三野岡 明日が抱えているもの
彼女は嬉しかった。
それと同時に、相対するように、物足りなさを抱えていた。
彼に今以上のことを求めるなんて、だめだ。
そう言い聞かせても、その見過ごせない不満は、縮こまっておとなしくしながら、ずっと彼女の中で燻っていた。
彼が私と同じだったら良かったのに。
会話のテンポも、笑いのツボも、人付き合いの範囲も。盛り上がろうにも、私と彼は住んでる世界が微妙に違う。
私はあんな風に誰とでも朗らかに話したりできない。言葉選びを間違えて、思いきり顔をしかめられて、すぐ蹴り出されてしまう。
──それに、彼は私の言ってることや知ってることが、あまりわかってないことがある。
割り込むようによぎった考えに、頭にかあっと血がのぼった。
なんて浅ましい。私なんか、なんにもできてない役立たずで、彼に好いてもらっていて良い人じゃないのに。どこまで欲が深いんだ。悪者になって、彼と破局した方が良いんじゃないか。でもそしたらきっと彼は自分に落ち度を探す。
……私が彼と別れたくないのは、本当に彼を悲しませたくないから?違うでしょう。自分が痛い思いしたくないだけ。最低。
矢継ぎ早に思考が流れていく。
自己嫌悪に陥ることすら甘えのように感じ、それがまた自己嫌悪を呼び寄せて、スパイラルに嵌まっていく。
「──アズ?」
「っ!!」
「どうしたの、具合悪い?座る?」
「……ううん、へいき。ありがとう」
彼女が自分のことを激しく叱責していると、彼は必ず異変に気付き、こうして声をかけてきた。
彼女はいつも彼のその言葉で我にかえり、そして安心させるため、ごまかすため、笑ってみせるのだった。
嬉しさと、彼への淡い好意と、それから、物足りなさ。
どうしたら、交際を始めてから数日かけてようやく下の名前で呼びあうようになれた、この純粋で素敵な恋人を、心から求めるようになれるだろう。
彼女は通学路を彼と並んで歩きながら、眉根を寄せて地面を見つめた。
もちろん、彼女は彼のことは好きだ。学校にいる人の中でダントツくらいには。
ただ、そもそも彼女の交友範囲はおそろしく狭い。
だからこそ、彼女は自分の好意に自信を持てていなかった。
「ミライ、は。私のこと、好き?」
ありふれた質問を投げかけながら、多分この言葉にこんなに重い意味をこめてる人は少ないだろうな、と考えて。
「もちろん。おれはアズが好きだよ」
呆れも隠れもせずに、照れくさそうにはにかみながら彼がくれる答えを聞いて。
「……私も、ミライ、好きだよ」
彼へのお返しのように、自分に言い聞かせるように、口から漏らして。
歯痒さに臍を噛みながら、彼女は彼の隣を歩いていた。




