霊媒師とライバル少年
1話にて、主人公たちの学年を5年生から6年生に変更しました。
都内の私立小学校の「都内」の部分を削除しました。すいません。
神原習字教室に通うようになってから数日が経った。
主人公たちとの仲はというと、私からも頑張って話しかけて仲良くなろうと努力したかいあって、すっかりグループの仲間入りができた気がする。
いつも毬花ちゃんの隣にいると、彼女にいつも絡んでくる零介とも自然に仲良くなれた。
ちなみに眼鏡・敬語キャラの吉川君はみんなから「ヨッシー」とあだ名されている。
たしかにゲームでもそう呼ばれていた。本人は嫌がっていないようなので、私も彼に許可を取ってそう呼ばせてもらっている。
零介の従兄妹の小夜ちゃんは、同年代で仲が良い子と一緒にいることが多いため、挨拶しかできない日もあるけど、私のことを「すみれお姉ちゃん」と呼んで慕ってくれる。可愛すぎるわ。
「なぁなぁ!明日の休み、どっか遊びにいこうぜ!」
「どっかってどこよ。カラオケなら喜んでいくけど」
「僕はゲーセンがいいですね~」
「なぁ、すみれも来るだろ?」
夕方の習字教室の前で零介に聞かれ、私は笑顔で「ええ、もちろんよ」と答える。
そしてみんなと「じゃあ、また明日ね!」と約束した。
この中で私だけが違う学校に通っているけど、放課後や休日にはこうして会えるから楽しみだ。
零介や毬花ちゃん。そして、ヨッシーと小夜ちゃん。
こんな風に少年時代からみんなと仲良くなれるなんて、なんだか夢みたい。
ゲームの中ではみんなと出会ってすぐに死んでしまう設定だし、なによりゲームの私は病んでるやばい女だったから、こうやって普通に楽しく会話したり遊ぶ約束をすること自体奇跡かもしれない。
原作の冒頭は確か、こうだった。
ふらふら歩いていたせいで車に轢かれそうだった私を、零介が助けたところから物語は幕を開ける。
そこでお礼を言って終わりであれば良かったものの、私は零介に惚れてストーカーになるのだ。
高校生の塔原すみれはガリガリに痩せて顔は青白く、前髪が長すぎて目がほとんど見えていない不気味な容姿。
そんな女から髪の毛入りの手作りお菓子や、妄想が敷き詰められた長いラブレターを毎日のように届けられた零介は戦慄していた。
もちろん、プレイヤーの私もだ。改めて思い出すと本当に怖すぎる。
幼い頃から零介のことが大好きだった毬花はその有様を見て、嫉妬を通り越してもはや恐怖を覚えていて、零介を守ろうと怯え怒りながらすみれに立ち向かっていた。
すみれはその度に「零介さんは私の運命の人よ!」「邪魔をするな!!」と、まともな会話もできない態度で毬花を怒鳴りつけていた。
零介が精神的に参って「これ以上俺につきまとうなら警察に言う」と言い放った後だった――すみれが死んだのは。
もしや零介にフラれたショックで自殺したのか?と主人公たちが動揺したが、実際にすみれが死んだ原因は壱人形の呪いであった。
人形によって兄が呪い殺されたことはすみれの口から聞いたことがあった主人公たちであったが、彼女の言うことのほとんどが妄想と一方的な歪んだ愛の言葉であったため、誰も信じてなどいなかった。
まさか本当に人形の呪いであったとは、プレイヤーの私も思わず「マジか」と言葉が零れた。
まぁ、ホラーゲームの世界なのだからどんなオカルトが起こっても仕方がないんだけど…。それくらい、すみれの言うこと全てが信用できるものではなかったのだ。
だけど、今こうしてすみれとして生きていて思う。
彼女が生きている間もまるで幽霊のような不気味な容姿をしていたのは、やっぱり兄の死がショックだったからじゃないかって。
もちろん、次の犠牲者が自分であることが分かっていたから尚更病んでいたのだろうけど。
ゲームのすみれのようにならないように、兄をちゃんと助けなければ…。
あと、前髪は定期的にちゃんと切ろう。
「よーし!みんな集まったな!」
翌日の放課後、零介の家の近くにある公園に集合した。
ブランコとシーソーくらいしかない小さな公園だけど、鬼ごっこをするだけでも十分楽しい場所だ。
「あら、小夜ちゃんは?」
「他の友達と遊ぶんだと。まぁ、いつものことだ」
そうなんだ。ちょっと残念……。
でも、五つも年が離れてたらそんなもんだよね。
「で?これからどこに行くの?」
毬花ちゃんが聞くと、零介が「まぁ焦るな」と手をかざした。
「ここのところゲーセンとカラオケばっかりで金がない。だから今日は金を使わずに遊ぶ!」
「まさか、この公園で遊ぶわけ?」
「いいや、違う!まぁたまにはそれもいいんだが……」
零介はふふんと笑った後、突然私をビシッと指さした。
えっ、私がなに?
