三野岡 明日が平凡になった経緯
身の丈に合った暮らしというのは、敵を作らずに済んでとてもいい。
三野岡 明日がそれを学んだのは、中学生の頃だった。
彼女は生来、勉強ができた。1を聞いて10を知るとまではいかなくとも、3割も説明されれば9割は理解できたし、それを応用するのが得意だった。
幼少期は持ち前の頭脳を生かして人の輪の中心にいた。たいてい、面白おかしいことを思いついて、周囲のみんなを巻き込んで遊んでいた。
それが崩れたのは、中学2年生の前期。周囲が『受験』を意識した時期だった。
有体に言えば、ただの嫉妬。けれどそれを自覚して恥じることができるようなデキた中学生が、いったいどれほどいるだろう。
彼女が何かを思いついても、それに対する反応は鈍く、みんなで楽しむことはおろか笑う人もいなかった。
もちろん、彼女は足掻いた。周囲が興味を示すものを片っ端から調べ上げ、それらをすべて身につけた。
メイク、ヘアアレンジ、モノマネ、絵、小説。いわゆる自分磨きのノウハウも、ありとあらゆる娯楽も、網羅した。ただ、それが報われることはなかった。
頑張れば頑張るほど、差が開く。どうしてなのかは誰ひとり教えてくれない。
焦った。逸った。闇雲に、がむしゃらに、知識と技術ばかりが磨かれていく。
彼女は人を惹きつける方法は知っていたが、人に溶け込む方法は知らなかった。
ずっと、興味を引きさえすれば、人に囲まれることができていたのだ。
次第に彼女は勉強に手を抜くようになった。元から大した努力もしていなかったから、何ひとつ惜しいとは思わなかった。
授業中はずっと、黒板を写すふりをして自分が持っているくだらない知識を書き連ねていた。
それでも成績は思うように下がらず、周囲は『あてつけがましい』『いやみだ』と彼女から距離を取った。
彼女は成績にモノを言わせ、地元から離れることにした。
今度こそ周囲に溶け込めるよう、頑張らないと、と固く決めて。
高校でもやはり彼女は勉強に力を入れなかった。ただ、今度は、授業をしっかり受けているように振る舞った。
『やらなくてもできる人』は、疎まれる。『やってもできない人』は、蔑まれる。
それでも彼女は後者を選んだ。同じ道でないのなら構わない、と言い聞かせて。
かくして、彼女は平穏で平凡な生活を送りはじめるのだった。




