5話・約束
合格祈願に訪れた神社に、再び向かった二人。
そこで、優太が言い出した約束とは?
結
優ちゃんが連れて行ってくれたお店は、イタリアンレストランだった。
広い店内を抜けて案内されたのは、個室。
メニューを渡されて2人になったとき、つい言ってしまった。
「優ちゃん、個室って…こんな気張らなくても良かったのに」
「結も大学生だろう?こんなのを経験してみても、いいんじゃないか」
「うん…ありがとう」
少し緊張したけれど、料理もサービスも素敵だった。
大人扱いされて、丁寧にサービスされてモヤモヤを忘れるくらい、嬉しくて。
忘れたのは、一時だったけれど。
お店を出てそぞろ歩く。
当たり障りのないことを話していても、優ちゃんに聞きたいことが頭に浮かぶ。
駅に向かう途中で、あの神社の前に差し掛かった。
「ねえ、ちょっとここに寄ってもいい?お礼のお参りをしたいから」
「ああ、それいいな。行こう」
2人並んでお参りしていると、去年を思い出す。
制服の私を、そっと包んでくれた…
お参りして石段を降りると、去年おみくじを結んだ場所が見えた。
立ったまま見ていると、優ちゃんが私の肘を取って引っ張る。
「結、ちょっとこっちに来て」
「え、」
私が見ていた場所に引っ張られ、2人向き合った。
「優ちゃん、なんで…」
「結が聞きたいこと、見当はつくよ」
「そうなの?」
「俺から、言っておこうと思って」
何を言われるんだろう。
やっぱり、私はあくまでも生徒…そんなことなのかな…
私をじっと見てから、優ちゃんが口を開いた。
「去年、結に言ったこと、したこと…あれはあのときの気持ちのまま、行動したことだったんだ」
「気持ちのままって…」
「結が好きだから」
「…ほんとに?私はまだ生徒のままなのかもしれないって思ってた…」
「花火大会のときはまだ、自分の気持ちに自信が無かった。でも、去年結の涙を見ていて、気がついたんだ」
優ちゃんがまっすぐ私を見て、言ってくれてる。
でも、にわかには信じられなくて、聞いた。
「優ちゃん…私、喜んでいいの?優ちゃんと両思いになれたって、喜んでいいの?」
「結、俺は…」
「私、初めて教えに家に来てくれたとき、優ちゃんを好きになったの」
「そうだったのか…」
「彼女がいるって知ったから、気持ちを言ったらいけないと思ってた。でも…彼女さんには分かってたみたいで…申し訳なくて」
「そんな、結のせいだけじゃないから」
「それでも…それでも好きって言ってくれるの」
「うん。誤魔化したってしようがない。俺は、結が好きだよ」
「嬉しい…」
涙ぐんだ私の手を、優ちゃんが取った。
「結、でも、提案があるんだ」
「提案…?」
優ちゃんの顔を見ると、すごく言いにくそうだ。
イヤだ。
何を言おうとしてるの?
「結はまだ19歳だよ。俺より10も年下で」
「今更、そんなこと?」
「今、俺に縛り付けていいのかって、まわりを見なくてもいいのかって思ってしまうんだ」
「縛るだなんて。彼女として付き合うのに、そんなことにはならないよ」
「俺は来年30になるんだよ。結婚も考えたい。付き合うなら、そういうこともついてくるんだ」
「結婚…」
「だから。付き合うのは結が20歳になってからにしないか」
「来年ってこと?」
「そうだ。それまでは、サークルに入るなり、クラスの男と友達になったり、色んな人と知り合ったらいい」
「…私が、他の男の人に気を引かれてもいいっていうの」
「色んな人と知り合って、そうなったんならしようがない」
「そんな…」
「とにかく、今結の世界を狭めたくないんだ」
「私はただ、大好きな優ちゃんといたいだけなのに」
「結に後悔して欲しくないんだ」
…もう、何を言ってもムダなのかな。
納得出来なかったけど、結局押しきられた。
優ちゃんに送られて帰ったけど、2人とも言葉も少なくて。
よく、分からない。
私の世界って何?