動揺している私を見て、さらにドヤ顔になった零介が堂々と言い放った。
「すみれ!今日はお前の家…いいや、豪邸を見学させてもらう!!」
し~ん、と無言になったあと、ヨッシーと毬花ちゃんが静かに私に視線を向けた。
何を言い出すのか、と誰かが笑うかと思ったが、二人とも心なしか目が輝いている。
「え~っと……すみれちゃんの家……かぁ。そりゃあ、私も前から気にはなってたけど」
「塔原家の豪邸……。やはりメイドとかいるんですか?」
二人の顔に「行きたい」と書いてあって、私はさらに動揺した。
そんなに気になってたの!?メイドはいないけど、エプロンつけた優しい侍女さんはいるよ!
「べ、別にいいけれど…。でも……」
私は口ごもった。
そろそろ壱人形のことについてみんなに相談したいとは前から思っていた。
でも、言い出せなかった。
みんなと仲良くなればなるほど、こんな怖いことに巻き込んでいいのか不安になったのだ。
人の命を奪うほど強い呪いを持った壱人形。
ゲームの中の高校生の零介は、たしかに人形の除霊に成功していた。
しかし、今の零介はオカルトとは無縁の純粋な小学生だ。
毬花ちゃんも、ヨッシーも、小夜ちゃんも。
幼すぎて、優しすぎて、利用したくない。
兄と私の命が脅かされているとわかっていても、みんなを巻き込みたくないと、思ってしまった。
なんのために私は……私は…。
「ごめんな、すみれ。ムリだったらやっぱりいいから!」
真っ青になって俯いている私に、零介が慌てた様子で言った。
「そうそう!今はダメでも、また今度でもいいし!」
「やっぱり突然家にあがるなんて迷惑ですよね。全く零介は…」
毬花ちゃんとヨッシーが気を使ったような笑顔で零介に同調する。
「ううん、そんなことないわ!居心地よくないかもしれないけど、ぜひ遊びに来て…!」
なんとか笑顔をつくってそう言うと、みんなは「いいの!?」と大喜びした。
とりあえず、今日は家には遊びにきてもらうとして、人形のことはまた後で考えよう…。
自家用車を呼んでみんなを乗せて数十分、私の家にようやく辿り着いた。
降りた後、みんなは興奮しながら車や家を褒めてくれた。
「あの黒い高級車は、習字教室の送迎の時からすごいと思ってましたけど、中はあんな風になってたんですねぇ~」
「ってか家もすごいなマジで!!でけぇ!家っていうか屋敷だなこりゃ!!」
二人の大興奮ぶり、私もすごく共感できるよ!!
