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3話

ひたすら狭い艦内を更に狭くする物資の群れのせいで、通路は誰かとすれ違うのも難しいほど狭くなっていた。

天井からぶら下がる干し肉やソーセージのカーテンは蛍光灯の光を遮り、手元も足元もおぼつかない。

仕方がないので結露で濡れた配管を掴んで進む。

手が水とグリスでべたべたになるのは不快だが我慢するしかない。

調理室は発令所から船尾に向かってトイレとシャワー室と士官用大部屋を越えた先にある。


「おやっさん、居るかい?」


調理室に顔を出すと、全身がやたらと太いタヌキが難しい顔をしながら、太い指でキッチンナイフを器用に握ってジャガイモの皮を剥いていた。

調理台の上にはザルが2つとイモの山。

剥いた皮と中身が別々のザルに分別されているのは、本人の見かけに似合わず随分と几帳面だ。


「うん?どうした?腹でも減ったか?けど今は何もねぇぞ。イモ齧るか?」


皮を剥いたばかりのイモをズイと差し出してきたこのオヤジ、彼はこの艦の調理長だ。

乗員の誰よりも年上で、神話以前の時代から連綿と続く伝説のタヌキ一族、その末裔タヌキだというこのオッサンにかかれば、艦長といえども子供どころか孫扱いである。

しかしこのオッサン、顔つきが多少人間族(ヒュー)風に強調(デフォルメ)されている上に、首にタオルをかけ、鉢巻きとフンドシを巻いて二足歩行するその姿は、生身のタヌキというよりタヌキの置物(どこかの土産物)そっくりだった。

確か十七代目隠神刑部八十吉ジュウナナダイメイヌガミギョウブヤソキチという、やたらと長くどこから切って良いのか全く分からないし、正確な発音すら不明な名前をしている。


「いや、遠慮しとくよ。それよりも戦闘が微妙な時間になりそうなんだ。少し早いけど中間食の用意をしてほしいんだけど、出来ないかな。」


「……うーん、流石にすぐ用意は出来ねぇな。けど坊が手伝ってくれたなら、早くできるかもなあ。」


「そのつもりで来たんだ。それで、何をすればいい?」


排水量1000トン未満の潜水艦であれば調理室は本当に狭いが、ここは大人2人が入っても余裕がある程度には広い。

だから手伝いが一人くらい増えても邪魔にはならないはずだ。


「それならイモの皮ぁ剥いてくれ。儂はその間に他の料理の準備を始める。」


「ああ、分かった。」


「手ぇ汚れてんな。」


俺の手を見たおやっさんは、首に巻いていたタオルを外すとヒョイと投げて寄越した。

オッサン使用済みのタオルなどを投げつけられたなら、うら若き女性などはその場で即倒しかねないが、皆オッサンなので気にしない。

そもそもこの艦には既に綺麗なタオルなどというものは存在しない。

洗濯は定期的に行っているが綺麗になった気はしない。


「ありがとう。助かる。」


ゴシゴシと手の汚れを落とし、入口付近の空きスペースに作業場所を確保した。

椅子代わりの木箱に座り、テーブル代わりの木箱にザルとイモを乗せて準備完了だ。

キッチンナイフを手渡された後は、只黙々と芋の皮を剥く。

1人暮らしが長いお陰で、この程度ならもう慣れたものだ。

気が付くとおやっさん以上にデフォルメされた容姿のぬいぐるみタヌキが、いそいそと調理の手伝いをしていた。

あれが個人持ち込みリストにあったおやっさんの魔法人形(マジックドール)か。

主人(マスター)に似合わず随分と可愛らしい姿をしている。

それでも自立行動で細かい作業をしているのを見ると、既製品ではなく職人による一点物(ワンオフ)、それもかなりの高級品と見た。


「……よっこらしょっと。」


おやっさんは太い体を窮屈そうに屈め、調理台の下から大きな寸胴鍋を取り出した。

調理室にはコンパクトキッチンが設置されていて、これには調理台と流し(シンク)の他に蒸気釜と電気コンロが備え付けられている。

今は潜航中で蒸気釜は使えないので、調理に使うのは当然電気コンロの方だ。


「坊よ、魔法使用禁止中に悪ぃけど、それっぽいの、湯を沸かすのにちぃとばかし使わせてもらうぜ。電気コンロ(こいつ)じゃ流石に時間がかかってしょうがねぇ。」


潜水艦で使われる電気コンロの電源はスクリューを回しているモーターと共通なので、潜航中で充電の出来ない現状で電力の無駄使いは極力避けたいのだ。


「流石に艦長として火の魔法の使用は許可できないな。」


潜水艦内は当然火気厳禁である。

調理室にも火を使う調理器具の類は置かれていない。


「もし使ったらどうするよ。」


「酸欠で全員死亡か、生きていたら営倉入りは確実だな。」


「営倉なんてもん何処にあんだ。」


確かに、潜水艦には使うかどうかも判らない用途の為に空ける場所は無いが。

とりあえず艦内で牢屋的な用途で使える所は何処だろう。

誰かを閉じ込めておける部屋……。

鍵付きの個室……。


「艦長室しかないな。俺と同じベッドで寝たいのなら止めないが、お勧めは出来ない。」


特に意味のない会話。


「しょうがねぇなあ、坊に免じて火は出さねぇよ。元より出すつもりも無ぇけどさ。」


「それと、頑張りすぎて魔力切れで倒れるなんてのもやめてくれよ?」


「そんなヘマしねぇよ!まぁ見とけって。やるぞ、団三郎!」


こくり。


名前を呼ばれたぬいぐるみ(ダンザブロー)が小さく頷き、そのままふわりと浮かび上がった。


「凄いな、魔法触媒(魔石も箒も)無しで飛ぶのか。」


手を動かしながらチラリと目をやる。

魔力を帯びた身体が僅かに光を発していた。


「こいつは儂の自慢だ。そこいらのデク人形風情とは中身が違うぜ。」


流し(シンク)の高さまで浮き上がると、拝むように目を閉じ手を合わせ、おもむろに気合を入れ始めた。

やがてその祈りに呼応するように全身の短い毛皮(フェイクファー)が逆立ち、薄く光っていた身体は黄金(きん)色に変化し、更に強く輝きが増していく。

これは電撃魔法だ。

魔法で生み出した細い電気の帯で鍋をグルグル巻きにして加熱する方法なら、前に見たことがある。

ダンザブローは更に気合を入れると、合わせていた両手を正面に向け、そのまま勢い良くバシッと突き出した。


「ぽんぽこ!」


何とも可愛らしい声が調理室に響いた。

ダンザブローは声を出すことができたんだな。

ぽんぽこの意味は不明だが。


チュポン!


そして気合いと共に何かが飛び出した。

これは、何だろう、電気の塊?なのか……?

大きさは麦粒くらいだろうか、オレンジ色に光る小さな塊が放電を発しながらパチパチと爆ぜ、ぬいぐるみの手の平の前にフワフワと浮かんでいる。


線香花火(スパークラー)……?」


沢山の小さな火花を纏い、儚なげな美を感じるその姿は、正に線香花火(スパークラー)そのものだった。

心なしか夏の終わりの匂いも感じる。

いやいやしかし、あそこまで気合を入れたのだからもっとこう、何かあるのではないのか。

初等科の見習い魔法使いでさえ、もっと派手な電撃を放つだろう。

魔力もあまり感じない。

しかしダンザブローはドヤ顔だ。

これをどう使うのだろう。

どうにもならなさそうだが。

しかし、目は離せないでいた。

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