関わりはなくても。この1年半。改めて彼を意識して思い返せば、いろんな思い出の瞬間瞬間に彼が現れて、私を助けてくれている。

 


『服部環さん、俺と付き合ってくれませんか?』


 

 だから、私は彼に好感を持っていたのだ。それはもう直接的なものじゃなくて、遠くから温められるような速度で。じんわり、じんわり。


「嬉しかった、から?」

 

 自分の気持ちに自信がなくって、私は小さな声で甲斐に告げた。

 おそるおそる、見上げる。

 だんだん恥ずかしくなって、顔が赤くなっていくのがわかった。



  ***



 カップを持った手のまま、甲斐の動きが止まった。

 呆けたようにこちらを見られて、視線に耐えられなくなって、思わず下を向く。

 制服のスカートが、手のひらの汗でじんわりと湿ってきた。

 ため息が聞こえた。


(なんだ、なにがいけなかったんだ)


 何かがっかりさせただろうか。

 頭のなかがぐるぐるする。


「……待って、降参」


 口元を押さえて、甲斐がうつむいていた。

 切れ長の目元が少し赤くなっている。

 ちらり、と一度こちらを見るが、私と目が合うと、恥らうようにもう一度目を伏せる。


「甲斐?」

「や、待って。いまは待って!」


 そして奴は場を誤魔化すように、カップに手を伸ばした。

 チャイミルクティ。

 膜が張ってある牛乳の上に、こげ茶色のシナモンが振ってある、スパイシーな紅茶。

 私も場がもたないので、カップを手に取る。

 厚みのあるカップのせいか、あるいはこのミルクの膜のせいなのか。

 注文してだいぶ経つのに、まだ温かい。

 じつは、私はこのチャイミルクティは、そんなに好きじゃない。

 なんせ、まだ飲み慣れていないんだ。

 あったかいのにどろりとしていて、歯の抜けるくらい甘いのに、飲んだあとはスパイシーな刺激が口に残る。

 ひと口飲んで、余韻に酔ってしまいそうだ。

 それなのに、甲斐はそれをまるで水でも飲むみたいにごくごくと、一気に飲んで。

 息を吐く。その息は、震えていた。

 男性らしく開いて座った膝の上に肘を置いて、うつむくその姿は、最終ラウンドに望むボクサーのようだ。

 そして、決心するようにゆっくり顔を上げる。

 真っ直ぐこっちを見てくるまなざしに、刺されるように体がすくんだ。


「服部さん」


 甲斐の声は、こんなに響くものだっただろうか。

 なんの抵抗もなく、心臓にそっと触れるように。

 明日から。クラスで。ずっとこんな風だったら、きっと身がもたない。


「好きです」


 いつもみたいにやさしく笑ってくれない。

 だけど、目がそらせない。


「朝。自転車で声をかけてくれるのが嬉しかった。

 授業中背筋を伸ばして座ってるのを見るだけで、教室が特別になった気がした。

 部活をがんばってるところも、おやつに菓子パンをおいしそうに食べるのも、見てて、こっちが嬉しくなった」


 甲斐の手。指輪をたくさんつけた右手が、テーブルの向かい側からこちらに伸びてくる。

 テーブルの真ん中くらいまで手は近づいてきて。だけど、少しだけおびえるように止まった。


「見てるだけで満足してたけど。離れがたくて。

 卒業までに、もっと、近くにいきたかったんだ」


 甲斐はなんだか、泣きそうなくらい苦しそうに顔をゆがめた。


(そんな、顔。しないでくれ)


 笑ってほしい。いつもみたいに。

 私は甲斐の、笑っている顔が好きだったんだ。


「甲斐」


 私もうまく笑えない。

 でも、伝えなければいけないと、勇気を振り絞る。


「ありがとう、甲斐」


 私は、甲斐のことはよくわからない。

 着ている服のことも、いつも行く場所のことも、どんな友達がいるかも。どんな世界で働いているのかも。


(だけどいま、ここに。手の届く距離に、甲斐がいる。)


 テーブルを挟んで、同じものを飲む。まだ不慣れな味でも、甲斐と一緒なら。一緒なだけで。――それだけで。

 私はあきらめていた。甲斐のいる空間を居心地のいいものと思いながら。

 遠くの世界に生きる人だと思っていたし、近くへはいけないものだと思っていた。

 だけど。彼のほうから来てくれた。

 今度は、私の方から手を伸ばす。テーブルの真ん中へ。

 触ってみたい。近くの距離にいるんだから。

 クラスで机を合わせるよりも、もう少しだけ、もう一歩だけ近くに。


「よろしく、お願いします」


 好きです。とか、彼女にしてくださいとか。

 そんな言葉はまだ言えなくて、彼の手を取り、よろしくお願いしますとだけ言って頭を下げた。

 下を向くと、テーブルの上のカップから、刺激が強くて、しびれるようなシナモンの香りが体の奥に響く。

 沈黙は数秒だったかもしれないが、体感的には数分にも思えた。

 怖くて、震えるほど、体がどきどきするのに手を引っ込めることができない。

 だけど、もう限界だって思った時。ふわ、と私の手が暖かいものに包まれた。


(うわあ……)


 握手をするつもりだったのに、私の右手は両手で覆われていた。

 おそるおそる顔を上げると、甲斐はこれまで見たことのないような顔をしていた。

 甲斐はなにかまぶしいものでも見るように、目を細めて。ようやくふわっとやさしく笑ってくれた。


「服部さん、あんまりかわいくしないで」

「うえええ」


 どうしても声がうわずる。

 こいつの中で私がどれだけ美化されているのか、想像するに恐ろしい。

 お付き合いすることになったら、それに幻滅していくだけなんじゃないかと思うと、ちょっとだけ悲しい。


「俺の方こそ、よろしく」


 甲斐の手にぎゅっと力が入る。

 甲斐の両手の中に私の手が包まれて、体温が通い合う。

 ああでも、この温度は悪くないな、と思うと、なんだか急に、安心したように力が抜けた。


(ああ、なんかどきどきするけど、嬉しい感じだ)


「うん、よろしく」


 私は子どもみたいにへにゃりと笑って、空いた手で甲斐の肩をばんばん叩いた。

 試合に勝った時も、友達と再会した時も、嬉しい時はいつも私は手が出てしまう。


「は、服部さん」

「あ、ごめん」


 ちょっと痛そうにしているのを見て反省する。


(甲斐。ごめんよ。これが私なんだ)


 きれいでも、かわいくもないけど。

 嬉しい時は、嬉しいって言うし。楽しい時は楽しいって言うよ。

 これから私は甲斐に少しずつ、私を知ってもらって。

 私も少しずつ、甲斐を知っていく。


「これから、どうぞよろしく」


 もう1回、大きな声で私は言った。

チャイミルクティ × モデル系男子  おわり


全3作、お付き合いいただき、ありがとうございました。

「甲斐」という名前に聞き覚えがあるかもしれませんが、意識低い系女子。に出てくる彼とは親戚になります。


もしよければ、前作「意識低い系女子。番外編:待ちわびた春」を「カリスマ系男子×ココア」として読んでくださいませ。少しだけ登場人物がつながっていきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 意識低い系女子から好きでした!! 新作ありがとうございます。 カップチーノもタピオカも悶えながら読ませていたただきました。 チャイも読んでで何故か泣きそうになりながら読んでました。 みん…
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