前世の私も、ごく普通の一般家庭で育ったもん。
こんなに褒めてくれてるのに、なんだか他人事のように聞こえてお礼を言うのが遅れてしまう。ごめん、みんな。
毬花ちゃんは二人とは少し離れて、庭に咲いている桜の木をうっとり眺めている。
ピンクが似合う美少女と桜。絵になるなぁ。
彼女の苗字は「桜井」だから余計に素敵だなって思っちゃう。
「すみれちゃんの庭の桜、とっても綺麗だね!散っちゃう前に見れてよかったぁ」
「ふふ、ありがとう。毬花ちゃんと桜、すごく絵になるから写真を一枚撮りたいくらいよ」
私がそう言って微笑むと、毬花ちゃんは顔を赤らめて頭をかいた。
「え~っ、写真?なんだか照れちゃう。……じゃ、じゃあ一枚お願いしちゃおうかな?えへへ」
「あらあら、じゃあさっそくデジカメを探すわね。うふふ」
やばい。毬花ちゃん可愛すぎる。
うふふ…うふふ……。
「うおー、すっげえ!この白い車もこの家の!?」
「まるでスポーツカーみたいですね。かっこいいですね~」
零介とヨッシーのはしゃぐ声が聞こえてくる。
彼らの視線の先に目をやると、見慣れぬ白い車が庭に停車したのが見えた。
「……ううん、あれはうちの車ではないわ。お客さんみたいね」
お父様かお母様のお客様が訪ねてきたんだわ。
まずいなぁ。邪魔しないようにこっそりしてなきゃ……。
着物を着た40代くらいの男性が車からおりる。
男性は「ふむ……」と声を零し、うちの桜の木をしげしげと見つめていた。
私が挨拶して家の人に知らせないとダメかな。
そう思った矢先、玄関から母が出てきて「あらあら早かったですわね」と男性に歩み寄った。
「ようこそいらっしゃいましたわ」
「さすが塔原家の本邸…。すごいなぁ~、うちの家の何倍もありそうだ。しかも立派なこの桜の木、見事ですなぁ~」
はっはっはと豪快に笑う着物のおっさん。
お母様のお客さんか。
適当におじぎをしてさっさと家に入ろうっと。
「ですが…やはり禍々しい気を感じますな。怪奇現象が起こるのも無理はないでしょうな」
「ええ…詳しいことは中でお話しますわ。さぁ、どうぞあがってくださいな」
「え――」
禍々しい気。怪奇現象。
聞き捨てならない単語を発しまくる着物のおっさんに、私の身体が硬直した。
一気に喉が渇き、掠れそうにながらも母に問いかける。
「お、お母様…その方は…」
「ああ、すみれさん。この方はね、霊媒師さんよ」
「えっ、れ……霊媒師!?」
なによそれ!聞いていないわよ…!!
しかも、よりによってなんで今日そんな人がここに……。
「これはこれは、塔原家のお嬢様でしたか。いや~お母様にそっくりな和風美人だ。この家の庭の桜によく似合う。はっはっは!」
「まぁ、お上手ですこと。ほほほ…」
そう言って笑いあう母とおっさん。
お母様!その人、本当に本物の霊媒師なの?詐欺師じゃないの!?
そう思っていても口に出せない私の背後で、まるで私の心を代弁するかのような声がぼそぼそと聞こえてきた。
「おいおい……なんかあのおっさん、うさんくさくね?」
「ちょっと馬鹿っ、聞こえたら失礼よ。」
そう言って零介を肘でつつく毬花ちゃんの顔も困惑している…やばい。
お母様もおっさんも私の友人の存在に気づいてるならもう少し配慮してくれ…!!
「すみれさん。このお屋敷には…その、なにかいるんですか?」
ヨッシーの直球な質問がさらに私を畳みかける。
まずい。まずいまずまずい!
このままじゃ気味悪がって家に入ってもらえなくなる……!!
「こ、これは…その……」
どうする?ここは誤魔化すか……。
でも、私の知らない怪奇現象についてはともかく、人形についてはいつかは相談しなくちゃいけないと決めていたし!!
なによりみんなに嘘をつくようなことはしたくない…。
今日のところは曖昧に答えて、あのよく分からん霊媒師が全てを解決することに一か八か賭けてみるか……!?
でもどう見てもうさんくさいし…!!
あわあわする私をよそに、おっさんの車からまた人が降りてきた。
私たちと同い年ぐらいの男の子だ。
「申し訳ないんだけどね、私の息子も同行させてもらってよろしいですかな?勉強といいますか…まだ子供ですけど、割と才能がありましてね」
「まぁ、かまいませんわよ!すみれさんもお友達も遊びに来てくれたんなら、あがってもらったら…?」
母は零介達を見てゆったりと微笑んだ。
いやいや、さっきまで不穏な会話を聞かせておいて、よくもそんなこと言えますねお母様…。
怪しい霊媒師の隣で、こちらに向かって丁寧におじぎをする銀髪の少年。
顔を上げた彼の整った顔を見た瞬間、心臓がどきりと跳ねた。
あれ?この子ってもしかして……
ゲームの中で零介のライバルみたいなキャラだった萩風 文人……?