後悔して欲しくないって。
優太
結から久しぶりに連絡があって、ホッとした。
進学先も決まったようで、本当に安心した。
そうしたら、去年の神社でのこと、俺の気持ちを話しておきたくなった。
連絡が来ない間に、色々考えたことだった。
4ヶ月ぶりなだけなのに、結はすっかり大人に見えた。
制服を着ていないからか。
隣を歩いていると、もう生徒という気は全くしなかった。
食事したあと、ぶらぶらと駅へ戻る。
あの神社に差し掛かったとき、結がお参りしたいと言ったから、今がチャンスだと思ったのだ。
考えていたことを言ったとき、結はすごく不満そうだったけれど…
まだ19の結、これから大学に入って色んな経験をする。
なのに、俺という10年上の男に縛り付けて、いいものだろうか。
結の将来を狭めてしまうような気がして、それでこんなことを言ってしまった。
来年の夏まで、待てるのか。
結の気持ちが変わるんじゃないか。
自分で言い出したくせに、自分の部屋に戻ってから、悶々としてしまった。
5月。
久しぶりに結からのメッセージ。
そこには、大勢の男女との集合写真。
添えられた文には、
「軽音のサークルに入りましたー!」
と、ひとこと。
…男だらけじゃないか。
でも、文句は言えない。
俺が勧めたんだからな。
それにしても、肩に手をかけたりして馴れ馴れしい。
じっと見てしまっていて、ハッとした。
この感情は…結が高校生のときに、バンド仲間のヤツに感じたモヤモヤと一緒だ。
なんてことだ。
8月。
今年は忙しくて、数日間の夏休みは部屋でぐったりして終わった。
そんなとき、また結のメッセージ。
サークルのメンバーと花火大会に行ったらしく、あの青い朝顔柄の浴衣を着た結が写っている。
髪を上げた結は、もう少女なんかではなくて一人前の女に見えた。
そこでまた、肩に手を置く男にモヤモヤする。
俺も大学生のときってこんなだったか?
付き合ってもいない女の子に、こんな風に触れたりしたっけ?
会社で三原さんにこの写真を見せた。
結ちゃんは元気と聞かれたから。
20歳になったら付き合う約束も、突っ込まれてつい喋ってしまった。
全部聞いた三原さんは、呆れた顔をしている。
「いいの、それで?誰かに取られちゃうかもしれないよ。優に取って結ちゃんは、それでもいい存在なの?」
「三原さん、結のこと、どうでもいいと思ってる訳じゃないんです」
「でも、結ちゃんはそう受け取ってしまうかもよ」
「…そうなんですかね…」
「そもそも、妬かないの?こんな男ばっかりのサークル」
「実は…なんかもう、サークルに入ったっていう写真見てからずっと、モヤモヤしてて」
「バッカねえ。そんな約束しないで素直に付き合えば良かったのよ。今からでもいいから、もう付き合おうって言いなさい」
…三原さんの言う通りだ。
俺は大人ぶっていただけなのかも。
でも、今更…
モヤモヤしていても、月日は過ぎる。
結は相変わらずたまにサークルの写真を寄越す。
そこで、気がついた。
いつも同じ男が近くにいる…
結のことを見てるものもあった。
…やっぱり、高校生のときと同じ。
こんなことで、来年付き合うなんて出来るのか。
俺のことなんてどうでもよくなって、結が去って行くんじゃないか。
だんだんハードになっていく仕事。
どんどんネガティブになっていく気持ち。
そうこうしてるうちに、12月。
ようやく仕事も落ち着き、慰労を兼ねた忘年会が開かれた。
職場近くの居酒屋で、同じ課の6人だけだが…
壁際の大きなテーブルに座り、乾杯のビールが配られた。
乾杯!とグラスを合わせて、ふと顔を上げるとちょうど入ってきた、グループが目に入る。
…あれは、結じゃないか。
ストレートの髪を下ろし、明るい茶系のブルゾンに、デニムのスカート。
ずいぶん、シンプルな服になったんだな。
ちょうど反対側の壁際の席についた学生たちは、メニューを見ながらわいわい喋っている。
結の隣には、写真でいつも隣にいた男。
一緒にメニューを覗きこむ2人は、見ようによってはカップルのようにも見えた。
「優、あれ結ちゃんじゃない?」
隣の三原さんに声を掛けられた。
「なに、あれ。くっついちゃって…ちょっと、いいの…あ」
だめだ、もう我慢出来ない。
俺から言った約束だからと思っていたけど、もう限界だ。
「三原さん、俺、」
そこまで言って振り返る。
「いいわよ、行きなさい」
三原さんに、コートを渡された。
鞄とコートを掴み、学生たちのテーブルにつかつかと近づいた。
「あっ優ちゃん!ここで飲んでるの?すごい、偶然!」
笑顔を見せた結の、グラスを持ってない方の手首を掴む。
「結、行くぞ」
「え、行くってどこに?」
「ここを出るんだ。荷物を持って来い」
ぐっと手を引っ張ると、慌ててバッグを手に取る。
周りの学生たちはただ、呆気に取られて固まっていた。
ただひとり、結の隣の男が
「何するんですかっ」
と叫んだけれど、そのまま結を吊れて行く。
「ちょっと!私サークルの忘年会なんだけど!先輩に怒られちゃうよ!優ちゃんだって、忘年会じゃないの!?」
「そんなことは、どうでもいい」
店の外に出ると、繁華街には人が溢れている。
俺はそのまま結を引っ張って歩いた。




